アザレアの最愛 ~長寿の魔女は運命の番と出会い「真の愛」を知る~

ゆき真白

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第二章

キティのお願い(三)

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 両手いっぱいの荷物を抱えながら、邸へ続く一本道を進んで行く。
 天高く昇った太陽は薄黄色の道を明るく照らし、揺れる木の葉を鮮やかな深緑に輝かせている。見慣れたはずの景色が、今日は異様に明るんで見えた。

(もうキティは帰って来ないかもしれないのに……どうしてこんなに食材を買ってしまったのだろう)

 抱えている荷物には、食材店で買った肉や魚が入っていた。
 野菜や果物は自宅でいくらでも採れるが、肉や魚はそうはいかない。アザレア自身は肉や魚を必要としていないが、同居人であるキティにはそれらが必要なため、彼を引き取ることになった日から、こうしてこまめに食材を買い足していたのだ。

(まぁ……食べられないわけではないし、わたしが食べてしまえばいい話だね)

 きっと独りきりの食事はひどく味気ないのだろうな、と思うと、アザレアの心は自然と沈んでいった。





 一分一秒が異様に長く、もはやこのまま時が止まってしまうのではないかと思い始めたころ、玄関の扉が開く音が聞こえた。
 天高く輝いていた太陽は西に傾き、窓から温かな橙色の光が差し込むなか、アザレアは無意識のうちに部屋を飛び出していた。
 階段を半分ほど駆け下りると、エントランスに立つキティの姿が視界に入る。

(……帰って来た)

 乱れた呼吸が整っていくのと同時に、じわじわと喜びが胸中に広がっていく。

(ああ、けれど、彼は何か物を取りに来ただけかも――)

「……ただいま」
「――っ!」

 まさか「ただいま」という挨拶が聞けるとは思わず、驚きに息を呑む。
 彼がここを帰る場所だと認識してくれている。それが心底嬉しいと思うと同時に、彼はただの同居人でそれ以上ではないのだと理性が告げてくる。

(……そうだね。わたしは彼とは契らない。これはただの魔女の本能で、わたし自身が彼のことを好きなわけではないのだから)

 ずきりと鋭く胸が痛んだものの、アザレアはそれを気のせいだと一蹴し、穏やかに笑んだ。

「おかえりなさい。早かったね」
「……採寸と……説明だけだったから」
「そう。仕事は明日から?」
「……ああ」
「なら、今日は早めに休むといいよ。ご飯は――」
「なあ」

 呼びかけに、アザレアは反射的に口を閉じる。
 射貫くように真っ直ぐ見つめられ、ドキドキと心臓が高鳴る。何故こんなに鼓動が跳ねているのか、アザレアにもわからなかった。
 キティが近付くごとに心臓が強く脈打ち、手に汗が滲んでいく。
 軽く唇を噛みながら、じっと彼の次の言葉を待っていると、キティは少し離れたところで立ち止まった。

「少しいいか」
「……もちろんだよ」

 内心の動揺を悟られないように微笑むと、キティはキッチンへと入っていった。彼に続いてキッチンに入れば、彼に視線で席に着くよう促される。
 キティは慣れた手つきで鉄瓶を火にかけながら、食器棚からカップを出した。

「何が飲みたい?」
「……桃の、フルーツティーにしようかな」
「ん」

 何がどこにしまわれているのかすべて把握しているのか、キティは手際よく準備を進めていく。その後ろ姿を眺めながら、アザレアは細く息を吐き出した。

(だめだ、彼といるとどうしても鼓動が速くなる。そのせいでわたしが彼にときめきを感じていると脳が錯覚して勝手に好意を抱いてしまう……! 運命の番というだけで……! ――いや、もしかしたらわたしが彼に一目惚れをした可能性も……? 今まで好みなんて考えたこと――)

 フルーツティーを淹れ終えたらしいキティが、カップを二つ持って振り返る。彼の若緑色の瞳が向けられた瞬間、何かに叩かれたように鼓動が跳ねた。けれど、アザレアはそれをおくびにも出さず、にこりと笑みながら差し出されたカップを受け取る。
 湯気とともに甘やかな桃の匂いがふわりと香った。

「ありがとう、キティ」
「……いや」

 向かい側に座ったキティは、一口フルーツティーを飲むと、ちらりとアザレアを窺った。

「……さっき、なんであんなに驚いてたんだ?」
「うん……?」
「俺が帰って来たとき……驚いてただろ。周りに結界が張ってあるから、誰かが来たらわかるんじゃなかったのか」
「ああ……」

(前にさらっと説明しただけなのに覚えていたんだね)

 自分が言ったことを覚えていてくれたのが嬉しいと思いつつ、淡々とした彼の口調に心は次第に落ち着いていく。ほのかなときめきはずっと残っているのものの、彼の温度のない言葉はアザレアを冷静にさせてくれた。

「合鍵を持っているでしょう? それを持っていると、結界を素通りできるんだよ」
「……危なくないのか、それ」

 どういう意味だろう、と首を傾げれば、キティは一つ息を吐き、背筋を伸ばした。強い意志を宿した若緑色の瞳が、真っ直ぐアザレアを捉える。

「労働組合の……あのテッドという男に聞いた。本来、就業には諸々の初期費用がかかって、それを払えない奴は給料からその分が引かれることになってるが、俺の分はあんたが全部払ってくれたって」

(テッド……)

 キティに聞かせないために席を外したのに、これでは本末転倒ではないか。そう思うものの、口止めをしていなかった自分にも非はあると、アザレアは諦めたように息を吐いた。

「わたしは貯め込むばかりであまり使わないから気にしなくていいよ。それで恩に着せようなどとも思っていないし、聞かなかったことに――」
「ここに来たばかりのときも、あんたは元手が必要だろうと金をくれた。そればかりか、いざというときの隠し通路と金の隠し場所まで俺に教えた。素性の分からない俺の身元保証人になって、合鍵まで渡して……どうしてそこまで俺によくできる? 出会って数日の俺を、どうしてそこまで信用できるんだ?」

 アザレアの行動が理解できない、と彼の目は雄弁に語っている。真意を探るような眼差しに、アザレアは少し困ったように微笑んだ。

「誤解せずに聞いてほしいのだけれど……きみを信用……しているわけではないんだ。だからと言って疑っているわけでもないのだけれど……」

 意味がわからないと首を捻るキティに、アザレアは苦笑を漏らす。

(さて、どう言ったものかな……)

 彼の気分を害さずに説明できるだろうか、と考えながら、アザレアは言葉を続ける。

「以前、ここに多くの人間を住まわせていたと言ったよね。一緒に暮らした人間のほとんどは善人でも悪人でもなかったのだけれど……まぁ、中にはやっぱり……悪い考えを持つ者もいてね。金品を持ち逃げされたことも、合鍵を悪用されたこともあるんだよ。そんなこと、一度や二度ではなかったし……もうそういうものだと割り切っているというか」

 彼は息を呑むと、その目を大きく見開いた。そこには純粋な驚きだけがあり、気分を害してはいないようだ。それに内心安堵しながら、アザレアは手元のカップに視線を落とす。

「ごめんね。きみを信用しているからだと言えればよかったのだけれど……」

(それに、キティの場合は……“運命の番”になら何をされてもいい、という気持ちもあるから余計にね。何においても寛大になってしまう)

 彼の前で二度と運命の番に関する話はしないと宣言してしまったため、それは口に出さず、アザレアは小さく笑む。
 手の中の小さな紅い水面には、すべてを悟った傍観者のような、仮面のような笑みを浮かべる、いつもの自分が映し出されている。
 落ちる静寂に、やはり気分を害してしまっただろうか、と不安になり始めたところで、静かに息を吸う音が聞こえた。

「あんたの考えはわかった」

 落ち着いた声色に、そろそろと視線を上げれば、彼は先ほどまでのアザレアと同じように手元のカップを見下ろしていた。

「信用してると言われるより、余程納得できる。でも、それなら、余計警戒すべきじゃないのか? いいように利用されて……嫌じゃないのか? あんたは」

 眉間に皺を寄せるキティは、どこか苦しげだった。
 彼にもそんな過去があったのだろうか、と思いつつ、アザレアは緩く首を横に振る。

「害が及ぶのがわたしだけなら、特には。わたしは魔女だしね。仕方ないのではないかな」
「……あんたは強いんだな」

 キティは重苦しくそう呟くと、カップの中身を一気に飲み干した。

「夕食は何がいい?」
「えっ? ああ……卵料理が食べたいかもしれない」
「……好きだよな、あんた」

(えっ……)

 ふ、と目を伏せながら淡く笑んだキティに、痛いくらいに心臓が脈打った。
 きっと今、自分はものすごい間抜け面を晒しているに違いない。幸いにも、キティはすでにキッチンに立っているため、顔を見られることはなかった。

(――ああ……勘弁してほしい……)

 アザレアはじわじわと顔が熱くなっていくのを感じながら、それを誤魔化すようにフルーツティーを流し込んだ。
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