憲法改正と自殺薬

会川 明

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独裁-3

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「後発組?」



「はい。政権に以前から危機感を抱き、実際に警鐘を鳴らしたり、活動をしている人々がいました。欧米のメディアなどは初期の段階から革命政党だと見抜いていたようです。革命政党とはそれまでの体制を壊し、自分たちの思うがままの世界を作ろうとする集団のことです。彼らは実際にそれをしましたし、当時から明らかな憲法違反を繰り返していました。彼らは旧憲法を押し付けられた憲法だとし、非常に嫌っていました。そんな彼らの手法の一つが、憲法を無視することで有名無実化するというものでした。それもまた明らかな憲法尊重擁護義務違反だったのですが。



 当時、よく首相が言っていたのは『戦後レジームからの脱却』です。何のことだかわかりますか?」



「いや、よくわかりません」



「はい。私も当時わかりませんでした。多くの国民がそうだったでしょう。わざとすぐにはわからないような言葉を使うのです。本当のところは国民の理解など必要としていませんでしたから。でも、なんとなく横文字でカッコ良く聞こえたり、あの時言ったじゃないかという言い分を作るためにあえて言うのです。



 レジームとは体制のことです。戦後レジームからの脱却とは戦後体制からの脱却ということです。戦後体制とは、『民主・立憲・平和』を追求する体制でした。これらは主権者であった国民の幸福に資するための体制です。



 しかし、彼らはそれを壊し、自らを主権者としました。国民は国家権力側の人間を幸福にしなければならなくなったのです。



 なぜそのような事が出来るのでしょう?他人の痛みが想像出来る人間ならば、そのような一方的な世界は望まないはずです。



 この点に関しては、政権と三十年以上付き合いのあった憲法学者が暴露しておりました。政権の多くを占める世襲議員は非常に傲慢で、自分たちをまさに殿上人だとすでに自認していたようなのです。国民の義務を増やし、自分たちの義務を減らし、権力はより強大にする。彼らの理想は戦前のファシズム期でした。そこにあっては国民は尊重されるべき個人などではなく、国家の、つまり自分たち殿上人のコマに過ぎないのです。理想とする国家は北朝鮮のような国です」



 確かに言われてみれば、教育勅語や新家族法など個人を蔑ろにする体制が整えられていることから寛には実感があった。



「彼らは支配層を自認しています。だから、国民に奉仕されるのは当然の権利と思っていることでしょう。支配層などというと陰謀論に聞こえるかも知れませんが、日本の場合、戦前の権力者側がそのままスライドして戦後も権力者であることが多いのです。つまり権力構造はそのまま保存されてしまったのです。彼らはずっと『偉い』を継承し続けているのです。ですから、彼らからしたら、国民のための憲法はさぞかし目の上のたんこぶだったでしょうね。



 特に政界における権力構造の保存は顕著でした。首相の祖父は元A級戦犯です。戦中は官僚や閣僚として戦争に荷担しました。しかし、彼はなぜか裁かれることなく釈放され、コネにより会社の役員を務めた後、公職追放が解かれると政界に復帰。首相も務めます。



 兄弟も首相経験があり、娘婿も政治家、孫二人も政治家。他の家族は財界でのトップ層です。こういった人々のことを支配層といっても何の差し支えもないでしょう。ちなみに戦中にあっても彼らは一般の人々とは一線を画した生活をしていたことが窺えます。戦争の終わりを告げる玉音放送を聞いた娘、つまり現首相の母は『もっと頑張れないのかしら』と言ったそうです。



 しかし、だからといっても戦後の主権者は国民だったのです。だから、国家及び支配層を国民は監視しなければならないという自覚を持っていた人々は確かにいたのです」



「なぜそのような人々がいたのに憲法改正を止められなかったのでしょうか?」



「いくつか要因はあると思います。しかし、一番の理由はその人々は少数派だったということが挙げられるでしょう。彼らが正しいことを言っても、多くの人は聞く耳を持ちませんでした。



 ただし、多くの人が積極的な政権擁護派だったのかというと、そうではありません。改憲前の衆議院選挙の投票率は五十%程でした。残念ながら、私のように多くの人が政治に無関心だったと思わざるを得ません。それは改憲を決める国民投票が差し迫っても同じでした」



「自分の権利が侵害されるのにですか?」



「そもそもそんなことは知らないし、知ろうともしない層がやはり多数を占めていました。彼らの胸中としては、自分が投票したところで何も変わらないといった無力感が強かったのでしょう。



 また、我々はあまりに政治の話をすることを避けてきました。ですので、投票するための素養がないということもあったと思います。



 思えば不思議な事です。様々な人がいるのだから、様々な政治信条の人がいて良いはずです。公共のことでもあるし、堂々と話せば良いはずです。しかし、そうは出来ないのです。



 テクニカルな部分でいうと、改憲のために行われる国民投票は問題のあるものでした。いろいろと問題はあるのですが、その最たるものは最低投票率を定めていないというものでしょう。例えば日本が百人の村だったとして、三十人しか投票に行きませんでした。だとしても、十六人の賛成票を取れば改憲されてしまうのです。それがもし残りの八十四人にとって改悪だったとしてもです。



 また、実際には発議されてから六十日しか投票までの期間がありませんでしたから、多くの投票者はなんとなく野放図に垂れ流される広告やワイドショーを見て、あまり重大事とは捉えずに投票した節があります。コマーシャルなどでは当然良いようにしか言いませんし、国民から権利を取り上げるなんてことはわざわざ言いません。



 昔のことですが、とある広告会社が選挙戦略を与党から依頼されて作り出した国民の分類では、こういった人々をB層と呼びます。A~Dまでありますが、B層とは要するに『政権やマスコミに騙されやすく、IQの低い人々』のことです」



「ものすごくバカにされてますね」



「ええ。しかし、実際に選挙は勝ちましたし、最も国民に多いタイプとその分析ではされています。だから、改憲も通ってしまいました。彼らが口を揃えて言うのは『でも、野党よりはマシなんじゃないの?』ということです。彼らはなんとなくの与党支持者でした。



 この『なんとなく』のイメージが彼らを操作するのにもっとも大事なことだと、政権は考えていたことでしょう。彼らは間違いなく国民を馬鹿にしていました」



 寛は少し胸が痛んだ。それは自分にも当てはまってしまうことだと思ったからだ。



「私は以前、改憲前に居酒屋で友人達に話を振ってみたことがありました。彼らは私と違い、政権与党に投票していました。



 その友人達は相当に高等な教育を受けていて、良い企業にも入っているといった人々だったのですが、政治的にはいわゆるB層でした」



「政治的にはB層?」



「はい。こういった人々はとても多くいたように思います。先程も話したように誰とも真面目に政治の話をしないというのが通例でしたから、興味もそもそも湧かないのです。話しても、ワイドショーレベルの知識をこね回すくらいのものでした。



 ただ、彼らのために弁明しておけば、普段の生活に忙殺されていたというのが政治に興味が向かない最も大きな理由だったと思います。



 考えてみれば当然ですよね。夜遅く帰ってきて、疲れの抜けないまま仕事に向かい、触り程度ニュースを見て、休日も色々と生活のためにやらなければいけないことがあるのです。どこに政治に振り分ける余地があるのか、だから、専門職として代議士がいるのだろう。そういう論も一定の説得力を持ってしまう実情がありました。



 しかし、それでも興味を持たなければいけませんでした。常にチェックしておかなければ生活そのものが危機に陥るということを意識しておかねばなりませんでした。



 ですが、当時も居酒屋にて、興味自体がやはりそもそもないようでとても白けた雰囲気になりました。



 その中の友人の一人が私に冗談で言った一言が忘れられません。彼は私に『反日かよ』と言いました」



 寛はその言葉に馴染みがあった。一部の教育勅語好きな教師が良く使う言葉だった。またネットを開けば食傷気味になるほどその言葉が溢れていた。定義はイマイチわからなかったが、どうも政権に都合の悪いものに使われる言葉のようだった。



「彼は軽い気持ちで私に言ったのですが、私はショックでした。国が間違った方向に行こうとしていると思うからこそ批判しているのであって、いたずらに批判しているわけではないのです。ですが、同時に思い出しました。私もつい先日まで、だいたいこのような態度だったのです。



 その頃の心境を思い返してみると、『政権批判をするような人は他所に責任を求めるような人物であり、自己責任感の養われていない迷惑なやつだ。政権もまあ、外交とか近隣諸国の揉め事とかで多分頑張っているみたいだし、そんな暇あったら自助努力の一つでもしろよ。さては、お前反日かよ』といったことを潜在的に考えていたのではないかと思うのです」
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