ラトビア転生記 ~TSしたミリオタが第2次世界大戦を生きる~

雪楽党

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第2章 新天地

56話

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「エレーナ・アルバトフ少佐です」
「カミラ・ローズですわ」
 その日の昼下がり、激しい市街地戦が繰り広げられるドロホヴァ郊外においてエレーナの第1親衛大隊とカミラ王女率いる独立近衛戦車大隊は合流した。
「少佐が大隊長ですの?」
 王女はまっすぐな瞳でエレーナに尋ねた。
 するとエレーナは「大隊長は、戦死したので」と静かに答えた。
 彼女の返答を聞いて王女は小さくため息を吐いた。
「弔意を表させて頂きますわ」
 王女はそう言って小さく頭を垂れた。
 それを見てエレーナは驚いた。
 イギリス王女がこのような、一介の大隊指揮官が死んだことに弔意を表するというのは稀であった。
「貴隊は精強であると遠く離れたイングランドでも聞き及んでおりましたわ」
 王女の言葉を聞いてエレーナは目頭が熱くなった。
 彼女の言葉はトゥハチェンスキとエレーナの努力への賞賛に等しかった。
「ありがたき幸せ」
 そう言って跪いたエレーナに、背後の兵たちは目を見開く。
 トゥハチェンスキの背後について回り、彼以外に忠誠を示そうとしなかったエレーナがこうして王女に跪いた。
「『中佐』。貴女の力を貸して下さる? 一緒に野良犬狩りに赴きましょう?」
 彼女の言葉を聞いたエレーナは静かに「王女殿下に忠誠を」と答えた。
 カミラ王女は微笑むとエレーナの胸ポケットから中佐の階級章を取り出して彼女の手に握らせた。

 まるで、王女の言葉は神託に近かった。
 聴く者を魅了し、従えさせる。
「殿下は現人神かなにかですかい?」
 その光景を目の当たりにしたジャスパーがそう言って軽口を言う。
 彼の言葉を聞いた王女は天に祈りを捧げると小さく答えた。

「これも、神のご加護故のこと、ですわ」


「市街地の5割を喪失! 郊外の部隊も駆逐されつつあります!!」
 所は変わりドロホヴァ東部の防衛司令部。
 次々と舞い込んでくる報告はどれも絶望的な物ばかり。
「……もはや、ドロホヴァも無理か」
 ジューコフはそう言って地図をにらんだ。
 すでに市街地の5割と戦力の3割を消耗した。
 虎の子である親衛戦車大隊も大隊長を失い連絡が取れない。
 戦車師団も主力である戦車連隊を失い、もはや用をなさない。
「現在戦闘を行っていない部隊は後退! 戦闘中の部隊は遅滞戦闘に努めよ!」
 ジューコフの判断は素早かった。
 彼の命令を聞いた兵たちもよく動いた。
 配下にあった50の師団も彼の指揮に従いよく戦った。
 だが、ドイツ軍はそれを上回った。
 それだけだった。
「敗戦を悔いる暇などわれらにはない!」
 ジューコフは自らに言い聞かせるようにそう叫んだ。
「将軍! 市街地南方から敵戦車師団がこちらの退路を遮断しようと迫っています!」
 空軍からの報告を聞いた通信兵が血相を変えて飛び込んできた。
 さすがはドイツ軍の精鋭。
 時をわきまえている。
「3個師団で対応せよ! とにかく時間を稼げ! 1個師団でも、1個大隊でも! 一人でも多くモスクワへと脱出させるのだ!!」
 

「敵の退路を遮断せよ! 撤退する敵の側面を奇襲せよ!! 東部戦線はこの戦で決まる!!」
 南方から迫った戦車師団を率いていたのはホト大将であった。
 マンシュタイン、グデーリアン、そしてロンメルが優秀な装甲指揮官と名をはせているが、彼もそれに負けず劣らずの知将であった。
 第1次世界大戦で師団参謀として勤務した経験を活かし、戦場の空気をいち早く察知したホト大将は3個装甲師団と共に配下の部隊を離れて、ドロホヴァの背後を奇襲した。
「敵の戦車はもはや皆無! 番犬には感謝してもしきれないな!」
 ホト大将がそう言って大笑いをすると、無線機の奥から兵たちもつられて笑った。
「息子たちよ、私に花を持たせてくれよ?」
 大将はそう言って笑うと無線機の奥から「親父殿に花を持たせるとしようか!」とどこかの大隊長が声を上げた。
 ほかの者たちもそれにつられて「応」と答える。
 兵たちはホト大将を「親父」だの「パパ」などと呼んで親しんでいる。
 グデーリアンの部隊が『厳格』とすればこの部隊は『家族的』だろう。
 兵たちの家族意識が高く、士気も戦意も高い。
「敵の歩兵部隊が接近!」
 その報告を上げたのは、先頭を突き進む戦車中隊であった。


「死守せよ! 我らが同志を護るのだ!!」
 ソ連軍第65歩兵軍団。
 軍団長自ら無線機に向かって雄たけびを上げ、兵たちを鼓舞する。
 歩兵師団3つを有する彼らは南部から侵攻した敵戦車部隊の足止めを命じられた。
「329歩兵連隊が敵戦車中隊と交戦!」
 前線からの報告に軍団長は素早く答える。
「276歩兵連隊を投入! 敵は食い破ろうとしてくるぞ!」
 軍団長はすぐさまそう答えた。
 彼は、1939年のバルトニアとの戦争で前線を食い破られた経験があった。
 本来なら粛正されるはずだった彼も、トゥハチェンスキのおかげで生きながらえていた。
「敵の規模はどれほどだったか?」
 軍団長の問いに、参謀がすぐさま答えた。
「3個師団とのこと!」
 その言葉を聞いて軍団長は溜息を吐いた。
 ほぼ同数。
 練度ではおそらく相手が勝るだろう。
「野良犬ではないんだな」
 軍団長は念のためそう尋ねた。
 およそ2年前、野良犬には屈辱を喫している。
「野良犬も、猛犬(ブル)も狐もここにはおらぬようです」
 その言葉を聞いて軍団長は安堵した。
 リューイでも、マンシュタインでもないのならまだやりようはある。
 彼はそう断じた。
 

「敵が中央を固めてきたようです!」
 敵との交戦を始めた戦車中隊からの報告を聞いてホト大将はほくそ笑んだ。
「悪いが私は天才ではないのでね。こざかしく行かさせてもらう」
 彼が天才というのは言わずもなが、若い3人の部隊長たちであった。
 グデーリアン、ロンメル、そしてリューイ・ルーカス。
 彼らは敵と当たるといともたやすく中央を食い破る。
 もしくは、敵の裏に浸透して見せる。
 ホト大将にはそんな『戦の才能』はなかった。
 だからこそ、自らの知略を全力で行使した。
「さらに、さらに北へと向かえ! 敵を揺さぶってやろうではないか」
 ホト大将はそう言うと、部隊の針路を転じさせた。
 戦車師団の優れている点。
 それは、火力でも、装甲でもない。
 圧倒的な機動力であった。
 歩兵部隊に勝るその速度で北進を開始した。


「敵部隊が北へと向かい始めました!」
 第65歩兵軍団もそれに素早く察知した。
 敵の意図をつかみかねた。
 たとえ敵がこのまま、北上したとしてもこちらの側面や後方を突くことはできない。
 少数の部隊の側面を突いたとしても、ソ連軍はすぐさま前線を敷きなおすことができるだろう。
「愚将か?」
 軍団長はそういって地図をにらんだ。
 その瞬間、あることに気が付いた。
「敵の目標はモスクワだ! 今あそこは無防備だ!!!」
 敵の針路はソ連の首都へと向かっていた。
 今、モスクワの守備隊のほとんどをこのドロホヴァに展開している。
 この状態で敵の3個師団が首都に突入すればあっけなく陥落しかねない。
「ジューコフ閣下に連絡せよ! 最優先である!!」
 軍団長はそう叫んだ。
 

「敵の3個師団がモスクワに転進!」
 その報告はすぐさま届いた。
「それは間違いないな?!」 
 通信兵の報告にジューコフはそう尋ねた。
 今現在、モスクワへと続く街道には10個ほどの師団が撤退している。
 彼らを蹂躙しながらモスクワに迫られてはたまったものじゃない。
「撤退中の4個師団と対応中の3個師団の合計7個師団で敵を撃退せよ!」
 ジューコフはここが正念場だと確信した。
 今や市街地に展開していたほとんどの部隊が撤退用意を完了させつつある。
 もう少しで、後退を成功させることができる。
「前線は少しずつ下がれ! とにかく時間を稼げ!!」


「親父殿! 前方から敵の4個師団が迫っとるようです!!」
 北へと針路をとったホト大将は一見、危機的状況にあった。
 ドロホヴァ後方に迫ったものの、敵の師団に妨害され、かく乱のために北へと針路をとった。
 しかしその先には撤退中だった歩兵師団が無数におり、そのうちの一部が彼らの元へと向かってきた。
 結果として、前後を敵の歩兵部隊に挟まれるような形になった。
「来たか。諸君、逃げるとしよう」
 ホト大将はあっさりそう言った。
 その言葉に兵たちは驚きの声を上げた。
「親父殿! 俺らなら敵を蹴散らせます!!」
 意義を唱える者もいたが、ホト大将は余裕ある笑みで答えた。

「悪いが、私たちは囮にすぎん」
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