辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで

月ノ江リオ

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第二章:ウィリアム邸での子育て 編

11:芽生える不安 ※

静寂が始まる頃、互いの体温は音もなく混ざり合い夜の深みに溶けていく。
薄い寝具の下、肌と肌が交わっていた。

「……っあ…ん……っ………」

そのぬくもりは熱を保ちながら滲んでいく。
指先から背中、脚先まで、互いの存在を確かめ合うように。
孔の中には、既にどろりとした白濁の液の名残があった。
太ももには、それが流れ出した跡がわずかに見える。
喉には、ごくりと愛にまみれたそれを吞み込んだ感触が残っている。

「はぁ……っ…」

触れらる感触が心地良くて、たまらず息を吐きだした。
衣服はどこか遠くにあり代わりにあるのは指先の触れあいと熱の余韻。
そして時折、ユリウスの唇がノアの指へとそっと落ちる。
その仕草に応えるようにノアはユリウスの頬に手を添え、ひとつ深い口付けを贈る。
それは言葉より甘く静かに心をほどいていく。

「んっ……」

小さく甘やかな音が喉の奥でまた揺れて零れ落ちる。
ユリウスの耳元に何度も届いたその音は、理性を静かに蝕むように身体の芯へと染み込んでいく。
求めたい、もっと深く。

欲望に導かれるようにしてユリウスはノアの上へと身体を重ね、再び熱を分け合うような口付けを落とした。
絡めたままの指は熱を帯び、じっとりと掌に汗をにじませる。
それさえも心地よい。
肌と肌のすれ違う温度の中で呼吸だけがゆるく乱れていく

「ユリウス様……」

ノアの掠れた声が名を呼ぶたびにユリウスの心は何かを求めて彷徨い出す。
それは欲情のかたちをして、けれど欲望ではない。
もっと深く、根のように広がる孤独と願望の化身だった。

「ノア、もっとこっちに寄れ」

ユリウスは片腕をすべらせるように伸ばしノアの腰へそっと触れた。
包み込むように引き寄せるその動作には、どこか焦燥のような熱が宿っていた。

「……はい」

従順に、けれどどこか不安を包み隠すようにしてノアは身体を寄せる。
足が絡まり、ぬくもりが増していく。
ぴたりと触れた胸の鼓動が互いの耳の奥でふたつ同じ音を刻んでいた。
目を上げたノアの灰色の瞳は潤みを帯びていた。

「っはぁ……んっ……」

洩れる吐息は熱く、でも不思議と静かな響きを残す。
ユリウスは繰り返し口付けを落としながら、ノアの指の軌跡を肌に感じた。髪、頬、肩、そのどれもが確かに愛しいの形をしている。

だが、ユリウスの胸の奥には、もっと違う色のものが渦巻いていた。

もっと、自分だけのものにしたい。
このまだ小さな背を自分の腕だけで囲っていたい。
ノアがどこにも行かず、ずっとこの屋敷で自分だけの存在でいてくれると、どこかで、そう思い込んでいた。
もっと、自分のことを頼るものだと思っていた。
なのにノアは、その手を取ることもなく自らの足で歩いている。

未知の世界に怯えることがあっても、その背は決して折れなかった。
誰かのために手を差し伸べ、屋敷の空気に自然に馴染んでいく。
従者のユアンさえ感心し、息子リュカの心にも静かに寄り添っている。
それは父としては喜ばしいはずの姿だった。
それなのに、ときおり素直に喜べない己がいた。
この掌に触れているはずの体温が、ふとした拍子に消えてしまいそうな気がしてならなかった。

視線を伏せたままユリウスはほんの少し息を潜めた。
夜の奥に沈黙が落ちる。
それに気づいたノアは、そっとその頬へと手をのばした。
指先はそっと、その皮膚をなぞる。

「ユリウス様、どうされましたか」

ノアの指先が頬に触れるたび、胸の奥の願いがひそやかに軋んだ。
愛おしくてたまらないはずの存在に対して、それだけでは足りないと思ってしまう。
恋人という関係だけでは満たされぬと。
ただ、一人の男としてノアに見られていたい。
その願いが静かに、けれど抗えぬ熱を孕んで浮かび上がる。

「……ユリウス様?」
 
少し困惑したようなノアの声。
その気遣う声にユリウスはしばし沈黙の中を彷徨い、ようやく言葉を紡いだ。

「私が、何を考えているか分かるか?」

ノアは少しだけ迷ったのち、首を横に振る。

「ユリウス様が元気がないということは、分かります。お気に召さないことでも、ありましたか」

ユリウスはしばし視線を伏せ、口を閉ざしたまま沈黙を抱えていた。
けれど次の瞬間、その沈黙を押し破るように低く掠れた声が落ちた

「ノア、お前は未完成の状態で、ここまで完成されてる」

愛という名を借りた、暗く甘い渇きが形を成す。

「もう、何も学んで欲しくない。これ以上、その輪を広げて欲しくない」

苦しむように告げられた言葉。
それは束縛でも嫉妬でもない。
ただ、誰よりも誰かを愛してしまった人間が抱える、切なる独占欲だった。

「……すまない」

唇の端からこぼれたその謝罪は、どこか自嘲めいていた。
まるで、自らの心の醜さを認め差し出すようなそんな告白だった。
こんな姿をノアには見せたくなかった。
いや、本当は誰にも見せたくなかった。
けれど、それでも。

ノアはくすりと笑った。
傷つくことにも慣れている人の、優しくて少しだけ切ない笑顔だった。

「……ユリウス様、俺に不安がないと思いますか」

その声には夜の静けさのような落ち着きと、風のようにかすかな揺れがあった。

「そんなものが、あるのか」

問い返すユリウスの声には、わずかな驚きと戸惑いが滲んでいた。

「貴方が、遥か遠くにいるように感じることがあります」

その言葉にユリウスはすぐに否定を口にしたかった。
けれど、喉の奥で言葉がつかえて出てこない。
それは、どこかで自分自身も感じていた感覚だった。
自分にはないものを持っているノアは触れたくなるような、けれどどこか遠く感じる穏やかな光にも思える。

「それに、俺はまだ簡単な読み書きと計算しかできない、本当の"無知"なんです。だから、知らないことも多くあります」

語る言葉は淡々としながらも静かな不安も孕んでいた。
誰もノアの無知を責めたことなどない。
けれど、その不安はノア自身の中でそっと形を取り陰のように寄り添っている。

「貴方やリュカ様が、いつか、その無知に呆れたらどうしようって……」

夜風がカーテンをふわりと揺らす。
ふたりの沈黙の上を、やさしく撫でるようにして通り過ぎる。

いつか、そんな日は来てしまうかもしれない。
けれど、その日が来るまでは。
ここにいたいと心から思っておいる。

眼差しには、慈しみも悲しみもぬくもりも全てが滲んでいた。
そっと再びノアの指がユリウスの頬に触れる。
赦すでも慰めるでもなく、ただ愛する人の痛みに寄り添うように。

「俺はずっと、ユリウス様のお傍にいたいです」

そのまっすぐな眼差しにユリウスは視線を逸らすことができなかった。

「貴方が俺のことを見限るまでは、その傍に、どうかいさせてください」

願いのように祈りのように。小さく、けれど確かな声だった。
二人の心がそっと交差する。同じ夜に別の不安を抱えて。
触れ合った指先は、もう離れようとしなかった。
互いの胸の中にあるものを解き明かし、二人は再び唇を重ねた。
カーテンの隙間から月が静かに床へと滲む。
まるで、二人の影だけが世界に残されたかのように。
肌が熱を灯し吐息が部屋の天井へと消えていく。

この夜が永遠でなくてもいい。
けれど、願わくば。
このぬくもりが明日にも続いていればと。
誰にも言えぬ二人だけの時間はまだ終わらない。
そっと、世界を閉ざすようにして静かに寄り添いながら続いていく。



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