野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第二章

二十七

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 テーブルに無造作に置かれた紙切れを一瞥したシーラは、月が煌々と輝く空を見上げると深く息を吐き出した。
 イレーヌからの言伝が書かれた紙切れには、“ジルヴィウスのことで耳に入れたいことがあるから二人きりで話したい”と記されていた。
 リディやギーは、応じる必要はない、と会うことを反対したが、シーラはイレーヌの思惑が知りたいからと、早速今夜会うことを決めた。
 普段であれば応じなかっただろう。そもそもジルヴィウスが会う許可を与えるとは思えないし、イレーヌもジルヴィウスが傍にいる状態でこんな接触の仕方はしてこないと思う。

(そう……わざわざジルとわたしが会えていない状況でこれを送ってくるってことは、何かしらの情報は持ってるってこと。……ジルにまともに会えないはずのイレーヌが持ってる情報っていったいなんだろ)

 いくつか想定していることはあるが、それは言わないでほしいな、と小さく息を漏らす。想定していることの内、どれか一つでも彼女が口にすれば、シーラはイレーヌを追い出すしかなくなる。

(イレーヌの境遇には同情するし、わたしにできることがあるならなるべく力になりたいなって思うけど……もし、わたしとジルの仲を引っ掻き回そうとしてるなら、それは絶対に看過できない)

 彼女が何を言うつもりなのかはわからない。けれど、何を言われても、そう簡単には信じないつもりだった。

(……まぁ、でも、悪いことを言われるって決まってるわけじゃないから、考えすぎないようにしておこう)

 最初から穿った見方をしてしまえば、真実を見落とす可能性もある。
 イレーヌと対峙するときは、努めて冷静に、公平性を持って彼女の話に耳を傾けなければな、と改めて決意したところで、扉が叩かれた。

「どうぞ」
「失礼いたします」

 扉を開けたイレーヌは、シーラが座ったままなことに一瞬顔を顰めたものの、すぐに優雅に腰を折った。メイドというよりは貴族令嬢のような振る舞いだ。
 彼女が改心した可能性も考えていたが、それはなさそうだな、と思いながら、シーラはにこやかにイレーヌを手招く。

「久しぶりね。遠慮せず入って、イレーヌ」
「お久しぶりです、奥様。本日はお時間を取っていただきありがとうございます」
「いいのよ。配属先が決まってから一度も会えていなかったから気になってたの。仕事は順調かしら」
「はい。問題なく過ごせております」

 シーラの前までやって来たイレーヌは、満面の笑みで質問に答えながら、ちらりとシーラの向かいの椅子へと目を向けた。

(こちらから促すならまだしも、使用人が最初から主人と同じ席に着きたがるのは問題ね)

 きちんと研修を受けたはずなのに何故そんな行動を取るのだろう、と考え、自分が舐められているからか、と納得する。
 エルネストとの婚約時代もだいぶ見下された態度を取られてきたが、自分はそんなにも侮りやすい雰囲気なのだろうか、内心首を傾げる。

(まぁ、わたし自身は何の力もないから……でも、ジルの奥さんとしてやっていくなら、もう少し威厳をつけないと)

 後付けで何とかなるものだろうか、若干不安になりつつも、シーラは笑みを浮かべたまま「それで」と言葉を続けた。

「ゆっくりと話を聞きたいところだけど、イレーヌからの伝言がどうしても気になって……急かすようで申し訳ないけど、早速本題に入っていいかな」

 シーラが椅子に座らせるつもりがないと気付いたのか、一瞬イレーヌの口元が引き攣ったものの、彼女はすぐに表情を取り繕った。

「もちろんです。私も早くお耳に入れたいと……」

(……?)

 どうしてそこで黙るのかと、じっと彼女を見つめれば、イレーヌは大袈裟に「ああ!」と声を上げ、その場に膝をついた。

「ですが……! ですが、このようなことをお耳に入れては奥様を傷付けてしまうのではと……! 私はっ、私はそれだけが心配なのです……!」

 悲痛そうに顔を歪め、涙目で自分を見上げるイレーヌを、シーラは口元に笑みを湛えたまま静かに見下ろす。
 突然の大声に驚き、心臓は激しく脈打っているが、それを決して悟られないよう、鷹揚に頷く。

「そう。心配をしてくれてありがとう、イレーヌ。けどわたしはそんなに柔じゃないから大丈夫よ。だから教えてくれないかしら? あなたの話したいことがいったい何なのか」
「……っ」

 シーラがまるで動揺していないことに、イレーヌの目つきが険しくなる。けれど、シーラはそんなこと意にも介さず、にこりと笑みを返した。
 エルネストとの婚約時代、伊達に嫌味を言われたり、嫌がらせをされてきたわけではない。イレーヌのような人間とはたくさん対峙してきたのだ。

(わたしを心配するふりをして貶めたり、エルネスト様と仲違いさせようとする人は本当に多かったからなぁ……)

 当時は、エルネストと婚約しながらジルヴィウスを想い続ける自分への罰だと、嫌味や嫌がらせを甘んじて受け入れてきたが、今は状況が違う。
 してやられるつもりは微塵もないのだと示すように、シーラは優雅に首を傾げた。
 早く話して、という無言の圧が伝わったのか、イレーヌは一瞬忌々しそうに顔を顰めたあと、両手で顔を覆った。

「私は! 私はただ本当に心配で……! 私がこのようなことを申し上げるのは、奥様を想ってのことだとどうかご承知おきいただきたいのです……!」

(うーん、その“申し上げたいこと”を早く言ってほしいんだけどな……)

 それからもしばらく、「ただの善意で」、「心配で」、「傷付ける意図はなくて」、「心配で」、「悪く受け取らないでほしい」、「心配で」、と同じような内容を繰り返したあと、やっと顔から両手を外し、シーラを見上げた。
 優越感を滲ませるように口元に笑みを浮かべ、嘲るような視線を向けながら、イレーヌはねっとりと口を開く。

「旦那様は、どうやら他の女性にお会いになっているようなのです」
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