辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで

月ノ江リオ

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最終章:流れゆくとき

01:恐れていたこと

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この穏やかな時が、永遠に続いて欲しい。
ユリウスはそう願っていた。
けれど、その願いは思いがけず唐突な形で打ち砕かれる。

それは、リュカが十二の誕生日を過ぎて三ヶ月目の、若葉が夜風にそよぐ静かな晩のことだった。
──ノアが忽然と姿を消したのだ。
その晩、ユリウスとノアはいつものように共に寝室で過ごす筈だった。
だが書斎から戻るとノアの姿はなく、部屋に残されたのは机の上にあるハインリヒ伯爵に送るための書きかけの手紙と揺れる魔具ランプの灯りだけだった。

邸内の全ての部屋が隅々までされた。
けれど、どこにもノアはいない。
その事実がユリウスに重くのしかかる。

「何が、起きたんだ?」

空っぽの寝室に足を踏み入れたリュカは、目を見開いたまま言葉を失う。

「父さま、ノアはどこにいったの?」

ユリウスは唇を固く結んだまま、小さく首を振った。

「ユアン、念の為に魔術痕跡を探れ」

その命令に、従者ユアンは即座に動いた。
彼の指先から放たれた淡い光が、空間にわずかに残る魔力の揺らぎを照らす。
空間に残された霧のような魔力の名残が、確かに人為的な術の使用を物語っていた。

「痕跡を見つけました。これは全く隠されていません」
「隠していない?」

ユリウスの眉がひそめられる。
それはつまり、連れ去った者が堂々と自身の行いを"こちらに見せつける"ことを意味していた。

「この魔術痕跡は、もしやレオンハルトか」
「私にも、そのように見えます」
「レオンハルト様が、何でノアのことを?」

リュカの声が震える。

王家の第三王子レオンハルト。
八歳の頃よりリュカと親しく、何度も茶会に招きその場では常に穏やかに笑っていた男である。
広く浅い交友を好む彼が、珍しく気に入っていたのがリュカだった。
そうなった理由には、レオンハルトの従者であるイリシアにとってのお気に入りがリュカだったということが大きく関係している。

「なぜ、彼がノアをのことを?」

ユリウスの脳裏に、一筋の嫌な予感がよぎった。

「もしや……」

ユリウスが何かを言いかけたその時、外では重く沈んだ魔馬車の音が響く。
やがて現れたのは、漆黒の装飾を施された王家の魔馬車だった。邸内には重装備に身を包んだ王城直属の近衛たちが足を踏み入れる。

「ユリウス・ウィリアム伯爵。陛下のご命令により、ただちに城へお越しいただきます」

先頭に立つ騎士の口調は丁重でありながら、そこには一切の猶予も情もなかった。それが従う他ない絶対の命であることを否応なしに伝えてくる。その場に落ちたのは重苦しい沈黙だった。

「父さま……」

リュカの瞳が不安に揺れる。
その小さな肩をそっと抱き寄せながら、ユリウスはわずかに微笑んだ。

「大丈夫だ。すぐに戻る」

強く優しいその声を残しユリウスは魔馬車の中へと身を預けた。
扉が閉じる音は、静寂の中で静かに響く。
空には満月が浮かび、その淡い光の下で漆黒の魔馬車は重々しく動き始めた。
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