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第三章
初めてのお茶会(二)
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(まあ……どうされたのかしら)
ヘレナに見つめられたテオバルドは困ったように眉を下げ、彼女に手を伸ばしたものの、彼女はそれを振り切りルシアナの眼前までくると両膝をついた。
「ルシアナ様っ、わた――」
「いけませんわ、王太子妃殿下」
「えっ……」
下げていた頭を上げた彼女に微笑を向けると、目線を合わせるように屈み、膝の上で握り締められているヘレナの両手を取る。
「妃殿下ともあろうお方が、膝をつくようなことをしてはいけませんわ」
「あ……」
軽く両手を引けば、彼女はおずおずと立ち上がった。落ち込んだように顔を伏せるヘレナを安心させるように、柔和な笑みを浮かべる。
「せっかくのお茶会ですもの。お話は椅子に座りながらしませんか?」
「……」
口をきつく閉じ黙るヘレナの肩を抱き、テオバルドが申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「すまないな、ルシアナ嬢」
「いいえ」
そう微笑を返せば、テオバルドはヘレナを椅子に座らせた。ちらりと隣のレオンハルトを見上げれば、彼は特に表情を変えることなく二人の様子を見ている。
(レオンハルト様はこうなることを予想していたのかしら)
テオバルドとヘレナが座ったあと、レオンハルトに続いて席に着けば、待機していたメイドたちが静かに、すばやくセッティングを済ませ、隅のほうへと移動する。
(彼女たちも特に気にしている様子はないわ)
一人状況を掴めないルシアナは、俯いたままのヘレナと、そんな彼女に寄り添うように、その背中に手を当てているテオバルドを静観する。
少しして、ヘレナがゆっくり口を開いた。
「申し訳ありません、突然……。ですが……何もお教えせずに、何でもないように過ごすなど……ましてや、私のような者と友のようになど、とても恐れ多くて……。私、私は……貴族とは名ばかりの貧乏な子爵家の生まれで、本来は王女殿下と言葉を交わすことも許されないような身なんです……! 王女殿下のような高貴な方と、このような場にいられるような――」
「あの」
ルシアナは小さく片手を挙げ、彼女の言葉を遮る。恐るおそる顔を上げた彼女に、ルシアナは小首を傾げた。
「お言葉を遮ってしまい、申し訳ありません。ただ、ええっと……何をそのように気にされていらっしゃるのか……あ、お茶会に参加されたくはなかったとか……?」
「いっいいえ! まさか! 違います!」
慌てたように大きく首を横に振るヘレナに、ルシアナはさらに首を傾げる。
「ええと、では、何が問題なのでしょうか?」
「それは……」
言い淀むヘレナの代わりに、テオバルドが口を開いた。
「ヘレナが生まれたのは、今は亡きランゴという国の子爵家でな。ベリーの産地で、以前は収穫などを手伝ったりしていたんだ」
「まあ。素敵なことですわ」
「……え……?」
にこやかに讃するルシアナに、ヘレナは戸惑ったような表情を浮かべる。そんな彼女に、テオバルドは優しい微笑を向けた。
「ほら、だから言っただろ? ルシアナ嬢はそんなことを気にする人じゃないと」
「っでも……でも、そうやって暮らしていたから、貴族社会のことには疎くて……貴族の出なのに礼儀作法も拙くて……マナーレッスンだってうまくいかないことも、多くて……」
どんどん声が小さくなっていくヘレナに、ルシアナは、なるほど、と心の中で頷いた。
(そうやって言われてきたのね。周りにいる人々から、たくさん。きっと、今日わたくしと会うことについても、いろいろと言われたのだわ)
先ほどの彼女の様子を思い出しながら、ルシアナは小さく息を吐くと、「妃殿下」と呼びかける。
「生まれ持ったものは、どうしようもありませんわ。身分であったり、能力であったり……努力ではどうにもならないことが、世の中にはございます」
ぐっと、ヘレナは閉じる口に力を入れる。ルシアナは立ち上がると、どんどん頭が下がっていく彼女に近付き、膝の上で固く握りしめられているヘレナの手を取った。
「わたくしの一族は、みな騎士の叙任を受けるんです。わたくしも、例に漏れず騎士となりましたが……ふふ、本当に、剣を扱えるとはとても思えない手をしていると思いませんか?」
ヘレナはしばらく微動だにしなかったが、ルシアナの言いたいことを察したのか、はっとしたように顔を上げた。金の瞳を見開く彼女に、ルシアナは温かな笑みを向ける。
「生まれ持ってしまったものは、仕方がありません。けれど、人は生まれ持ったものだけで生きていくわけではありませんわ。妃殿下も、たくさん努力をされたのではありませんか?」
「……っ」
彼女の目に涙が溜まっていく。彼女はそれを隠すように顔を伏せたが、ルシアナの手は決して離さなかった。
「先ほど、レッスンがうまくいかないことも多いとおっしゃっていましたが、本当にそうですか? 本当は、うまくできたことも、たくさんあったのではありませんか?」
ぽたぽたと、彼女の涙がスカートに落ちる。
「努力をし、後天的に何かを得たとしても、生まれ持った、どうしよもないことについて口さがなくおっしゃる方は、悲しいことに一定数いらっしゃいます。けれど、そんな方々がおっしゃることなんて、気になさらなくてよろしいんですよ」
ルシアナは片手を離すと、横からヘレナの目元を拭った。
「諫言は聞くべきだと思いますが、そうではない、ただ悪しざまに言われたことは、気にしなくていいんです。それでももし気になってしまうのなら、妃殿下を愛している方々の言葉を思い出してください。謗言に沈んだ心を、いつだってきっと救い上げてくださいますわ」
流れる涙をそのままに、ゆっくり顔を上げたヘレナに、ルシアナは目尻を下げる。
「ヘレナ様。ヘレナ様の歩む道は、厳しく、辛く、心が折れてしまいそうになるときもあるかもしれません。もしそのようなときが来たら、隣に立ちたい、愛する人を思い浮かべてみてくださいませ。愛する人の存在は、きっと何よりも力になりますわ」
ゆっくり瞬きをしたヘレナは、おもむろに隣に座るテオバルドへと顔を向けた。テオバルドは変わらず慈しむような眼差しでヘレナを見つめ、彼女の両目からこぼれるものを優しく拭う。
ヘレナは、ふっと短く呼吸をすると、ルシアナと繋いでいた手を離し、テオバルドの手を取って、ルシアナを振り返った。
「……はい、ありがとうございます。――ルシアナ様」
ふわり、と花が綻ぶように笑ったヘレナに、ルシアナも満面の笑みを返した。
ヘレナに見つめられたテオバルドは困ったように眉を下げ、彼女に手を伸ばしたものの、彼女はそれを振り切りルシアナの眼前までくると両膝をついた。
「ルシアナ様っ、わた――」
「いけませんわ、王太子妃殿下」
「えっ……」
下げていた頭を上げた彼女に微笑を向けると、目線を合わせるように屈み、膝の上で握り締められているヘレナの両手を取る。
「妃殿下ともあろうお方が、膝をつくようなことをしてはいけませんわ」
「あ……」
軽く両手を引けば、彼女はおずおずと立ち上がった。落ち込んだように顔を伏せるヘレナを安心させるように、柔和な笑みを浮かべる。
「せっかくのお茶会ですもの。お話は椅子に座りながらしませんか?」
「……」
口をきつく閉じ黙るヘレナの肩を抱き、テオバルドが申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「すまないな、ルシアナ嬢」
「いいえ」
そう微笑を返せば、テオバルドはヘレナを椅子に座らせた。ちらりと隣のレオンハルトを見上げれば、彼は特に表情を変えることなく二人の様子を見ている。
(レオンハルト様はこうなることを予想していたのかしら)
テオバルドとヘレナが座ったあと、レオンハルトに続いて席に着けば、待機していたメイドたちが静かに、すばやくセッティングを済ませ、隅のほうへと移動する。
(彼女たちも特に気にしている様子はないわ)
一人状況を掴めないルシアナは、俯いたままのヘレナと、そんな彼女に寄り添うように、その背中に手を当てているテオバルドを静観する。
少しして、ヘレナがゆっくり口を開いた。
「申し訳ありません、突然……。ですが……何もお教えせずに、何でもないように過ごすなど……ましてや、私のような者と友のようになど、とても恐れ多くて……。私、私は……貴族とは名ばかりの貧乏な子爵家の生まれで、本来は王女殿下と言葉を交わすことも許されないような身なんです……! 王女殿下のような高貴な方と、このような場にいられるような――」
「あの」
ルシアナは小さく片手を挙げ、彼女の言葉を遮る。恐るおそる顔を上げた彼女に、ルシアナは小首を傾げた。
「お言葉を遮ってしまい、申し訳ありません。ただ、ええっと……何をそのように気にされていらっしゃるのか……あ、お茶会に参加されたくはなかったとか……?」
「いっいいえ! まさか! 違います!」
慌てたように大きく首を横に振るヘレナに、ルシアナはさらに首を傾げる。
「ええと、では、何が問題なのでしょうか?」
「それは……」
言い淀むヘレナの代わりに、テオバルドが口を開いた。
「ヘレナが生まれたのは、今は亡きランゴという国の子爵家でな。ベリーの産地で、以前は収穫などを手伝ったりしていたんだ」
「まあ。素敵なことですわ」
「……え……?」
にこやかに讃するルシアナに、ヘレナは戸惑ったような表情を浮かべる。そんな彼女に、テオバルドは優しい微笑を向けた。
「ほら、だから言っただろ? ルシアナ嬢はそんなことを気にする人じゃないと」
「っでも……でも、そうやって暮らしていたから、貴族社会のことには疎くて……貴族の出なのに礼儀作法も拙くて……マナーレッスンだってうまくいかないことも、多くて……」
どんどん声が小さくなっていくヘレナに、ルシアナは、なるほど、と心の中で頷いた。
(そうやって言われてきたのね。周りにいる人々から、たくさん。きっと、今日わたくしと会うことについても、いろいろと言われたのだわ)
先ほどの彼女の様子を思い出しながら、ルシアナは小さく息を吐くと、「妃殿下」と呼びかける。
「生まれ持ったものは、どうしようもありませんわ。身分であったり、能力であったり……努力ではどうにもならないことが、世の中にはございます」
ぐっと、ヘレナは閉じる口に力を入れる。ルシアナは立ち上がると、どんどん頭が下がっていく彼女に近付き、膝の上で固く握りしめられているヘレナの手を取った。
「わたくしの一族は、みな騎士の叙任を受けるんです。わたくしも、例に漏れず騎士となりましたが……ふふ、本当に、剣を扱えるとはとても思えない手をしていると思いませんか?」
ヘレナはしばらく微動だにしなかったが、ルシアナの言いたいことを察したのか、はっとしたように顔を上げた。金の瞳を見開く彼女に、ルシアナは温かな笑みを向ける。
「生まれ持ってしまったものは、仕方がありません。けれど、人は生まれ持ったものだけで生きていくわけではありませんわ。妃殿下も、たくさん努力をされたのではありませんか?」
「……っ」
彼女の目に涙が溜まっていく。彼女はそれを隠すように顔を伏せたが、ルシアナの手は決して離さなかった。
「先ほど、レッスンがうまくいかないことも多いとおっしゃっていましたが、本当にそうですか? 本当は、うまくできたことも、たくさんあったのではありませんか?」
ぽたぽたと、彼女の涙がスカートに落ちる。
「努力をし、後天的に何かを得たとしても、生まれ持った、どうしよもないことについて口さがなくおっしゃる方は、悲しいことに一定数いらっしゃいます。けれど、そんな方々がおっしゃることなんて、気になさらなくてよろしいんですよ」
ルシアナは片手を離すと、横からヘレナの目元を拭った。
「諫言は聞くべきだと思いますが、そうではない、ただ悪しざまに言われたことは、気にしなくていいんです。それでももし気になってしまうのなら、妃殿下を愛している方々の言葉を思い出してください。謗言に沈んだ心を、いつだってきっと救い上げてくださいますわ」
流れる涙をそのままに、ゆっくり顔を上げたヘレナに、ルシアナは目尻を下げる。
「ヘレナ様。ヘレナ様の歩む道は、厳しく、辛く、心が折れてしまいそうになるときもあるかもしれません。もしそのようなときが来たら、隣に立ちたい、愛する人を思い浮かべてみてくださいませ。愛する人の存在は、きっと何よりも力になりますわ」
ゆっくり瞬きをしたヘレナは、おもむろに隣に座るテオバルドへと顔を向けた。テオバルドは変わらず慈しむような眼差しでヘレナを見つめ、彼女の両目からこぼれるものを優しく拭う。
ヘレナは、ふっと短く呼吸をすると、ルシアナと繋いでいた手を離し、テオバルドの手を取って、ルシアナを振り返った。
「……はい、ありがとうございます。――ルシアナ様」
ふわり、と花が綻ぶように笑ったヘレナに、ルシアナも満面の笑みを返した。
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