ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第四章

初めての社交界(一)

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 式の準備が始まってから約二週間。世間では社交界が本格的に開幕した。
 シーズン最初のパーティーは王城で三日間連続で開かれ、その最初の日に、ルシアナもレオンハルトの婚約者として参加することになった。

(の、だけれど……)

 ルシアナは、少し離れたところでテオバルドと話しているレオンハルトを盗み見る。
 クラーラに会いに行った日から、どうもレオンハルトに避けられているような気がしてならなかった。

(いいえ。気、ではなく、避けられているのよね。いえ、食事は一緒にとってくださっているから、避けられているというのも語弊が……物理的により距離を取られるようになった……というのが正しいのかしら)

 一人首を傾げていると、隣にいたヘレナが声を潜めて耳打ちする。

「どこかお加減でも悪いのですか?」
「ああ、いえ。そういうわけではありませんわ。ご心配ありがとうございます」

 気遣わしげな視線を向けるヘレナに、にこやかに返せば、彼女は心配そうにしながらも、ほっと息を吐いた。

「何か飲まれますか? あちらにノンアルコールのものもありますよ」

 ヘレナに示されたほうへ視線を向けると、ふっと誰かが近付いて来た。

「お飲み物であれば私がお持ちしますよ、ルシアナ様」
「カルロス様」

 優しく微笑むカルロスに、ルシアナの表情は自然と明るくなる。

(社交界が始まる前に戻って来ていただけてよかったわ)

 シュネーヴェ王国へルシアナを送り届けたカルロスは、ルシアナとレオンハルトの婚姻で両国が要求した内容の確認やその後のやり取りを確認したあと、一度トゥルエノ王国へと帰国していた。
 再びシュネーヴェ王国へとやって来たカルロスは、ライムンドからの勧めもあり、このパーティーに参加することになったようだ。

「紹介いたしますわ、ヘレナ様。トゥルエノで外交官を務められているルマデル伯爵です」
「あ……初めまして、ルマデル伯爵。ヘレナ・ヴォルケンシュタインと申します」

 少々困惑気味に挨拶したヘレナに、カルロスはにこやかな笑みを返す。

「王太子妃殿下にご挨拶申し上げます。カルロス・アバスカルと申します。国王陛下のご高配によりこの場に参加させていただきました」
「そうでしたか。会場の食事にはシュネーヴェ王国の特産品も多くございますので、どうぞ心ゆくまでお楽しみください」
「ありがとうございます、王太子妃殿下」

 どこか緊張した面持ちのまま、王太子妃として穏やかに対応するヘレナに、ルシアナは小さく微笑む。

(王太子妃として初めて参加する社交界だから不安だとおっしゃっていたけれど……心配されることは何もございませんわ、ヘレナ様)

 にこにこと二人の様子を見守っていると、カルロスがルシアナに視線を送り、にっと口角を上げる。

(あら)

「それで、ルシアナ様。お飲み物は何をお持ちしましょう」

 あまりにもフランクなカルロスの姿に、ヘレナは動揺したように目を見開く。

(あらあら。一緒にシュネーヴェへ来たときもそうだったけれど、意外とお義兄様は乗り気なのよね)

 ルシアナは、先ほどからひそひそと囁き合う周りの人々を一瞥すると、カルロスに対し甘えるように小首を傾げる。

「あら、カルロス様に給仕のようなことはさせられませんわ。お仕事もございますでしょう?」
「仕事ももちろん大事ですが、ルシアナ様と比べるようなものではございませんので」
「まあ」

 人懐こい笑みを浮かべるカルロスに、ルシアナの表情は自然と緩む。

「それでは、お言葉に甘えて。果物を使ったジュースをお願いいたしますわ。ヘレナ様は何を飲まれますか?」

 朗らかな表情のままヘレナのほうを向けば、彼女は何とも言えない戸惑ったような表情を浮かべながら、遠慮がちに微笑んだ。

「ええと……ルシアナ様と同じものをお願いいたします」
「かしこまりました。少々御前を失礼いたします」

 恭しく頭を下げるカルロスを笑顔で見送ると、ざわつく周りの人々の声が大きくなる。

「まあ、あのように親しそうに……」
「トゥルエノの外交官だそうですよ」
「ただの外交官にしては……」
「もしや王女殿下の――」
「ルシアナ様っ」

 ヘレナは勢いよくルシアナの手を掴むと、椅子のあるほうへ視線を向けた。

「あちらっ、あちらで腰を落ち着けませんか」
「あら、そうですね」

 ルシアナは何も聞こえていない、何も気付いていないかのように、無邪気な笑みをヘレナに向ける。ちらりとレオンハルトのほうを窺えば、呆然とこちらを凝視しているテオバルドとは裏腹に、至極落ち着いた表情でこちらを見つめていた。
 そんなレオンハルトに微笑を返しながら、ルシアナはヘレナの後ろについていく。

 テレーゼと初めて会った日の夜、ルシアナはカルロスのこと、姉たちの計画、そのすべてをレオンハルトに話した。
 当時は、「そうだったのですね」と一言返されただけだったが、カルロスがトゥルエノ王国から戻って来ると、予定していた計画をそのまま実行して欲しいと頼まれた。社交界も始まるからちょうどいいだろう、と。

(何か心境の変化でもあったのかしら)

 何故レオンハルトが計画を進めるよう頼んだのか、その理由はわからないがルシアナはレオンハルトの提案を受け入れた。
 周りの反応を見る限り、すでにルシアナとカルロスが特別な仲なのではないかと勘繰っている人々はいるようだ。

(暇な貴族は品のない噂話が好きだとお母様がおっしゃっていたわ。一方で、それがとても有用だと。もちろん、噂の主導権を握れている限り、だけれど)

「ルシアナ様」
「ヴァルヘルター公爵夫人」

 呼び止められた声のほうへ目を向ければ、そこにはにこやかなユーディットと、困惑した表情を浮かべるテレーゼがいた。

「あら、この間のようにお義母様とは呼んでくださらないのですか?」
「ふふ、いいえ。失礼いたしました、お義母様」

 そう言って軽く頭を下げれば、周りのざわめきが一瞬大きくなる。ユーディットはルシアナに目配せをすると、小さく頷いた。それに、ルシアナも小さく頷き返す。

(主導権はお義父様とお義母様に、というお話だったわ)

 シュネーヴェ王国の人間で、カルロスがルシアナの義兄であることを知っているのは、レオンハルトの他にディートリヒ、ユーディット、ライムンド、ギュンター、エーリクの五人だけだ。社交界に顔を出せるのはディートリヒとユーディットだけのため、この二人が噂話を管理することになった。
 噂話の管理など一体どのようにするのかルシアナには見当も付かなかったが、カルロス同様、この作戦に乗り気な様子のディートリヒとユーディットに、すべてを任せることにした。
 ルシアナは一つ息を吐くと、周りの視線など気にしていないように、ユーディットに微笑を向ける。

「今、ヘレナ様と少しお休みしようと思っていたところなんです。ヘレナ様、もしよろしければ――」
「――テレーゼ!」

 ヘレナへと顔を向け声を掛けたルシアナの言葉を遮るように、誰かがテレーゼの名を呼ぶ。声のほうへ目を向ければ、そこにはテレーゼやリーバグナー公爵と同じミントグリーンの瞳を持った、派手なガーネットレッドのドレスを着た女性が立っていた。
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