98 / 127
第2章 新天地
53話
しおりを挟む1941年11月7日 午後1時
「勝った……のよね」
私は目の前で燃え盛る敵の戦車を見て呟いていた。
敵の大隊長との一騎打ちで見事に敵を撃破した。
「戦果確認しますか?」
操縦手の問いに私は小さくため息を吐いた。
こんなもので終わっていいのだろうか。
ひどくあっけなかった。
「いいわ。それよりもすぐに戦場に戻るわよ」
私はそう吐き捨てると戻るように命じた。
まだ戦闘は終わっていない。
すぐにでも戦車大隊をまとめ、後続の歩兵部隊を市街地に送る必要がある。
「リマイナ。終わったわ」
私は無線機でリマイナに語りかけた。
「うん。こっちももうすぐで終わりそう」
リマイナは丘の上から戦場を見下ろしていた。
「戦果は?」
リューイからの問いにリマイナは「大勝ってところかな」と笑った。
最初は互角に見えたそれもトゥハチェンスキが中央から離れると一気に勢いがこちら側に傾いた。
それはアウグスト少佐の手腕によるところが大きいだろう。
「それは結構。後続の歩兵部隊は前進を開始せよ。
リューイの命令を聞いたロレンス中佐は素早く応じた。
トラックに乗車した歩兵部隊を素早く市街地に送り込むと、すぐさま対戦車戦の態勢を整えた。
「旅団長。準備完了です」
すべてを終えるとロレンス中佐はそう答えた。
「統合軍全歩兵部隊はドロホヴァ市街へと突入せよ」
リューイ・ルーカスからの報告を聞いたロンメルはそう静かに命じたという。
彼の命令以下、統合軍第2、第3軍団が市街地へと突入。
さらに市街地外縁に展開していた戦車連隊は第1軍団の戦車師団によって駆逐された。
戦況はドイツ軍の圧倒的優勢。
ドロホヴォの陥落はもう間もなくであった。
「閣下。中佐との連絡が途絶致しました」
ドロホヴォ東方。
防衛司令部の一室でジューコフは絶望的な報告を聞いていた。
その報告は第1親衛大隊の壊滅を意味しており、それ即ちドロホヴォの陥落を示唆していた。
「番犬に負けた、か」
ジューコフはそう呟くとたばこを一吸いした。
「書記長に電文を」
彼はメモにペンを走らせると引きちぎって報告を上げてきた通信兵へ手渡した。
そこには「退却許可願う」と記されていた。
ドロホヴォ防衛部隊のほぼすべてはいまだに健在だ。
だが、トゥハチェンスキの部隊が壊滅した以上勢いは敵にある。
「戦車連隊も、半数が崩壊したのだろう」
信じられないっといった様子でメモを見つめる通信兵にジューコフはそう言った。
8個あった戦車連隊も4つが壊滅したという。
むしろ、4つが生き残ったというほうがいいだろうか。
「承知、致しました」
通信兵はそう応じると足早にジューコフのもとを去っていった。
「だが、何もしないというわけにはいくまい」
ジューコフは静かにつぶやくと、参謀を呼び寄せ部隊の再配置を行わせた。
「閣下。ジューコフ将軍からです」
ジューコフからの電文はすぐさまスターリンのもとへ届けられた。
「現在は歩兵部隊を市街地全域に幅広く配置し、必死の抵抗を続けているようです」
参謀の言葉にスターリンはうなった。
確かにこのまま打つ手がなければドロホヴォはほどなくして敵の手に渡るだろう。
問題はそのあとドイツ軍にモスクワを攻撃する余力が残っているか、否かだ。
「モスクワを火の海にしろということか」
スターリンはそう呟いた。
仮に、ドイツ軍には余力があり余っていて、ドロホヴォ攻略後にもモスクワを攻撃する余裕があるのなら、ここで無理にドロホヴォを守る意味はない。
「ドロホヴォに血の海を作るか、モスクワを火の海にするか。どちらかでしょう」
首都攻防戦となれば兵の士気は大いに上がるだろう。
しかし余りもリスキーだった。
一歩間違えれば首都陥落という状況下において指揮官たちは自由を失い、消極的になる恐れだってある。
そうなれば勝てるものも勝てないだろう。
「ダメだ。死守命令を出す」
スターリンは意を決した。
ドロホヴォを血の海にすることを選んだのだ。
「各地から戦力を抽出し続けろ。何があっても敵を止めるのだ」
スターリンの命令を聞いた参謀は酷く冷酷な顔で「わかりました」と応じた。
「失礼いたします」
参謀はそう言うとその場を去っていった。
彼と入れ替わるように、一人の少女が入ってきた。
「加勢は必要でして?」
後ろに男を引き連れた少女はスターリンへそう尋ねた。
「……いらしていたのですか」
あのスターリンが敬語を使った。
彼女は、イギリスからソ連へと派兵された義勇軍の指揮官であった。
「殿下が出るまでもございません」
スターリンは恭しく答えた。
「へぇ。番犬がずいぶんと好き勝手やっているようですけれど」
少女はそう言って笑みを浮かべた。
どこからその情報を。
スターリンは唇をかみしめた。
「殿下に何かありますと、外交問題になりますので」
彼はなおもそう言って答えた。
彼女の部隊を投入できればドロホヴォの戦いは楽になるかもしれない。
だが、彼女がもし戦死でもしようものなら、イギリスとの間に大きな禍根ができる。
「天啓がありましてよ」
「天啓……。ですか」
少女の言葉にスターリンは眉をひそめた。
無神論者である彼にとって彼女の言葉は癪に障るものであった。
「神などいない。いるのは誉高き過去の英雄のみです」
スターリンはそう言って天井を見上げた。
つられて、少女が視線を上げるとそこには16世紀のロシア指導者、イヴァン雷帝の肖像画があった。
彼はイヴァン雷帝を崇拝していた。
唯一無二の信じられるものとして自らの道を進んでいた。
「貴殿は何を信じておられるので?」
スターリンは肖像画を見つめた後、少女に視線を向けた。
「金髪の戦女神を」
その言葉を聞いて、スターリンは不思議そうな顔をした。
彼の記憶にはそんな神はいなかった。
「わたくしたちは好きにやらせていただきますわ」
少女はそう言うと、背後の男を引き連れて踵を返した。
「ジャスパー。やりますわよ」
少女の名はカミラ・ローズ。
イギリス王室の第3王女であった。
時は少しばかり遡る。
「殿下、なにを?」
1941年の5月。
独ソ戦が始まった翌日、カミラ王女はロンドン市街へと繰り出していた。
「大尉、この街をこんな風にした悪魔は誰でして?」
王女の問いにジャスパーは「ドイツ軍ですな」と答えた。
すると彼女は奥歯をかみしめた。
「わたくしたちですわ」
その言葉を聞いてジャスパーは首を傾げた。
「あの戦で敵の先鋒を海にはじき返していれば、そうは思いませんの?」
金色の髪を揺らしてカミラは悔しそうに言った。
街は復興が進んでいる。
だが、戦時中ということもあり中心部ばかりにそのリソースが割り当てられ、郊外はいまだに瓦礫が山となっている。
「殿下、我々はよく戦いました。責めるべきは参謀本部です」
ジャスパーは王女を慰めるように言った。
もっと早く、少なくともカミラ王女が出撃した時点で参謀本部は1個師団以上の援軍を送るべきであった。
だが、奴らはそれを渋った。
「そうかしら。わたくしたちはあまりにも無力でしてよ」
王女は悔しそうに涙を流した。
「あれは……王女殿下ではないか」
「なんでこんなところに」
「俺たちを慰撫しに来てくれたんじゃないか?!」
「なんと慈悲深い……」
気が付けば、王女を囲うように人だかりができていた。
彼らを見て王女は一瞬おびえた。
市民に恨まれている。
王女はそう思っていた。
「王女殿下のおかげでイギリスは持ちこたえたのだ!」
「救国の英雄である!!」
市民は口々にそう言った。
次第に彼らの熱は最高潮になり、一人の男が声を上げた。
「王女殿下に忠誠を!」
その言葉と同時に市民たちは跪いた。
彼らの様子を見て王女は絶句した。
「殿下、お言葉を」
呆然とするカミラにジャスパーはそう言って促した。
「……。わかりましたわ」
カミラは意を決して息を吸い込んだ。
取り囲む市民たちが彼女の言葉に耳を傾ける。
「貴方たちはわたくしを『救国の英雄』だと仰りますけれど、それは違いますわ」
王女の言葉に市民がざわつく。
「わたくしはあくまで先兵であっただけのこと。この国を誠に救ったのはあなた方国民でしてよ」
その言葉を聞いてさらに動揺が大きくなる。
王女の謙虚さに驚いたものが、そのほとんどだっただろう。
「私財を売り払い、国債を買い。身を削り国のために労働した。英雄は皆さまですわ」
王女は胸に手を当てると跪いた。
王族の人間としてあるまじき行為。
だが、カミラ王女なら許されるかもしれない。
「本当に、ありがとう」
彼女の言葉を皮切りに、囲んでいた者たちは「カミラ殿下万歳」と声を上げた。
王女とジャスパーはそれに微笑んで小さく手を振りながら静かにその場を去っていった。
「で、どこまでが計算内なんで?」
ジャスパーは視線もむけず王女に尋ねた。
王女は小さく微笑んで、空に祈りを捧げる。
「これも、神の御導き」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる