5 / 29
恋愛の自由-4
しおりを挟む
体の左側が熱くて、右側が寒い。寛の意識が第一に感知したのはそれだった。
「ああ、目が覚めましたね。どこか痛いところはありませんか?」
「う、いえ、特には」
話しかけてきたのは見知らぬ老人だった。老人は焚き火を挟んで、寛の向かい側にいた。焚き火の明かりが柔和そうな顔つきを照らしている。
寛は珍しいなとぼんやりする頭で思った。このくらい老齢の人物と話すのは初めてのことだった。
「それは良かった。それにしても、驚きましたよ。急に空から降ってくるのですから」
そうだ。俺は橋の下から落ちた。いや、飛び降り自殺をしたのだった。それがなぜ、生きているんだ?寛は不思議に思った。
「私のビニールシートの屋根に一旦落ちて、バウンドして川に落ちたんですよ」
表情を汲み取ってくれたのか、老人は寛の疑問に即座に答えてくれた。
「もしかしたら助けてしまって、余計なことをしましたか?」
なんと答えたらいいか、微妙なところだった。確かに寛はさっきまで死のうとしていたはずだが、だからと言って、自分を助けてくれたこの老人に余計なことだったなどと言うのは憚られた。なので、素直に言った。
「俺は死ぬつもりでした。だけど、助けてくれてありがとうございました」
「そうでしたか。ひとつ、お聞きしてもよろしいですか?」
「何をでしょう?」
「なぜ、自殺薬を使わなかったのですか?」
「それは、」
夢か現か判然としない頭の中で、ツキミとの約束を思い出した。甘美な思い出と苦い現実が混ざり合う。
「大切な人のもので、いや、今持ってないからです」
老人は少し不思議そうな顔をしながらも頷いた。
「なるほど。しかし、同じ自殺ならば楽な方がいいのではないですか?」
確かにその方が痛みもないし、確実だ。今の状態を考えればなおさらのことだと寛は思った。しかし、あの時は突発的な行動だったし、あらかじめ自殺するつもりだったとしても、国家に支給された自殺薬を使う気にはなれなかっただろうなと思った。
もはやあれは自分にとっても、彼女にとっても絶対のものでもなくなってしまったわけではあるが。
寛は言葉を探しながら、呟いた。
「多分、死ぐらい、自分だけのものにしたかったのかも」
老人は焚き火に木の枝を加えた。火の中で木炭が崩れて、火の粉が舞った。
「私もそうしたいと思っています。自殺薬は捨ててしまいました」
そう言って、老人は少し笑った。
寛はそんな事を言う大人を初めてみたので、興味を持って起き上がった。ほんの少し立ちくらみに似た感覚があったが、すぐに治まった。痛みも特に無い。自分の体を見た所、外傷も負っていないようだった。異様に運が良かったが、別段そのことに感謝する気持ちにもなれなかった。焚き火を挟んで老人と向かい合って座った。
「もう大丈夫なんですか?」
老人が心配して聞く。
「はい、大丈夫みたいです。ただ、少し寒いですね」
火にあたっていた方の左側はほとんど乾いていたが、右側の服は生乾きだった。
「暖かくなってきたとはいえ、まだ五月ですからね。よく火にあたってください」
寛は目の前で火が踊るのを眺めた。幼い頃にツキミの家と一緒にキャンプ場でバーベキューをしたことを思い出す。
「ああ、目が覚めましたね。どこか痛いところはありませんか?」
「う、いえ、特には」
話しかけてきたのは見知らぬ老人だった。老人は焚き火を挟んで、寛の向かい側にいた。焚き火の明かりが柔和そうな顔つきを照らしている。
寛は珍しいなとぼんやりする頭で思った。このくらい老齢の人物と話すのは初めてのことだった。
「それは良かった。それにしても、驚きましたよ。急に空から降ってくるのですから」
そうだ。俺は橋の下から落ちた。いや、飛び降り自殺をしたのだった。それがなぜ、生きているんだ?寛は不思議に思った。
「私のビニールシートの屋根に一旦落ちて、バウンドして川に落ちたんですよ」
表情を汲み取ってくれたのか、老人は寛の疑問に即座に答えてくれた。
「もしかしたら助けてしまって、余計なことをしましたか?」
なんと答えたらいいか、微妙なところだった。確かに寛はさっきまで死のうとしていたはずだが、だからと言って、自分を助けてくれたこの老人に余計なことだったなどと言うのは憚られた。なので、素直に言った。
「俺は死ぬつもりでした。だけど、助けてくれてありがとうございました」
「そうでしたか。ひとつ、お聞きしてもよろしいですか?」
「何をでしょう?」
「なぜ、自殺薬を使わなかったのですか?」
「それは、」
夢か現か判然としない頭の中で、ツキミとの約束を思い出した。甘美な思い出と苦い現実が混ざり合う。
「大切な人のもので、いや、今持ってないからです」
老人は少し不思議そうな顔をしながらも頷いた。
「なるほど。しかし、同じ自殺ならば楽な方がいいのではないですか?」
確かにその方が痛みもないし、確実だ。今の状態を考えればなおさらのことだと寛は思った。しかし、あの時は突発的な行動だったし、あらかじめ自殺するつもりだったとしても、国家に支給された自殺薬を使う気にはなれなかっただろうなと思った。
もはやあれは自分にとっても、彼女にとっても絶対のものでもなくなってしまったわけではあるが。
寛は言葉を探しながら、呟いた。
「多分、死ぐらい、自分だけのものにしたかったのかも」
老人は焚き火に木の枝を加えた。火の中で木炭が崩れて、火の粉が舞った。
「私もそうしたいと思っています。自殺薬は捨ててしまいました」
そう言って、老人は少し笑った。
寛はそんな事を言う大人を初めてみたので、興味を持って起き上がった。ほんの少し立ちくらみに似た感覚があったが、すぐに治まった。痛みも特に無い。自分の体を見た所、外傷も負っていないようだった。異様に運が良かったが、別段そのことに感謝する気持ちにもなれなかった。焚き火を挟んで老人と向かい合って座った。
「もう大丈夫なんですか?」
老人が心配して聞く。
「はい、大丈夫みたいです。ただ、少し寒いですね」
火にあたっていた方の左側はほとんど乾いていたが、右側の服は生乾きだった。
「暖かくなってきたとはいえ、まだ五月ですからね。よく火にあたってください」
寛は目の前で火が踊るのを眺めた。幼い頃にツキミの家と一緒にキャンプ場でバーベキューをしたことを思い出す。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる