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第一章

プロローグ&第一位話 魔王になりました

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 プロローグ

 地球とは違う異世界、神々が管理する宝物殿で、日々の生活を豊かにするため、様々な神具を漁っている女神が居た。
 大きな宝箱からふりふりとシリを生やし、鼻歌のリズムに乗って左右に揺れているソレを目撃した別の神が驚愕し、尻を鷲掴みにし、声をかける。

「なにをしているのだ、第三位の?」
「ひゃっ! うだああああああああぅぃっ! ぐぅぇえぇっ!」

 ゴンッ! という鈍い音が響き、箱の中で女神が悲鳴をあげながら器用に転げ回る。後頭部を抑え、悶苦しんでいた女神の上に左右に積んであった神具が崩れ落ちるもちろん尻は、出たままだ。

「もう! 急に話しかけないで下さい第一位の! 私の頭が爆発飛散して、身体がぺっちゃんこになったらどうするんですか!」
「す、すまない」

 ズポッ! という効果音と共に宝箱から抜け出し、怨めしそうに睨むと第一位の神が謝罪した。

「私は今、下界の夏を満喫する神具を探してる最中なんですから、用がないなら話しかけないでください!」

 そう叫び、また宝箱に潜ろうしたら慌てて引き止められた。

「待て待て! 用があって話し掛けたのだ!」
「むぅ、なんですか?」

 渋々、男の神に向き直る。その筋骨隆々の身体に隠れて先の方しか見えない六枚の翼が目に入った。自分の消していた四枚の翼を出現させ、口元に当てる。ちらりと翼同士を見比べる。神の序列が第一位である証の翼も、あれでは憐れでしかない。

「お前はこの世界ラッズオルドキアに異世界の人間を連れて来て、秩序を改善する役目を担っていたはず? なぜ、神具の宝物庫で私物を漁っている? ユニークスキルの宝物庫は隣だあろうに?」
「うっ!」

 ビクリっと、女神の身体が揺れるのを見て、第一位の神は思った。

(自分の私物を探しに来た? まさか持ち出して人間に渡すつもりか? 神具を授けていいのは我輩達、序列を持つ第一位、第二位、第三位の全員が真の勇者と認めた者だけだ。更に言うと、断じて夏を満喫するなどと言う理由で使って良いものではない)

 そして一つの結論に至った。

「まさか、お前サボっているのか?」

 ビクッ! ビクッ! ビビクンッ! と身体を揺らし一筋の汗を流し視線を逸らす。

「サ、サボってな、ないよぅ?」

(嘘が下手か! それ以前に女神嘘を吐くな!)

 深いため息とともに、こめかみを押さえ問い詰める。

「いつからだ?」
「え?」
「いつから、サボっているのかを聞いている?」
「え、えーと。最高神様が変わられる前に長期休暇を貰って……声をかけるまで休んでいて良いと、言われまして……それからずっとぉぅっ……」
「ほう?」

 両手の人差し指をツンツンと合わせながら、目を泳がせる女神を見下ろして思い出す。

(この地の最高神様が代替り成されたのはニ百年以上前だったはずだが……この愚か者はずっとサボり続けていたのか)

 顔を歪ませて考える。この愚か者が秩序の回復を滞らせていたのなら、人の世はどれほど酷いことになっているのだろうか? 戦いの神である自分は、また異界より攻めてくる敵を駆逐しに戻らねばならない。今日中に、この愚か者を更正させねば。

「第一位の? なにか、神様しちゃいけない顔してるよ? 大丈夫?」

 女神は心配になり優しく語りかけながら、第一位の腕を引っ張る。第一位が「カッ」っと目を見開き、叫ぶ!

「裁きの時だ! 我輩の力を、解き放つ時が来た!」
「へ? なに言ってるの、第一位の? にゃああああああああっ!」

 この日、神界ラグナオルドに数百年振りに特大の轟雷が鳴り、お叱りとお説教を受けた、女神の悲鳴と泣き声が神々の神殿に響き続けた。



 季節は夏、街中のアスファルトを照りつける太陽が焼き尽くす。
 自慢の黒髪ショートボブの頭が効率良く熱を吸収するため、猛暑の中で滝の様に汗を流し続けている。
 車の中で、涼しげに移動している人達が羨ましいと15歳の少女『海屋 叶うみや かなえ』は思う。自分も冷房の効いたバスで移動したいがお金がない。

「暑すぎる。日本の夏って貧乏人の敵だと思う」

 数人が分かる、とても分かると言いながら、私の肩を叩いて頷き、同意しながらすれ違っていく。何人かは短めの黒髪をポンポンとして行く。

 ……なんだ? 誰だよ! 今の人達、セクハラで訴えんぞ! 訴え方知らないけど。
 
 心の中で通り過ぎて行った人達に暴言を吐き、目的地だったの友人の家である喫茶店に辿り着く。少し店を手伝えば、八月限定のアイスを食べさせるから、日曜日に来いと言われていたので猛暑の中ここまで来たのだ……いざ安住の地へ!

 ……ドアが開かない。

 『誠に勝手ながら八月九日~十二日は店長都合によりお休みさせて頂きます』

 張り紙を見つめ、通話専用の携帯で友人に連絡を入れる。

『志穂? かき氷は?』
『叶? かき氷? あっ! あ~、ごめんよい。ちょっと四日間ほど外出してて、明後日また出直して来いや~ぃ……ブッ』

 背後から聴こえる「最後尾は~」等の音で何処にいるかを察し、一方的に電話を切り、明後日タダでかき氷を食べさせて貰うことを勝手に決める。

 無駄足かー、暑いなぁ……

「夏の暑さに悩まされない場所に引きこもって快適に暮らしたい~、できればもっとお小遣いも欲しい~!」

 やり場のない気持ちを、喫茶店のドアに向かって叫ぶ!

「じゃあ、異世界に移住してみませんか?」

 振り返ると、麦わら帽を被った女の人がフリルの多いワンピースを着て夏の夜に打ち上げられた花火のような笑顔で佇んでした。全体的にピンク色のロングヘアーで毛先の方が茶色だ。なぜか少し焦げ臭い気がする。

「誰?」
「女神ちゃんです!」



 第一話 魔王になりました

 ……危ない人かぁ~。

 すれ違い、無視して帰ろうとすると全力で手を掴まれる。こちらも全力で立ち去ろうと応戦する。

「待って~、この話ガチだから! 要望にもできるだけ応えるし、今ならサービスでチートクラスのユニークスキルも差し上げちゃいますから!」
「すいません、間に合ってるんで! 頭のおかしい人は友人、一人で充分なので!」
「なんでも! なんでもいうこと聞きますから、もう少し真面目にお話聞いて下さい! お願いします! ノルマ達成するまで帰れないんです! もうビリビリの焦げ焦げはいやなんです! 炎天下の中、人を探し回りたくないんです! 涼しいお家に早く帰りたいんですよ」

 胡散臭さが数倍跳ね上がった台詞を履く。自称女神の言葉を聞き、自分の手を掴み全身を使って綱引きのように身体を傾けて言う。

「女神って証拠見せてくれたら、話くらい聞いてあげますよ!」

 自称女神は目を見開き、なるほどという顔をしたあと簡単に手を離した。体制を崩して道路に飛び出した私に向かってトラックが突っ込んでくる。死を覚悟した私に、自称女神が手を向け指を鳴らした。

「そうましょう」

 ぶつかると思った次の瞬間、私は喫茶店の中にいた。自分の身体と店内を見渡す。

「え! あれ?」
「ささ、座ってお茶でも飲みながらお話しましょうか?」

 女神を見ると、いつの間にか席についていた。何もないテーブルの上に次々と飲み物や食べ物が浮かび上がってくる。恐る恐る向かい側に座るとお願いしてみた。

「私にも練乳ましまし北極風かき氷トッピング白くまさんアイスをお願いします!」

 女神が笑顔で指を鳴らすと、目の前にアイスが出現した。アイスを貪り、呑み込み、食い尽くし、痛む頭を叩き、スプーンを、机に置くと真剣な面持ちで語りかける。

「この卑しい私めになにか御用ですか、女神様?」
「わぁー、驚くほど綺麗な手のひらクルー」
「いやいや、初めから信じていましたよ? それで女神様、私の薄汚れた願いを色々と叶えてくれるんですか?」

 私が身を乗り出し欲望をぶつけると、女神は笑顔のまま固まり、考えた。

(選ぶ人を適当に決め過ぎたかなー? でも面倒くさいし、早くお家に帰りたいから、気にしないで進めちゃおう)

 一筋の汗を流し、小首を傾げながら決める。久しぶりに勧誘するための説明を思いだしてみるが、ほとんど忘れかけていた。

「実を言うと、異世界の乱れた秩序を回復して貰うために、この世界の方をいざない連れて行くのを役目をサボっていたのが別の神にバレて怒られ……ンンッ! いえ、誘う役目を別の神に頼まれまして、序列が三位の私がわざわざ役割を全うするために使わされたのです」
「え? 今、なんて?」

 今、サボるとかバレてって言わなかった? この女神?

「驚きましたか? 神にも位が在るんですよ? 私はこれでも上から三番目なのでかなり良い、ユニークスキルを差し上げれますよ」

(そっちじゃなくて)

 ユニークスキルを管理している女神は、レア度が高いユニークスキルを自由に与えることができる。だがレア度が高いものを渡したことはなかった。ユニークスキルのオーブはレア度が上がれば上がるほど、美しく輝く。美しいオーブを磨き上げ、部屋に飾りる。それが彼女の趣味だからだ。輝きが鈍いものや禍々しいものは倉庫に放り込んでいた。今回、持ってきているオーブも倉庫から適当に詰めてきた物だ。

(こんなのが、上から三番目の世界に転生とかなくない? 考え直そうかな?)

 私は女神を胡散臭そうに眺め顔を顰める。

「今、女の子がしちゃいけない顔してませんでしたか?」
「気のせいですよ女神様、貴女が一番でなかったことに驚いていただけです」
「そう思いますか? 私も思うんですよ! 貴女、分かってるじゃないですか。特別に、好きなスキルを選ばせてあげますよ?」

 女神が指を鳴らすと、私の前にタッチパネル式のステータボード的な物が現れる。

「本当は希望を聞いて一人に一つ、ユニークスキルを授けるんですけど、面倒だか……才能がある方には特例で二つ、渡して良いことになってるんで好きなの選んで良いですよ?」

 女神は出した料理をぱくつきながらにやける。

(もう面倒だからこの後の人達も才能があったことにして、全員に二つ渡そう。フフフッ、働く期間が半分で済む)

 早急に秩序を回復させるために、二百年ほど放置してた千個のオーブを最低でも毎日7人に授けろと言われたからだ。
 神以外はユニークスキルを二つまでしか覚えられないという縛りがなければ、目の前の少女に全部渡して帰っていただろう。

「まあ、ゆっくりと選んでも良いですが、私の食事が終わるまでに選んでくださいね? もぐもぐ……あと貴女が、私の世界についた瞬間にこちらに存在していた痕跡は人の記憶の中も含めて、全て消えますから……もぐぐ」

 その余りの適当さに確信する。おそらく、この女神は駄目だと。
 でも、折角なのでチート級のスキルを見てから考えようと、ステータスボードを眺める。
 右下に1000/1000とスキルの数が表示されている。
 右上の下矢印で並び替えれそうなので適当にレア度順にしてみる。
 全てのスキル名の始めに【C】と書かれている。その部分を押すと「コモン」最低レア度と説明がでた。

(……おい、コラッ! 女神! かなり良いスキルとか言ってなかった?)

 頭に青筋を浮かべていると気がつく【C】がほぼ全て黄色で表示されている中で、上の二つの色が良く見ると赤色になっている。
 押してみると「災厄級カラミティ」どちらも封印レベル、持ち出し禁止と書いてある。

(まさか本当に、チートぽいユニークスキルをくれるとは、疑ってしまった自分が恥ずかしい)

 女神は、のほほんとしながらデザートの山と格闘している。それを見て、頷きながら思う。おそらく、なにかの手違いで紛れ込んだんだろう。効果すら確認せずに、素知らぬ顔で二つをタップして獲得する。

『ユニークスキル『変異召喚』『複合錬金』を獲得しました。チュートリアルを受けますか?』

 『YES』を選ぶ。

『変異召喚』
石を金にできる。
スライムをドラゴンに変えたりできる。
※知識に依存。

『複合錬金』……異なる物を合わせ一つにできる。

 なかなか良さげなユニークスキルに満足しながら頷く。チュートリアルで、満足したのでオムライスを食べる女神に話しかける。

「有難うございます。選び終わりましたよ」
「もぐ……ゴクンッ、早いですね。普通の人なら一時間くらい悩むものですが、一人目から幸先が良いです」

(私が一人目? やっぱり、さっきの二つは本来選べないものだった?)

 女神が再び指を鳴らすとステータスボードが消える。

「それにしても、女神の力を見せたからって直ぐに私を信じ過ぎでは? 普通は力を見せても疑ってきたり、異世界についてもっと聞かれたりするものですが?」

 ごもっともだと思った。
 勿論、それなりの理由がある。

「ここは私の友達の親がやってる喫茶店なのですが、周りを見回して下さい」
「ふむ?」

 店内の本棚には、漫画本が並び、壁中にアニメのポスターが貼られ、カウンターの隣ではグッズも売ってある。家族ぐるみでどっぷり嵌っているのだ。
 私も当然、影響を受けていて異世界転生どころかあらゆるジャンルの漫画、アニメ、小説を見せられて詳しくなっていた。力を見せられたのなら、信じても良いと思えたのだ。

「私も友達に毒されてしまいました」
「なるほど……私もアニメや漫画好きなんで分かりますよ」

 少し呆れた顔で、女神に同情される。

「そういえば先程、言っていた。叶えたい色々な願いってなんですか? 教えて頂ければ、今から送る世界で考慮しますよ?」
「ふむ、女神様に叶えて欲しい願いは二つあります」

 私は考えた。同じ趣向の友達にも、願いを叶えるチャンスを残したいと。

「一つ目は、異世界に連れて行く人間を探しているなら、明日この店に戻ってくる『馬延 志穂まのべ しほ』という、私の友達も誘ってみて下さい。きっと断りませんから」
「それは有り難い提案ですね。その方の魂が、貴女と同じ澄んだ色をしているならお誘いします」

 まあ貴女の魂はぎりぎり、及第点でした。と言う言葉は呑み込む。

「あはは、それなら大丈夫ですよ。志穂は、私より純粋ですから」

 欲望にな! とは言わなかったが。

「あとは……もしかして女神様、自分の外見とか変えれませんか?」

 女神は少しだけ不思議そうに聞き返す。

「それが必要な事なのですか? まあ私達、神々の外見や年齢など趣味で決めているものですから、どうとでも出来ますが」
「では半分くらいの年齢に成って頂ければ、私の二つ目の願いをお話しします」
「構いませんが」

 席から立ち上がり、指を鳴らすと女神は衣服ごと見る見る縮み少女と言える姿になる。
 私も立ち上がり、女神様の前まで移動すると地面に片膝をつけて、見上げながら全てを伝える。

「私の守備範囲は、年下の男の娘、少女、気弱なショタなんですよ。可愛い、生涯のパートナーが欲しいんですよ。キリリッ!」
「はふぇ?」

 気の抜けそうな女神様の声とは裏腹に、私は真面目な顔で答え飛びつくように抱きしめると全力で、頬ずりする。

「フェへへへ、年下幼女可愛いよぅ! スーハー、スーハー、めっちゃ良い匂いするうぅぅっ! さっきまでが嘘みたい!」
「うわぁ! 離れて下さい、離して下さい! 人間風情が、私に触らないでください! 不敬ですよ!」

 表情筋を全て捨ててデレデレに、にやけきった私の顔面を、小さな手が一生懸命押し返す。

 「尊いてぇてぇ! 尊いてぇてぇ! 女神様さえ良かったら一緒に異世界で永遠に幸せに暮らしましょう! 大切にします! 幸せにしますから! スーハー、スーハー、フェへへへ」
「いやでぇすうぅぅぅっ!」

 拒絶の声と共に女神様が指を鳴らすと、もうそこに私の姿はなかった。

「私から人間に触るのは良いけど、人間から一方的に触られるのは嫌いなんですよぅ。なんで今の娘、魂が澄んで見えたんですか? 真っ黒じゃないですか」

 ぷんすこと怒った女神が使っている、異世界転生適正診断スキルは異世界ラッズオルドキアで、力を悪用して世界の秩序を乱さないかを調べるスキルなので性格の判断には、余り効果を表さない。それに、ぎりぎり及第点の魂を選んだのは女神なので多少は仕方がない。


 
 場所は変わり、ここは異世界ラッズオルドキアに存在する三大大陸の一つ、目玉のように見える大陸ドオルザンガ
 その中心にある巨大湖に浮かぶ、満月に例えられた魔物の楽園。世界でも三指に数えられる強大なダンジョンを保有していたグロンディアに建つ、魔王城で新たなる継承の魔王が誕生しようとしていた。豪華に装飾された場内の天井は巨人すら入れそうなほど高く、強大な魔物がひしめいていた。

「魔王ラヴィアタンの名に置いて宣言する!」

 高さが20メートルほどある台の上には大きな声で演説する少女がいた。年齢は13歳ほどだろうか、身の丈は小さく、お尻からは大きな尻尾が生えている。頭には角も生えていた。ツーサイドアップの真っ赤な髪を腰まで垂らした少女は、モフモフのついたマントを羽織り、血の色をした水着のような服を着ていた。

「魔王継承の儀を執り行う!」

 マントを翻し、ポーズを決めた少女に反応し、魔物達が騒ぎ始める。

「ぐははははは! これで魔王城も安泰だ!」

「ギャ、ギャ、みゃ~おじゃまばんざい~!」

「我が君よ! 次こそ勇者共を倒して見せましょうぞ!」

 全身が緑色をした巨人の魔物達が笑い、巨大でまん丸に肥った魚人達が回転し、宙に浮く魔物達が花を撒き、先頭で豪華な衣装に身を包んだイケメンお辞儀する。だがリーダー格と思われる魔物以外は、一様に痩せ細っていた。

「うむ、大儀である」

 少女は魔物達に向かい頷くと、後ろを振り返り、金色に輝き浮ぶ球体を見つめた『継承のダンジョンコア』と言われる世界の三大秘宝だ。
 本来は魔王が倒されるかダンジョンコアが破壊された場合、ダンジョンが崩壊しダンジョンコア自体が消える。だが『継承のダンジョンコア』の場合は破壊されても消えず、継承の儀を行えばダンジョンが復活して新たなる魔王に受け継がれる。前回も魔王が倒されたときグロンディアは半透明で薄緑色の結界に包まれ、敵対する人間族は全て国から排除され、ダンジョンコアのみが残った。
 少女が手を掲げ合図を送る。隣に控えていた女性が膝をつき、七色に輝く魔法陣を起動させる。ダンジョンコアが燃え上がり、少女がその前まで行くと高らかに叫ぶ。
 
「これぞ継承の証! 再炎の焔! 今こそ、我が手に!」

 手を伸ばす! 

 静寂が訪れる。魔物達が期待に満ちた目で、微笑む姿が目に入る。

 だが掴むことを躊躇する。

 『継承のダンジョン』がある限り、この国は、魔王領は、不滅だと自分に言い聞かせる。後は掴みさえすれば、継承の魔王としてダンジョンを蘇らせる事ができるのだが、だからこそ躊躇する。

 なぜなら……自分なのだから──

 魔物達が徐々に騒ぎ始める。

「ど、どおじだんだ?」
「魔王様?」

 これ以上は誤魔化せない、前魔王である父の無念、魔物達の命を守らなければ! 決死の覚悟を決め、ダンジョンコアを掴もうとした時、空が陰る。見上げると禍々しい黒い渦から、人が恐ろしい勢いで、我の上に落ちて来た。

「ぷぎゅる!」

 情けない声が出る。何とか身体を起こし、現状を把握する。

 我より少しだけ背の高い女が被さるように乗っていた。黒髪ショートボブが視界を覆う。女が起き上がると顔が見える、15歳ほどだろうか? 

「何者だ貴様!」

 叫び、手を向ける。女もそれに合わせて、腕を身体の前に動かす。

「え? ここどこ? 貴女、誰? 可愛いね? フェへへへ、良い匂いするね! ス~ハ~、ス~ハ~、女神様とか、目じゃないね。お肌ももちもちしてるよ~」

 荒い息づかいでのしかかり、全身を使って擦り寄ってくる。

「ふざけるなぁ、って……お主気持ち悪いぞ! 離さぬか! 継承の儀を邪魔しおって……」

 嫌がる素振りをしながらも継承の儀が中断されたことに内心、少しホッとしていると、近くにいた唯一の女性に腕を掴まれ持ち上げられる。

「ここに新たなる、二人の魔王が誕生した! 魔王が側近『ギギファラ』の名に置いて宣言する!」
「は?」

 我と女の手にはダンジョンコアが握られていた。宣言から少し遅れて魔物達から割れんばかりの喝采が鳴り響いた!

「これより、この魔王城とここに在る全てのものは御二人の魔王様のもので御座います」

 ギギファラが我らの手を降ろし、頭を深々と下げる。

 え? 認めちゃうのか? この何処の馬の骨とも知らない気持ち悪いのもか?

 我が困惑する中、隣で荒い息づかいをしていた女が二人で掴んだままのダンジョンコアごと手を掲げ、叫ぶ!

「魔王城(可愛い少女)を手に入れたぞー!」
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