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第九章
初めての夜(八)
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「……レオンハルト様は、何故わたくしを愛してくださったのですか?」
「……どういう意味だ?」
少しの沈黙のあと、動きを止めたレオンハルトに上体を引き寄せられる。彼の体にもたれかかる形になると、彼はわずかに眉を寄せながら顔を覗き込ませた。その視線に若干の怒りが混じっているような気がして、ルシアナは思わず視線を逸らす。
「いえ、あの――」
「ルシアナ」
目を逸らしたことを咎めるように名前を呼ばれ、ルシアナは口を噤む。レオンハルトはルシアナの髪を耳にかけると、耳元に顔を寄せた。
「体をこちらに向けて俺を見ろ、ルシアナ」
低く囁かれた言葉に、ルシアナの体がぴくりと揺れる。
レオンハルトは普段、ルシアナに対しては「~~してくれ」と願うような形で発言をする。このように命令形の口調でルシアナに何かを指示することはまずない。
だからだろうか。
頭で何か思うよりも早く、ルシアナの体はレオンハルトの言葉に従い動いていた。
彼に導かれるがまま、彼の足を跨いで、彼に向き合う形で座り直す。
ルシアナが腰を下ろすと、レオンハルトはルシアナのうなじに手を回して引き寄せて、唇を重ねた。
「っん」
熱い舌が口内に入り込み、ルシアナはもたらされる熱にただ身を委ねる。
ルシアナがどうすれば大人しく素直になるのか、レオンハルトはすべて心得ているとでもいうようにねっとりと口腔内を舐り、最後に舌を絡ませて口を離した。
互いに熱い息をこぼしながら、至近距離で見つめ合う。
レオンハルトは感情の読み取れない静かな視線をルシアナに向けながら一つ息を吐いた。
「……先ほどの質問には、どういう意味と意図がある?」
詰めるのではなく、優しく問いかけるような声色に、ルシアナは視線を下げるとそのまま首に抱き着いた。
目を合わせにくい、という気持ちからの行動だったが、レオンハルトの温もりを感じると自然と心が凪ぎ、ささくれ立ちそうだった気持ちが落ち着いていく。「俺を見ろ」というレオンハルトの言葉を無視した形だが、レオンハルトは何も言わず抱き締め返してくれた。
それが嬉しくて、幸せで、胸がいっぱいになる。
「……レオンハルト様。わたくし、レオンハルト様のことが大好きです」
ルシアナは声が震えそうになるのを我慢しながら、深く息を吐き出し言葉を続ける。
「いつもわたくしの心に寄り添おうとしてくださるお優しいところが大好きです。丁寧に言葉を重ね、わたくしと向き合おうとしてくださる誠実なところが大好きです。己の職務に真摯に向き合い、何事にも手を抜かない真面目なところが大好きです。王太子殿下の剣として、揺るぎない忠誠を殿下に捧げていらっしゃる、その気高く芯のあるお心が大好きです。夫としても騎士としても、あなた様は最高の気質を持った素晴らしい方です」
目を覆う水の膜を散らすように、ルシアナはゆっくりと瞬きを繰り返す。
「内面だけではありません。レオンハルト様は容姿もとても整っていらっしゃいます。さらりとして指通りのいい癖のない御髪も、形のいい眉も、切れ長の目も、高い鼻梁も、薄い唇も、鍛え抜かれ引き締まった体躯も、何もかもが美しくて……男性としての魅力にも溢れていらっしゃいます」
(だから……)
ルシアナはもう一度深く息を吐い出すと、抱き締める腕に力を込める。
「そんな……容姿も性格も素晴らしく、騎士としての資質も能力も群を抜いている方が、何故わたくしを……わたくしのどこを好いてくださっているのかと……」
最後までは言葉にできず、ルシアナは口を閉じる。
(何故こんな気持ちになるのかしら……)
彼と体を繋げ、彼に愛されていることを改めて実感したせいか、もしくは今があまりにも幸福なせいか、正体の分からない不安が顔を覗かせてきた。
彼の愛を疑っているわけではない。
彼の優しさや愛が、義務だとは思わない。
しかし、自分が“妻”になることが決まっていなければ。縁談も何もない、まっさらな状態で会っていたら。
彼は果たして、自分を妻にと望んでくれただろうか。
レオンハルトは、ルシアナ自身のことをきちんと見て、愛してくれている。しかし、その愛や優しさは、“いずれ妻になる”ということが前提で築かれた可能性はないだろうか。そんな前提がなくても、彼は自分を愛してくれただろうか。
そんな考えが頭をよぎり、ルシアナは唇を噛んだ。
(愛されていることに変わりはないのに……)
散らしたはずの涙が戻って来たのと同じタイミングで、レオンハルトの抱き締める腕に力が込められた。
「……俺は何か、貴女を不安にさせるようなことをしたか?」
いつもとは違う、どこか弱々しさを感じる彼の声に、ルシアナは反射的に体を離すとレオンハルトと目を合わせた。
「そんなことありませんわ! わたくしが勝手にっ……本当に勝手に、意味も分からず、余計なことを考えて……勝手に不安になっただけなのです。決して、レオンハルト様が原因などではありませんんわ」
「……何を考えた? 何が不安なんだ?」
射貫くようなレオンハルトの視線に、ルシアナはわずかに唇を震わせる。
普段はまったくそのようなことは思わないのに、今は少しだけ彼に心を晒すのが怖かった。
この感覚は、結婚式前日の夜にも味わったものだ。
本当の、決して優れているわけではない自分自身を晒すことへの恐怖。嫌われたくない、がっかりされたくない、と自己保身に走りたくなる、情けない気持ち。彼への愛を自覚している今は、余計なことを言って彼を傷付けたくないという感情も強くあった。
(違うわ……レオンハルト様を傷付けて、それで少しでもわたくしから心が離れてしまうのが怖いだけ……。……わたくしは、自分勝手で醜い……)
浅ましい本心を自覚した瞬間、耐えきれず涙が溢れ出てきた。
「きら……嫌わないで……きらわないでください……」
「嫌わない。嫌うわけがない。貴女を嫌うなど有り得ない。この身にどんな災厄が降りようとも、例え貴女がこの胸に剣を突き立てようとも、俺が貴女を嫌いになることなどない」
あまりにも物騒な例えに、そんなことはしない、と反論したかったが、漏れる嗚咽でうまく言葉が紡げず、ルシアナはただ首を横に振る。
「ルシアナ、大丈夫だ。何を言われても貴女を嫌いにはならない。だから考えすぎず、思ったことをそのまま口に出していい。貴女が落ち着くまでいくらでも待つから」
柔らかく目尻を下げたレオンハルトは、ルシアナを宥めるように目尻や瞼への口付けを繰り返した。
「……どういう意味だ?」
少しの沈黙のあと、動きを止めたレオンハルトに上体を引き寄せられる。彼の体にもたれかかる形になると、彼はわずかに眉を寄せながら顔を覗き込ませた。その視線に若干の怒りが混じっているような気がして、ルシアナは思わず視線を逸らす。
「いえ、あの――」
「ルシアナ」
目を逸らしたことを咎めるように名前を呼ばれ、ルシアナは口を噤む。レオンハルトはルシアナの髪を耳にかけると、耳元に顔を寄せた。
「体をこちらに向けて俺を見ろ、ルシアナ」
低く囁かれた言葉に、ルシアナの体がぴくりと揺れる。
レオンハルトは普段、ルシアナに対しては「~~してくれ」と願うような形で発言をする。このように命令形の口調でルシアナに何かを指示することはまずない。
だからだろうか。
頭で何か思うよりも早く、ルシアナの体はレオンハルトの言葉に従い動いていた。
彼に導かれるがまま、彼の足を跨いで、彼に向き合う形で座り直す。
ルシアナが腰を下ろすと、レオンハルトはルシアナのうなじに手を回して引き寄せて、唇を重ねた。
「っん」
熱い舌が口内に入り込み、ルシアナはもたらされる熱にただ身を委ねる。
ルシアナがどうすれば大人しく素直になるのか、レオンハルトはすべて心得ているとでもいうようにねっとりと口腔内を舐り、最後に舌を絡ませて口を離した。
互いに熱い息をこぼしながら、至近距離で見つめ合う。
レオンハルトは感情の読み取れない静かな視線をルシアナに向けながら一つ息を吐いた。
「……先ほどの質問には、どういう意味と意図がある?」
詰めるのではなく、優しく問いかけるような声色に、ルシアナは視線を下げるとそのまま首に抱き着いた。
目を合わせにくい、という気持ちからの行動だったが、レオンハルトの温もりを感じると自然と心が凪ぎ、ささくれ立ちそうだった気持ちが落ち着いていく。「俺を見ろ」というレオンハルトの言葉を無視した形だが、レオンハルトは何も言わず抱き締め返してくれた。
それが嬉しくて、幸せで、胸がいっぱいになる。
「……レオンハルト様。わたくし、レオンハルト様のことが大好きです」
ルシアナは声が震えそうになるのを我慢しながら、深く息を吐き出し言葉を続ける。
「いつもわたくしの心に寄り添おうとしてくださるお優しいところが大好きです。丁寧に言葉を重ね、わたくしと向き合おうとしてくださる誠実なところが大好きです。己の職務に真摯に向き合い、何事にも手を抜かない真面目なところが大好きです。王太子殿下の剣として、揺るぎない忠誠を殿下に捧げていらっしゃる、その気高く芯のあるお心が大好きです。夫としても騎士としても、あなた様は最高の気質を持った素晴らしい方です」
目を覆う水の膜を散らすように、ルシアナはゆっくりと瞬きを繰り返す。
「内面だけではありません。レオンハルト様は容姿もとても整っていらっしゃいます。さらりとして指通りのいい癖のない御髪も、形のいい眉も、切れ長の目も、高い鼻梁も、薄い唇も、鍛え抜かれ引き締まった体躯も、何もかもが美しくて……男性としての魅力にも溢れていらっしゃいます」
(だから……)
ルシアナはもう一度深く息を吐い出すと、抱き締める腕に力を込める。
「そんな……容姿も性格も素晴らしく、騎士としての資質も能力も群を抜いている方が、何故わたくしを……わたくしのどこを好いてくださっているのかと……」
最後までは言葉にできず、ルシアナは口を閉じる。
(何故こんな気持ちになるのかしら……)
彼と体を繋げ、彼に愛されていることを改めて実感したせいか、もしくは今があまりにも幸福なせいか、正体の分からない不安が顔を覗かせてきた。
彼の愛を疑っているわけではない。
彼の優しさや愛が、義務だとは思わない。
しかし、自分が“妻”になることが決まっていなければ。縁談も何もない、まっさらな状態で会っていたら。
彼は果たして、自分を妻にと望んでくれただろうか。
レオンハルトは、ルシアナ自身のことをきちんと見て、愛してくれている。しかし、その愛や優しさは、“いずれ妻になる”ということが前提で築かれた可能性はないだろうか。そんな前提がなくても、彼は自分を愛してくれただろうか。
そんな考えが頭をよぎり、ルシアナは唇を噛んだ。
(愛されていることに変わりはないのに……)
散らしたはずの涙が戻って来たのと同じタイミングで、レオンハルトの抱き締める腕に力が込められた。
「……俺は何か、貴女を不安にさせるようなことをしたか?」
いつもとは違う、どこか弱々しさを感じる彼の声に、ルシアナは反射的に体を離すとレオンハルトと目を合わせた。
「そんなことありませんわ! わたくしが勝手にっ……本当に勝手に、意味も分からず、余計なことを考えて……勝手に不安になっただけなのです。決して、レオンハルト様が原因などではありませんんわ」
「……何を考えた? 何が不安なんだ?」
射貫くようなレオンハルトの視線に、ルシアナはわずかに唇を震わせる。
普段はまったくそのようなことは思わないのに、今は少しだけ彼に心を晒すのが怖かった。
この感覚は、結婚式前日の夜にも味わったものだ。
本当の、決して優れているわけではない自分自身を晒すことへの恐怖。嫌われたくない、がっかりされたくない、と自己保身に走りたくなる、情けない気持ち。彼への愛を自覚している今は、余計なことを言って彼を傷付けたくないという感情も強くあった。
(違うわ……レオンハルト様を傷付けて、それで少しでもわたくしから心が離れてしまうのが怖いだけ……。……わたくしは、自分勝手で醜い……)
浅ましい本心を自覚した瞬間、耐えきれず涙が溢れ出てきた。
「きら……嫌わないで……きらわないでください……」
「嫌わない。嫌うわけがない。貴女を嫌うなど有り得ない。この身にどんな災厄が降りようとも、例え貴女がこの胸に剣を突き立てようとも、俺が貴女を嫌いになることなどない」
あまりにも物騒な例えに、そんなことはしない、と反論したかったが、漏れる嗚咽でうまく言葉が紡げず、ルシアナはただ首を横に振る。
「ルシアナ、大丈夫だ。何を言われても貴女を嫌いにはならない。だから考えすぎず、思ったことをそのまま口に出していい。貴女が落ち着くまでいくらでも待つから」
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