ラトビア転生記 ～ＴＳしたミリオタが第２次世界大戦を生きる～

最終章 終わりの刻

１１話

「森の南部へと野良犬は逃げてるようです」
　無線からの報告を聞いたジャスパーは涼し気な表情で森を見つめる王女に伝えた。
「……そう。私達も南へ向かいますわよ」
　王女はそう答えると、全部隊に南へ向かうように命じた。
　彼女はこの線上にありながら高揚していた。
「殿下、あまり油断なされませぬよう」
　ジャスパーがそう言って諫めるが、王女は「解っていますわ」と答えるだけだった。
「我が鉄拳でもって野良犬を撲殺してやりますわ」
　王女は、油断していた。


「旅団長！　どうするんですかい？！」
　暇そうな砲手がそう声を上げた。
「座禅でも組んで心を整えていたらどうかしら？」
「ニホンジンの真似事ですかい！」
　真後ろにリマイナが操る戦車がいるというのに彼らは余りにも気楽そうだった。
　その原因の一つは砲手と私が繰り広げる冗談話だった。
「なんだ？　こんなもの訓練に比べたらピクニックのようなものだろう！」
　私がそう言って大声を上げると皆が笑った。
　今私たちは１００両以上の戦車を敵にしている。
　それも、たった１両で。
　普通なら士気は最悪だろう。
　だが、搭乗員全員が私を信じている。
「適度に反撃しなさい」
　私の命令に砲手は「当てなければいいんですかい？」と尋ねて来た。
「リマイナなら直撃コースでも避けるわよ」
　そう言って笑うと、砲手は「違いありませんな」と笑った。
「行くわよ」
　私はそう呟いた。
　自分に言い聞かせるように。
「リマイナ、クソッタレの狂信者に一発喰らわせてやるわよ」
　私は後ろから追いすがる親友に向かってそう言って笑った。


「さすがは野良犬の片腕ですわね」
　次々とリマイナから上がって来る状況報告にカミラ王女はご満悦だった。
「すごいですわよ。野良犬の残弾数まで報告がきますわ」
　王女はそう言って満面の笑みでジャスパーに言った。
　それを聞いてジャスパーも安堵した。
「野良犬の内情が手に取るようにわかりますね」
「えぇ、さしずめ突然のことに慌ててるに違いありませんわ！」
　王女はそう言って余裕気な笑みを浮かべた。
「あぁ……。心地いいですわ」
　彼女はそう言って前を見つめた。
　あの野良犬に辛酸を舐めさせられてもうすぐで２年が経とうとしていた。
「すべては、この日のために」
　天に祈りをささげる。
　彼女はここまで、自らに与えられた神の力と天啓で進んで来た。
「あの反逆者は地獄に落とさなければなりませんわ」
　暫くすると、森から南に延びた林道に出た。
「報告だとここから来るはずです」
　ジャスパーの言葉を聞いて王女は戦車を停止させた。
　森の奥からは砲声が響く。
「もう少しですわ」


「旅団長！　もう少しで森を抜けますよ！」
　操縦手の言葉に私は「解ったわ！」と答えると、砲手の肩を叩いた。
「後一発撃ったら機銃での反撃に切り替えなさい」
　私の言葉を聞いた砲手は特に疑問も呈すことなく了承した。
　どうしてかと尋ねられないのも寂しいものだと小さく笑う。
　部下からの無限の信頼というのはこうも頼もしいのかとも思う。
「残弾は後どれくらいかしら？」
　私の問いに装填種がすぐさま答える。
「徹甲弾があと２発です。榴弾は１０発てところですかね」
　彼の素早い返答に私は頷く。
　素晴らしい部下をもったものだ。
「私は貴方達を信じてるわ。みんなを信じてるわ」
　足元の搭乗員たちにそうこぼす。
「後少しだけ、付き合って」
　私の言葉に、答える者はいなかった。
　だが、皆が表情を切り替えた。

「あの狂信者を欺くわよ」


「撃て」
　森の林道を抜けるリマイナはガタガタと揺れる車内でもキューポラからリューイの戦車を正確に捉えていた。
「次弾装填」
　彼女の言葉に感情はなく、淡々と事務処理かのように戦闘をこなしていた。
　その直後、目の前の戦車が発砲した。
「殿下、徹甲弾の残弾は残り１発です」
　リマイナはそう言って王女へと報告した。
「適当に反撃して」
　リマイナが砲手へ下した命令は酷く適当なものだった。


「野良犬はあと１発しか徹甲弾を持ってないそうですわ！」
　王女は嬉々としてジャスパーに告げた。
「それは……」
　正確な情報なのか。ジャスパーはそう尋ねることが出来なかった。
　王女は最早、自らを止める術を失っていた。