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縛られるべきは誰?-1
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○日本国憲法
〔自由及び権利の保持義務と公共福祉性〕
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
〔憲法尊重擁護の義務〕
第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
●自民党日本国憲法改正草案
(国民の責務)
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。
(憲法尊重擁護義務)
第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う 。
「一体どうしたら良かったんですかね?戦後七十年も経っていたのに、こんな亡霊染みた連中に付け込まれるなんて」
寛は不思議にさえ思った。
「そうですね。それはまた難しい問題ですね。また、たらればの話になってしまいますから、どうしても理想的な話になってしまいそうです。それでも聞きますか?」
「はい。お願いします」
老人は頷いた。
「多面的な意見があるでしょう。しかし、私が思うには、まず問題は貧相な公共意識と階級社会だったと思います。そこでは社会正義、愛、自由、平等などといったものは大事なものとして守られませんでした。
ほとんどの大衆は皆どこか不真面目で、それらについて議論することなどありませんでした。すれば笑われてしまうものでした。政治を話題にした時のように、本当に大事なことであるほど冷笑的なのです。
そうしておけば、自分を相手より一段上だと思えるからでしょうか。そのお手軽さこそが人が反知性主義に惹かれる魅力でしょう。一切の努力や誠実さは必要とされないのです。しかし、自分が相手よりも上だと思うことは錯覚です。
おかしなことに上下感覚は非常に強いのに、自分たちが明らかな階級社会に属していることには、多くの人が無自覚でした。尋ねてみれば、自分は労働者階級ではない、と多くのサラリーマンが答えたことでしょう」
今も昔も客観視は難しいものだな、と寛は思った。
「また、笑いとは生活の上で時には良いものですが、時には思考停止です。笑いとは精神的なお酒なのです。バラエティの溢れる現在の日本はまさに総酩酊状態です。
それにしても、この不真面目さへの欲求はどこから来るのでしょう?きちんと誰かと真正面から同じ地平で向き合うということをしなかったのはなぜでしょう?人間は本質的に怠惰なのだともいえるでしょう。しかし、そこにだけ問題を求めるのは身勝手な支配層の論理です。
私達階級社会に住むもの全ては、上や下から他者を見ることに慣れすぎたのではないでしょうか。人間は本質的に対等で、一個の人間同士でしかないということを忘れているのではないでしょうか。すべての社会的、精神的装飾品を外して、お互いを尊重するという意識がなかなか表れません。私達は何かいつも着飾ろうとしてしまうのかもしれません。まっすぐにただその人を見つめるということが出来ないのです。
『先生』という言葉を醜いと思ったことはありませんか?」
寛は思い当たる節があった。小出水も織田も熊野もそうだし、中学や高校に上がってからもろくな教師はいなかった。まず彼らは偉ぶるのだ。自分たちは教師なのだから、尊敬されて当然だという意識なのだ。だが、心から彼らを尊敬していた生徒など一人でもいるのだろうか。
「自分が偉いということを前提に語られる言葉は薄っぺらいですよね」
寛が言う。
老人が頷く。
「そうですね。もしも子どもたちの幸福を願う本当の『先生』がいるのなら、子どもたちに対等な目線で真摯に向き合うはずです。子どもたちは劣っているわけではないのです。私達は少し先に生きているだけで、『偉い』わけではないのです。
恐らく改憲前まではそういった教師もいたでしょう。教養や豊かな文化的価値観を背景に生徒に教えられるような、生徒の人間の幅を広げてくれる教師です。
しかし、そういった生徒が量産されてしまうと困るのが支配層です。多くの国民は愚かなままでいてもらわなければ困る。僅かな才あるものだけは良いコマとして登用してやるが、それだって階級社会に馴染むように教育せねばならない。
そういった国家の意図は人文社会系の教育予算を削減する方向性からも、以前から見え隠れしていました。
そして決定的なのは憲法二十六条第三項が新たに書き加えられたことです。『国は、教育が国の未来を切り拓く上で欠くことのできないものであることに鑑み』と国家のために教育はあるのだと規定されてしまいました。子供の自由な未来、幸福に資するためのものではなくなってしまったのです。
かくて唯一人の『個人』としての人間的成熟を促すような教師は排外され、国家が指定する規格に逆らわないか迎合する教師だけが残ったということでしょう」
最初に学校でどんな教育を受けているのかを聞いたのは、これを確認する意図もあったのかと寛は気づいた。
確かに教育勅語を振り回すような教師以外にも優しげな教師はいることにはいたが、そういった教師は発言権が弱く、隅の方に追いやられている印象だった。きっと、彼らは時代が違えば子どもたちに真摯に向き合う誠実な先生でいられただろう。そして、その誠実さ故に現在隅に追いやられているのだ。
「私達は小さい頃から階級社会という構造に慣れすぎました。階級というものの中で生きることしか許されず、取り込まれてしまっているのです。そして、取り込まれているがゆえに意識することが難しくもあります。
階級社会に疑問を持たず、それどころか階級社会であることは正しくて、その秩序を守ることはさらに正しいのだと教えられます。先輩に敬語を使わない後輩を見て、苛ついたことはありませんか?あるとしたら、あなたはすでに取り込まれているのかもしれません」
寛は言われてみればそうかもしれないと思った。しかし、反面それは普通のことなのではないかという反論が不気味にも自動的に浮かび上がってきた。
「でも、そうじゃないと社会はうまく回らないのではないでしょうか?あらゆる人に敬語を使わないというのはある意味すごいですが、無用の軋轢ばかり生みそうです」
〔自由及び権利の保持義務と公共福祉性〕
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
〔憲法尊重擁護の義務〕
第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
●自民党日本国憲法改正草案
(国民の責務)
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。
(憲法尊重擁護義務)
第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う 。
「一体どうしたら良かったんですかね?戦後七十年も経っていたのに、こんな亡霊染みた連中に付け込まれるなんて」
寛は不思議にさえ思った。
「そうですね。それはまた難しい問題ですね。また、たらればの話になってしまいますから、どうしても理想的な話になってしまいそうです。それでも聞きますか?」
「はい。お願いします」
老人は頷いた。
「多面的な意見があるでしょう。しかし、私が思うには、まず問題は貧相な公共意識と階級社会だったと思います。そこでは社会正義、愛、自由、平等などといったものは大事なものとして守られませんでした。
ほとんどの大衆は皆どこか不真面目で、それらについて議論することなどありませんでした。すれば笑われてしまうものでした。政治を話題にした時のように、本当に大事なことであるほど冷笑的なのです。
そうしておけば、自分を相手より一段上だと思えるからでしょうか。そのお手軽さこそが人が反知性主義に惹かれる魅力でしょう。一切の努力や誠実さは必要とされないのです。しかし、自分が相手よりも上だと思うことは錯覚です。
おかしなことに上下感覚は非常に強いのに、自分たちが明らかな階級社会に属していることには、多くの人が無自覚でした。尋ねてみれば、自分は労働者階級ではない、と多くのサラリーマンが答えたことでしょう」
今も昔も客観視は難しいものだな、と寛は思った。
「また、笑いとは生活の上で時には良いものですが、時には思考停止です。笑いとは精神的なお酒なのです。バラエティの溢れる現在の日本はまさに総酩酊状態です。
それにしても、この不真面目さへの欲求はどこから来るのでしょう?きちんと誰かと真正面から同じ地平で向き合うということをしなかったのはなぜでしょう?人間は本質的に怠惰なのだともいえるでしょう。しかし、そこにだけ問題を求めるのは身勝手な支配層の論理です。
私達階級社会に住むもの全ては、上や下から他者を見ることに慣れすぎたのではないでしょうか。人間は本質的に対等で、一個の人間同士でしかないということを忘れているのではないでしょうか。すべての社会的、精神的装飾品を外して、お互いを尊重するという意識がなかなか表れません。私達は何かいつも着飾ろうとしてしまうのかもしれません。まっすぐにただその人を見つめるということが出来ないのです。
『先生』という言葉を醜いと思ったことはありませんか?」
寛は思い当たる節があった。小出水も織田も熊野もそうだし、中学や高校に上がってからもろくな教師はいなかった。まず彼らは偉ぶるのだ。自分たちは教師なのだから、尊敬されて当然だという意識なのだ。だが、心から彼らを尊敬していた生徒など一人でもいるのだろうか。
「自分が偉いということを前提に語られる言葉は薄っぺらいですよね」
寛が言う。
老人が頷く。
「そうですね。もしも子どもたちの幸福を願う本当の『先生』がいるのなら、子どもたちに対等な目線で真摯に向き合うはずです。子どもたちは劣っているわけではないのです。私達は少し先に生きているだけで、『偉い』わけではないのです。
恐らく改憲前まではそういった教師もいたでしょう。教養や豊かな文化的価値観を背景に生徒に教えられるような、生徒の人間の幅を広げてくれる教師です。
しかし、そういった生徒が量産されてしまうと困るのが支配層です。多くの国民は愚かなままでいてもらわなければ困る。僅かな才あるものだけは良いコマとして登用してやるが、それだって階級社会に馴染むように教育せねばならない。
そういった国家の意図は人文社会系の教育予算を削減する方向性からも、以前から見え隠れしていました。
そして決定的なのは憲法二十六条第三項が新たに書き加えられたことです。『国は、教育が国の未来を切り拓く上で欠くことのできないものであることに鑑み』と国家のために教育はあるのだと規定されてしまいました。子供の自由な未来、幸福に資するためのものではなくなってしまったのです。
かくて唯一人の『個人』としての人間的成熟を促すような教師は排外され、国家が指定する規格に逆らわないか迎合する教師だけが残ったということでしょう」
最初に学校でどんな教育を受けているのかを聞いたのは、これを確認する意図もあったのかと寛は気づいた。
確かに教育勅語を振り回すような教師以外にも優しげな教師はいることにはいたが、そういった教師は発言権が弱く、隅の方に追いやられている印象だった。きっと、彼らは時代が違えば子どもたちに真摯に向き合う誠実な先生でいられただろう。そして、その誠実さ故に現在隅に追いやられているのだ。
「私達は小さい頃から階級社会という構造に慣れすぎました。階級というものの中で生きることしか許されず、取り込まれてしまっているのです。そして、取り込まれているがゆえに意識することが難しくもあります。
階級社会に疑問を持たず、それどころか階級社会であることは正しくて、その秩序を守ることはさらに正しいのだと教えられます。先輩に敬語を使わない後輩を見て、苛ついたことはありませんか?あるとしたら、あなたはすでに取り込まれているのかもしれません」
寛は言われてみればそうかもしれないと思った。しかし、反面それは普通のことなのではないかという反論が不気味にも自動的に浮かび上がってきた。
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