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第二話
しおりを挟む棺の真横にて、正座で向かい合う男女────僕とイアさんはそれぞれ異なる表情をしていた。
僕は苦笑しつつも何を伝えるべきか頬をかきつつ、イアさんは僕の様子がおかしいと気づいたのか困惑気味に。
ただ同じなのは、どちらも真剣に話していたというところだろうか。
「ええとそれで、イアさんは何故ここに……」
「わたくしは昨日カナメ先輩に『イア、話したいことがあるから朝目覚めたら俺の部屋まで来てくれ』と頼まれて先輩のお部屋に来たのですが」
「えっ────?」
「それで先輩、お話とはなんでしょうか? いえ、その表情と態度を見る限り何か困っていることがある、ということは分かります! つまり『相談をしたいことがあるから部屋まで来てほしい』ということですね!」
「あっ、ええと」
「さぁ、なんなりとお申し付けを! 先輩の頼み事でしたらなんでもやりますよ!」
「ご、ごめんなさい。それはちょっと無理です……」
「はい?」
「いやあの、困っているのは事実なんだけど昨日の『僕』が話したいって内容については分からないから」
「……先輩それはどういうことですか?」
首を小さくコテンと傾けたイアさんに、僕は頬をかく。
「実は僕、記憶喪失なんだ」
その言葉に思わず口に手の平を当てたイアさん。彼女は僕を心配げに見つめていた。
その表情に嘘はない。本当に本心から『僕』を心配してくれているとわかって、小さく胸が痛んだ。
「記憶喪失ってことは、わたくしのことは……」
「ええと、はい。イアさんの事もここについても、何もかも全て僕は知りません」
「それはっ────いいえ。そう、そうですか……」
しょんぼりとした顔に思わず罪悪感が募る。
記憶喪失ではないという嘘をついたことを。本当のイアさんの先輩である『僕』を慕っているというのに、まったく他人である僕の嘘にショックをかけてしまっている。
でも本当のことは言えない。
正直にいっても信じてもらえないだろうし、頭がおかしくなったと誤解されるよりは自分で何とかする方がいいだろう。
不思議とそう思ってしまったのだ。
「イアさんのことが分からなくてごめんなさい。ショックですよね……」
「いいえ、謝らないでください先輩。確かにわたくしのことを忘れてしまったのは悲しいです。ですがいつか手遅れになる前に先輩が思い出してくれるって信じてますから!」
ささやかな胸を張ったイアさんが、僕に向かって人差し指を向けた。
「それと敬語もいりませんよ! いつものようにイアと呼んでください! わたくしは貴方の後輩なのですから!」
「ええと、イア……さん」
「違います! イア! いーあ!」
「────イア」
「はい、先輩のイアですよ!」
彼女は胸を張って自信満々に言う。
その笑顔はキラキラと輝かしい向日葵のようだ。動物で例えるなら人懐こい仔犬にも見える。
ただ夜に見たアティさんと容姿がそっくりなため、彼女のあのクールな印象が消えないせいでギャップが酷く驚かされるけれど……。
そうだ、アティさんのと関係についても聞かなきゃな。
そう思いつつイアを見たら、彼女は笑って口を開いた。
「ではまずは説明をしますね! ──といっても何処から何を話すべきなのでしょう。困りました……」
むぅ、と頬を膨らませる姿は本当にアティさんと比べて幼く可愛らしい。そう思いつつも、僕は問いかける。
「あ、あの。いろいろ聞きたいことがあるんだけど、まずはこの場所について聞いてもいいかな?」
「はい! ここは第一居住区の四階に位置します。404号室が先輩のお部屋です」
「第一居住区?」
首を傾けた僕に対し、イアは微笑んだ。
「この町の中心に建てられた最初の居住区です。町の四方に第二居住区から第五居住区もあります。子供達の育成の場所。終了間際のモノが行き着く重要なのもありますが、そこは先輩が行くような場所ではないので説明は省きますね!」
「はぁ」
詳しく話を聞くと、どうやら今僕らがいる場所は巨大なマンションとして成り立つ建物のようだ。
三階から上が人の住むスペース。小さいながらも部屋が並んでいるとのこと。
二階から下は食堂、大浴場。そして一階に聖堂と呼ばれる部屋があるらしい。聖堂なのに部屋の名前として使われるとはどういうことなのか。
異世界だけど、微妙に似通った部分があるのかな。
「聖堂って?」
「この第一居住区でしかない、龍穴という巨大な力が集う神聖なる場所です。年に一度、十歳まで育ち成人した子供達が居住区へ移るときに儀式をします」
「儀式……」
儀式と言われて想像するのは蝋燭を床に置いて何かの呪文を唱えているようなもの。
しかし、イアが言うには僕の想像しているものとは違うようだ。
「儀式ってここに住む人全員が対象なの?」
「はい、もちろん! 町の住民は皆、龍穴の力をお借り出来るようになる儀式をするのです! 仕事によっては先輩もそちらへ向かうことになると思いますので、その時に分かるかと思います!」
にっこりと笑うイアに、僕は苦笑した。
今のうちに聞けることは聞いた方がいいと思ったからだ。
「ごめんねイア。……龍穴についても教えてくれると助かります」
「あっ、ごめんなさい記憶喪失ですからそこも知らない部分でしたね! あと敬語は止めてくださいカナメ先輩!」
「わ、分かった」
頷く僕に満足したのか、イアはまた口を開く。
「龍穴とはこの町に古くからある力の源です。どうして出来たのかは分かりません。ただそれはこの町の必要不可欠なものであり、成人の儀式に力を授けてくれるのです!」
「力?」
「そうです! 皆さんに龍穴から与えられる力はそれぞれ異なります。ですが個人に合った能力で、日々のお仕事の糧になるんです!」
グッと拳を握りしめるイア。その説明にふと夜の出来事を思い出す。
(アティさん達のあの奇妙な力は、その龍穴によって与えられたってことなのか)
木の枝がナイフのように見えたもの。アティさんが僕をつれて一瞬でどこかへ移動したもの。それら全てが現実的ではない力だった。
────イアの言葉が嘘でないなら、彼らの力は龍穴から与えられる力だったということ。
魔法や超能力のそれは、現実では存在しないもの。やはり異世界へ来てしまったんだなと実感する。
そう思っていると、不意にイアがハッと何かに気づいた顔をした。
「あっいけない! もうそろそろお仕事のお時間になっちゃいます……!」
「えっ、仕事って一体何を────」
「まずはお食事からです!」
慌てたように僕の手を掴んで引っ張るイア。どうやら僕の声は届いていない様子。
「早く行かないと間に合わなくなっちゃいますよ、急ぎましょう先輩!」
「いや急に言われても……」
「大丈夫です。お食事とは食べること。そのあときちんとお仕事について説明します。先輩が終了扱いとならないようわたくしがたくさんフォロー致しますから!」
「終了扱い?」
なんだか不気味な単語に思わず聞き返したが、彼女はなにも言わない。
今聞いてもきっとはぐらかされるだろう。仕方がないので今はイアの言う通りにしよう。
「先輩、わたくしの手を握ってくださいな」
「こ、こう?」
手を差し出すと遠慮なく恋人のように繋いだイア。それに驚いて彼女の小さな手を離そうとした。しかし彼女は僕の手を強く握りしめてきた。その体温は温かく、ちゃんと生きた人間であると実感する。
「掴まっててください。わたくしから離れないで、先輩」
扉を開けようとイアが手を伸ばし数歩歩いた。それにつられて僕もまた同じように歩く────。
「っ────!」
アティさんの件もあり、何かが起きると分かっていた。だからちゃんと目を開けていた。瞼を瞬くことはしなかったというのに。
それなのに何故か、視界が歪んで気がつけば六畳ほどの小さな部屋から大きなフロアへと景色が広がっていたのだ。
テーブルと椅子が綺麗に並んでいるわけじゃない。フードコートのように何かしらの店が並んでもいない。
数十人入っても余裕がありそうな空間が贅沢に広がっているだけ。その奥に数人の人々が何も喋らずただ静かに並んでいた。
そこに何か食べ物があるのか、美味しそうな匂いはしないけれど、並んでいる一番奥の人間が列から離れて部屋から出ていく時、何かモグモグと口を動かしている様子は見てとれた。
彼らは全員、似たり寄ったりの黒い服と黒ズボンを着ている。僕やイアと同じだ。
「着きました! さぁ早く食べてお仕事に行きましょう! ルトさんが怒っちゃいます!」
「いやいやっ!? えっ、ここ何処!? あとルトって誰!?」
「わたくし達の上司です!」
目を見開く僕に、イアは楽しそうに笑う。
「ここは食堂。早くたどり着くことが出来たのはわたくしの力ですよ! わたくしの能力は……おそらくですがちょっとだけ時間を早める……いえ、時間を少し遅らせるようなことができるみたいです!」
ふふんとドヤ顔で微笑むイアに疑問を抱く。
「おそらく? できるみたい?」
「わたくしが龍穴から力を頂いたのは十年前。ですのでどのように力を使うのかはまだ曖昧ではっきりとは分かっていません」
「十年も使っているのに……?」
「むぅ、当たり前ですよ先輩! まだまだわたくしも若輩者。二十と数年程度しか生きていません。先輩のようにあと百五十年ほど生きれば自由自在に使えるようになるかと思います!」
「いや人間百年以上生きれないから!!」
「えっ? ですが先輩もルトさんも百年以上は生きていますよ?」
「え────っ」
首を傾けたイアに、僕は冷や汗をかいた。
もしかして僕のこの身体って、普通の人間とはまた違うもの?
いやでも、魔法のような力を使えるわけだし、イアだって見せてくれた。それが使える時点で常識から外れたもの。現実的ではない。
そういえば、と何度も聞きたかったことを問いかける。
「アティさんとイアはどんな関係なの? 姉妹とか? 確か『夜のわたくし』って言ってたけど……」
「それは────」
答えようとしたイアの肩を叩いた誰かの手に、僕は驚いて仰け反った。
「はいはいそこどいた、立ち止まって喋る暇あるならさっさとおじさんに道譲って」
「あっ、ルトさん!」
長身の男が僕達の前に近づく。
彼の髪は濃いめの黄緑色。前髪をオールバックにし、神経質そうに眉をひそめている。
瞳は森林の中に入ったかのような翡翠に輝いていた。
彼の容姿を見たことがある。
なんせずっと────僕が夜に目覚めてから何度も苦しめかけてきた人物。
「ひぇ」
ルトさんとイアが呼んだその男は、あの狂暴なヴルと容姿が瓜二つだった。
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