ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第六章

姉妹の時間、のそのころ(三)

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「……俺も、この要求はこのまま受けていいと思う」
「だよなぁ」

 腕を組んだテオバルドは、口を尖らせながら背もたれに体重をかける。

「向こうの狙いは何だと思う?」
「……」

 テオバルドの問いに、レオンハルトはトゥルエノ王国が要求した内容をもう一度読み直す。しかし何度読んでも、昨夜の騒動の賠償として何故このようなことを要求してきたのか、皆目見当が付かなかった。

「……挙げるとすれば、コリダリスだろう」
「コリダリスは希少だ。が、身内をあんな風に侮辱されて、それだけで済ませるか? 牙を剥かれれば倍の力で返す、あのトゥルエノが? 俺は正直、昨日の時点で開戦を宣言されても仕方がないと思ったぞ」
「……身内が嫁いだから攻め込むようなことはしたくない、ということじゃないか」

『ルシアナの夫となった貴殿も我々にとっては家族だ。家族が揃って頭を下げたのだから、それを受け入れよう』

 昨夜のアレクサンドラの言葉を思い出しながらそう漏らせば、テオバルドは納得しているのかしないのか、「そっかぁ」と間延びした声を出す。
 それ以上何も言わず椅子を前後に揺らしていたテオバルドは、少しして姿勢を正すと、テーブルに身を乗り出した。

「その前提で話してたが……お前は何も知らなかったってことでいいんだよな?」
「……知っていて、許可すると思うか?」

 苦々しげに眉を寄せれば、テオバルドは身を引き肩を竦めた。

「ま、そりゃそうだよな。ルシアナ殿のために、お前がもぎ取った土地だもんなぁ」
「それは別にどうでもいい。彼女のものを彼女がどう扱おうが、それは彼女の自由だ」

(だが……)

「……もう彼女の夫という立場に戻ってもいいのか?」
「おう。もちろんい――」

 テオバルドが言い終わるより早く、レオンハルトは持っていた書類ごと手を思い切りテーブルに叩きつける。

「何故、彼女が自身の土地を差し出さなければならない。何故、彼女のものを提供するにも関わらず、彼女はその見返りを得られない。そもそも彼女は被害者だ。彼女の提案が良いものだからと甘んじてそれを受けるのは道理にかなってないんじゃないか」

 鋭い眼光で睨み付けるレオンハルトから逃れるように、テオバルドは顔を逸らしながら両手を顔の前に掲げる。

「わかる。わかってる。お前の言ってることはもっともだ。――だが! まず前提として! コリダリスの自生する土地を家門ではなく個人に所有させ、国内であればコリダリスの取扱いは自由にしていい、それで生じた利益に税は課さず個人の財産にしていい、というのが破格の対応なんだ!」
「そんなことはわかっている」

 きっぱりと言い切れば、テオバルドは言葉を詰まらせる。しかしすぐに「でも!」と声を上げ、挙げていた両手をテーブルに置くと、再び身を乗り出した。

「そもそも! そもそもな!? この提案持ち込んだの、ルシアナ殿だと思うんだ! おそらくだが!」

(……それはそうだろう)

 ルシアナ名義の土地や鉱山は、結婚前から用意していた。しかし、そのとき記した名は“ルシアナ・ヴァステンブルク”で、まだ存在しない人物の名が記された権利書は、結婚するまではただの紙も同然だった。だからこそ、ルシアナ名義の土地や鉱山があることは徹底的に隠し、その取扱いには細心の注意を払っていた。
 エブルについてはより慎重に情報を統制し、前任者がいなくなってからは王家が管理しているように見せかけた。

(トゥルエノがいくら優秀な密偵を忍ばせていたとしても、彼女がエブルを保有していることを知るのは不可能だ。……彼女自身も知らなかったことだからな)

 ルシアナ名義の資産があることは、結婚後なるべく早く伝えるようエーリクに言ってあった。だからきっと、自分が邸を出たあと、エーリクが忠実に役目を果たしたのだろう。そして、それを知った彼女は、エブルがトゥルエノ王国側に有効であると考えたのだろう。
 そう考えるものの、やはり釈然としないものがレオンハルトにはあった。

(トゥルエノ側からの要求をこの程度に抑え、シュネーヴェとの仲を取り持ってくれたのは確かだが、彼女は本当にそれを目的にエブルを開放しようとしたのか?)

 いくら頭を悩ませたところで、その答えを導き出せるほどルシアナについて詳しく知らないことは、レオンハルト自身理解していた。
 指先で何度かテーブルを叩いたレオンハルトは、少しして動きを止め、じっと自分を見つめるターコイズグリーンの瞳を見返した。

「……彼女が自らの意志でした行いを止めるようなことはしない。それに、トゥルエノ側は正式にポータルが完成するまでの期間限定としてエブルを利用することを明記している。仮拠点としての使用が終わったあと、これまでと同じ条件で彼女がエブルを保有できるなら文句はない」

 ぱっと顔を輝かせたテオバルドに、「だが」と続ける。

「コリダリスを使用した成果物については、シュネーヴェが三、ルシアナが二、トゥルエノが五。こうなるよう交渉してくれ」
「ああ。そのくらいは任せてくれ。……うまくいくかはわからんが」

(カルロス殿相手ではそうだろうな)

 本心の見えない、人の良さそうな笑みを浮かべるカルロスの姿を想像しながら、レオンハルトは小さく息を吐く。

「シュペール侯爵家とブリギッテ・クレンベラーの処遇については社交界が終わってから伝えるつもりだったが、今伝えたほうがいいか?」
「そうだな、できれば頼む。まぁ、ちょうどよく録音装置があるんだが」

 にっと口角を上げたテオバルドは、ジャケットの内ポケットから、大きなエメラルドグリーンの魔石がついたブローチを取り出す。それをテーブルの中央に置くと、右に二回、魔石の表面を撫でた。

「扱いは非公式にするから、好きに言っていいぞ」

 どうぞ、と手を向けられ、レオンハルトは静かに口を開く。

「シュペール侯爵家がブリギッテ・クレンベラーを除籍しようと、侯爵家の領地の一部とディアローザ鉱山は賠償として差し出してもらう」
「ははー、ディアローザ鉱山か……なかなかえげつないな。ちなみに領地の一部っていうのは?」
「建国後に手に入れた南部の土地があるだろう」
「あー……え? あそこ、そんな特別な土地だったか? ディアローザ鉱山は希少なピンクダイヤモンドが採れるからわかるが、南部の――なんていう土地だ? あそこは北の領地より多少寒さがマシなくらいだったと思うが……あ、そういえば、趣味の悪い異様に金ぴかな別荘を建てたんだったか……?」
「そんなものに興味はない」

 じゃあ何が目的なんだ、とでも言いたげな視線を向けられ、レオンハルトはわずかに視線を逸らす。

「……王太子妃殿下の出身地も含め、南部はベリー系の産地だろう」
「そうだな」
「……シュペール侯爵家が所有している南部の土地は、いちごが名産なんだ」
「そうなのか?」
「……」
「……ん? それだけか?」

 不可解そうに首を傾げるテオバルドに、レオンハルトはしぶしぶ口を開く。

「……。…………ルシアナが、いちごが好きなようなんだ」
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