野獣公爵の執愛

ゆき真白

文字の大きさ
87 / 98
第三章

二十

しおりを挟む
「また遊びに来てね、シーラちゃん」

 臆面なく自分を抱き締めてくれる義姉に、シーラは一瞬動揺しかけるも、すぐににこやかに抱き締め返す。

「うん! お義姉様もお体には気を付けてね」

 腹部には接触しないよう、少し腰を引きながら、きゅっと抱き締めると、シーラは体を離す。

「いつでも来い。先触れはなくてもいい。ここもお前の居場所だってことを忘れるなよ」
「ありがとう、お兄様。またジルと一緒に来るからね」

 力強く抱き締めてくれる兄をシーラも力いっぱい抱き締めると、ジルヴィウスの隣へと戻る。

「じゃあ、お兄様、お義姉様、みんな! またね!」

 ジルヴィウスにエスコートされ場所に乗り込んだシーラは、見送りの人々が見えなくなるまで手を振り続けた。

(五日なんてあっという間だったなぁ)

 辺境伯邸がどんどん小さくなっていくのを窓に張り付きながら見ていると、隣に移動したジルヴィウスに腰を抱き寄せられる。

「そんなに名残惜しいか?」
「名残惜しい、のかな? あっという間だなとは思ったけど……」

 ジルヴィウスを振り返れば、目の前に彼の顔が迫っていた。鼻先が触れ合うほどの距離でしばし見つめ合いながら、シーラはジルヴィウスの首に腕を回すと、ちゅうと唇に吸い付いた。
 それと同時に、後ろでカーテンの閉まる音が聞こえる。
 以心伝心だ、と思いながらくすくす笑えば、ジルヴィウスはシーラを自らの足の上に座らせた。

「来たければいつでも連れて来てやる」
「うーん、でもお兄様がいるとお兄様にジル取られちゃうからなぁ」

 それは寂しい、とジルの顔中に口付ければ、彼は怪訝そうに片眉を上げる。

「本気で言ってるのか? 滞在中、ヨエルやあいつの妻、辺境伯邸の者たちにシーラを奪われていたのは俺のほうだ」
「でも、わたしが他の人といるときは、ジルだって同じ空間にいたじゃない。ジルはお兄様と二人っきりで会うのに……」

 むう、と唇を尖らせれば、ジルヴィウスは呆れたように息を吐き、唇に噛みついた。

「自分の兄に嫉妬してどうする」
「わたしのライバルは昔からずっとお兄様だもの」

 シーラは、ふん、と拗ねたようにそっぽを向いたものの、すぐに眉を下げるとジルヴィウスに寄りかかった。
 滞在中、兄に言われた言葉が心に引っかかっているのだ。

「……ジルも、お義姉様には言わないほうがいいと思う? わたしが魔力消化体質者イジェストだって……」

 シーラが魔力消化体質者イジェストであることを知っているのは誰なのか兄に訊いたとき、そのなかに義姉の名前がなかったのだ。「どうして」と問うシーラに、兄は「知る人間は少ないほうがいいからだ」と答えた。
 もし隠しているのが辛かったら、ジルヴィウスとよく相談したうえで言うかどうか決めてほしいと言われ、滞在中には答えが出なかったのだ。

「お前に触れても魔力を失っていることに気付かないくらい魔力が少ないんだ。そんな相手にわざわざ伝える必要はないとは思う」
「でも、お義姉様だって家族なのに……」
「義理の、な。お前の義姉の生家は信頼に値する家だと思うが、周りの人間がそうとは限らない。お前の生家だって、お前のことを知っている者は限られているだろう」

 兄の話によると、現在シーラが魔力消化体質者イジェストだと知っているのは、兄と執事のノーマン、シーラを幼いころから世話していた侍女、ノルティーン家の専属医、それからシーラに祝福を授けた司祭だけだそうだ。
 シーラを取り上げた産婆もシーラの秘密を知る人物だったが、彼女は現在行方不明らしい。数年前、死亡届が出されたそうだが、改めて調査したらそれは偽造だったのだとか。
 彼女がどこへ行ったのかわからないが、彼女はそもそも老齢で足が悪く、一人で遠くに行くのは難しい状態だったそうだ。
 兄はそれを北部公爵家の仕業じゃないかと考えているようで、この話を聞いたときに改めて頭を下げられた。

(わたしが魔力消化体質者イジェストだと知っている人が行方不明だっていうのはすごく怖い。他の人もそうやってひどい目にあったらどうしようって心配になる。でも……知ってるからこそ回避できる危険もあると思う)

「わたしは、やっぱり教えたほうがいいと思う。それで話が漏れても、わたしのことはジルが守ってくれるでしょ?」

 ジルヴィウスを見上げ優しく頬を撫でれば、彼はその手を取り、手のひらに口付けた。

「お前を危険な状態に置きたくない。どれほど小さな要素でも、それが起こり得る可能性があるなら俺は許可できない」
「心配性なんだから」

 シーラはわざと軽い口調でそう告げると、改めてジルヴィウスに身を預け、目を閉じた。

「これについては、いっぱい話し合おう。わたしもまだ何か本当にいいのかわからないし……もしかしたら今後、わたしが魔力消化体質者イジェストだってことが大々的に知られちゃう可能性だってあるし」
「仮定だとしても最悪だな」

 隙間なくシーラを抱き締め、額に口付けてくれるジルヴィウスに、シーラは小さく肩を揺らす。

「東部公爵夫人に手を出そうとする人なんていないよ。怖い旦那様がいるのに」
「愚か者はどこにでもいる」

 顎を掬われ、ぱっと目を開けると、眼前に眩い金色が広がっていた。

「っん……」

 重なった唇に、シーラは反射的に目を閉じる。
 触れるだけだった口付けは徐々に深まっていき、ジルヴィウスの手も妖しく蠢く。

(まっ、まさか馬車の中で!?)

 それはさすがにどうなのかとジルヴィウスの胸を押し返してみるものの、やはりびくともしない。

「ふっ、ン……ジル……」

 拒絶するために呼んだ声は、想像以上に甘ったるいものだった。これでは、まるでもっとしてほしいと乞うているようだ。

「言っておくが、ここではしないぞ」
「どうして……」

 ドレスの中に潜った彼の手がくすぐるように太腿を撫で、思わず熱い吐息がこぼれる。
 わざとらしく、足の付け根ギリギリを撫でながら、ジルヴィウスは濡れたシーラの唇を舐める。

「西部に着いたら一日中抱いてやると言っただろ?」

(あ……)

 確かに言われていた、と思い出しながら、シーラはわずかに頬を染める。恥ずかしさからではなく、期待で顔が熱くなった。
 かつて、一日中は不健全だからと夜だけにするよう訴えたのは自分自身だというのに。
 いったいいつからこんなふしだらになってしまったのだろう、と思いつつ、高鳴る胸を抑えることはできなかった。

「……本当に一日中?」
「ああ。今日着いたらすぐに籠ってもいいぞ」
「……明日の朝、西部公爵様に会いに行かなくちゃいけないんだからだめだよ」
「面倒だな」

 ジルヴィウスは、不愉快そうに舌打ちをする。本当に心底面倒そうな様子のジルヴィウスを眺めながら、シーラは一拍置いて、彼の頬に口付けた。

「一日中じゃなくても……今日もたくさんしようね?」

 そっと内緒話をするように彼の耳元で囁きながら、シーラは嫣然と瞳を蕩けさせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離宮に隠されるお妃様

agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか? 侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。 「何故呼ばれたか・・・わかるな?」 「何故・・・理由は存じませんが」 「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」 ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。 『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』 愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

旦那様、彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵夫人フルールは、夫である伯爵と愛人の秘書に長年頭を悩ませていた。 何度夫に苦言を呈しても「彼女は仕事において必要不可欠なパートナーだから」と一切聞く耳を持たない。 困り果てていたそのとき、彼女は突然前世の記憶を取り戻した。 このままだと夫と愛人の真実の愛の犠牲になってしまう。 それだけは御免だ。 結婚五年目にして、彼女はようやく夫を見限り、新たな事業を立ち上げた。 そして事業を成功させたフルールの隣には、いつも同じ男が立っていた。 その男は誰なのかと問い詰める夫に、フルールはニッコリ笑って言った。 「彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです」と。

代理で子を産む彼女の願いごと

しゃーりん
恋愛
クロードの婚約者は公爵令嬢セラフィーネである。 この結婚は王命のようなものであったが、なかなかセラフィーネと会う機会がないまま結婚した。 初夜、彼女のことを知りたいと会話を試みるが欲望に負けてしまう。 翌朝知った事実は取り返しがつかず、クロードの頭を悩ませるがもう遅い。 クロードが抱いたのは妻のセラフィーネではなくフィリーナという女性だった。 フィリーナは自分の願いごとを叶えるために代理で子を産むことになったそうだ。 願いごとが叶う時期を待つフィリーナとその願いごとが知りたいクロードのお話です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

処理中です...