野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第三章

二十二

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 恐るおそる隣を見上げれば、普段と変わらない、至って落ち着いた眼差しでアデライドを見つめるジルヴィウスがそこにはいた。
 怒りも何もない、完全なる無の表情。
 それが逆に恐ろしく、心臓が嫌な音を立てる。
 このままでは取り返しのつかないことになるような気がして、シーラは思い切りジルヴィウスに抱き着いた。

「ジルっ、もう中に入ろっ? ねっ?」

 ちらり、と自分を見下ろしたジルヴィウスに、シーラは努めて明るい笑みを浮かべる。

「あらぁ、私はもう少しシーラちゃんとおしゃべりしたいわ」

(これは南部公爵様のための提案でもあるんですけど!?)

 もうこれ以上余計なことは言わないでくれ、と心の中で叫ぶ。
 無礼だとしてもさっさと立ち去らせてもらったほうがいいと、別れの挨拶をしようとしたシーラだったが、シーラが口を開くより早く、ジルヴィウスに抱き上げられる。
 え、と思ったのも束の間、アデライドが立っていたほうから何かがぶつかるような衝撃音が聞こえ、身震いするような冷気がぶわりと通り過ぎていく。慌てて音のしたほうを見れば、人より何倍も大きな氷の杭がアデライドの上に落ちていた。
 アデライド自身は薄い膜のようなものに覆われ無事のようだが、辺りには氷のつぶてが散乱している。大きな音に驚いたのか馬車の馬は逃げ出し、奥のヴィラの衛兵は腰を抜かしたのか尻もちをついていた。

(あの氷、ジルが……?)

 あんなもの、直撃したらひとたまりもない。だというのに、ジルヴィウスは表情を変えず、アデライドはただ涼しげに微笑んでいた。
 ジルヴィウスは口の中で小さく舌打ちすると、それ以上は何も言わず、門の中へと入っていく。

(えっ、えっ? このまま行っていいの? みんな放置で?)

 呆然としている衛兵を見たあと、シーラはアデライドへと目を向ける。彼女もこちらを見ていたようで、目が合うと手を振られた。
 どう反応すればいいのかわからず、とは言え無視することも憚られ、シーラは戸惑いつつも目礼だけを返す。公爵家の当主への挨拶としては不適切なものではあったが、扉が閉まる直前に見えたアデライドの表情はどこか嬉しそうにも見えた。

(初めてお会いしたけど、南部公爵様って気さくでいい人――っていけない、いけない! 新婚の妻の前で夫との関係を口にするような人がいい人なわけ……でも、南部公爵様にとってはたいしたことじゃないからつい言っちゃった可能性も……? ううん、だとしても言わなくていいことを言ったわけだし――)

「シーラ」
「はっ……!」

 考え込んでいたシーラは、ジルヴィウスの呼びかけで我に返ると、辺りを見渡す。
 いつの間にか寝室に連れて来られたようで、シーラはベッドの上に座らされていた。

「って、ジル……! どうしたの!?」

 座るシーラの前で、ジルヴィウスは片膝をつき、シーラを見上げていた。
 表情はいつもと変わらず淡々としたものなのに、彼の金の瞳には苦悶が浮かんでいるような気がした。

「ジル、大丈夫……?」

 優しく彼の頬を撫でれば、ジルヴィウスはきつく目を閉じ、自ら頬をすり寄せた。

「……それはこちらのセリフだ。お前は何ともないのか?」
「わたし?」

 いったい何があるというのだろう、と目を瞬かせれば、ジルヴィウスは細く息を吐き出し、目を開けた。自分を見上げるジルヴィウスの眼差しはどこまでも真っ直ぐで、いつになく切実そうだ。

「お前に嫌な話を聞かせた。だが誓って、あいつとの間に特別なことはない。あいつと一夜を過ごしたことは間違いないが、そこに特別な感情はない。あいつだけじゃなく、他の女も同様だ。お前以外との行為には何の意味もない。俺にとっては――」
「ジル」

 制止するように名を呼べば、ジルヴィウスはぐっと押し黙る。

(いたずらが見つかったわんちゃんみたい)

 申し訳なさそうで、けれど、言い訳もできないから叱られるのを待っているような。そんな表情を浮かべるジルヴィウスに、シーラは思わず笑みを漏らす。

(再会した当初に比べると、本当にわかりやすくなったなぁ)

 シーラは、ふふ、と笑むと、身を屈めジルヴィウスに軽く口付けた。何度も口付けを繰り返しながら、ベッドから滑り落ちるようにジルヴィウスに身を寄せれば、彼は力強く抱き締めてくれる。
 彼の足を跨ぐように座りながら、シーラは口付けを深めていく。彼の肉厚の舌を絡めとるように舌を這わせれば、されるがままだったジルヴィウスに舌先を吸われた。

「ん、ジル……」

 彼の足に擦り付けるように腰を揺らしながら、彼の濡れた唇をぺろりと舐めれば、ジルヴィウスはシーラを抱え上げ、ベッドに押し倒した。
 彼の揺らめく金の瞳には、罪悪感と熱情が入り混じって見える。

「……シーラ」

 乞うように熱く名を呼び、顔を近付けるジルヴィウスに、シーラは、ふ、と目尻を下げると両手で彼の口元を押さえた。

「ジル、わたしお風呂入りたいな」
「……俺は気にしない」
「だーめ。先にお風呂」

 にこり、と念を押すように笑めば、ジルヴィウスは渋々シーラの上から退く。
 あまりにも素直に言うことを聞いてくれるジルヴィウスの姿に、口の端がひくりと震える。
 そんなこと思ってはいけないとわかっているのに、罪悪感を抱いて落ち込んでいるジルヴィウスが可愛くて仕方なかった。いけないと思いつつ、もっと意地悪がしたくて、シーラは「ジル」と両手を伸ばす。

「抱っこして」

 ゆらゆらと両手を揺らしながらお願いすれば、一拍置いて、ジルヴィウスはシーラを抱き上げる。シーラはジルヴィウスの首に腕を回すと、額や頭に、ちゅ、ちゅ、と口付けを繰り返した。

「……風呂に入るんじゃなかったか?」
「入るよ?」

 不可解そうに眉を寄せるジルヴィウスに、シーラはにやりと口角を上げる。

「一緒に入ろ?」

 耳元でそう囁けば、ジルヴィウスは固まってしまったかのように体を硬直させた。しかしそれも一瞬で、シーラを抱く腕に力を込めると、足早に寝室を飛び出し、階段を下りていく。

(寝室二階だったんだ。明日起きたら探検してみようかな)

 邸内は白を基調にまとめられているが決して明るすぎず、ところどころに使われているブルーグレーが全体を引き締めていた。

(あれ、そういえば……)

「西部公爵様が使用人を派遣してくれるんじゃなかったっけ?」
「もういる。最低限姿を見せるなと言ってあるんだ」
「そうなの!?」

 きょろきょろと辺りを見回してみるも、人の気配らしきものは感じられない。
 けれど、そのほうが羽を伸ばせるかも、と含み笑いをしているうちに、浴室へと着いた。
 大理石の扉を開けた先は広い脱衣所になっており、その先のガラスの扉の向こう側に広い浴槽があった。
 床に下ろされたシーラは、浴室の壁の一部がガラス張りになり、外が見えていることに気付き目を見開く。

(外から浴室丸見え!? いや、裏には背の高い木が植えられてるし、そもそも塀が立てられてるから外から見えないか……それにしてもガラス張り!?)

 凄い構造だ、と目を瞬かせていると、後ろから思い切り肩を引かれる。
 はっと振り返れば、すでに全裸になったジルヴィウスが立っていた。

「脱がせるのも俺がやるか?」

 問いかけながらも、ジルヴィウスの手は背中の紐に伸びる。体の締め付けがなくなっていくのを感じながら、シーラはただされるがまま笑みを深めた。
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