野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第一章

二十八

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「俺がお前に触れるのは、お前が魔力消化体質者イジェストだからじゃない」
「あっ、そういうつもりで言ったんじゃ――」

 言い終わる前に唇が重なった。角度を変えもう一度唇を触れ合わせると、ジルヴィウスは舌先でシーラの唇を舐めた。
 そっと口を開けば、彼の舌がゆっくりと口内に侵入してくる。

「っん……ぁ、ジル……」

 こうして彼が口付けるのも、自分に触れるのも、ただ純粋に求めてくれているからだというのはわかる。けれど、どうしても、自分に触れた結果どれだけジルヴィウスが楽になるのかが気になってしまう。

(触れるだけのキスと深いキスだったら、やっぱり深いほうが楽になる? ……訊いたら、ジルは嫌な気持ちになるかな?)

 そんなことを考えながら、ゆったりと口内をねぶる彼の舌に応えていると、不意に舌先を甘噛みされた。甘い痺れが体の奥へと抜けていき、悩ましげな声が思わず漏れる。

「ぁ、ン……ジル……」

 絡めとるように舌を巻きつけながら、ジルヴィウスは徐々に顔を離していく。導かれるままはしたなく舌を伸ばせば、ジルヴィウスがぢゅっと舌先を吸った。
 伸ばした舌が彼の口内で弄ばれているのは、何とも淫靡な光景だった。
 腹の奥が切なく疼くのを感じながら、シーラは舌を引き抜き、自ら彼の唇に吸い付く。

「まだ、だめだから……これ以上はだめ」
「俺がそんなことばかり考えてると思ってるのか?」
「そ、ういう、わけじゃないけど……」

(でも、足に当たってるし……)

 わずかに視線を下げれば、ジルヴィウスは息を吐いて首元に顔をうずめた。

「ただの生理現象だ。気にするな」
「……手とか、口でしようか?」

 彼に抱かれ続けた二週間はだいぶ一方的にされてばかりだったため、自分から彼に奉仕することがなかった。
 明日か明後日には月のものも終わるだろうし、それまでの繋ぎとしてそれくらいは、と思ったシーラだったが、ジルヴィウスは特に体を起こすことなく「いや」と小さく漏らした。

「お前の心身が万全ではない状態でそういうことをさせるつもりはない。お前は魔力を消費させるための処理相手でも、まして性欲を満たすための道具でもない」

(わ、あ……)

 ジルヴィウスが自分を愛してくれていると自覚したからか、今の言葉が “愛してる”と言っているように聞こえて顔が熱くなる。
 自分が気付かなかっただけで、これまでの言葉の中にも愛を湛えたものがあったのかもしれない。
 ジルヴィウスの頭を撫で、もう一方の手であやすように背中をさすりながら、これまで言われた言葉を思い出す。その最中、シーラはあることに気付き、「あ」と小さく声を漏らしたものの、すぐに固く口を閉じた。

(いけない、また余計なこと聞いちゃうところだったわ)

 喉まで出かかったものをぐっと呑み込んだシーラだったが、わずかに身じろいだジルヴィウスが「なんだ」とシーラの髪の毛を軽く引っ張った。

「言いたいことがあるなら言え」
「あ、えっと……言いたいことっていうか……」
「ああ」

 ジルヴィウスの視線が突き刺さるのを感じながら、シーラは何度か口を開閉させたすえ、覚悟を決めて息を吸った。

「その……前に、ジルと一夜を共にした女性を“処理相手”って言ってたでしょ? あのときの“処理”の意味って、魔力を消費させるって意味の“処理”だったのかなぁ……って……」

 室内に沈黙が落ちた。
 もともと二人しかいなかったため、二人が黙れば静かになるのは当然のことだが、これほど静まり返ってはいなかった。心なしか少々空気が冷たくなったような気さえする。
 過去の女性関係などきっと触れてほしくないだろうに、こうして何度も掘り返してしまって気を悪くしただろうか、と体温が下がる。しかし、そんなシーラの心配をよそに、ジルヴィウスから発せられた声色は穏やかだった。

「それ以外、どんな意味があるというんだ」
「えっ、うんと……その、普通は……せ、性欲、処理だと……思うと、思う……」
「そんなもの一人で勝手に解消できる」
「そっ、そっか……!」

 あまりにも明け透けな物言いに顔が火照るものの、シーラの胸には喜びが広がっていた。
 彼にとって、一夜を共にした女性たちは本当にただそれだけの相手だったのだ。そこに特別な意味などないのだとはっきり知れたことが、何より嬉しかった。

(……あれ? でも、じゃあ――)

「ジルって、いつからわたしのこと好きでいてくれたの?」

 ジルヴィウスの体が、びくりと跳ねる。
 彼は体を起こすと、真っ直ぐシーラを見下ろした。

「言っておくが、俺は小児性愛者じゃないからな」
「えっ? うん……そんな風に思ったことはないけど……」

 予想外の発言に驚きながらそう答えれば、ジルヴィウスは固く口を閉じ、視線を逸らした。
 どこかばつが悪そうなその様子から、シーラは、もしかして、と口を開く。

「……ずっと、好きでいてくれた?」
「……昔は……少し違う。お前と出会ったばかりのころは……もっと純粋に……ただ気に入っていた。だから、俺は……」

 言いかけて、ジルヴィウスは口を閉ざす。眉間には皺が深く刻まれ、その目はシーラを捉えていないものの、とても憎々しげだった。
 シーラは手を伸ばすと、そっと彼の頬に触れる。
 労わるように優しく撫でれば、ジルヴィウスはきつく目を閉じ、シーラの手に頬をすり寄せた。その手を取り、手のひらに口付けながら、ジルヴィウスは震える息を吐き出した。

「お前が魔力消化体質者イジェストであることは最初からわかっていた。だが、だからこそ手を出すつもりはなかった。お前を求めるのは俺が魔力過多症だからだと嫌でも考えるだろうし、公爵家の妻など苦労することがわかっている席に座らせるのはお前の顔を曇らせることになると思っていたからだ。それを……北部の恥知らず共がっ……!」

 加減をしているのか、手を掴む彼の握力はとても弱い。けれど、抑えきれない怒り表すかのように、彼の体は小刻みに震えていた。

(ジルは……わたしのことを本当に……ずっと、大切に想っていてくれたのね)

 こんなに嬉しいことはない、と思う一方で、それならもっと早く、子どもの戯れだと思われてもいいから、さっさと彼に想いを告げればよかったと後悔した。
 そうすれば、ジルヴィウスがこれほど深く傷付くことも、こちらが心配になるほどシーラに執着することもなかっただろう。もしかしたら、あのころのまま愉しそうに笑う姿も見られたかもしれない。
 シーラは、下がりそうになる口角をぐっと上げると、柔らかな声で「ジル」と声を掛けた。

「来て?」

 迎え入れるように両腕を広げれば、ジルヴィウスはすかさずシーラに覆い被さり、きつく抱き締めた。

「お前は俺の、俺だけのものだ。俺だけの……」

 どこか切羽詰まった、祈りにも似た彼の呟きに、シーラは彼を抱き締め返しながら、「うん」と優しく返す。

(ジルはジルだから、昔と違うところがあってもいい。今のジルだって大好き。でも、もし……もし仮に、ジルが昔みたいに笑えなくなったのがわたしのせいなら……ジルの心を癒したい。それで、笑顔を取り戻したい。そのためにできることなら、なんだってしたい。――ううん、してみせる)

 シーラはそう強く決意しながら、ジルヴィウスを抱き締める腕に力を込めた。
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