アザレアの最愛 ~長寿の魔女は運命の番と出会い「真の愛」を知る~

ゆき真白

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第一章

いつもと同じだったはずの日(一)

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 オークヴェイル王国の東側にある広大な森。その森の奥深くには、とても大きな邸とこぢんまりとした小さな店があった。邸と店は森に住む魔女のもので、いつからか、人々はこの森を“魔女の森”と呼ぶようになっていた。

「それでねぇ、魔女様。その日からどうも腰が重い気がしてね……やっぱり私も歳かしらねぇ」
「何を言ってるの。まだまだ十分若いじゃない。でも、用心するに越したことはないから、次から薬はわたしが配達するよ」
「まあ、そんなの悪いわよぉ」
「いいんだ。ここまで薬を買いに来る人は滅多にいないからね。五十年も常連でいてくれたお嬢さんなら知ってると思うけど」
「まっ、お嬢さんだなんて!」

 ふくよかな顔に刻まれた皺をさらに深めて笑った女性に、店主である魔女――アザレアも小さな笑みを返す。
 女性は出された薬草茶に口を付けると、「それにしても」とまじまじとアザレアを見た。

「魔女様って本当に歳をとらないのねぇ。昔は私よりお姉さんだったのに、今じゃ孫とそう変わらないわ」
「おや。ハンナの孫娘はもうそんなに大きくなったの?」
「そうなの! もう十一歳なのよぉ」
「……わたしの見た目は二十歳前後のはずなのだけれど」
「十歳も二十歳も変わらないわよぉ! あっという間なんだから!」
「それは……その通りだね」

 ハンナは「そうでしょぉ!」と楽しそうに笑うと、孫自慢を始めた。それに時折相槌を打ちながら、アザレアは薬草茶に口を付ける。
 幸せそうに孫の話をする彼女は微笑ましい。けれど、彼女の孫の成長を感じるほど、彼女との別れが近付いてきているのだと思わずにはいられなかった。

「それでねぇ、初めて手料理を振る舞ってくれたの! とっても嬉しかったわぁ」
「そう。きっととても美味しかったのだろうね」
「ふふ、わかる? 野菜は生煮えで、味は少し薄かったけど、でもとんでもなく美味しかったの」
「幸せだね」
「ええ。とぉーっても! こうして長話に付き合ってくれるお友だちもいるし、私は本当に果報者だわ」

 心底幸せそうに笑うハンナに、アザレアは胸に去来した哀愁を少しも滲ませず、にこやかな笑みを返した。

「わたしもハンナの話を聞くのはとても楽しいよ。ところで……そろそろ帰らなくて大丈夫かな?」
「えっ? ――まあ、いけない! すっかり話し込んじゃったわっ」

 残っていた薬草茶を一気に飲み干すと、ハンナは慌てたように帰り支度を始めた。それにくすくすと笑みを漏らしながら、アザレアも席を立つ。

「真っ直ぐ家に帰るなら魔法で送るよ」
「まあ、いいの? 悪いわねぇ」
「気にしないで。薬の配達は何日がいい?」
「本当にいいの? それなら……魔女様が街に薬を卸しに来る日でいいわぁ。毎月第一週と第三週の三番目の日だったかしら?」
「そうだね。それなら第三週の三番目の日に行こうかな」
「本当にありがとう、魔女様。来てくれる日を楽しみにしてるわねぇ。たいしたおもてなしはできないけど」
「ハンナが元気でいてくれれば十分だよ」

 にこりと笑えば、ハンナは喜色満面で「まあっ」と声を上げた。
 アザレアはそれにくすりと笑みをこぼしながら、床を爪先で軽く叩く。するとハンナの足元が淡く光り始めた。

「それじゃあ、ハンナ。体には気を付けて」
「魔女様も。気が向いたら、いつでも遊びに来てちょうだいねぇ」
「ありがとう」

 手を振るハンナに同じように手を振り返せば、淡い光が彼女を包み込み、彼女の姿が消える。
 アザレアは浮かべていた笑みを消すと、小さく息を吐き出した。
 先ほどまでの和やかな雰囲気が嘘のように、店の中は静まり返っている。

(……わたしはいつまでこうやって生きるのだろう。いったいいつまで、独りでこの森にいるつもりなのだろう)

 独りで過ごす時間が長くなればなるほど、その後の人生も長く生きなければいけないというのに。
 過ぎゆく時間をただ生きる毎日。
 人生の目標や活力などは特になく、代わり映えのしない日々を送っている。

(自分のを知っているくせに……)

 何故自分はこの森で長い年月を過ごしているのだろう。
 出て行こうと思えばいつだって出て行くことができるのに。
 この国の王だって、魔女である自分を縛り付けることはできないのに。

(でも……今はだめだ。友の最期を見届けるまではこの地を離れられない)

 そう言い続けて、いったい何百年経っただろう。
 何十人の友を見送れば、自分は満足するのだろう。
 いったい何が自分の腰を重くしているのか、アザレア自身にもわからなかった。

「……まあ、考えても仕方ないか」

 アザレアは肩を竦めると、カップを宙に浮かせ、そのまま水を纏わせて洗う。その光景をぼんやりと眺めていたアザレアは、不意に窓に映る自分自身へと目を向けた。
 緩く波打った赤い髪に白い瞳。白い瞳は魔女の特徴ではあったが、他の魔女に比べると自分の瞳はとても無機質に思えた。
 感情がないわけではないのに、感情の見えにくい瞳。

(魔女は育ての親の影響を強く受けると言うけれど……わたしのこの気質は養父が由来なのか、はたまた前世の記憶とやらが由来なのか……)

 アザレアは、短い溜息を一つつく。
 アザレアには、二つの前世の記憶があった。
 一つは趣味に生きた人間の記憶で、もう一つは孤高に生きた竜の記憶だ。
 人間は毎日楽しそうに暮らし、竜は些細なことに怒っては暴れまわっていた。

(ふむ……前世はどちらも感情豊かだし、やはり養父の影響かな)

 記憶を得た当初はその記憶に人格が引っ張られることもあったが、今はすっかり落ち着いている。そう考えると、やはり養父の影響のような気がした。
 もはや遠い過去となった養父との暮らしを思い出し始めたところで、アザレアは素早く扉を振り返る。
 綺麗になったカップを風で乾かし、さっと戸棚へ戻すと、店の外へと出た。
 店の前は小さな庭になっており、丸太を半分に切った長椅子の上ではうさぎが、小さな池ではカメが、木の柵の上ではリスが思い思いに過ごしていた。
 肩に飛び乗って来たモモンガの頭を撫でながら、アザレアはただ真っ直ぐ前を見続ける。
 木のアーチの向こう側。森の中へと真っ直ぐ続く一本道を見続けてどれくらい経っただろうか。一頭の馬がこちらに駆けて来るのが見えた。馬に跨っている人物には見覚えがある。

(……なんだか嫌な予感がするね)

 蹄の音が大きくなってくると、動物たちは素早く森の中へと散っていった。
 アザレアはモモンガに蹴られた肩を撫でながら小さく息を吐くと、敷地の外に出て、店の裏へと伸びる道を進んでいく。
 店の裏には貴族の邸宅のような広大な邸がそびえ立っていた。赤茶色の外壁と白い窓枠が印象的な邸に向け歩いていると、馬の足の音がゆったりしたものに変わる。
 音がすぐ近くから聞こえることから、追いついたであろうことはすぐにわかった。けれど、アザレアは振り返ることなく歩き続け、ようやく邸の入り口に辿り着いたところで後ろを振り返った。

「友として来たなら歓迎するけど……格好を見る限りそうではなさそうだね?」

 馬から下りた若い男は、そばかすのある顔に満面の笑みを浮かべると、胸を強く叩いた。

「お察しの通り騎士団からの依頼をお伝えに参りました!」
「受けないよ」
「そう言わず! 奴隷に関することなのです!」

 “奴隷”という言葉に、アザレアの眉がぴくりと揺れる。

「……この国の奴隷制度をなくしたのは確かにわたしだよ。けれどそれももう五百年以上前の話で、その後の摘発は騎士団――ひいては国に一任している。わたしが関わる義理はないね。何百年か前にもそう伝えたと思うけれど」

 一生懸命に走って来たであろう馬に水を与えながら首を横に振れば、若い男――フィンは「いいえ!」と声を上げた。

「確かに、騎士団の方針はそうなっています! しかし、今回はどうしても魔女様もお力が必要なのです!」
「だから――」
「他の魔女が関わっているという噂があるのです!」
「……なに?」

 ざわつくアザレアの心を表すかのように、冷たい風が二人の間を吹き抜けていった。
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