閉鎖病棟より、愛をこめて。

雨季日向

文字の大きさ
12 / 12
入院一ヶ月目

——看護師のあだ名と『紗々もたれ事件』

しおりを挟む
 同年代の女性患者数人と「看護師さんを覚えるため」という名目で(雑に)付けまくったあだ名とその由来を紹介する。

・ポイズン
——朝のバイタルチェックで「困ったことや言いたいこと言えてますか?」と聞いてくれるから。本人は至って真剣に気にかけてくれているし嬉しいけれど、その決めゼリフで背後に反町がチラついちゃう。

・シンキング
——考える時に顎に手を当てたり腕を組んだり、いかにも「考えてます!」というポーズをとるから。モテ男のオーラが体の節々から漏れ出ている。

・ハンター
——女性ながら、病室に虫が入ってきた時に颯爽と駆除してくれる頼もしさから。ちなみに虫はその9割がカメムシ。
 
・P
——患者の友人が「暇すぎる」と相談したら「作曲すれば?」という雑な提案をしてきたから。病棟で働きながら個人事業主として会社を運営するとんでもない御方。

・女神
——優しいし美人だし頼りになる完璧な存在だから。よく通る声で病棟のどこにいるかすぐ分かるからありがたい。私の担当はこの方だった。好きな食べ物はモンブラン。

・クリップ
——いつもナース服のポケットに付けているクリップの数が異常に多いから。本人に伝えたら「あだ名になってない」と怒られた。

・ノースフェイス
——出退勤時に背負っているノースフェイスのリュックサックが入院患者の目には眩しすぎたから。あだ名としていちばん雑だったと反省している。

・マッサージャー
——ある日突然、私の病室にやって来て、「雨季さんって食いしばりグセで悩んでらっしゃるんですよね?」と食いしばりや肩こりに効くいろんなマッサージのやり方を教えてくれたから(それが初対面)。怖かった。

・メッシュ
——(看護師のくせに)髪がメッシュだから。大柄な体格も相まってLDH感がすごい。実際脳ミソも筋肉のような方らしい。

・ノーネーム/メッシュⅡ
——名前を覚えたいのにいつも名札を付けていないから。後に髪をメッシュにして来て「メッシュ増えちゃったじゃん!」となって2つ目のあだ名が付いた。

・申します
——朝のバイタルチェックの際に必ず「今日担当します、〇〇と申します」とご丁寧に挨拶してくださるから。さすがにもう覚えたから大丈夫ですよ、と思うし恐縮しちゃう。



 おふざけで始めたもののこれがなかなか便利で、看護師を覚えられるだけでなく噂話の隠語として大いに役立った。
 
「今日ポイズンが朝のバイタル担当で、言ってもらえた!」
「えー!よかったじゃん!」
「いいなー、私も言われてみたーい」



 あだ名付けと同時にやっていた遊びで、看護師の好きな食べ物を予想し本人に聞いてみた返答と照らし合わせて一喜一憂する、というものがあった。
 
 例えば、男性看護師のTさんはとても優しくて穏やかな印象なので、「大学芋とか好きそう!」と勝手に決めつける。
 そして本人に
「大学芋お好きですか?」
と尋ねると
「そんなに好きじゃない」
と返ってきて、「えー違うのー!」と勝手にショックを受ける。

 そして、答えあわせのために
「甘いものだと何がいちばんお好きですか?」
と聞くとTさんは
「チョコレート」
 私たちは「和菓子好きそうなのに!」と勝手に盛り上がる。

 このように、ほぼこちらの勝手で楽しむ遊びが同年代女子たちの中でブームになり、隙あらば看護師に好きな食べ物を聞いて回っていた。
 
 事件が起きたのは、『シンキング』とあだ名を付けた若い男性看護師を相手にこの遊びを仕掛けたときだった。

 シンキングはいつも『オシャなモテ男』のオーラが滲み出ており、女性患者の間でもトップの人気を誇る(私のテキトー調べによる)の看護師さんだった。
 だから私たちは、彼の好きなスイーツもきっとオシャレでいけ好かないものに違いないと決めつけ、『ガトーショコラ』と予想して本人に確認しに行った。
 
「(シンキング)さんってガトーショコラお好きですか?」
「好きですよ! でも一番好きなのは『紗々《さしゃ》』です!」
 
 私たちは思わず「ゔっ…」と声が漏れてしまうほどの解釈一致ボディブローをまともに食らい、オーバーキルされた。

 『紗々』が好きなんてそんな……しかも聞く前に自分から言ってきたぞ……キラッキラの笑顔で……

 この日の夕食、私は彼の回答で胃がもたれてしまい、あまり食が進まなかった。

 これが『紗々もたれ事件』の全貌だ。
 
 ちなみに、彼は「『紗々』が好き」と答えて私たちが悶え苦しんでいることなんて全くお構いなしに(当たり前だが)、間髪入れず
「あと『神戸ショコラ』!」
と言ってきやがった。

 もちろん眩しいくらいの笑顔で。

 後に彼のあだ名に『紗々』と『神戸ショコラ』が追加されたのは言うまでもない。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?

無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。 どっちが稼げるのだろう? いろんな方の想いがあるのかと・・・。 2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。 あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...