アザレアの最愛 ~長寿の魔女は運命の番と出会い「真の愛」を知る~

ゆき真白

文字の大きさ
27 / 28
第五章

まさかの、(一)

しおりを挟む
 浴室から部屋へと続く扉をそっと開けると、ベッドにキティが座っているのが見えた。
 自室に好きな相手を招くのは緊張するのだな、と改めて思うのと同時に、そういったことでときめく心を自分が持っているのだということに驚く。

(けれど、これまでを思い返してみれば、わたしは割と初心というか……)

 扉の隙間からじっと窺っていると、視線に気付いたのか彼と目が合った。彼はアザレアに気付くと立ち上がり、扉の前へやって来る。

「そんなところでどうしたんだ?」
「……ううん、なんでもないよ」

 緊張を隠すように微笑むと、アザレアは部屋に入る。キティは不思議そうにしつつもそれ以上は何も言わず、じっとアザレアを見下ろした。

「どうかした……?」

 観察するように自分を見てくるキティにおずおずと尋ねれば、彼は手を伸ばし、アザレアの腹部に触れる。

「傷、本当に大丈夫なのか?」
「え、ああ……うん。もうとっくに塞がっているし、痕も残ってないよ」
「……見せてくれないか?」
「えっ……」

 思ってもない発言に、素っ頓狂な声を上げてしまう。

「な、何故……?」
「本当に大丈夫なんだって見て安心したい。……傷が治っても、俺があんたを傷付けたって事実は変わらないが」

 どこか苦しそうに眉を寄せる彼の姿に、本当に心配してくれているのだ、ということが伝わってくる。
 彼は純粋に心配してくれている。
 傷を受けた場所を見せるだけで彼を安心させられるのなら、さっさと見せたほうがいいだろう。
 そう理解しているものの、今ここでナイトドレスを捲るのは気恥ずかしくて、俯いてスカートを握り込んでしまう。

「だめか?」

 ただでさえ近かった距離をさらに詰め、彼は囁くように問う。
 のばされた指先が首筋を掠め、ぴくりと体が揺れる。

「アザレア」

 乞うように囁かれた名前に、じわりと顔が熱くなる。

(……ずるい。わたしが彼のことを好きだと理解してこんなことをするなんて)

 そう思うものの、断るという選択肢は出て来なかった。
 アザレアは髪を梳く彼の手をやんわりと遠ざけると、彼に背を向ける。

「……座って待っていて。着替えてくるから」

 返事を聞くより早く、彼の手中から逃れると浴室へと入る。扉に背を預けると、ゆっくりと深呼吸をした。

(……変に意識してはいけない。これは診察のようなものだから)

 とくとくと高鳴り続けている鼓動を落ち着かせながら、アザレアは着ているものを素早く脱いだ。





 ナイトドレスとシュミーズを脱ぎ、白い絹のナイトガウンを着て部屋と戻ったアザレアは、室内に彼の姿を見つけられず、目を瞬かせる。

「キティ――」
「もういいのか?」
「わっ……」

 横から伸びた腕に捕らえられ、アザレアは大きく目を見開く。

「び、びっくりした。横にいたんだね」
「あんた、そんなに隙が多くて大丈夫……いや、大丈夫じゃなかったんだよな。めった刺しにされたことも、毒を盛られたことも、火をつけられたこともあったんだったか?」

 キティは呆れたように息を吐きながら、荷物のようにアザレアを肩に担ぐ。彼はそのままずんずんとベッドまで進むと、ベッドの上にそっとアザレアを寝かせた。
 適当に扱うのか丁寧に扱うのか、どちらかにしてほしいな、と思いつつ彼を見れば、キティはベッドに座り、アザレアの頬に触れた。
 彼の瞳はどこまでも真剣だ。

「なんでそうまでして人のために動くんだ?」
「人のために動いてるわけではないのだけれど……」
「でも、あんた自身には何の得もないだろ?」

 彼はくすぐるように指先で頬を撫でたかと思うと、そのまま指を滑らせた。彼の硬い皮膚が首筋に触れ、どっと心臓が跳ねる。

「あんたはもっと、自分を大事にしたほうがいい」
「……そうしている、つもりなのだけれど」

 アザレアは、自身の心臓が大きく鳴っているのを感じながら、彼の手の行方を追う。
 彼の提案を受け入れた時点で腹は括っているが、それはそれとして恥ずかしさが消えるわけではない。どうかこの鼓動が彼に伝わりませんように、と願いながらされるがままになっていると、彼のもう一方の手がナイトガウンの腰紐を解いた。

(平常心。平常心だよ。これはただの確認なのだから)

 じわじわと顔が熱くなっていくのをなんとか落ち着かせようと、アザレアは細く息を吐き出す。
 キティな真剣な眼差しを崩さず、前身頃まえみごろを開くように首筋から胸の間へと指をゆっくり動かしていく。手はそのまま腹部まで下り、彼は手のひらで平たい腹を撫でた。
 アザレアがわざわざナイトガウンに着替えてきた意図をキティも察したのか、あまり肌が見えないようにしてくれているようだ。
 キティは確かめるように手を這わせ、わずかに見える隙間から傷痕も何もない真っ白な肌を視認すると、安堵したように深く息を吐き出した。

「……だから大丈夫と言ったでしょう?」
「あんたは痛くても辛くても苦しくても『大丈夫』って言いそうだから信用できない」

 そんなことはない、とは言い切れなくて、アザレアは黙り込む。キティはそれに苦笑を漏らすと、上体を倒し固く閉ざされた唇に軽く口付けた。

「俺が自分の過去を話すと決めたのは、俺なりの覚悟と誠意だ。だからそれを対価にするのは間違ってるとわかってるが……俺が過去を伝える代わりに、あんたは自分の気持ちを隠すのをやめてくれ。『大丈夫』とか『なんでもない』とか、そんな言葉で繕うな」

 いいな、と問いかける眼差しに、アザレアは答えることができなかった。
 彼は“覚悟”と言ったが、アザレアはまだ彼と生きていく覚悟ができていない。
 先ほど再確認した通り、人間は百年も生きられないからか、短い期間に考えや気持ちが変わることがある。彼は心変わりすることなど想定していないようだが、アザレアはどうしても彼を信じ切ることができなかった。

(固く決意したはずなのに……)

 自分の心がどんなに乱れようと、彼の心身の健康のために尽くすと決めた。
 自分のことなどどうでもいい。自分がどんな気持ちを抱こうが、関係ないと思ったはずだ。
 それなのに、今はあろうことか自己保身に走ってしまっている。
 本当に彼のためを思うなら、本当に自分のことなど二の次でいいと思っているのなら、今後彼が心変わりしようが、自分自身が深く傷付こうが、そんなことはお構いなしに彼の意に従うべきだ。
 頭ではわかっているのに、心がどうしてもそれを拒絶する。
 彼が離れていっても仕方がない。
 自分はいつでも彼を手放すことができる。
 そういった精神的優位性を保っていないと、とても正気ではいられそうにない。

(……だめだ、こればかりは。彼を受け入れてしまえば、わたしは自分から彼を手放すことができなくなる。だから――)

「なぁ、アザレア」
「……っ」

 考え込んでいたアザレアは、突然名前を呼ばれ、びくりと体を跳ねさせる。
 おずおずと目の前の彼に意識を戻せば、キティは変わらず真摯な眼差しをアザレアに向けていた。

「……過去の俺の反応から大体察しがついているかもしれないが、昔、俺には付き合ってた奴がいる」
「え、ああ……」

 突然なんの告白だろう、という疑問を抱きつつ、彼の言葉に耳を傾ける。
 彼の言う通り、これまでの言動から彼に恋人がいたことは察していた。もちろんそれがなかったとしても、彼には恋人がいるものだと思っていたことだろう。彼のような魅力的な人に恋人がいないなど、太陽が西から昇るくらいありえないことだからだ。

(それにしても、何故今その話を……? 確認が終わったのなら手をどけて、衣服を整えさせてほしいのだけれど……)

 そんなアザレアの気恥ずかしさや居心地の悪さなど気付いていないかのように、彼は言葉を続ける。

「俺はそいつと四年ほど付き合った。……あんたに言うことじゃないが、当時はそいつと結婚するつもりだったんだ」

 “つもりだった”ということは、何かしら問題が起きて叶わなかったのだろう。かつての恋人を冷たく“そいつ”と呼ぶあたり、問題は向こう側にあったに違いない。

(彼の様子から、過去に大切な人に裏切られたのではないかと思っていたけれど、あながち間違いではなさそうだね)

 不思議と嫉妬心は湧かず、それよりも彼のことが心配だった。
 大丈夫、と慰めるように彼の腕をさすれば、彼は少しおかしそうに笑んだ。

「あんまり気にしてなさそうなのに言うのもなんだが、今した話はこれから言うことの前提として知っておいてほしいと思ったから言っただけだ。すべて過去のことだし、今言ったことは何も気にするな」

 よくわからないが、彼がそう言うなら、と首肯すれぱ、キティも「よし」と頷き返して――何故かアザレアに馬乗りになった。

「――え」
「ここからが本題だ。俺はそいつとは同棲までしてたが、キスより先のことはしなかった。何度も誘われはしたが、無責任なことはできないと一度も受け入れなかった。それを踏まえたうえで聞いてほしいんだが……今からあんたのことを抱いていいか?」
「……は?」

 彼の言葉をすぐに飲み込めず、アザレアはただ呆けたようにぽかんと口を開けることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【連載版】 極秘任務で使いたいから自白剤を作ってくれと言った近衛騎士団長が自分語りをしてくる件について

紬あおい
恋愛
侯爵家の落ちこぼれ二女リンネは、唯一の取り柄である薬の調合を活かし、皇宮の薬師部屋で下っ端として働いていた。 そんなある日、近衛騎士団長リースハルトから直々の依頼で、自白剤を作ることになった。 しかし、極秘任務の筈なのに、リースハルトは切々と自分語りを始め、おかしなことに…? タイトルが気に入っていたので、2025年8月15日に公開した短編を、中編〜長編用に全編改稿します。 こちら単独でお読みいただけます。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

処理中です...