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第1章 統一戦争
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戦車の上で一人の少女が風を浴びながら呆然と遠くを見つめていた。
「中隊長、どうしたんですか?」
少女の左斜め後ろに座る装填手が訊ねて来る。
彼は士官学校を卒業したばかりの若い兵で、将来的には小隊長や中隊長になる予定である。
「少尉、何でもないわ、気にしないで」
少女は毅然として答えた。
少女の名前はリューイ・ルーカス、階級は中尉だ。
いま彼女は東欧に存在する小さな小国、バルトニア共和連邦国唯一の戦車中隊を指揮する中隊長となっている。
そしてその祖国は東部に存在する大国、ソビエト連邦との戦争を間近に控えている。
すると耳元のインカムから砂嵐が聞えたのちに男性の声が聞こえた。
「こちらバルトニア共和国政府、『夜は明けた』。諸君らは赤き星を潰しに行け」
端的な通信ではあったが、意図は十分に伝わった。
と言うよりも一種の暗号みたいなものだった。
リューイは装填手の若い少尉から通信機のマイクを奪い取る。
「諸君! 戦争が始まった! 国家の忠実なる犬である諸君らに与えられた任務は目の前の脅威を排除することだ!」
リューイの中でカチッと言う音がした。
彼女の前方に座る操縦手や背後に座る装填手もこの光景は見慣れていた。
むしろ、普段のリューイに時折違和感を覚えるほどだった。
「A・B・C各小隊は前へ、中隊本部車は我に続け」
リューイは小さく命令を下すと戦車のキューポラから身を乗り出した。
右から左へと視界を移すと計15両の戦車、斜め後ろにはもう1両戦車が控え、彼女の乗っている戦車も含めると計17両の戦車がここにあった。
五両ずつの小隊が編成され、右からA,B,Cと名前が振られている。
彼女の下知を聞き取った小隊長が砲塔から身を乗り出し、配下の小隊に命令を伝えると、全車両が前進を開始した。
また、背後を見るとトラックが数両続いている。
彼らはリューイの配下ではないが、行動を共にする自動車化歩兵部隊だ。
「さぁ、戦争の時間だ」
少女は小さく笑みを浮かべた。
しかし、異変は突然訪れた。
「中隊長! こちらC小隊長」
部隊がまだ、体勢を整えぬまま、通信が入った。
「どうした?」
リューイは努めて冷静に返すとともにC小隊の位置を捜した。
今現在我が中隊は小さな丘を登ろうとしていて、C小隊は小隊長や後続車両が続々と頂上に辿り付き始めている。
「前方敵戦車群、BT7かと」
リューイは汗を額に浮かべた。
まさに背筋が凍るとはこの事だろうか。
リューイは素早く脳を回転させ中隊を停止、またC小隊には少し下がるように命じた。
こちらにある戦車は一号戦車が大半を占めている。
17両の中隊のうち10両がそれであり、BとC小隊がそれぞれ5両ずつ持っている。
A小隊と本部のみ二号戦車を所持し、それでさえ500メートルで漸く敵の装甲を貫通できる程度の能力しかない。
いわば我々の中隊は接近してくる敵戦車群に対して完全に無力であるのだ。
だが、対戦車攻撃は戦車の役目では本来ない。
むしろ歴史的に考えれば――
「総司令部、こちら第1戦車中隊長、応答願う」
リューイはマイクを右手に持ったまま司令部へ通信を行った。
「こちら総司令部、どうぞ」
すぐに司令部員の声が帰って来る。
背後からは別な声も聞こえ、戦況がせわしなく動いていることが察し取れた。
「前方に敵戦車群。現在位置グリッドA―2。丘の頂上付近で待機中。砲撃支援を願う」
司令部員は一瞬黙ったが、すぐに返答を寄こした。
「了解、後方の第3砲兵大隊が支援砲撃を行う」
その言葉を皮切りにリューイは司令部との通信を終えた。
そして、周波数を変えるように通信機のすぐわきに座る装填手に命じると、今度は各小隊長に通信を発する。
「こちら中隊長、各小隊長へ。これより味方砲兵部隊により支援攻撃が行われる、その場で待機されたし」
それぞれの小隊長は口々に「了解」と答えると、配下の小隊員へ命令を伝えに向かうのが目に見えた。
右手に見えるA小隊のみが二号戦車を有している。
といっても500メートル以内でなければ眼前にいるBT7の装甲を貫徹するのは難しい。
わが部隊に打つ手なしと言ったところだ。
機動しながら後方へと回り込むことができれば何とか破壊することができるだろう。
(動きながら砲撃を当てるなんてドイツじゃあるまいし)
リューイはそう心の中で自らの思考を振り払った。
そして後続の自動車化歩兵部隊にも先ほど配下の小隊に出した命令を伝え、砲撃を待つ。
すると甲高い音を引き連れた砲弾が頭上を飛んでいった。
数度の爆発音が聞こえると同時に、また甲高い音が聞こえる。
(第二射もか)
リューイが少し関心していると通信機から声が聞こえて来た。
「こちら第3砲兵大隊、砲撃終了。前進されたし」
この言葉にリューイは「了解、支援を感謝する」とだけ返すと、A小隊の方を睨んだ。
そして再度通信機に向かって声を出す。
「こちら中隊長、聞こえるかしら?」
司令部や砲兵大隊と通信した時とは違う優しい声。
中隊員には優しく、外部には厳しく。
身内びいきと言われるかもしれないが、こうでもしないとリューイへ忠誠を示す兵がいなくなってしまうのだ。
「こちらA小隊長、感度良好、どうぞ」
すぐに渋い声が聞えて来る。
通信の相手はA小隊長、現場からたたき上げられた精兵だ。
彼とは統一戦争から長い間の付き合いとなっている。
「斜陣で丘から顔を出し、残敵がいれば掃討して」
リューイの命令を聞くと渋い声が「了解」と返し、A小隊が前進を開始した。
「C小隊は丘側面に展開、敵の迂回攻撃に注意して」
「了解です!」
リューイがそう言うと今度は若い声が帰って来た。
A小隊長と違い、C小隊長は士官学校を出ているいわばエリートだ。
そう言えば、装填手と同期と言っていた気もする。
「B小隊は現在位置で待機、何方のカバーもできるようにして」
「了解しました」
そしてB小隊は少女の声。
B小隊の小隊長とは士官学校が同期で、付き合いが最も長い。
リューイの指示を聞くと各小隊は次々に移動していく。
丘の奥で起きていることを実際に確認しない限り何も言えないが、有効な打撃を与えたことは確かだろう。
「こちらA小隊、敵残存戦車確認。BT7が5両」
リューイは考えるまでもなく、配下の小隊に命令を下す。
「A小隊、一時後退。B小隊は前進し機銃による牽制射撃、C小隊は側面から挟撃せよ」
命令を聞くと右手前方で丘の頂上から敵をのぞき込んでいたA小隊は少し後進し、稜線よりも後ろに移動した。
また、眼前にいたB小隊はそのまま前進を開始し、丘の頂上を目指す。
C小隊は命令通り丘を迂回するようにして左手前方へと向かっている。
すると移動を終えたB小隊から通信が入った。
「B小隊、交戦する」
通信と同時に戦場に銃撃音が響き渡る。
「A小隊前進せよ」
リューイがそう命令するとA小隊は一気に駆け、丘を登った。
視界不良になることを恐れ、リューイも前進することにする。
「操縦手、丘の頂上だ。一番見晴らしのいいところにつけろ」
そう命令すると彼女の乗る二号戦車は大きな音を上げて前進した。
ガタガタと彼女の華奢な体を揺らす。
しっかりと砲塔を掴み、何とか耐えているが、今にも吹き飛ばされそうだ。
「二番車、我に続け!」
後続の中隊本部予備車から体を出す副官にもそう叫ぶ。
優秀な副官だ。
本来なら参謀勤務なのだが、リューイが無理を言って中隊に組み込んだ。
おかげで、戦車運用能力は低いが、それよりも中隊にとってプラスになる面が大きい。
特に参謀本部にコネがあるのはリューイとしては非常にありがたかった。
リューイの車両が丘の頂上に登ったころ、通信が入った。
「A小隊長から中隊長へ、敵殲滅す」
通信を聞くまでもなかった。
丘の下から見下ろす景色、それは――
――地獄そのものであった。
1940年、ソビエト連邦が北方のフィンランド共和国に侵攻した日から二か月後の三月、バルトニア共和国連邦はソビエト連邦に侵攻した。
「中隊長、どうしたんですか?」
少女の左斜め後ろに座る装填手が訊ねて来る。
彼は士官学校を卒業したばかりの若い兵で、将来的には小隊長や中隊長になる予定である。
「少尉、何でもないわ、気にしないで」
少女は毅然として答えた。
少女の名前はリューイ・ルーカス、階級は中尉だ。
いま彼女は東欧に存在する小さな小国、バルトニア共和連邦国唯一の戦車中隊を指揮する中隊長となっている。
そしてその祖国は東部に存在する大国、ソビエト連邦との戦争を間近に控えている。
すると耳元のインカムから砂嵐が聞えたのちに男性の声が聞こえた。
「こちらバルトニア共和国政府、『夜は明けた』。諸君らは赤き星を潰しに行け」
端的な通信ではあったが、意図は十分に伝わった。
と言うよりも一種の暗号みたいなものだった。
リューイは装填手の若い少尉から通信機のマイクを奪い取る。
「諸君! 戦争が始まった! 国家の忠実なる犬である諸君らに与えられた任務は目の前の脅威を排除することだ!」
リューイの中でカチッと言う音がした。
彼女の前方に座る操縦手や背後に座る装填手もこの光景は見慣れていた。
むしろ、普段のリューイに時折違和感を覚えるほどだった。
「A・B・C各小隊は前へ、中隊本部車は我に続け」
リューイは小さく命令を下すと戦車のキューポラから身を乗り出した。
右から左へと視界を移すと計15両の戦車、斜め後ろにはもう1両戦車が控え、彼女の乗っている戦車も含めると計17両の戦車がここにあった。
五両ずつの小隊が編成され、右からA,B,Cと名前が振られている。
彼女の下知を聞き取った小隊長が砲塔から身を乗り出し、配下の小隊に命令を伝えると、全車両が前進を開始した。
また、背後を見るとトラックが数両続いている。
彼らはリューイの配下ではないが、行動を共にする自動車化歩兵部隊だ。
「さぁ、戦争の時間だ」
少女は小さく笑みを浮かべた。
しかし、異変は突然訪れた。
「中隊長! こちらC小隊長」
部隊がまだ、体勢を整えぬまま、通信が入った。
「どうした?」
リューイは努めて冷静に返すとともにC小隊の位置を捜した。
今現在我が中隊は小さな丘を登ろうとしていて、C小隊は小隊長や後続車両が続々と頂上に辿り付き始めている。
「前方敵戦車群、BT7かと」
リューイは汗を額に浮かべた。
まさに背筋が凍るとはこの事だろうか。
リューイは素早く脳を回転させ中隊を停止、またC小隊には少し下がるように命じた。
こちらにある戦車は一号戦車が大半を占めている。
17両の中隊のうち10両がそれであり、BとC小隊がそれぞれ5両ずつ持っている。
A小隊と本部のみ二号戦車を所持し、それでさえ500メートルで漸く敵の装甲を貫通できる程度の能力しかない。
いわば我々の中隊は接近してくる敵戦車群に対して完全に無力であるのだ。
だが、対戦車攻撃は戦車の役目では本来ない。
むしろ歴史的に考えれば――
「総司令部、こちら第1戦車中隊長、応答願う」
リューイはマイクを右手に持ったまま司令部へ通信を行った。
「こちら総司令部、どうぞ」
すぐに司令部員の声が帰って来る。
背後からは別な声も聞こえ、戦況がせわしなく動いていることが察し取れた。
「前方に敵戦車群。現在位置グリッドA―2。丘の頂上付近で待機中。砲撃支援を願う」
司令部員は一瞬黙ったが、すぐに返答を寄こした。
「了解、後方の第3砲兵大隊が支援砲撃を行う」
その言葉を皮切りにリューイは司令部との通信を終えた。
そして、周波数を変えるように通信機のすぐわきに座る装填手に命じると、今度は各小隊長に通信を発する。
「こちら中隊長、各小隊長へ。これより味方砲兵部隊により支援攻撃が行われる、その場で待機されたし」
それぞれの小隊長は口々に「了解」と答えると、配下の小隊員へ命令を伝えに向かうのが目に見えた。
右手に見えるA小隊のみが二号戦車を有している。
といっても500メートル以内でなければ眼前にいるBT7の装甲を貫徹するのは難しい。
わが部隊に打つ手なしと言ったところだ。
機動しながら後方へと回り込むことができれば何とか破壊することができるだろう。
(動きながら砲撃を当てるなんてドイツじゃあるまいし)
リューイはそう心の中で自らの思考を振り払った。
そして後続の自動車化歩兵部隊にも先ほど配下の小隊に出した命令を伝え、砲撃を待つ。
すると甲高い音を引き連れた砲弾が頭上を飛んでいった。
数度の爆発音が聞こえると同時に、また甲高い音が聞こえる。
(第二射もか)
リューイが少し関心していると通信機から声が聞こえて来た。
「こちら第3砲兵大隊、砲撃終了。前進されたし」
この言葉にリューイは「了解、支援を感謝する」とだけ返すと、A小隊の方を睨んだ。
そして再度通信機に向かって声を出す。
「こちら中隊長、聞こえるかしら?」
司令部や砲兵大隊と通信した時とは違う優しい声。
中隊員には優しく、外部には厳しく。
身内びいきと言われるかもしれないが、こうでもしないとリューイへ忠誠を示す兵がいなくなってしまうのだ。
「こちらA小隊長、感度良好、どうぞ」
すぐに渋い声が聞えて来る。
通信の相手はA小隊長、現場からたたき上げられた精兵だ。
彼とは統一戦争から長い間の付き合いとなっている。
「斜陣で丘から顔を出し、残敵がいれば掃討して」
リューイの命令を聞くと渋い声が「了解」と返し、A小隊が前進を開始した。
「C小隊は丘側面に展開、敵の迂回攻撃に注意して」
「了解です!」
リューイがそう言うと今度は若い声が帰って来た。
A小隊長と違い、C小隊長は士官学校を出ているいわばエリートだ。
そう言えば、装填手と同期と言っていた気もする。
「B小隊は現在位置で待機、何方のカバーもできるようにして」
「了解しました」
そしてB小隊は少女の声。
B小隊の小隊長とは士官学校が同期で、付き合いが最も長い。
リューイの指示を聞くと各小隊は次々に移動していく。
丘の奥で起きていることを実際に確認しない限り何も言えないが、有効な打撃を与えたことは確かだろう。
「こちらA小隊、敵残存戦車確認。BT7が5両」
リューイは考えるまでもなく、配下の小隊に命令を下す。
「A小隊、一時後退。B小隊は前進し機銃による牽制射撃、C小隊は側面から挟撃せよ」
命令を聞くと右手前方で丘の頂上から敵をのぞき込んでいたA小隊は少し後進し、稜線よりも後ろに移動した。
また、眼前にいたB小隊はそのまま前進を開始し、丘の頂上を目指す。
C小隊は命令通り丘を迂回するようにして左手前方へと向かっている。
すると移動を終えたB小隊から通信が入った。
「B小隊、交戦する」
通信と同時に戦場に銃撃音が響き渡る。
「A小隊前進せよ」
リューイがそう命令するとA小隊は一気に駆け、丘を登った。
視界不良になることを恐れ、リューイも前進することにする。
「操縦手、丘の頂上だ。一番見晴らしのいいところにつけろ」
そう命令すると彼女の乗る二号戦車は大きな音を上げて前進した。
ガタガタと彼女の華奢な体を揺らす。
しっかりと砲塔を掴み、何とか耐えているが、今にも吹き飛ばされそうだ。
「二番車、我に続け!」
後続の中隊本部予備車から体を出す副官にもそう叫ぶ。
優秀な副官だ。
本来なら参謀勤務なのだが、リューイが無理を言って中隊に組み込んだ。
おかげで、戦車運用能力は低いが、それよりも中隊にとってプラスになる面が大きい。
特に参謀本部にコネがあるのはリューイとしては非常にありがたかった。
リューイの車両が丘の頂上に登ったころ、通信が入った。
「A小隊長から中隊長へ、敵殲滅す」
通信を聞くまでもなかった。
丘の下から見下ろす景色、それは――
――地獄そのものであった。
1940年、ソビエト連邦が北方のフィンランド共和国に侵攻した日から二か月後の三月、バルトニア共和国連邦はソビエト連邦に侵攻した。
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