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第五章
結婚式(一)
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辺りはとても静かで、風に揺らされた葉の小さなざわめきが聞こえる。
爽やかな風がルシアナの肌を撫でた。
(いい天気だわ)
式は王城の庭園で行われることになっていた。
トゥルエノ王国では屋外での式が一般的だ、ということを知っていたライムンドに、王城でのガーデンウェディングを提案されたのだ。レオンハルトが賛同したのもあり、ルシアナはその提案を受け入れた。
(親切心だけではなく、警備面も考慮してよね。列席者の中に両国の王族がいるから)
王城ほど、普段から警備が行き届いているところはないだろう。
「門出に相応しい快晴だな」
ぼうっと周囲を見ていたルシアナは、顔を右隣へと向ける。隣では、姉のアレクサンドラが手袋をはめ直しながら眉尻を下げて笑っていた。
「すまないな、ルシー。ここが母国だったら、母上が手を引いただろうに」
「まあ。そのようなことおっしゃらないでくださいませ。アレックスお姉様とウェディングアイルを歩けること、わたくしはとても嬉しいですわ」
ふわりと柔らかな笑みをアレクサンドラに向けると、ルシアナはそのまま背伸びをして彼女の耳元に顔を寄せる。
「お母様には内緒にしてくださいね」
まるで幼い子どものように小声でそう伝えれば、アレクサンドラはきりっとした端正な顔を破顔させた。
「ああ、そうしよう」
おかしそうに喉の奥で笑うアレクサンドラに、ルシアナも笑みを浮かべる。
(共に過ごす時間は一番短かったけれど、お姉様にはよくこうして甘えていたわ)
塔を出てからも、折を見ては会いに来てくれた。姉たちに追いつこうと頑なだったルシアナを、最も上手に甘やかしたのがアレクサンドラだった。
(……思い返してみると少し恥ずかしいわ)
そう思うものの、アレクサンドラと過ごした時間を思い出すだけで、自然と表情が緩んだ。
ふふっと小さく笑みを漏らすルシアナを見て、アレクサンドラが愛おしそうに目を細める。
「ルシー。少し早いが……結婚おめでとう」
「……はい。ありがとうございます、お姉様」
『おめでとう』『おめでとう』
『ルシアナ、おめでとう』『おめでとう』
感慨に耽っていたルシアナは、突如周りに現れた光球に一瞬目を見開いたものの、すぐににこやかな笑みを向ける。
「ふふ、ありがとう、妖精さんたち」
そう声をかければ、光球は人型へと姿を変えた。
周りを飛ぶ妖精を見ながら、アレクサンドラは感嘆したように息を吐く。
「……ずいぶん妖精も増えたな。四年前来たときはこれほどではなかったが」
『いい“き”がいっぱい』『いまはいいとこ』
『すみやすいよ』『あなたもすむ?』
肩に乗ったり、頬にすり寄る妖精たちに、アレクサンドラは目尻を下げる。
「誘いはありがたいが、私には私の守るべき国がある。気が向いたら遊びに来てくれ」
『いくかな?』『いくかも?』
『きがむいたら?』『いこうかな?』
ふよふよと周りを漂いながら首を傾げ合う妖精に、アレクサンドラとルシアナは顔を見合わせて笑う。
そんな二人の間を一層強い風が通り抜けた。
「トゥルエノだと九の月はまだ日差しも強く暑いが、シュネーヴェは涼しいな」
「朝晩はもう肌寒いくらいですわ」
(だから今日も、少しでも曇っていたら寒かったでしょうね)
彼の人の瞳のような澄んだ空を見上げると、ずっと吹いていた風がぴたりと止んだ。
その瞬間、甲高いラッパの音が辺りに響き渡る。
「……いよいよだな」
アレクサンドラは深く息を吐き出すと、ルシアナの頭上のベールを下ろして手を差し出す。
「では行こうか、ルシー」
「はい、お姉様」
『プレゼントあるよ』『おいわい』
『よういしたの』『たのしみにしてて』
再び光る球体へと姿を変えた妖精たちに微笑を返し、ルシアナはアレクサンドラの手に手を重ねる。お互い頷き合うと、高い垣根に沿ってゆっくりと歩みを進めた。
ロングトレーンはルシアナの体を後ろに引っ張っていくようだったが、その重みと抵抗が、自分が新たな場所に行こうとしているのだと実感させてくれた。
(ロングトレーンにしてよかったわ。それに色も。ウェディングドレスが白だということに、お姉様方はとても驚いていらっしゃったけれど)
ふっと微笑みながら、鏡の前で見た自分の姿を思い出す。
首から鎖骨が見える辺りまではレースになっており、その下からは体のラインに沿うようにシルクの純白のドレスが広がっていた。
ドレスにはダイヤの小石が散りばめられ、少し動くだけで美しくドレスを輝かせる。
ネックレスやウェディングシューズに使われる宝石は、最初はダイヤモンドが有力候補だったが、最終的にはホワイトサファイアとなった。一般的に青い宝石のイメージが強いサファイアの白いもの、というところが気に入ったからだ。
(少々変質的かしら、とも思ったけれど、一生に一度だもの。悔いのないようにやってこそ、よね)
自分を励ましてくれたヘレナやクラーラの姿を思い浮かべながら、ルシアナは大きく息を吸い胸を張る。
白やピンクの花で飾られたウェディングアーチの前まで来ると、その隣に立つ給仕人の女性に向かって小さく頷いた。頷き返した彼女が手に持つ紐を引くと、アーチに垂れ下がっていた白い薄手の布が引き上げられる。
(……ついに、このときが来たのね)
ルシアナは一度目を閉じると、ゆっくりと瞼を持ち上げ、前に続くものを見つめた。
爽やかな風がルシアナの肌を撫でた。
(いい天気だわ)
式は王城の庭園で行われることになっていた。
トゥルエノ王国では屋外での式が一般的だ、ということを知っていたライムンドに、王城でのガーデンウェディングを提案されたのだ。レオンハルトが賛同したのもあり、ルシアナはその提案を受け入れた。
(親切心だけではなく、警備面も考慮してよね。列席者の中に両国の王族がいるから)
王城ほど、普段から警備が行き届いているところはないだろう。
「門出に相応しい快晴だな」
ぼうっと周囲を見ていたルシアナは、顔を右隣へと向ける。隣では、姉のアレクサンドラが手袋をはめ直しながら眉尻を下げて笑っていた。
「すまないな、ルシー。ここが母国だったら、母上が手を引いただろうに」
「まあ。そのようなことおっしゃらないでくださいませ。アレックスお姉様とウェディングアイルを歩けること、わたくしはとても嬉しいですわ」
ふわりと柔らかな笑みをアレクサンドラに向けると、ルシアナはそのまま背伸びをして彼女の耳元に顔を寄せる。
「お母様には内緒にしてくださいね」
まるで幼い子どものように小声でそう伝えれば、アレクサンドラはきりっとした端正な顔を破顔させた。
「ああ、そうしよう」
おかしそうに喉の奥で笑うアレクサンドラに、ルシアナも笑みを浮かべる。
(共に過ごす時間は一番短かったけれど、お姉様にはよくこうして甘えていたわ)
塔を出てからも、折を見ては会いに来てくれた。姉たちに追いつこうと頑なだったルシアナを、最も上手に甘やかしたのがアレクサンドラだった。
(……思い返してみると少し恥ずかしいわ)
そう思うものの、アレクサンドラと過ごした時間を思い出すだけで、自然と表情が緩んだ。
ふふっと小さく笑みを漏らすルシアナを見て、アレクサンドラが愛おしそうに目を細める。
「ルシー。少し早いが……結婚おめでとう」
「……はい。ありがとうございます、お姉様」
『おめでとう』『おめでとう』
『ルシアナ、おめでとう』『おめでとう』
感慨に耽っていたルシアナは、突如周りに現れた光球に一瞬目を見開いたものの、すぐににこやかな笑みを向ける。
「ふふ、ありがとう、妖精さんたち」
そう声をかければ、光球は人型へと姿を変えた。
周りを飛ぶ妖精を見ながら、アレクサンドラは感嘆したように息を吐く。
「……ずいぶん妖精も増えたな。四年前来たときはこれほどではなかったが」
『いい“き”がいっぱい』『いまはいいとこ』
『すみやすいよ』『あなたもすむ?』
肩に乗ったり、頬にすり寄る妖精たちに、アレクサンドラは目尻を下げる。
「誘いはありがたいが、私には私の守るべき国がある。気が向いたら遊びに来てくれ」
『いくかな?』『いくかも?』
『きがむいたら?』『いこうかな?』
ふよふよと周りを漂いながら首を傾げ合う妖精に、アレクサンドラとルシアナは顔を見合わせて笑う。
そんな二人の間を一層強い風が通り抜けた。
「トゥルエノだと九の月はまだ日差しも強く暑いが、シュネーヴェは涼しいな」
「朝晩はもう肌寒いくらいですわ」
(だから今日も、少しでも曇っていたら寒かったでしょうね)
彼の人の瞳のような澄んだ空を見上げると、ずっと吹いていた風がぴたりと止んだ。
その瞬間、甲高いラッパの音が辺りに響き渡る。
「……いよいよだな」
アレクサンドラは深く息を吐き出すと、ルシアナの頭上のベールを下ろして手を差し出す。
「では行こうか、ルシー」
「はい、お姉様」
『プレゼントあるよ』『おいわい』
『よういしたの』『たのしみにしてて』
再び光る球体へと姿を変えた妖精たちに微笑を返し、ルシアナはアレクサンドラの手に手を重ねる。お互い頷き合うと、高い垣根に沿ってゆっくりと歩みを進めた。
ロングトレーンはルシアナの体を後ろに引っ張っていくようだったが、その重みと抵抗が、自分が新たな場所に行こうとしているのだと実感させてくれた。
(ロングトレーンにしてよかったわ。それに色も。ウェディングドレスが白だということに、お姉様方はとても驚いていらっしゃったけれど)
ふっと微笑みながら、鏡の前で見た自分の姿を思い出す。
首から鎖骨が見える辺りまではレースになっており、その下からは体のラインに沿うようにシルクの純白のドレスが広がっていた。
ドレスにはダイヤの小石が散りばめられ、少し動くだけで美しくドレスを輝かせる。
ネックレスやウェディングシューズに使われる宝石は、最初はダイヤモンドが有力候補だったが、最終的にはホワイトサファイアとなった。一般的に青い宝石のイメージが強いサファイアの白いもの、というところが気に入ったからだ。
(少々変質的かしら、とも思ったけれど、一生に一度だもの。悔いのないようにやってこそ、よね)
自分を励ましてくれたヘレナやクラーラの姿を思い浮かべながら、ルシアナは大きく息を吸い胸を張る。
白やピンクの花で飾られたウェディングアーチの前まで来ると、その隣に立つ給仕人の女性に向かって小さく頷いた。頷き返した彼女が手に持つ紐を引くと、アーチに垂れ下がっていた白い薄手の布が引き上げられる。
(……ついに、このときが来たのね)
ルシアナは一度目を閉じると、ゆっくりと瞼を持ち上げ、前に続くものを見つめた。
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