ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

文字の大きさ
123 / 274
第七章

狩猟大会・三日目(五)

しおりを挟む
「……レオンハルト様」

 名前を呼ぶと、彼は澄んだシアンの瞳でルシアナを見上げた。その瞳を見ていると、出してはいけないものが込み上げて来そうで、ルシアナはもう一度大きく息を吸う。
 そして、いつも通りにっこりと、レオンハルトに笑みを向けた。

「何があったかの聴取をしなくてはなりませんよね。今――」
「あーあーあー、待て。待て、ルシー」

 突如頭上から聞こえた声に、ルシアナとレオンハルトは揃って顔を上げる。

「まあ、ベル。どうし――」

 言いかけて、ルシアナはきつく口を閉じる。
 幼いころからずっと一緒で、一番傍で自分を支え、これまでたくさん甘えてきた相手の姿に、目が熱を持ち視界が滲む。
 ルシアナが咄嗟に顔を伏せると、ベルは短く息を吐き出し、心配そうにルシアナを見ているレオンハルトへ声を掛けた。

「レオンハルト。詳しい説明は私がテオバルドとこの土地にいる魔法術師にする。どのみち、魔法術師の追跡に精霊の気で溢れたお前は連れて行けないからな。だから一先ず……一時いっときの間だけ、こいつを借りていくぞ、ルシー」
「! 待っ――」

 しん、と静かになった舎内に、ルシアナは下げていた頭をゆっくり上げる。

「……レオンハルト様は物ではないわ」

 誰に向けたわけでもない小さな呟きは、広い幕舎内にすぐに溶けて消えてしまう。

(……本当にわたくしものだったらよかったのに)

「――え」

 ふと浮かんだ考えに、ルシアナは大きく目を見開く。しかしすぐにぐっと眉を寄せると、目からは堪えていたものがぽろぽろとこぼれ落ちた。

「……っ」

 ルシアナは勢いよく立ち上がると尻に敷いていたレオンハルトのマントを頭から被り、靴を脱いでベッドに横になる。体を丸め、全身をマントに隠すようにしながら、涙を止めようと両手を目に当てる。
 しかし、手袋が涙を吸うばかりで、出てくるものが減ることはなかった。

「っ、ふ……」

 息を吸おうと開いた口から嗚咽が漏れ、すぐに口を閉じる。自分を落ち着かせるようにゆっくり呼吸を繰り返すものの、漏れ出るものはどうにも止まらず、どうしたらいいかルシアナ自身わからなかった。

(わたくしは、お仕事を頑張られているレオンハルト様が好きだわ)

 己の職務に実直に向き合うレオンハルトが好きだ。
 己の領分を理解し、テオバルドに誠心誠意仕えているレオンハルトが好きだ。
 ルシアナ自身、騎士の家系に生を受け、騎士としての叙任を受けているため、騎士として愚直に生きるレオンハルトに好感を持っているし、その生き方を否定するつもりは毛頭ない。

 別に、テオバルドのような行動を取ってほしかったわけではない。テオバルドを置いて自分のほうに来ていたら、嬉しいと思う反面、いいのだろうかと思ったことだろう。無論、レオンハルトが自分のほうに来たからといって、テオバルドがそれを咎めることはないだろうが、自分の存在が何かレオンハルトの足を引っ張っていないかと心配になったに違いない。
 あの場を離れるとき、「テオバルドからの命だ」と言われたのも、別によかった。その言葉を聞いて、それならこの場を離れても大丈夫か、と思ったのも事実だからだ。

(……けれど……)

 しかし、ただ少し、ほんの少し、たった一言でもいいから、が自分のことを気にしてくれたのだと、そうわかる言葉が欲しかった。いや、言葉でなくてもいい。声色で、表情で、少しでいいからそれを感じたかった。
 もう少しだけ、自分のことを考えて、気にかけてほしかった。

(……我儘だわ、わたくし)

 少し前だったら、こんなことは思わなかった。
 むしろ、テオバルドの命とはいえ、晒された足を隠し、人のいない場所まで運び、そのうえ治療までしてくれるなど、なんて誠実で優しい人なのだろう、と考えたことだろう。
 本当は、ルメンバッハ伯爵令嬢の話も羨ましかった。
 ベルにしたフォローは本心でもあったが、一方で、自分も手紙の一通でも欲しかったと思った。婚約者からまめに手紙が来たという彼女の話を聞いて、やっぱり質問の相手として自分は相応しくないのではないかと、少しだけ侘しい気持ちになった。
 レオンハルトと深い関係にならなければ。いや、レオンハルトに恋をしなければ、きっとこんな気持ちにはならなかっただろう。
 披露宴でシュペール侯爵令嬢があそこまで暴走した理由が、今になってやっと理解できた。

「っふ、ぅ……っ」

 少しだけ、なんて嘘だ。
 もっとたくさん、自分のことを考えて、気にかけてほしい。
 レオンハルト・パウル・ヴァステンブルクという人物にとって、自分が一番でありたい。

(なんて、醜い……)

 恋というものは、これほど人を欲深い生き物にしてしまうのか、と身勝手で情けない自分の感情に、さらに涙が溢れてくる。
 レオンハルトに嫌われたくない。呆れられたくない。
 我儘だと。子どもだと思われたくない。

(好き……好き。レオンハルト様が好き。だから……だめよ。好意を重荷にしてはだめ……我慢しなくてはだめ。前は大丈夫だったじゃない。だから、だから……)

 酸素を取り込むため大きく口を開けた瞬間、トンッという軽やかな音が聞こえた。
 木の床に人が降り立ったような、そんな音だ。

(だめ……!)

 レオンハルトが帰って来たのだと気付いたルシアナは、咄嗟に口を両手で塞ぐ。
 心臓は痛いくらい激しく脈動し、まるで裁きを待つ罪人のような心地になりながら、ルシアナはぎゅっと身を固くした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

義兄様と庭の秘密

結城鹿島
恋愛
もうすぐ親の決めた相手と結婚しなければならない千代子。けれど、心を占めるのは美しい義理の兄のこと。ある日、「いっそ、どこかへ逃げてしまいたい……」と零した千代子に対し、返ってきた言葉は「……そうしたいなら、そうする?」だった。

毎週金曜日、午後9時にホテルで

狭山雪菜
恋愛
柳瀬史恵は、輸入雑貨の通販会社の経理事務をしている28歳の女だ。 同期入社の内藤秋人は営業部のエースで、よく経費について喧嘩をしていた。そんな二人は犬猿の仲として社内でも有名だったけど、毎週金曜日になると二人の間には…? 不定期更新です。 こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...