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第六章
姉妹の時間(二)
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「シルバキエ公爵にも同じことをしてみたらどうだ?」
「レオンハルト様にですか?」
思いも寄らない発言に、ルシアナは目を見開く。
(まさかお姉様は、レオンハルト様が留守にしていることも、わたくしがそれを寂しく思ったのにその気持ちをなかったことにしたことも、今冷静になってちょっとむっとしていることも、すべてお見通しなのかしら……?)
レオンハルトの不在は知っていたとしても、一連のルシアナの気持ちまで察するのは無理がある。そう思うものの、共に過ごす時間が一番短かったのに、これほど自分のことを深く理解しているアレクサンドラなら、心の動向をすべて理解していてもおかしくないかもしれない、という気もしてきた。
(レオンハルト様に、むっと……)
少しして、ルシアナはもじもじと視線を下げた。
「……ですが、あまり子どものような行いは……」
「心配するな。彼なら可愛いと思うだろうよ」
(可愛い……)
レオンハルトに可愛いと言ってもらえる場面を想像し頬を染めるルシアナだったが、すぐに小首を傾げる。
(今更だけれど、レオンハルト様はわたくしのことをどう思っていらっしゃるのかしら)
嫌われていないことはわかる。大切にされていることも、異性として多少なりとも意識されているであろうことも察している。
(そもそも、レオンハルト様はどういった方が好みなのかしら)
これまでそんなことを気にしたことはなかったが、レオンハルトが自分にとって大きな存在であると自覚した今、どうしても気にせずにはいられなかった。
(いえ、もっと根本的な問題として、レオンハルト様に“好み”というものはあるのかしら? 何が好き、何が嫌い、ということをレオンハルト様自身から聞いたことがないもの)
レオンハルトとの対話が足りていないことは重々承知していた。しかし、距離を縮めるのは結婚後でいいとずっと思っていた。その考えを、ルシアナは少し後悔し始める。
(これから共に過ごす時間のほうが長いのだから、と後回しにしてしまっていたけれど、レオンハルト様に好かれる努力もせずにのうのうと過ごしていたのは、ちょっと……いえ、かなり……失敗だったのでは……)
後悔しても仕方がない、と思いつつ、これまでの行動を思い返すと自然と眉が寄る。結婚早々放置されてしまったことはある種自業自得であるということに気付き、ルシアナは逆に自分が謝らなければならないのではないか、とも思い始めた。
「どうしたんだ、今度は。小難しい顔して」
「いえ、今後のレオンハルト様との接し方について少々……」
今にも握り潰されそうなクッキーをルシアナから救出したアレクサンドラは、それを自らの口に放り込むと皺の寄ったルシアナの眉間を軽く小突いた。
「すでに夫を持つ身としての助言だが、変に考え込むよりは言葉に出して伝えるほうがいい。自分の中で答えが出ていないことでも、相手と違う意見であってもな。そういったことを伝えられるのを厭う者もいるが……シルバキエ公爵なら問題ないだろう。取り留めのない話をされても、お前が相手ならいくらでも耳を傾けてくれるだろうよ。昨日少し話しただけの私に言われても、説得力には欠けるだろうが」
「……いえ」
ルシアナも、アレクサンドラと同意見だった。
(自惚れかしら……けれど、そう思えてしまうほど、大事にしていただいているわ)
そう。確かに大事にしてもらっているのだ。もし何かすれ違いがあるのだとすれば、それは自分が何も言わない結果ではないだろうか、とルシアナは考える。
(……そうよね。わたくしたちはまだ、お互いの考えを察し合えるほどの関係は築けていないもの)
思っていることも、感じたことも、言わなければ伝わらない。ことレオンハルトに関しては、自分から積極的に言葉をかけなければ、これ以上距離を縮めることはできないだろう。
「お姉様のおっしゃる通りですわ。今度レオンハルト様にお会いしたら、考えていることをきちんとお伝えしようと思います」
ルシアナの返答に、ふっと笑みを浮かべたアレクサンドラだったが、すぐに「ん?」と小首を傾げた。
「公爵は今留守にしているのか?」
(あら……レオンハルト様がいらっしゃらないことをご存じではなかったのね)
では何故、レオンハルトに対しても、むっとした表情をしたらどうだと言ったのだろうか。
疑問に思いつつ、ルシアナは今朝のことをアレクサンドラに話す。話を聞いたアレクサンドラは、呆れとも感心ともとれる息を漏らし、背もたれに体重をかけた。
「真面目というか、なんというか……。勤勉さは美徳でもあるし個人的には好ましいが、もしわが身に降りかかったことだとしたら……後々長期の休暇をもぎ取って来るまで顔も合わせないし、口も利かない。別居一択だな」
「まあ。別居までなさるのですか?」
「ああ。顔を合わせたら手が出そうだ」
「それは……危険ですわね」
「だろう?」
優雅に微笑み、カップを手に取るアレクサンドラに笑みを返しつつ、ルシアナは、ふむ、と内心小さく頷く。流石に別居はないが、まとまった時間が取れないか尋ねるくらいは許されるだろう。
(お立場もあるし、無理なら無理でまた別の何かを考えましょう)
レオンハルトに伝えたいことの中に一つ項目を追加し、ルシアナは顔を綻ばせる。
(ふふ、今日一日でお話ししたいことがこんなにもできたのだから、三週間後にはもっと増えているでしょうね。そう考えると、離れている時間も悪くないわ)
先ほどまでとは違い、にこにこと嬉しそうに笑うルシアナに、アレクサンドラも表情を緩める。
「いろいろと自論を言ったが、夫婦の在り方は様々だ。だから、お前たちはお前たちなりのやり方とペースで“夫婦”になっていくといい。――が、一つだけ」
アレクサンドラは表情を引き締めると、背筋を伸ばしてルシアナを見つめる。
「まだ床を共にしていないと言ったが、もしまだ子どものことについても話してないのなら、それだけは早めに伝えておけよ。この大陸に住む王侯貴族で、トゥルエノ王家の話を知らない者はいない――言い換えれば、王家の話しか知られていないからな」
一瞬、何のことについて言われているのか理解できず、ルシアナはぽかんとアレクサンドラを見つめ返す。しかしすぐに彼女の言いたいことに気付き、ルシアナは首を傾げた。
「王家以外のトゥルエノの血筋については、あまり知られていないのですか?」
「ああ。王家の奇異さばかりが目を引くようでな。他家へ嫁いだ王女の子孫については、他国ではほぼ知られてない」
「まあ……そうだったのですね」
(盲点だったわ。英雄とも呼べる方の伴侶に、と縁談を持ち込まれたのだから、当然知られているものかと……)
これは早々に確認をしなければいけないな、とまた一つ項目を追加していると、アレクサンドラが短く息を吐いた。
「公爵はずいぶんと生真面目なようだからな。早めに伝えておかないと、早々に養子でも見つけてきそうだ」
(……否定できないわ)
子どものことは伝えたいことではなく、伝えるべき最優先重要事項だと認識を改め、ルシアナは再び窓の外へ目を向ける。
(わたくしたち、まだまだ話し合わなければいけないことがたくさんありますわ。レオンハルト様)
どこまでも爽やかな青空を見つめながら、ルシアナは小さく息を漏らした。
「レオンハルト様にですか?」
思いも寄らない発言に、ルシアナは目を見開く。
(まさかお姉様は、レオンハルト様が留守にしていることも、わたくしがそれを寂しく思ったのにその気持ちをなかったことにしたことも、今冷静になってちょっとむっとしていることも、すべてお見通しなのかしら……?)
レオンハルトの不在は知っていたとしても、一連のルシアナの気持ちまで察するのは無理がある。そう思うものの、共に過ごす時間が一番短かったのに、これほど自分のことを深く理解しているアレクサンドラなら、心の動向をすべて理解していてもおかしくないかもしれない、という気もしてきた。
(レオンハルト様に、むっと……)
少しして、ルシアナはもじもじと視線を下げた。
「……ですが、あまり子どものような行いは……」
「心配するな。彼なら可愛いと思うだろうよ」
(可愛い……)
レオンハルトに可愛いと言ってもらえる場面を想像し頬を染めるルシアナだったが、すぐに小首を傾げる。
(今更だけれど、レオンハルト様はわたくしのことをどう思っていらっしゃるのかしら)
嫌われていないことはわかる。大切にされていることも、異性として多少なりとも意識されているであろうことも察している。
(そもそも、レオンハルト様はどういった方が好みなのかしら)
これまでそんなことを気にしたことはなかったが、レオンハルトが自分にとって大きな存在であると自覚した今、どうしても気にせずにはいられなかった。
(いえ、もっと根本的な問題として、レオンハルト様に“好み”というものはあるのかしら? 何が好き、何が嫌い、ということをレオンハルト様自身から聞いたことがないもの)
レオンハルトとの対話が足りていないことは重々承知していた。しかし、距離を縮めるのは結婚後でいいとずっと思っていた。その考えを、ルシアナは少し後悔し始める。
(これから共に過ごす時間のほうが長いのだから、と後回しにしてしまっていたけれど、レオンハルト様に好かれる努力もせずにのうのうと過ごしていたのは、ちょっと……いえ、かなり……失敗だったのでは……)
後悔しても仕方がない、と思いつつ、これまでの行動を思い返すと自然と眉が寄る。結婚早々放置されてしまったことはある種自業自得であるということに気付き、ルシアナは逆に自分が謝らなければならないのではないか、とも思い始めた。
「どうしたんだ、今度は。小難しい顔して」
「いえ、今後のレオンハルト様との接し方について少々……」
今にも握り潰されそうなクッキーをルシアナから救出したアレクサンドラは、それを自らの口に放り込むと皺の寄ったルシアナの眉間を軽く小突いた。
「すでに夫を持つ身としての助言だが、変に考え込むよりは言葉に出して伝えるほうがいい。自分の中で答えが出ていないことでも、相手と違う意見であってもな。そういったことを伝えられるのを厭う者もいるが……シルバキエ公爵なら問題ないだろう。取り留めのない話をされても、お前が相手ならいくらでも耳を傾けてくれるだろうよ。昨日少し話しただけの私に言われても、説得力には欠けるだろうが」
「……いえ」
ルシアナも、アレクサンドラと同意見だった。
(自惚れかしら……けれど、そう思えてしまうほど、大事にしていただいているわ)
そう。確かに大事にしてもらっているのだ。もし何かすれ違いがあるのだとすれば、それは自分が何も言わない結果ではないだろうか、とルシアナは考える。
(……そうよね。わたくしたちはまだ、お互いの考えを察し合えるほどの関係は築けていないもの)
思っていることも、感じたことも、言わなければ伝わらない。ことレオンハルトに関しては、自分から積極的に言葉をかけなければ、これ以上距離を縮めることはできないだろう。
「お姉様のおっしゃる通りですわ。今度レオンハルト様にお会いしたら、考えていることをきちんとお伝えしようと思います」
ルシアナの返答に、ふっと笑みを浮かべたアレクサンドラだったが、すぐに「ん?」と小首を傾げた。
「公爵は今留守にしているのか?」
(あら……レオンハルト様がいらっしゃらないことをご存じではなかったのね)
では何故、レオンハルトに対しても、むっとした表情をしたらどうだと言ったのだろうか。
疑問に思いつつ、ルシアナは今朝のことをアレクサンドラに話す。話を聞いたアレクサンドラは、呆れとも感心ともとれる息を漏らし、背もたれに体重をかけた。
「真面目というか、なんというか……。勤勉さは美徳でもあるし個人的には好ましいが、もしわが身に降りかかったことだとしたら……後々長期の休暇をもぎ取って来るまで顔も合わせないし、口も利かない。別居一択だな」
「まあ。別居までなさるのですか?」
「ああ。顔を合わせたら手が出そうだ」
「それは……危険ですわね」
「だろう?」
優雅に微笑み、カップを手に取るアレクサンドラに笑みを返しつつ、ルシアナは、ふむ、と内心小さく頷く。流石に別居はないが、まとまった時間が取れないか尋ねるくらいは許されるだろう。
(お立場もあるし、無理なら無理でまた別の何かを考えましょう)
レオンハルトに伝えたいことの中に一つ項目を追加し、ルシアナは顔を綻ばせる。
(ふふ、今日一日でお話ししたいことがこんなにもできたのだから、三週間後にはもっと増えているでしょうね。そう考えると、離れている時間も悪くないわ)
先ほどまでとは違い、にこにこと嬉しそうに笑うルシアナに、アレクサンドラも表情を緩める。
「いろいろと自論を言ったが、夫婦の在り方は様々だ。だから、お前たちはお前たちなりのやり方とペースで“夫婦”になっていくといい。――が、一つだけ」
アレクサンドラは表情を引き締めると、背筋を伸ばしてルシアナを見つめる。
「まだ床を共にしていないと言ったが、もしまだ子どものことについても話してないのなら、それだけは早めに伝えておけよ。この大陸に住む王侯貴族で、トゥルエノ王家の話を知らない者はいない――言い換えれば、王家の話しか知られていないからな」
一瞬、何のことについて言われているのか理解できず、ルシアナはぽかんとアレクサンドラを見つめ返す。しかしすぐに彼女の言いたいことに気付き、ルシアナは首を傾げた。
「王家以外のトゥルエノの血筋については、あまり知られていないのですか?」
「ああ。王家の奇異さばかりが目を引くようでな。他家へ嫁いだ王女の子孫については、他国ではほぼ知られてない」
「まあ……そうだったのですね」
(盲点だったわ。英雄とも呼べる方の伴侶に、と縁談を持ち込まれたのだから、当然知られているものかと……)
これは早々に確認をしなければいけないな、とまた一つ項目を追加していると、アレクサンドラが短く息を吐いた。
「公爵はずいぶんと生真面目なようだからな。早めに伝えておかないと、早々に養子でも見つけてきそうだ」
(……否定できないわ)
子どものことは伝えたいことではなく、伝えるべき最優先重要事項だと認識を改め、ルシアナは再び窓の外へ目を向ける。
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