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第1章 統一戦争
12話
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さて、わたしの立案したプラン02が正式に採用されたわけであるが、一大尉にできることなどそれまでで、綿密な補給計画や進軍計画は別途参謀本部で立て直されるそうだ。
もとより私もそのような兵站計画など立てたくもない。
やはり戦争は銃火を向けあい、己の全力を賭すのが真価であり、その前段階である兵站はその手の者に任せておけばいいのだ。
下手に手を出して某有名な『ジンギスカン作戦』などやりたくもない。
当初こそ難色を示していた指揮官たちもここまで話が進むとむしろ協力的になり、私の軍内部での立ち位置はマスコットから「奇抜な新鋭大尉」という扱いになり始めていた。
「リューイ? 入っていい?」
物思いにふけながら事務をこなしているとリマイナの声が聞こえた。
現在彼女には戦車中隊第一小隊長の任が与えられている。
第二小隊には優秀なる副官のヴェゼモア・アルトマン。
第三小隊には騎兵大隊から転属してきたたたき上げの中尉ハルンスト・モリンスキー。
私の同期達は各小隊の分隊長や中隊本部に任じられ第一戦車中隊はラトビアでも最も士官比率の高い部隊となっていた。
また、ドイツからひそかに届けられた短機関銃を全員が装備し、第一小隊には同国から供与された歩兵支援用の一号戦車が配備され、順調にその戦力を拡大しつつある。
「ぜいたくを言うならもう二個小隊分ほしいところね」
リマイナの報告を聞き終えた私はこうつぶやいた。
一号戦車はルノー戦車に比べると火力では劣るが、連携能力で勝る。
市街戦や機動戦をやるのならば連携は欠かせない。
「え? あぁ! うん」
釈然としない回答に私は首を傾げた。
「どうしたの? なにかあるの?」
私が尋ねると彼女はしばし悩んでから口を開いた。
曰く、古参兵がリマイナに不信感を抱いているそうだ。
あぁ、なるほどと思った。
そういえば彼女には目立った軍歴というものがない。
今までは小隊長の操縦手という立場であったのがいきなり小隊長に昇進だ。
ふつうは分隊長や車長を経験してからなるものだのだが、人的資源に乏しいからと任命したのがミスだったと今更になって悔やむ。
もちろん中隊幹部はリマイナの実力をよく知っている。
学内での席次も私には及ばないが八位と優秀な部類だろう。
だが古参兵はなによりも経験を重視する傾向にある。
それは自らの地位を維持するために無意識にやっているものでもあるが、同時に兵の真価を見極めるうえで最も重要となる要素でもあった。
リマイナにはそれが不足している。
理解ある中隊員だと過信したが故にリマイナは現在危機的な状況に瀕している。
聞けば小隊訓練すらままならないときすらあるらしい。
これは、早急に解決すべきだろう。
とはいっても案が浮かぶわけでもないのでリマイナには一度下がってもらい、かわりにヴェゼモアを呼び寄せた。
そして彼に何かないかと尋ねると面白い案が飛び出してきた。
「模擬戦などいかがでしょう」と。
私はそれに興味をそそられ、詳しく聞いてみるとなるほど面白い。
各小隊5両、中隊本部に2両存在する戦車各車がトーナメント方式で模擬戦闘を行う。
最後に残った一両には中隊長からの恩賞がある。
これなら暇している隊員たちを喜ばせることもできるし、なによりリマイナの実力を見せることができる。
後日、上司である自動車化大隊の大隊長に模擬戦闘を行ってもよいかと尋ねると意外にも快諾が返ってきた。
「ぜひうちの隊員も見学させてほしい」とすら文章に連ねてあるほどだった。
結局自動車化大隊のみではなく各師団や軍高官、政府高官が戦車の真価を見極めに来るという名目で集まる国を挙げたイベントになってしまい、挙句の果てには広報活動の一環として国民の見学公募すら始まっていた。
「……こまったわね」
一人執務室で私はぼやいた。
思ったより大ごとになってしまった。
このことをリマイナに伝えると彼女は食い気味に「本当!?」と尋ねてきて、私が何事かと困惑していると「親を呼んでもいいか」と次に聞いてきた。
親思いでいい子だと私は感心するばかりであった。
……前世の親は生きているだろうか。
どうしようもない俺を最後まで見捨てなかったことには感謝している。
――いや忘れよう。
あれは幻想だ。
最近、前世の記憶があいまいになりつつある。
「ようやく今日ね……」
「どうしてそんなに疲れているんです?」
お前のせいだよとヴェゼモアに悪態をつきたくなったが抑える。
というのも、彼が上層部との連絡を取ったせいで気が付けば大ごとになり、私の書類仕事が増えていたのだ。
昼前にはすべて仕事を終わらせて午後は優雅に小隊の訓練でも見学しようかとウキウキ気分で執務室に帰ってきた私の目の前に、消し飛ばしたはずの書類の山々が再び立ちはだかっていた時の絶望感を彼は知っているのだろうか。
あれはすさまじいものだ。何しろその日の生きる活力をすべて失うのだから。
とはいえ、ヴェゼモアが受け持つ書類は私の数倍にも及ぶために文句は言えないのだ。
(だとしてもなんでアンタはそんなにピンピンしてるのよ)
私は信じられないようなものを見る目で彼を見た。
「いやー! 模擬戦闘、楽しみですよ!」
彼は愉快そうに笑った。
なるほど、自分が楽しむためか。
私が引き気味にヴェゼモアと会話を交わしているとふとリマイナの姿が目に入った。
「…………」
「声を掛けないんですか」
ヴェゼモアが私に尋ねてきた。
私はどうしようかと悩んだ。
日陰で一人静かに俯いている彼女を見れば当然声を掛けたくなる。
普段は太陽すら霞むような明るさの彼女が落ち込んでいれば心配して当然だ。
だが、
「いえ、いいわ。これは彼女が自分で解決すべき問題だもの」
あえて声はかけなかった。
彼女のそばにいてやれるのは何ヶ月あるのかわからない。
次の戦闘で私は死ぬかもしれない。
そのときに中隊長業務を受け持つのは彼女なのだ。
一人で立ち上がり、一人で全員を率いてゆく力強さを彼女には得てほしい。
「リューイ君、ここにいたのかい」
突然、声を掛けられた。
振り返ればそこにはウルマニスが。
「えぇ、あいさつ回りをしていました」
「なるほど、高級将校を相手にするのも疲れただろう」
「本当よ、何にも仕事してないクセに難癖つけてくるし……やってられないわよ」
私がため息を吐くとウルマニスが喉を鳴らして笑った。
「はっはっは、君が一番仕事していたのは私も知っているよ」
そういって彼は私の頭をなでた。
昔は拒否していたような気もするが、今となってはこの爺が祖父のように思えて仕方ない。
「で、今回の目的は何なのだね?」
ウルマニスが私に耳打ちしてきた。
「何のことでしょう」
私は愛想笑いで返す。
私情で演習を開いたとなれば許されたことではないだろう。
「戦意発揚とわが部隊の必要性を――」
「本当に食えぬ奴だな君は」
ウルマニスが声を落として私に威圧してきている。
さすがは政治家、恫喝もお手の物ということか。
「私の友のためですよ。彼女が苦しんでいるのは見るに堪えない」
「……そうか」
「問題にしますか?」
視線を交えることなく会話を続ける。
「いや、するはずがない。たとえ君が私情でこの演習を企画したのだとしても、開催の責任は私にある。なぜなら、この私が効果があると判断して実行に移させたからだ」
と含み笑いをして私に微笑んだ。
「ありがとうございます」
私は頭を下げ、謝意を述べた。
するとウルマニスは微笑んで
「気にすることはない。これも私たちの野望のためだ」
口角を吊り上げた。
もとより私もそのような兵站計画など立てたくもない。
やはり戦争は銃火を向けあい、己の全力を賭すのが真価であり、その前段階である兵站はその手の者に任せておけばいいのだ。
下手に手を出して某有名な『ジンギスカン作戦』などやりたくもない。
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「リューイ? 入っていい?」
物思いにふけながら事務をこなしているとリマイナの声が聞こえた。
現在彼女には戦車中隊第一小隊長の任が与えられている。
第二小隊には優秀なる副官のヴェゼモア・アルトマン。
第三小隊には騎兵大隊から転属してきたたたき上げの中尉ハルンスト・モリンスキー。
私の同期達は各小隊の分隊長や中隊本部に任じられ第一戦車中隊はラトビアでも最も士官比率の高い部隊となっていた。
また、ドイツからひそかに届けられた短機関銃を全員が装備し、第一小隊には同国から供与された歩兵支援用の一号戦車が配備され、順調にその戦力を拡大しつつある。
「ぜいたくを言うならもう二個小隊分ほしいところね」
リマイナの報告を聞き終えた私はこうつぶやいた。
一号戦車はルノー戦車に比べると火力では劣るが、連携能力で勝る。
市街戦や機動戦をやるのならば連携は欠かせない。
「え? あぁ! うん」
釈然としない回答に私は首を傾げた。
「どうしたの? なにかあるの?」
私が尋ねると彼女はしばし悩んでから口を開いた。
曰く、古参兵がリマイナに不信感を抱いているそうだ。
あぁ、なるほどと思った。
そういえば彼女には目立った軍歴というものがない。
今までは小隊長の操縦手という立場であったのがいきなり小隊長に昇進だ。
ふつうは分隊長や車長を経験してからなるものだのだが、人的資源に乏しいからと任命したのがミスだったと今更になって悔やむ。
もちろん中隊幹部はリマイナの実力をよく知っている。
学内での席次も私には及ばないが八位と優秀な部類だろう。
だが古参兵はなによりも経験を重視する傾向にある。
それは自らの地位を維持するために無意識にやっているものでもあるが、同時に兵の真価を見極めるうえで最も重要となる要素でもあった。
リマイナにはそれが不足している。
理解ある中隊員だと過信したが故にリマイナは現在危機的な状況に瀕している。
聞けば小隊訓練すらままならないときすらあるらしい。
これは、早急に解決すべきだろう。
とはいっても案が浮かぶわけでもないのでリマイナには一度下がってもらい、かわりにヴェゼモアを呼び寄せた。
そして彼に何かないかと尋ねると面白い案が飛び出してきた。
「模擬戦などいかがでしょう」と。
私はそれに興味をそそられ、詳しく聞いてみるとなるほど面白い。
各小隊5両、中隊本部に2両存在する戦車各車がトーナメント方式で模擬戦闘を行う。
最後に残った一両には中隊長からの恩賞がある。
これなら暇している隊員たちを喜ばせることもできるし、なによりリマイナの実力を見せることができる。
後日、上司である自動車化大隊の大隊長に模擬戦闘を行ってもよいかと尋ねると意外にも快諾が返ってきた。
「ぜひうちの隊員も見学させてほしい」とすら文章に連ねてあるほどだった。
結局自動車化大隊のみではなく各師団や軍高官、政府高官が戦車の真価を見極めに来るという名目で集まる国を挙げたイベントになってしまい、挙句の果てには広報活動の一環として国民の見学公募すら始まっていた。
「……こまったわね」
一人執務室で私はぼやいた。
思ったより大ごとになってしまった。
このことをリマイナに伝えると彼女は食い気味に「本当!?」と尋ねてきて、私が何事かと困惑していると「親を呼んでもいいか」と次に聞いてきた。
親思いでいい子だと私は感心するばかりであった。
……前世の親は生きているだろうか。
どうしようもない俺を最後まで見捨てなかったことには感謝している。
――いや忘れよう。
あれは幻想だ。
最近、前世の記憶があいまいになりつつある。
「ようやく今日ね……」
「どうしてそんなに疲れているんです?」
お前のせいだよとヴェゼモアに悪態をつきたくなったが抑える。
というのも、彼が上層部との連絡を取ったせいで気が付けば大ごとになり、私の書類仕事が増えていたのだ。
昼前にはすべて仕事を終わらせて午後は優雅に小隊の訓練でも見学しようかとウキウキ気分で執務室に帰ってきた私の目の前に、消し飛ばしたはずの書類の山々が再び立ちはだかっていた時の絶望感を彼は知っているのだろうか。
あれはすさまじいものだ。何しろその日の生きる活力をすべて失うのだから。
とはいえ、ヴェゼモアが受け持つ書類は私の数倍にも及ぶために文句は言えないのだ。
(だとしてもなんでアンタはそんなにピンピンしてるのよ)
私は信じられないようなものを見る目で彼を見た。
「いやー! 模擬戦闘、楽しみですよ!」
彼は愉快そうに笑った。
なるほど、自分が楽しむためか。
私が引き気味にヴェゼモアと会話を交わしているとふとリマイナの姿が目に入った。
「…………」
「声を掛けないんですか」
ヴェゼモアが私に尋ねてきた。
私はどうしようかと悩んだ。
日陰で一人静かに俯いている彼女を見れば当然声を掛けたくなる。
普段は太陽すら霞むような明るさの彼女が落ち込んでいれば心配して当然だ。
だが、
「いえ、いいわ。これは彼女が自分で解決すべき問題だもの」
あえて声はかけなかった。
彼女のそばにいてやれるのは何ヶ月あるのかわからない。
次の戦闘で私は死ぬかもしれない。
そのときに中隊長業務を受け持つのは彼女なのだ。
一人で立ち上がり、一人で全員を率いてゆく力強さを彼女には得てほしい。
「リューイ君、ここにいたのかい」
突然、声を掛けられた。
振り返ればそこにはウルマニスが。
「えぇ、あいさつ回りをしていました」
「なるほど、高級将校を相手にするのも疲れただろう」
「本当よ、何にも仕事してないクセに難癖つけてくるし……やってられないわよ」
私がため息を吐くとウルマニスが喉を鳴らして笑った。
「はっはっは、君が一番仕事していたのは私も知っているよ」
そういって彼は私の頭をなでた。
昔は拒否していたような気もするが、今となってはこの爺が祖父のように思えて仕方ない。
「で、今回の目的は何なのだね?」
ウルマニスが私に耳打ちしてきた。
「何のことでしょう」
私は愛想笑いで返す。
私情で演習を開いたとなれば許されたことではないだろう。
「戦意発揚とわが部隊の必要性を――」
「本当に食えぬ奴だな君は」
ウルマニスが声を落として私に威圧してきている。
さすがは政治家、恫喝もお手の物ということか。
「私の友のためですよ。彼女が苦しんでいるのは見るに堪えない」
「……そうか」
「問題にしますか?」
視線を交えることなく会話を続ける。
「いや、するはずがない。たとえ君が私情でこの演習を企画したのだとしても、開催の責任は私にある。なぜなら、この私が効果があると判断して実行に移させたからだ」
と含み笑いをして私に微笑んだ。
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