ラトビア転生記 ~TSしたミリオタが第2次世界大戦を生きる~

雪楽党

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第2章 新天地

52話

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「郊外の稜線に横隊で防衛線を作れ!」
 トゥハチェンスキは消極的になっていた。
 敵の撃退から、足止めへ。
 戦闘目標を変えていた。
「敵は三手にわかれたねぇ」
 エレーナは敵の様子を見てそう言った。
 のんきなものだが、彼らは常に後手に回らざるを得ない状況ゆえに仕方がない。
「大丈夫だ。稜線の優位性を活かそう」
 トゥハチェンスキは冷静にそう答えた。
 稜線から砲塔だけを出せば投影面積は小さくなる。
 対して相手はこちらに迫ってきており遮蔽物は一切ない。
 車両数に差はない。
 この二つの部隊で撃ち合えば確実に自分たちの部隊が勝つ。
 トゥハチェンスキはそう確信していた。
「落ち着いて狙え!!」
 彼はそう叫ぶと迫りくる敵を睨んだ。


「敵大隊の後ろには無数の戦車がいるようです!!」
 航空隊からの偵察報告を聞いて私は口角を吊り上げた。
 敵は戦車師団を投入したに違いない。
 しかもそのほとんどはまだ市街地にいる。
 対戦車装備を多数有する歩兵部隊を市街地に投入できれば、まさしくそこは狩場になるだろう。
「一発ぶちかますわよ!」
 合理性を棄てて私はそう叫んだ。
 ここで敵の精鋭部隊を撃破すればこちらの士気は大きく上がり、敵のそれは大きく下がる。
「撃て」
 私の号令と共に、主砲が唸った。


「敵大隊発砲!!」
「反撃!」
 敵の戦車はあろうことか走りながらこちらに向かって砲撃をしてきた。
「慌てるな! 精度は微塵もないはずだ!」
 トゥハチェンスキはそう言って声を上げる。
 移動しながら砲撃を命中させるというのは予想以上に難しいものだ。
 しかも、ソ連軍の戦車は稜線からほんの少し砲塔を出しているだけに過ぎない。
 
 だが、リューイは彼の想定を上回る。

「目標! 敵の先頭車両──!」
 トゥハチェンスキが射撃目標の支持をだした瞬間。
 彼の隣に位置していた戦車の砲塔が吹き飛んだ。
「うそ、だろ」
 信じられない光景にトゥハチェンスキは目を疑った。
 頬をかすめた鉄片に気づかないほど、驚いていた。
「馬鹿な。ありえない」
「大隊長! 指示を!!」
 呆然とするトゥハチェンスキを現実に引き戻したのはエレーナだった。
「あ、あぁ」
 トゥハチェンスキはそう応じると敵を眺めた。
 爆速でこちらに向かってきている。
 それにもかかわらず10発に1発はこちらの戦車に命中させ、次々とその数を減らしてくる。
「ッ! 総員前進!! 乱戦に持ち込む!」
 何を思ったか。
 トゥハチェンスキは焦っていた。


「敵戦車が向かってきます」
 リマイナの冷静な報告に私は少しばかり驚いた。
 稜線の優位性を活かして持久戦に持ち込むかと思ったが。
「一騎打ちをご所望か?」
 小さくつぶやくと無線機を手に取った。
「諸君! 敵は乱戦を望んているようだ。貴官らにはいささか不満かもしれないけど、大丈夫よね?」
「旅団長の訓練とどちらが厳しいでしょうか?」
 私の問いにアウグスト少佐が応じた。
 思わずくすりと笑うと「訓練のほうが厳しいかもしれないわね。所詮相手はソ連軍よ。リマイナの第3中隊よりはマシでしょ?」と答えた。
 リマイナ率いる第3中隊は模擬戦闘で無敗を誇る。
「アレより強いのが出てこられたら尻尾を巻いて逃げるしかないですな」
 アウグスト少佐の一言で、隊内が笑いに包まれた。
 私はその様子を見て、大丈夫だ。と確信した。
「総員! 全速前進!!」
 私はそう叫んだ。


 三方から迫るリューイに対して、トゥハチェンスキも三手に分けて迎撃した。
 お互いに1中隊同士が激突するような様相を呈した。
 統合軍のほうが練度で勝っていたものの、4号戦車に比べT34のほうが性能的に有利であり、戦況は互角であった。
 後方で待機していたロレンス中佐曰く「この戦闘は私の脳裏から離れることはないだろう」と言わしめた。
 両軍あわせて100両に及ぶ戦車が激突する様は独ソ戦の縮図のようであり、お互いが精鋭部隊ということもあり熾烈を極めた。
 もう一つ、両部隊に共通している点があった。
 それは、強力な狙撃手を有しているという点であった。

 トゥハチェンスキはエレーナを。
 リューイはリマイナを。
 
 彼らは優秀な狙撃手を後方に残し、砲撃支援を行わせた。
 

「右45度に転進!」
 私は素早く操縦手に命じると矢継ぎ早に「左3度の敵戦車!」と砲手へ命令を出す。
 トゥハチェンスキの姿は見えない。
 この乱戦で砲塔から身を乗り出すようなものが居ればそれはただの阿呆だ。
 動きから察知するほかない。
 私は覗視孔から周囲をにらみトゥハチェンスキを探す。
 

「後進!」
 同時に、トゥハチェンスキもリューイを探していた。
「右65度、撃て!!」
 目についた敵に片っ端から砲撃させるが、どれも手ごたえがない。
 違う、違う。
 これじゃない。
 トゥハチェンスキは必死にリューイを探した。

「見つけた」

 二人は、ほぼ同時に相手を見つけた。
 距離は100メートルほど。
 明らかに動きが違う。
「ここで殺す」
 二人はそう自らに言い聞かせるかのように宣言するとまっすぐ、好敵手へと全速で向かった。
「リマイナ」
「エレーナ」
 二人はほぼ同時に頼れる相棒へと無線を送った。
「手出しないで」
「手出しすんな」
 その通信を聞いた相棒たちは小さく微笑むとあきれた様子で承諾した。
 もとより、二人の決闘を邪魔する気は一切なかった。
 それよりも、露払いのほうが彼女たちの性に合っていた。

「それにしてもうまいなぁ」
 リマイナはそう呟いた。
 敵の狙撃手は確実にこちらの戦車を減らしつつある。
「こっちも頑張らなくちゃね」
 リマイナはそう呟くと気を取り直した。

「うまいね」
 エレーナは次々とつぶされていく味方の戦車を見てそう呟いた。
「なんだっけ。リマイナだっけ?」
 番犬の横に立っていた少女の名前を思い返す。
 自分ほど狙撃がうまい人間はいないと自負があった。
 だが、その自負が揺らぐほど彼女の砲撃はあまりにも正確であった。
「負けてられない」
 エレーナは小さくつぶやくと照準器から敵の戦車をにらんだ。

「全速前進!!」
 私は足元の操縦士にそう命じる。
 どうやら敵も同じ命令を出したようだ。
 視線の先にいる戦車が唸り声と共に黒煙を吐き出してこちらに向かってくる。
「さぁ。一騎打ちと行きましょう」
 私は口角を吊り上げた。

 お互いに戦車を全速で走らせる。
 まだ、必殺の間合いではなかった。
 この勝負、先に撃ったほうが負ける。
 片方が焦って砲を放てばもう片方は落ち着いて戦車を停止させて砲を撃つことができる。
「焦ってはだめよ!」
「焦るな!!」
 二人は厳しく命じた。
 急いてはことを仕損じる。
「右50度!! 転進よ!!」
「左30度に向けろ!」
 お互いに、戦車を同じ方向に向け、並行するように走りだす。
 彼我の距離は40メートルといったほどだろうか。
 お互いの間を林が抜けていく。
 二人は決意した。
 この林を抜けた先で勝負を決める。 

「──!!」
 私は操縦手に鋭く命じた。
 その命令にすべての搭乗員が怪訝そうな表情を浮かべた。
「いいのですか?!」
 たまらず操縦手は尋ねた。
 私は「何度も言わせないで頂戴」と答えた。
「よく狙いなさい。失敗すればすべてが水の泡よ」
 砲手に優しく言い聞かせる。
 私の……。
 いや、この戦争の趨勢が彼の双肩にかかっている。
 ここでトゥハチェンスキを殺せば敵の戦車大隊は崩壊する。
 そうに違いない。

「真横に照準を向けろ!!」
 トゥハチェンスキもまた、勝負を決めるべく砲手へ命じた。
 敵は平行に進んでいた。
 速度の差もそれほどないはずだ。
 林を抜けた瞬間、敵は何か動くはずだ。
 それにいち早く対応し番犬を仕留める。
「漸く、ようやくこの時が来た」
 トゥハチェンスキは小さくつぶやく。
 何度もあの番犬には予定を狂わされてきた。
 そのほかにも無数の転生者がいたに違いない。
 だが、それらすべてを跳ね除けるべく、トゥハチェンスキは暗躍した。
 そして今、敵は愚直にも装甲部隊すべてをこのドロホヴォに投入した。
 ここで、彼らを殲滅すればソ連の勝利は確実なものとなる。
「2度目の人生。今度は貴様を殺す」
 トゥハチェンスキは小さくつぶやいた。
「間もなく林を抜けます!」
 操縦手からの返答にトゥハチェンスキは胸を沸かせた。
 最後の段階で色々と誤算があった。
 だが、これですべてが終わる。
「神よ。お見守りください」
 彼は自らの信じる神へ言葉をささげた。
 戦女神。
 金色の髪を持ち、鷹の目を持つ彼女はまさしく現代戦の神であった。
「砲撃用意!」
 森を抜ける直前、トゥハチェンスキはそう叫んだ。
 これを抜けると真横には番犬の戦車が──……。

「は?」
 トゥハチェンスキは呆然とした。
 拍子抜けしたといえばいいのだろうか。
 林を抜けても敵の戦車が見えない。
「いったいどこに──」
 直後、斜め後ろから主砲の射撃音が響いた。

「私の勝ちよ」

 林の途切れる直前に戦車を停めさせたリューイは不敵に笑った。
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