死んだと思った愛犬が生き返った。何言っているか(略

雪楽党

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6話

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 夏はあっという間に過ぎていき、秋が来た。
 世間ではいまだに物騒な事件が続いている。
 そんなことを余所に紅に染まった木々を眺めながらいつものようにゆきとともに通学路を歩く。
「お兄様、この景色は実家のほうがきれいですね」
 ゆきが少し自慢げに言う。
 確かにそうだ、家の近くにある山のふもとに川が流れているのだが、そこが小さな渓谷になっており、崖には木々が生え、秋には紅に染まる。
 よく、ゆきと共にそこを歩いたものだ。
 普段ならクマが怖くて近づくこともできないが、犬である彼女がいればそこそこ安心して近づくことができた。
「そうだな。だが、街路樹が紅葉に染まるのもいいだろう?」
「確かに新鮮で美しいとも感じますね」
 俺がそういうとゆきは納得したようにうなずく。
 この街は日本ではそれほど大きいわけでもないのだが、やはり実家に比べると天と地ほどの差がある。
 田舎で育った俺にとっては最初困惑するばかりだったが、海斗と早紀のおかげですぐになれることができた。 
 あの二人には感謝してもしきれないな。
「真にゆきちゃんやないか、おはような」
 信号待ちをしていると早紀に声を掛けられた。
「おはようございます!」
「おはよう。早紀」
「なんや、ゆきちゃん。まだうちに敬語なんか?」
 ゆきが敬語を使ったことに不服そうに頬を膨らませる早紀。
 それを見て「えっと……あの」と慌てるゆき。
 ゆきの慌てる様子をみて早紀は噴き出すと「冗談や。でもなれたらタメでな?」と、優しく声をかけた。
「はい!」
 早紀の言葉にゆきは元気に返事をする。
 その後、軽く雑談を交わしながら信号待ちをしていると反対側で猫背のままうなだれて歩く海斗の姿が見えた。
「おーい!」
 俺が海斗に気が付いてもらおうと声を掛けつつ手を振る。 
 しかし彼はそれに反応することなく、歩いていく。
「めずらしぃなぁ」
 早紀は驚いた、といった感じでつぶやく。
 そう、珍しいのだ。        
「何かったのでしょうか?」
 不安そうに尋ねるゆき。
 聞いてみればわかるだろう、と言い信号が青になると渡り、海斗に駆け寄った。
「おい、海斗。どうしたんだよ?」
「あ? あぁ。真か……」
 海斗の肩を叩いて声をかけると呻くような声で返事が返ってきた。
「ちょっと、なしたんや? その隈」
「あ、あぁ。ちょっと昨日夜遅くまでゲームしててな……」
 早紀の問いに海斗はボソボソと答えると、ゆきは安どのため息を吐いた。
「なんですか。そんなくだらないことですか」
 すると次には忌々し気に言う。
 それに海斗は自虐気味に「すまんすまん」と笑った。
「ほんまに心配したうちが阿呆やったわ……」
 呆れ気味に早紀がいうと、海斗は何も言わずに笑った。
 そこに、多少の違和感を感じたのは気のせいだったのだろうか。

 授業が始まると海斗は当然のように睡眠をとり始めた。
 ホームルームこそ舟をこぎながらもなんとか起きていたが、授業までは持たなかったようだ。
「幸せそうに寝てますね」
 隣のゆきが海斗の寝顔を見て笑う。
 改めて俺も見ると幸せそうに時折笑いながら寝ている。
 人生楽しそうだな。思わず出かけた言葉を呑み込む。
 案外こいつも何も考えていないようで考えていたりする。
「あらぁ? 海斗君、なにをしているのかしら?」  
 教鞭をとっていた築茂が振り返り、海斗に声をかける。
 当然、海斗からの返事はない。
「い・ね・む・り?」
 何故か誘惑するかのような声を出す築茂。
 俺は慌てて海斗の肩を叩く。
「おい、先生にバレてんぞ」
 すると海斗は目をこすりながらこう言った。
「うっせえクソカマ野郎。さっさとそのイチモツきりすてろ」と。
 教室の空気が凍る。
 あちこちで小声で何かを話し合っている声が聞こえる。
 まずい、非常にまずい。
「海斗君? おきなさい?」
 眉を痙攣させながらも海斗に歩み寄り優しく声をかける築茂。
 時に、海斗と築茂は甥と叔父の関係にある。
 故に俺たちが知らないようなことを海斗はいろいろ知っているのだが――
「彼女に振られたショックでアタマのネジが数本吹き飛んだクソカマ野郎がなんかいってる~。昔はまだまともだったのに、今ではこんな風になってしまってぇ……お父さんかなしぃぞぉ」
 恐らく、その中でも最も爆弾発言をした。
 その言葉を聞いた瞬間、築茂は静かにこういった。
「海斗、起きろ。職員室いくぞ」
 あまりに冷たい一言におぼろげな状態だった海斗の脳は覚醒した。
 バッと上体を起こし、築茂を見つめる海斗。
「いや、これはその……あはは」
 どうやら、自分が何を言ったのかは覚えているようで何とか取り繕おうと必死になっている。
「いくぞ」
「……うす」
 しかし、静かに築茂にドアの方を指さされるともはや逃げ場はないとあきらめたようだ。
 席を立つとき、海斗は死んだような顔をして「いってくる」とだけ言った。
 それに俺も席を立って答える。
「死ぬんじゃねぇぞ……」
「おう」
 俺と海斗は拳をぶつけ合い、抱きしめあう。
「じゃぁな」
「今生の別れだ」
 言葉を交わす。
「何馬鹿やってんねん」
 静かに早紀の言葉が刺さる。
 男子高校生なのだ、このぐらいのバカはしてみたいじゃぁないか。

授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったことを確認した俺たちは海斗の様子を見に行った。
すると職員室の前で話す海斗と築茂の姿。
「――ったく、二度とやるんじゃねぇよ?」
「ごめん、優斗さん」
そんな会話が聞こえてきた。
恐らく本心で海斗は馬鹿にしたわけではないのだろうし、築茂もそれをわかっている。
だからこそ、海斗に微笑んで。
「ほら、友達が来たわよ」
「おう」
 海斗は築茂の言葉にそう返すと俺たちのほうに駆け寄ってきた。
 どうやらこってり絞られたようで、目の下の隈も余計深くなっているように見える。
「どうだった?」
「怖かったさ」
「だろうな」
 俺の問いに海斗は目をつぶって首を振り答える。
 よほど怖かったらしい。
 ゆきはゆきで海斗と築茂を交互に見て軽く怯えている。
 それに築茂は微笑んで手を振る。
「あ、早紀ちゃん、ちょっといいかしら? 例の話」
 すると海斗は何かを思い出したかのように早紀に声をかけた。
「はいはーい。ほな、ちょいと失礼するで」
「お、おう」
 早紀は俺たちに軽く手を振ると築茂に駆け寄っていった。
 そのまま、築茂と共に職員室に入っていった。
「なんだろうな?」
「さぁ。まぁでも大した話じゃないだろ」
 海斗の問いにおれはぶっきらぼうに答えると踵を返した。
 それに、大切な話ならいつか俺たちにもしてくれるだろう。

 放課後、俺たちは早紀に言われて、教室に集められていたが当の早紀がこない。
「ったく……何してんだよ」
 悪態を吐く海斗。
 だがそれは純粋な嫌悪というよりは心配の念が大きいように感じた。
「みんな、またせてごめんなぁ」
 ガラガラとドアが開き、早紀が現れた。
「もう、早紀さん。待ちましたよ!」
 ゆきが軽く頬を膨らませる。
 早紀は「今度埋め合わせするから、ゆるしてや?」と言う。
 それにゆきは「了解です!」と笑みを浮かべる。
「で? どうしたんだよ」
 俺が話題を切り出す。
 よく見れば早紀の手にはファイルがあるがそれはこれに関係するのだろうか?
「じゃじゃん! みてやこれ」
「北海道の地図か?」
「正解や! いやーバカ海斗でもわかることはあるんやなぁ」
「誰がバカだ」
 その地図の中には赤い丸が複数記されていた。
 記憶が確かなら、そこは確か……
「来週末、みんなで旅行にいかへん?」
 早紀の言葉に全員が驚きの声を上げた。 
「どうしたんですか?! 急に?!」
 まずはゆきが疑問の声を上げた。
 すると得意げに胸を張る早紀が口を開いた。
「なんと! 我が家に臨時収入が入りまして! 学生4人くらいならうちの奢りで旅行にいけることになったんや!」
「おぉ……」
 三人でそろって感嘆の声を上げる。
「競馬かなんかでも当てたのか?」
 海斗の問いに早紀は人差し指を口元に充てると「内緒や」と微笑んだ。
 まぁ、さすがにそこまでは言えないよな。
「さっき先生に呼ばれてたのもそれが関係してたりするのか?」
「あー……関係してるといえばしてる……のかな?」
 どうも歯切れが悪い早紀。
「ま、まぁそんなことはどうでもええんや! 三泊四日で旅行するで!」
 張りきった調子でいう早紀と、ともにゆきは右手を上げて二人でガッツポーズを取る。
「俺とゆきは予定会うだろうけど……海斗は?」
「ちょっと、厳しいかもしんねぇ」
 俺が海斗に問うと海斗は悔しそうに言った。
「この変態さんがこなくても私たちは問題ありませんよ?」
 ゆきが海斗をからかうように言う。
 実は海斗の家はとても裕福ではなく、むしろ貧しくすらある。
 長男の海斗は自分の学費を払うために日夜バイトに勤しんでいるのだが……
「そうか、なら――」
「なんや、来てくれへんのか?」
 海斗が断ろうとした瞬間。
 少し目元を潤ませて尋ねる早紀に海斗は困惑していた。
 そして自らの予定が記されたスマホに内蔵されているカレンダーを睨みながら、溜息を吐いた。  
「いや、やっぱり行くよ」
「ほんまか?!」
 海斗の返答に早紀はパァァと笑顔を輝かせた。
 どうしたんだろうか、普段は海斗をからかって遊んでいる早紀がこんな風になるなんて。
 まぁ、こんなこともあるだろ。

「お兄様。小樽ってどんなとこなんですか?」
 夕食の食卓でゆきがそんな風に訪ねてきた。
 そういえば俺も小樽に行ったことなかったな。
「あー……ガラスとかが有名だった気がする」
「しらないんですか?」
 ジト目で尋ねてくるゆき。
「なんだよ、悪いかよ」
 俺が目をそらして言うとゆきは嬉しそうに笑って。
「いいえ、私とお兄様二人で新しいことを楽しめるんですね」
 と満面の笑顔で語った。
 思えばそうだったかもしれない。
 いつも俺がコイツに楽しいものを教えるばかりだった気がする。
「そうだな」
 だが俺は恥ずかしくて、そう答えることしかできなかった。
 それでも嬉しそうに肩を揺らしながら食事を摂るゆき。
 なぁ、と声をかけると彼女は箸を止めてこちらを見つめてきた。
「今度、お前が知ってる面白いことも俺に教えてくれよ。いっつも教えてばかりで不公平だろ?」
 そういった瞬間、俺はしまったか。と思った。
 何が不公平だ。
 いつもコイツは首輪でつながれて俺の半分も世界を知らないのに。
 それこそ不公平じゃないか。
 発言を取り消そうと言葉を紡ごうとして口を開いた瞬間。
 ゆきは「はい!」と元気に答えた。
「意外と、お兄様が知らないことも。わたし、知ってるんですよ?」
 すこし含み気味みに笑う。
 俺はその言葉を聞いて安心した。
「そうか、なら頼むよ」
 この少女が俺を、生まれてから死ぬまで束縛した俺を恨んでいなくて。
 俺はそれだけで、少し救われたような気がした。
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