野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第二章

十九

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 舞台は冬の国へと移った。
 冬の国の王は、黒い鷲を追い払うと、向日葵のお姫様を氷漬けにして国へと持って帰った。
 そして、氷漬けになった向日葵のお姫様を、冬の国の王は多くの人々に見せびらかしたのだ。
 “花”を見たことがない冬の国の人々は、口々にお姫様を褒めた。
 “なんと美しい”、“宝石など比べものにならないほど輝かしい”、“偉大な太陽のように尊い”――そんな言葉を浴びせられても、向日葵のお姫様は少しも幸せそうではなかった。

(そりゃそうだよ……体の自由も奪われて……氷に覆わされてるせいか冬の国に来たせいかはわからないけど、眠ることもできなくて……)

 黒い鷲を失った悲しみに涙を流すこともできないまま、春、夏と季節は過ぎてゆく。
 これまで以上に長く苦しい“孤独”を味わうことになって、どのくらいたったころだろうか。ついに人々は向日葵のお姫様への関心を失った。それは彼女を連れて来た冬の国の王も同じで、冬の国の王は飽きたとばかりに彼女を人も寄り付かない倉庫へとしまってしまったのだ。

(なっ、おっ、んんーっ……腹立つ! 自分で連れて来たくせに! なんて自分勝手な――ってちょっと待って……! これ、北部公爵家が見たら怒るんじゃ……)

 湧いた怒りが一瞬で不安に変わる。
 紙芝居や吟遊詩人などを通して世間に自分たちに都合のいい噂話を流すのは、昔からよく使われる手法の一つだ。
 この話がどれほど広まっているのかは知らないが、 “向日葵”、“黒い鷲”、“白い髪の冬の国の王”という登場人物を見て、シーラはこの話が自分とエルネストの婚約話を指しているということに気が付いた。
 社交界に知り合いがいないため現在どんな噂が出回っているかはわからないが、エルネストと婚約解消したシーラがジルヴィウスの元に嫁いだことはとっくに知られているだろう。
 それを知る人がこの話を聞けば、“北部公爵家が横槍を入れ無理やり婚約を結んだ”と考えるはずだ。

(紙芝居を貴族が観ることはほとんどないけど、紙芝居になる話は有名なものが多いし、この話もある程度広がってると考えていいはず……観てる子たちがみんな知ってそうだったことを考えれば、たぶん吟遊詩人が広めてる……ってことは、十中八九北部公爵様もこの話を知ってるってことで……)

 公爵家同士が対立することになってしまったらどうしよう、と思っていると、繋いでいる手を軽くゆすられる。

「もう終わる。集中しろ」

 ジルヴィウスの声に、シーラははっと紙芝居屋に意識を戻す。
 氷漬けのまま倉庫にしまわれてしまった向日葵のお姫様。幸か不幸か、彼女を覆う氷は長い時間をかけ徐々に解けていったようだった。
 倉庫へしまわれてからいったいどれほどの年月が経ったころだろう。
 彼女を覆う氷が半分ほど解けたころ、事件は起きた。
 ひっそりと静まり返る冬の城に喧騒が訪れたのだ。

 生ける屍となっていた向日葵のお姫様は、その騒動に微塵も心を動かされなかった。
 ただ、同じように静寂に包まれた場所で、同じような喧騒に導かれ向かった先に、唯一無二の友である黒い鷲がいたな、と過去の出来事を走馬灯のように思い返していた。
 早く黒い鷲がいる場所へと行きたい。
 黒い鷲に会いたい。
 氷が解け自由になった片目から涙が流れた、そのとき。
 爆音とともに倉庫の壁が吹き飛んだ。
 砂煙の中から姿を現したのは、黒い髪の毛に金の瞳を持った青年だった。

(わ、あ……昔のジルを小さくしたみたいな感じ。……あの絵、しおりか何かで売ってないかな……)

 上演した紙芝居に関連する商品を売る紙芝居屋も多いため、公演が終わったら尋ねてみよう、と密かに決意しつつ、盛り上がりを見せる紙芝居屋の語りに聞き入る。

「『見つけた!』、その青年の声に、向日葵のお姫様の瞳が輝きます。何故でしょう。姿形はまるで違うのに、向日葵のお姫様はその青年がかつての友だと。谷底へ落ちたはずの黒い鷲だと、そう思えてなりませんでした。『今すぐ助けてやる!』、青年はそう叫ぶと、お姫様の半身を覆っていた氷を砕き始めました」

 向日葵のお姫様は、ついに氷から解放された。しかし、長年眠ることもできず氷に閉じ込められていたお姫様は、衰弱しており自ら立ち上がることもできなかった。
 青年は、そんなお姫様を二本の腕で抱き上げた。

「青年は言います。『ずっとお前と同じ腕が欲しかった。こうしてお前を抱き締めるために。……俺にはもう、大空を飛ぶ翼も、獲物を狩る鋭い爪もない。だがこうして、お前を抱えて逃げることができる腕と足を手に入れた。今度こそお前のことを守ってみせるから……だから、俺と一緒に行こう』」

 店主の口調が穏やかなものへと変わっていく。
 寒々としたどこか物寂しい絵も、光に包まれた温かなものへと変わった。

「向日葵のお姫様と黒い鷲だった青年は、もう二度と独りになることはなく、ずっと二人一緒に幸せに暮らしましたとさ」

 おしまい、と店主が言い終わると、周りから大きな拍手が湧き起こった。
 最後の絵には、花が咲き誇る花畑で、二人が仲良く寄り添い合う姿が描かれている。

(……すごくいいお話。泣いちゃうのもわかるなぁ……わたしもモチーフにさえ気付かなかったら泣いてたかも)

 袖で目元を拭っている子を見ながら、シーラも頭を下げる店主に拍手を送る。

「――それで、どうだった?」
「……ジルの立場が悪くならないか心配だよ。正面から喧嘩売ってるみたいなものじゃん」

 もう魔法は解除したのか、普通に話せたことに安堵の息を漏らしながら、シーラはジルヴィウスを軽く肘で小突く。
 ジルヴィウスはそれに抵抗することはなかったが、ただ嘲るように鼻を鳴らした。

「喧嘩売ってるのは向こうだろう。北部では“薄汚い黒い鳥が至宝のイエローダイヤモンドを盗んだ”という話が出回ってるらしいからな」

(あ、北部公爵家も対抗するお話流してるんだ……)

 黙ったままやられるわけはないか、と思いつつ、けれどそれは悪手なのでは、とも思う。その考えが顔に出ていたのか、ジルヴィウスは軽くシーラの頬を摘まむと「聡明だな」とわずかに目を細めた。

「あの狸爺も焼きが回ったんだろう。愚息がしでかしたことを知らない者はいないというのにな。この話に対抗して、あんな馬鹿げた話を広めたせいで、“盗まれたのではなく、価値の分からない者のせいで失ったのだ”、と逆に嘲笑されるはめになったらしい。いい気味だな」

(わあ、悪い顔……)

 自分のことがなくても、もともとそりが合わなかったのだろうか、と考え込みそうになったシーラだったが、視界の端に人だかりが見え、慌てて立ち上がる。

(ジルに訊きたいことも言いたいこともたくさんあるけど、今はまず、紙芝居屋さんのところに行かないと!)

「あとでお話あるからね、ジル! 今はちょっと一時休戦だけど! ほら、行こ! 売り切れちゃう!」

 紙芝居屋が商品を陳列し、そこに子どもたちが集まっているのをちらちらと窺いながら、シーラは急いでジルヴィウスを立ち上がらせた。
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