野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第三章

十九

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(お人好しめ)

 ヨエルは、ジルヴィウスのことも心配しているのだ。
 損切りを躊躇なく行える冷酷さを持ちながら、ジルヴィウスのことは見捨てられない彼の甘さと優しさが、少しだけくすぐったい。
 ジルヴィウスは組んでいた足を解くと、深く息を吐いた。

「……俺は直接人造人間ホムンクルスの実験には関わってない。禁止されているのは人造人間ホムンクルスの実験の実行と流布だからな。俺は材料を渡しただけで、あとはアデライドが全部指揮していた」
「南部公爵が……? 南部公爵はそんなにお前のことを気に入ってるのか? あっ、それとも北部公爵との仲が良くないのか……? そんな話聞いたことないが……」
「……お前、アデライドに会ったことは?」
「そりゃあ、夜会や王宮の宴で何度か……」

 それがどうした、とでも言いたげなヨエルに、ジルヴィウスは目を伏せ、手元を見下ろす。

「どう思った?」
「どう……? そりゃ……綺麗な人だな、とは思ったが……」
「アデライドがあれほど美しいのは人間の生き血を飲んでるからだという噂が囁かれてるのは知ってるか?」
「一応、聞いたことは……あっ、まさか人造人間ホムンクルスの血を!?」
「違う。いや、ある意味正しいのかもしれないが……」

 ジルヴィウスは一度言葉を区切ると、自身の左手の薬指に光る結婚指輪を軽く撫でた。

「……あいつは、人造人間ホムンクルスを通じて永遠の若さと美しさを得ようとしてるんだ」
「まさか……不老不死にでもなろうとしてるのか?」
「さあな。話を聞く限り、不死には興味なさそうだったが……ただ、老いることに関してはひどく神経質だったように思う。あいつは不老の人造人間ホムンクルスから老化しない方法を探りたかったようだ」
「それじゃあ、つまり……お前の作戦に乗ったのは、単純に人造人間ホムンクルスのことをもっとよく知るために実験したかっただけってことか?」

 どこか拍子抜けしたような様子のヨエルを一瞥すると、ジルヴィウスは肩を竦める。

「お前、人造人間ホムンクルスの特性を知らないのか?」
「特性? そんなの、魔力を持たないこと、不老であること、それから……、――!」

 ヨエルは、何かに気付いたようにはっと目を見開くと、テーブルを叩き、身を乗り出す。

「生殖能力……! 人造人間ホムンクルスには生殖能力がない! で、でも、あの女性は確かにエルネストの子を身籠っていたと教会で判断されて……まさか、あの腹の子が人造人間ホムンクルスなのか!? 人造人間ホムンクルスの胎児など聞いたことが……!」

 興奮気味に捲し立てるヨエルを片手で制止する。ヨエルは若干乱れた呼吸を整えながら、深呼吸をしてソファに座り直した。
 ヨエルの瞳に落ち着きが戻ったのを確認すると、ジルヴィウスは静かに話しを続けた。

「さっき、俺が材料を渡した、と言っただろ。……アデライドは、生きた人間の臓器を使って人造人間ホムンクルスに生殖能力を持たせる実験をしてたんだ」

 ジルヴィウスは「それと」と続ける。

「あらかじめ言っておくが、俺が材料として連れていった奴らには、死ぬことが前提であることをきちんと伝えていた。あいつらは自らの意志で俺について来たんだ。誓約書も交わしているし、これも法には触れてないからな」
「……倫理観はどうなってんだとかいろいろあるが、今はまぁ……よくないがいいとしよう。それで……じゃあ、その実験の成果がエルネストの子どもということか?」
「成果と言えば成果だが……あの腹の子にもいろいろ手は加えてるらしい。それ以上のことは俺も知らない。それから……」

 ジルヴィウスは不機嫌そうに眉を寄せると、眉間を軽く揉む。

「……もう一つお前の質問に答えると、あいつが俺を助力した理由に、俺を気に入ってるから、というのも確かにある」
「……お前、一時期派手な噂が出回ってたが、まさか南部公爵とは何もないよな?」
「助力を得る対価に一度寝た」

 向かい側から、もはや溜息の域ではない盛大な溜息が聞こえ、ジルヴィウスは眉間を揉んでいた手を放す。すると、今度はヨエルが自身の眉間を揉んでいた。

「他は? 他には何か対価を払ったのか?」
「髪の毛と爪、皮膚の一部、それから抱くのとは別で精子を渡した」
「……南部公爵、お前の複製人造人間ホムンクルス作ろうとしてないか?」
「可能性はあるな」

 しれっと言ってのけたジルヴィウスに、ヨエルはもう一度大きな溜息を漏らすと、乱暴に頭をかいた。

「お前はもう少し自分を大切にしろ。お前に害が及ぶようなことは――」
「俺にとってシーラ以上に大切なものも、大切にしたいと思えるものもない。……俺に一番近い存在であるお前が、それを知らないはずないだろ」

 真っ直ぐ若草色の瞳を見つめれば、その目がわずかに見開かれ、すぐに困ったように伏せられた。

「シーラの兄としては嬉しいが、お前の親友としては複雑だよ」

 ヨエルはそのまま小さく笑うと、ふっと肩の力を抜き背筋を伸ばした。

「……話はわかった。法を犯していないとは言え、お前のやったことは罰を受けてもおかしないものだ。……もし危険になったら俺を頼れ。お前が不利にならないよう最善を尽くす」
「……縁を切るなら今だと思うが?」
「なんでお前はそうすぐに心にもないことを言うんだ。お前と縁を切りたかったら、とっくにそうしてる」
「後悔しても知らないからな」
「悪いが後悔しない自信しかないな」

 にっと歯を見せて笑うヨエルに、部屋の空気が少しだけ和む。けれど、それも一瞬で、ヨエルはすぐに顔を引き締めた。

「シーラにはバレないようにしろよ。お前がどれだけ極悪な人間だろうとあいつはお前を好きなままだろうが……あまり心配をかけるようなことはするな。それと、あいつが責任や罪悪感を抱いたりすることがないように気を付けてくれ。お前があいつを大切に想うように、あいつからも想われてるってことを決して忘れるな」
「……肝に銘じよう」

 ジルヴィウスにしては殊勝に頷くと、ヨエルは満足そうに笑い、立ち上がった。

「いい酒があるんだ。飲むか? というか、部屋も暗いままだったな……」

 ぶつぶつと呟きながら灯りを点けたヨエルは、隅にある棚からウイスキーのボトルとグラスを取り出す。

(話が終わったらすぐにシーラの元に戻るつもりだったが……)

 これも悪くないだろう、とジルヴィウスは大人しく座ったまま、置かれたグラス内に氷を作り出す。

「お前は本当にぽんぽんいろんな魔法使うな。まぁ、そんなお前だから安心してシーラを任せられるんだが……それで? シーラとの暮らしはどうだ? 公爵夫人として必要な教養は問題なくあると思うが、あいつは少し……その、あれだろ? 大分過保護に育てた自覚があるから、あんまり強くは言えないが、少し能天気なところがあるというか、純粋すぎるというか……」

 ウイスキー片手に、少し困ったように、けれど愛おしそうにそう語るヨエルの言葉を聞きながら、ジルヴィウスも久しぶりに酒を嗜んだ。
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