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最終章 終わりの刻
10話
しおりを挟む「神のご加護があらんことを。悪魔を討ち滅ぼしなさい」
戦闘を続ける私たちの隊内無線に少女の声が響いた。
声の主は一瞬でわかった。
「カミラ王女?!」
一体なぜ。
自問する暇もない、敵に隊内無線の周波数を把握されたと言う事だ。
今後は一切の無線通信が敵に傍受される。
「総員! 無線封──」
砲塔から身を乗り出して声を上げた。
だが、私の目の前に広がる光景は普段とは全く違う物だった。
皆が、皆が私を見ている。
しかしその視線に籠る感情はいつものような『尊敬』『畏怖』などではなかった。
「神に仇成す異教徒に死を」
リマイナは私を睨んでそう呟いた。
明確な殺意。
リマイナが今私に殺意を向けている。
ハッとした私は足下に視線を向けた。
「大佐殿!どうするんですか!」
操縦手も、装填手も、砲手も、通信手もみな正気なようだ。
「右40度! 全速前進!」
思わず、そう叫んだ。
突拍子も無い命令に操縦手は戸惑うことなくすぐさま応じた。
その直後、今まで私たちがいたところが爆ぜた。
「謀反、にしては唐突よね」
私は小さく呟いた。
「あの腐れ王女の仕業ね」
忌々しい。
私は気持ちを切り替える。
今此処で味方と撃ち合ったところで何の進展もない。
それならどうするか。
「逃げるわよ。方位130、森へと向かうわ」
「あはははは!! 見てくださいまし! あの野良犬が退いていきますわ! 無様に!! 味方に追い立てられて!!」
その頃、その様子を見ていたカミラ王女は上機嫌だった。
味方からの殺意に混乱した野良犬は一目散に森へと向かった。
「野良犬狩りですわ。エレーナ中佐は私の部隊とともに森を包囲、ドイツの皆さんは森の中へいってくださいまし」
王女はそう鋭く命じると、操縦手に前進を命じた。
「歩兵部隊は現在地点において残存兵力及び砲兵をまとめ敵の15個師団を足止めしなさい」
彼女の言葉に、もはや感情を失った懲罰部隊長は「了解」と答えるだけであった。
それから30分後。
猛烈な敵の追撃を逃れた私は何とか森の中心部に辿り付いた。
「さて、どうしたものかしら」
私は小さく呟いた。
地図を見れば絶望的だ。
だが、光明もある。
それはあの王女のうしろからグデーリアンがこちらに向かって爆速で突き進んでいると言う事。
「時間は私の味方ね」
現状唯一の味方に私はどこかホッとした。
だが、それも当分は敵の味方だ。
「まずは、敵の攻撃を躱さなきゃいけないわね」
私はそう呟いた。
「そして、リマイナを正気に戻さなきゃ」
グデーリアンが来れば、恐らくリマイナを正気に戻すどころではなくなってしまう。
王女を確実に殺すためなら、リマイナごと砲火で焼き尽くす。
それが戦争という物だ。
「みんな行けるわね?」
私の問いに部下たちは威勢よく答えた。
「旅団長の訓練に比べたらこんな状況マシですよ!」
その言葉を聞いて私は口角を釣り上げた。
「総員戦闘用意! エンジンに火を入れなさい!」
「殿下、包囲が完了しました」
リューイを追ったものの、ついぞその首を取ることが出来なかった王女は森を包囲することにしていた。
「ここが野良犬の墓場ですわね」
王女はそう言って森を見つめた。
「野良犬の部隊を突入。野良犬を見つけ出しなさい」
王女は冷酷に命じた。
野良犬のことだ、情に流され撃破できないだろう。
「リューイ・ルーカス。貴女は軍人になるには少々お優しすぎますわ」
「動いたわね」
森の外から響くエンジンの音が一層大きくなった。
「アイツら、ですかね」
砲手が心配そうに呟いた。
頼むから味方だけは来ないでくれ。
そう願うほかなかった。
だが──。
「見つけた」
「やっぱ来たわね」
現れたのはリマイナの戦車だった。
「これで二回目ね。前回は負けたけれど、今回はどうなるかしら」
私はそうつぶやくと砲塔の中に潜り込んだ。
リマイナと戦う際に砲塔から身を乗り出すのはあまりにも危険だ。
下手をすれば走行中に拳銃で狙撃されるかもしれない。
彼女はそれほど常軌を逸しているのだ。
それも、ここ最近は特にそれが顕著だ。
「さて、お手並み拝見ね」
私は小さくそう呟いた。
何年前かに、彼女と戦ったときは負けた。
彼女が持つ獣のような勘は私の取る行動をすべて看破した。
「お人形さんになった貴女は私よりつよいのかしら」
彼女の戦車を睨むと私はそう尋ねた。
「リューイ・ルーカスを発見、このまま追撃します」
リマイナはリューイを追いながら位置を報告するとそのままもう終を開始した。
先程温存した砲弾をこれでもかと放つ。
「流石は野良犬の副官ですわね」
王女はそう言って感心したようにため息を吐いた。
彼女を手中に収められて良かった。
王女は心底そう思っていた。
「どうするんですかい?」
後ろに控えるジャスパーは王女にそう尋ねた。
「この戦争は私の手で終わらせますわ」
王女は自信満々に答えた。
番犬を殺せば戦争が終わる。
彼女はそんな嘘のような事を信じているように見えた。
「私の戦争はそれで終わりますの。ソ連がどうなろうと知ったことでは無いわ」
そう吐き捨てた王女にジャスパーは引き攣った笑みを浮かべた。
「どうせそのうち東洋のアホが眠った巨人を叩き起こしますわ」
「やっぱり手強いわね!」
私は後ろにピタリとくっつくリマイナの車両を見て睨んだ。
次々と現れた敵の援軍は多少左右に振ってやれば撒ける。
だが、リマイナだけは撒くことができない。
「全部お見通しって事かしらね」
砲撃は砲手に任せているからか、精度は低いもののたしかに私を捉えている。
走りながらここまでの精度を出せれば十分だ。
「さすがは私の副官だ」とほめたくもなるが、彼女はいまその手腕を私に向けている。
「……なめられたものね」
後ろから追いすがるリマイナの車両を見て私は忌々し気に笑った。
いつまでたっても、リマイナは私の車両に命中弾を与えられる気配がない。
それもそのはず、彼女を支えていたあるものが今欠如しているのだ。
それは
「圧倒的才能と、野性的な勘」
リマイナが私に勝るのはそれだ。
ただの凡人である私とは違い、リマイナは神に愛され才能に恵まれている。
幼いころから親の表情をうかがって生きてきた彼女は勘と人の思考を読み取るのに優れている。
「でも、今のあなたはただの木偶よ」
私は挑発するように彼女へと笑み浮かべた。
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