野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第三章

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 重い沈黙が室内に落ちる。けれどそれも一瞬で、すぐに盛大な溜息が聞こえた。

「公爵家の跡取りが婚約者でもない女性を妊娠させたと聞いておかしいと思ったんだ。高位貴族は避妊魔法を徹底してるはずだからな。特にお前ら公爵家は」
「そうでもない。婚外子など外部――王家に知られなきゃいいだけの話だからな。広大な城の別塔に生涯女を閉じ込めておけば何も問題はない」

(……そう断言するってことは、そういう例があったのかな?)

 しかし、そんなことをして何の意味があるのだろう、とジルヴィウスを見つめ続けていると、ジルヴィウスは握る手に力を込め、シーラの頬を撫でた。

「俺はそんなことはしない。心配なら、お前以外の女に触れたら自死する誓約魔法を俺にかけてもいい」
「えっ、いいよ、疑ってないから! ただ、そういうことを過去にしていた例があるのかなって思って……」
「……さあな」

 ジルヴィウスは嘲るような笑みを浮かべると、そのまま口を閉ざしてしまった。
 これ以上は言いたくなさそうだ、とシーラもそれ以上追及せず、話を戻す。

「えっと、じゃあ、話を整理すると、ジルがエル――公子様にあの女の人を紹介して、子どもができるように細工……避妊魔法を解除するような? 何か? をしたってこと?」
「……概ねその通りだ」
「大雑把すぎるだろ」

 兄の言葉に、ジルヴィウスはそれ以上何も言わずティーカップを手に取る。ジルヴィウスが手にした途端、冷めていたはずの水面からふわりと湯気が立ち、シーラは目を瞬かせた。

(そっか、魔法ってこういうこともできるんだ)

 自分は本当に魔法に関して無知だったな、とティーカップを眺めていると、ジルヴィウスがそれを差し出してきた。

「飲むか?」
「あ、ううん! わたしは大丈夫!」

 ジルヴィウスは「そうか」と頷くと、カップに口を付ける。
 ジルヴィウスの横顔を眺めながら、シーラは、ふむ、と考えを巡らせた。

(魔法は万能じゃないって聞いたけど、思っていた以上に自由でいろいろできるのよね。もちろん、ジルが規格外の可能性もあるけど……)

 先ほどジルヴィウスにはああ言ったが、何も本気でジルヴィウスがエルネストに女性を“紹介”したとは思っていない。きっと裏から手を回し、女性とエルネストを引き合わせたのだろう。
 それだけだったらまだ良心的だが、エルネストと女性が関係を持つように何か魔法や、催淫剤のような薬を使った可能性もある。それに、女性が妊娠するよう仕組んだのも自分だ、とジルヴィウスは認めている。

(そもそもエルネスト様の子を身籠った女性はどこから連れて来たのかしら? 身なりからして貴族のご令嬢って感じじゃなかったし、そもそも下手すれば彼女は殺されていた可能性もあるわけだから……)

 シーラは、うーん、と首を捻ると、「ねえ」と声を掛ける。

「ジル、悪いことした?」
「心当たりが多すぎて何のことだかわからないな」

 しれっと言いのけるジルヴィウスに、シーラは「もうっ」と頬を膨らませるとジルヴィウスの頬をつついた。

「エルネスト様のこと! わたしとエルネスト様の婚約が解消されるまでの一連の出来事のなかで悪いことはした? って訊いているの!」
「――エルネスト、な」

 まるで苦いものでも口にしたかのように、忌々しそうに眉根を寄せるジルヴィウスを見て、シーラは、はっと口を噤む。

(ジルの前では名前呼ばないように気を付けてたのに……そういえば何回か呼んじゃった、かも……)

 兄と会い、昔のような空気感に触れ、気が緩んだのかもしれない。
 ジルヴィウスの機嫌を損ねたかも、と焦るシーラだったが、ジルヴィウスはただ深く息を吐き出すだけだった。

「そんな風に俺の顔色を窺う必要はない。今更これしきのことで怒りはしない」
「ジル……」
「犯した罪分の罰はあとで受けてもらうがな」

(怒ってるじゃん……!)

 しかし、これだけ軽い調子で言うということは、本当に以前よりは心持ちが軽くなったということだろう。
 よかった、と内心安堵していると、ジルヴィウスはゆっくりと瞬きをした。そのわずかな間に、ジルヴィウスの纏う雰囲気が変わる。先ほどまでの穏やかな様子が嘘のように、空気が張り詰めた。

「俺のしたことをお前に教えるつもりはない。したことを後悔もしていない。お前をるためなら、王を討つことも厭わない」
「ジル!」
「ジルヴィウスッ!」

 咎めるような叫び声が、兄と重なる。

「おっ前、ふざけんなよ! 誰かに聞かれて反逆の罪を背負わされたらどうするんだ! お前の城で好き勝手言うのはいいが、ここでは言葉を慎め!」
「お兄様!? どこでもだめだよ!?」
「陛下だってこいつには敵わないんだ! やろうと思えばできることをしないなんて優しいだろ! だから言うくらいは好きにさせてやれ!」

 ふんっ、と鼻息荒く胸を張る兄の姿に、シーラはぽかんと口を開ける。
 何故、兄とジルヴィウスが友人なのか、今やっと理解できた気がする。

(お、お兄様がこんなこと言うなんて……お兄様はジルと正反対の、真面目で正義感溢れる人だと思ってたけど……)

 ジルヴィウスとエルネストのとき同様、兄のことも表面的な部分しか知らなかったのかもしれない。それはつまり、両親がいたときも、両親が亡くなったあとも、兄はシーラに対しずっと模範的な好青年でいてくれたということだ。
 揶揄われて一方的に泣いた記憶はあるが、喧嘩らしい喧嘩をした覚えはない。

(わたしが一歳になる前にお兄様はアカデミーに行っちゃったから、喧嘩のしようもないと言えばないんだけど……お兄様も意外とやんちゃだったのかな?)

 そうでなければジルヴィウスと友人にはなれないか、と納得しつつ、シーラはジルヴィウスとヨエルを交互に見る。

「ジルもお兄様も滅多なこと言わないの! お兄様はこれから親になるんだし、お義姉様がいるんだから命知らずなことは二度と言わないで! ジルも! わたしはジルと違って小心者で心配性なんだから、わたしの心がすり減るようなことは言っちゃだめよ!」

 念を押すように「いい!?」と鋭い視線を向ければ、兄は肩を竦め、ジルヴィウスは顎を掴んで自分のほうを向かせた。
 煌めく金の瞳に射貫かれ一瞬たじろぐも、さすがにあの発言は看過できないと、じっと見つめ返す。
 ここで目を逸らしては負けだと、むむっと睨んでいると、ジルヴィウスが片眉を上げた。彼はそのまま重い溜息をつき、顎を掴む手に力を入れると苛立たしそうに舌打ちをする。

「お前、腹が立つくらい可愛いな」
「……。……? ……、――っ!?」

(かっ、可愛い!? 可愛いって言った!? 可愛いって――わたしが言われたの!? ジルに!?)

 驚きすぎて、外れるのではないかというほど顎が下がる。突然の発言に、シーラは目を白黒させるしかなかった。
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