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第1章 統一戦争

26話

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 あの会議から2週間が経過し、残り1週間で作戦が開始される。
 イタリア・ドイツ連合の偵察により、敵の展開が予想された地点には強固な陣地が構築されていることが判明した。
 コンドル軍団にも攻勢計画を伝え、航空偵察も同時に行われている。
 敵に航空戦力がないことから円滑に航空偵察は行えてはいるのだが、うまく森林地帯に隠蔽しており、陣地の存在自体は確認できたものの、その具体的な部分については一切不明。
「大尉」
 私は航空偵察写真と地上部隊の偵察によりもたらされた情報に目を通しつつ、ロレンス大尉に声をかけた。
「はい」
「軍団本部に連絡して衛生中隊を派遣してもらいましょうか」
「……準備、でしょうか?」
 彼は不満げに尋ねる。
 攻勢計画を前に衛生中隊が派遣されてくると無駄に兵たちの不安を煽ることとなる。
 だとしても、だとしても。
「そうよ。負傷者が確実に3桁は出るわ」
 私の言葉にロレンスが息をのむ。
 いままでそれほど大きな被害は出なかったが、今度はそうはいかないだろう。
 たとえ士気が低下しようと、兵たちの命は守りたい。
「イタリア兵も受け入れてもらえるように依頼しなさい」
「……承知いたしました」
 不満げな顔をしたが、ロレンスは了承した。
 どの国の人間だろうと家族はいるのだ。
 なるべく、戦争によって悲しむ人間は減らしたい。
 願わくはすぐに戦闘が終わらんことを。


 それから一週間、その日は快晴であった。
 予報でもあと3日は雨が降らず、水不足になることも予想されたが、イタリア軍の浄水機によってそれも解消された。
 進軍を開始した我々をイタリアの輸水車が支え、円滑な進軍を行うことができた。
 そして我々は数時間ほど進み、敵の陣地がある地点を目前にして停止し、現在にらみ合いが続いている。
「本当に敵はいるんでしょうか?」
 ロレンス大尉が疑問を口にする。
「いるはずよ、わかるでしょう?」
 私の言葉に大尉が首を傾げた。
 言っていることがわからないのか。
「勘というやつよ」
「少佐殿の勘ですか。それは信じてしまいそうですね」
 彼の言葉に私は頬をくすりと緩める。
 すると私のもとに、イタリア兵が駆け込んできた。
「至急、お集まりください」
「解ったわ」
 
「お待たせいたしました」
 大隊が待機している地点より少し後方に下がったところに連隊長はいた。
 彼の配下の大隊長もおり、重要な話をするのだと思われる。
「突然申し訳ないね」
「いいえ、かまいません」
 アレッシオ大佐は脱帽し、礼をする。
 まったくどうにもなれないものだ。
 今まで男性至上主義や男性ばかりに囲まれてたからだろうか?
 女性に優しい人間に出会うと戸惑ってしまう。
「それでなのだが、君の隊の指揮権をわが隊が握ってもよいだろうか?」
 彼は顔を真剣なものにするとそう尋ねてきた。
 だが、拒否する理由もない。
 むしろ78連隊の指揮下に入ったほうが楽な点も多いだろう。
「かまいませんよ。むしろ入れていただけるのならありがたいです」

「そうか、頼りにする」
 アレッシオ大佐の言葉に私は「お任せください」と挙手の礼で応える。
「君の隊は川沿いに進撃し、敵の後方に進出してほしい。危険な任務だが、頼めるか?」
 彼は申し訳なさそうに私に言ってきた。
 わが隊にしかできない。
 重装備であり、もし孤立したとしても自力で突破できる。
「……わが隊は壊滅する所存で挑ませていただきます」
「申し訳ない」
 彼は頭を垂れる。
 78連隊はいくら指揮官が歴戦の勇といえど、ただの歩兵連隊に過ぎない。
 わが海蛇大隊のような特殊任務に従事する部隊とは色が違うのだ。
「海蛇大隊及び、大隊長リューイ・ルーカス少佐は78連隊の先鋒として川伝いに進撃、敵後方に迂回いたします」
 そう命令を復唱し、自らの部隊のもとに戻る。

 川と道の間には20mほど幅があり、うち道路がわの5mほどが急な斜面で、残りの15mほどが平らな河川敷になっている。
 高低差は人二人分ほどで、山から平面になっている部分はちょうど見えない。
「進め」
 私はそう命じると、川沿いに展開した部隊が進んでいく。
 4個中隊が100メートル程度に展開し、進んでいく。
 縦に長く伸びた隊列。
 横合いから攻撃を受ければどうしようもないなと思いながら先頭を進んでいく。
 片手にはドイツから支給されたカラビニエリを持ち、一兵卒と同じ心構えで戦闘に臨む。
 あたりは静まり返り、軍靴のザッザッという音と川のせせらぎだけが耳に入る。
 だが次の瞬間、銃声が響いた。
 そして響く数多の銃声。
 どうやら後続のイタリア部隊が交戦しているようだ。
「射撃不許可、進みなさい」
 私は援護を禁じるとそのまま前進の命令を出した。
 後ろからは銃声と戦闘機のエンジン音。
 そして野砲の爆発音と、戦闘は徐々に激しくなる。
「大隊、戦闘用意」
 私がそう命じると次々に後ろへ命令を伝達していく。
 まるで伝言ゲームのようだ。
 私の命令を聞くと各員は銃弾の確認と装填を行う。
 今回の戦闘に備え各戦闘員は多めの手榴弾と銃弾を用意させた。
 私は立ち止まり、後ろを振り返る。
 地図と見比べ、展開予定地に到達したことを確認する。
「各中隊斜面から射撃用意」
 私がそう命じると各中隊ごとに横隊と形成し、斜面に伏せる。
 それを確認した私はボルトを引き銃弾を装填する。
「私の射撃後、自由射撃とする」
 そういい、命令の伝達を確認した私はおもむろに山に向かい銃口を向け、発砲した。
 
 次の瞬間、敵の機関銃陣地からの応戦があり、各隊がそれに向かい発砲する。
「怯えるな! とにかく撃ちまくるのよ!」
 私はそう叫ぶ。
 だがいくら撃とうと敵の銃座は沈黙しない。
「少佐、近接するべきでは」
 ロレンス大尉が進言してくる。
「この弾幕の中をどうやって行けというの?」
「いっそのこと白兵攻撃するのはいかがでしょうか」
 その言葉に私は眉間にシワを寄せた。
「予定にない機動は同士討ちを誘発するわよ」
 頭の上を銃弾が飛び交う中私たちは論議する。
 私たちはともかく、イタリア兵はこちらとの演習をしたこともなければ戦闘訓練もまともにしていない、多少軍服を見慣れていても、即座に敵か味方かを判別することは難しいだろう。
「ですが、このままでは……」
 直後の爆発音。
 敵の山砲がこちらに指向し始めたようだ。
「損害報告!」
 私が叫ぶ。
「第1中隊負傷者なし!」
「第2中隊負傷者7名!」
「第3中隊異常なし!」
「第4中隊異常なし!」
 第2中隊が被弾したようだ。
 死者は出ていないようだが、負傷者は出ている。
「大隊長、ご決断を」
 ロレンス大尉がそう言ってくる。
 このまま撃ち合いを続けてもこちらに損害が重なるだけだ。
「……50名を選抜して2個小隊編成しなさい。選抜隊は私が指揮するわ」
「少佐殿?!」
「大隊指揮はロレンス大尉に委譲するわ」
 私がそういうと彼は異議を唱えた。
「貴方は仮にも大隊長なのです! ここを離れてはいけません!」
「指揮官は先陣を切るものよ! そう教えたのは貴方じゃないの!」
 彼の言葉に私はそう反論した。
 数年前、彼がまだ私の師であったころ『指揮官は先頭を進め』と勇ましく教鞭をとったのだ。
「…………」
「異議はないわね?」
 私の言葉にロレンス大尉は沈黙した。
「早く選抜しなさい。対象は短機関銃兵と小銃兵よ、軽機と重機兵は除外しなさい」
 私がそういうと彼は弱弱しく、「了解致しました」といった。


 1430。海蛇大隊は選抜部隊を編成。
 決死の切込みを決意する。
 指揮官はリューイ・ルーカス少佐。
「諸君は勇敢なる馬鹿よ」
 選抜隊に選ばれた兵士は皆突撃を志願した者たちだ。
 自ら死地に向かおうとする愚か者。
「でも私は諸君らを尊敬しているし、誇りにも思っているわ」
 その数50名。
「着剣。突撃用意!」
 私がそう命じると小銃兵が腰に付けた短刀を自らの銃に装着する。
 そして斜面にいつでも立てる姿勢で伏せる。
 私もそれに倣い伏せる。
 心臓がバクバク言っている。
 突撃と言えば無様に倒れていく姿が脳裏にこびりついている。
 戦争映画の悪影響だろうか?
 こんな状況で、死ぬことを考えてしまっている。
 そんな思いを振り切り、私は立ち上がった。
 次の瞬間、頬を銃弾がかすめる。
 飛び散る鮮血。
 足元に銃弾が落ちる。
 恐ろしい。
 怖い。
 だが不思議と弾はあたらない。
 なんだかいける気がしてきた。
「突撃!」
 私はそう叫ぶと山に向かって駆けた。
 背後に続くのは50名の精鋭。
 そして数百人の大隊員が援護してくれている。
 
 こうして、海蛇大隊の伝説が始まる。
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