ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第十一章

精霊と契約者(八)

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「痛みますか?」

(……!)

 顔を顰めたせいか、どこか慌てたように聞こえた声に、ルシアナは我に返る。
 さっといつも通りの笑みを浮かべると、緩く首を横に振った。

「……何かあれば、遠慮なくお伝えください」

 了承するように頷けば、フーゴも小さな笑みを返し、再び真剣な表情でルシアナを見つめた。

「繰り返しになりますが、夫人は喉に火傷と裂傷を負っております。幸いなのは、焼かれたことで裂けた傷が塞がり、出血が止まっていることでしょう。喉の怪我には魔法薬が使えますので、火傷と裂傷、両方を同時に治していく魔法薬を使用するのが最善ではあるのですが……」

 フーゴは一度言葉を区切ると、ちらりとエステルを窺った。

「実は、その両方に効く飲み薬を作るには、薬にもなるとある毒草を使わなければならないのです。もちろん、使い方と分量さえ守れば、決して体に害はないのですが……夫人の侍女より、夫人はあらゆる毒を無効化してしまう、と伺いまして」
「私の判断で、必要だろうとお伝えしました。処罰はいかようにも」

 深く腰を折ったエステルに、気にしなくていい、と柔らかな笑みを向ける。

(むしろ、伝えてくれてよかったわ。薬を作っていただいても、効果がないのでは意味がないもの)

  魔石に精霊が宿ることで得られる“精霊の加護”は、精霊具となった道具の重さを感じにくくなったり、剣であれば刃こぼれしない、防具であれば刃を通さないなど、様々な恩恵を精霊具に与えてくれるが、“加護”の名の通り、契約者自身にも特殊な性質を与えた。
 風の精霊の契約者であれば、聴覚が優れ、空間把握に長けるようになり、地の精霊の契約者であれば、怪力と鋼鉄のような筋肉を持つようになるなど、少々特殊な能力を契約者は持てるようになるのだ。

(火の精霊の加護は、毒の無効化。毒薬を飲んでも、毒蛇に噛まれても、わたくしたちが毒に侵されることはないわ)

 例えその毒が薬になるとしても、“毒”である以上、その効果は消え失せる。
 火の精霊の加護を受ける者として、効かない薬があることは理解しているため、ルシアナはフーゴに対し、ただ首肯を返した。
 どんな治療法でも、どれほど時間がかかってもいい、という思いを込めて。
 そんなルシアナの覚悟を受け取ったのか、フーゴも小さく頷き返すと、足元の鞄から四つの丸い小瓶を取り出した。中身の見えない小瓶の蓋には、四つのうち三つには一から三の数字が、残りの一つには、丸が描かれていた。

「一の数字が書かれたものは火傷の治療薬です。爛れた細胞を健康な状態に戻すためのものになります。二の数字が書かれたものは細菌の繁殖を抑え、他の病気を予防するためのもので、三の数字が書かれたものは、患部を保護し、薬の効き目を持続させる効果があります。毎日、食事の前にティースプーン二杯分、一、二、三の順番でお飲みください」

(まあ。もう用意してくれていたのね)

 ありがたいことだ、と顔を輝かせたルシアナだが、フーゴは神妙な面持ちで首を横に振る。

「ただ、これらは魔法薬ではなく普通の薬です。魔法薬は効きの速さが特徴ですが、火傷を先に、急速に治すことで、裂けた傷が再び開く可能性があるので、魔法薬はご用意しませんでした。そのため、かなり長期の治療になるかと思います。ですが、どれほど時間がかかろうとも、必ず快癒させるとお約束しましょう」

 力強いフーゴの言葉に、ルシアナもしっかりと頷くと、深く頭を下げる。そのとき、まだ説明を受けていない丸が描かれた小瓶が視界に入り、ルシアナは頭を上げると同時に、その小瓶を指差す。

「ああ、そちらは栄養補給の魔法薬です。これはすでに使用人の方々にも周知したのですが、夫人は喉の怪我が治るまで、冷たい物、熱い物、固形物の飲食はできません。口にできるのは人肌程度のぬるい物と、流動食のみです」

(まあ……ということは、食事としてわたくしが口にできるのはスープくらいということね)

 トゥルエノ王国でも流動食を食べる機会は多かったが、流動食のみというのはなかった。
 体自体は元気なのに、今までの人生で一番病人のようだな、とぼんやり思う。

(今すぐレオンハルト様の状態をお聞きしたいし、会いに行きたいけれど、今日はもしかしたら無理かもしれないわ)

 早くベッドから下りる許可を得るためにも、と続くフーゴの話に一生懸命耳を傾けた。

 ◇◇◇

(ついにレオンハルト様とお会いできるのね)

 すでに行き慣れたレオンハルトの部屋の前で、ルシアナは一つ深呼吸をする。
 目を覚ましてから二日。ルシアナの心身を心配し、周りはなかなかレオンハルトに会いに行くことを許してくれなかったが、何度も何度も頼み込んだ結果、やっと許可が下りた。
 すでに夜は深まり、廊下はやけに静かだ。
 倒れて以降、レオンハルトの部屋には昼夜問わず人が出入りしていたようだが、今夜は誰もいないようだ。きっと自分に気を遣ってくれたのだろう、とルシアナは考える。

(大丈夫……マナはずいぶん安定してきたと、コニー様もおっしゃっていたじゃない。もう目覚めてもいいくらいには、安定してると。レオンハルト様は、大丈夫……)

 ルシアナはもう一度深く息を吸い込むと、それをゆっくりと吐き出し、扉をノックする。
 当然、中から返答はなく、ルシアナは少し間を置いて、静かに扉を開けた。
 間接照明と暖炉の火で、室内は明るかった。暖炉前の談話スペースにあるテーブルには何か紙が広げられ、ソファにはブランケットが掛かっている。
 この部屋をレオンハルトと自分以外の誰かが使用した、という痕跡に、何とも言えない感情が湧いて出てくる。

(……だめよ、これは的外れの感情だわ)

 ルシアナは何度目かの深呼吸をすると、後ろ手に扉を閉める。指先がかすかに震えているのを感じながら、天蓋の幕が開いているベッドへゆっくりと近付いた。
 近付くごとに心臓の鼓動は大きくなっていき、体全体が小刻みに震えていく。
 呼吸も短くなっていくなか、やっとベッド脇まで辿り着くと、腰が抜けたようにその場に座り込んでしまった。

「――、――……っ」

 声帯を傷付けてはいけない、と話すことを禁止されているため、名前を呼ぶことはできない。それでも、口は勝手に何度も動き、目が覚めてからは一度もこぼれたことのない涙が、止めどなく溢れ出てくる。

(レオンハルト様……!)

 震えて力の入らない四肢をなんとか動かし、ベッドに上ったルシアナは、ぴくりとも動かないレオンハルトを前に、ただただ涙をこぼし続ける。

(レオンハルト様、レオンハルトさま……)

 ルシアナが目を覚ましたのが、倒れてから二日後だったため、会う許可をもらえなかった日を含めると、実に四日ぶりの対面だ。
 あの日、苦しそうに顔を歪めていたレオンハルトに比べると、ずいぶん穏やかな表情を浮かべている。しかし、間接照明の温かな橙色に照らされているにも関わらず、顔の血色は悪かった。

「――……」

 レオンハルト様、と呼びかけながら、そっと頬に触れる。
 水をかぶせたかのような冷たさに、心臓が嫌な音を立てたものの、一定の間隔で吐き出される息に、今度は安堵で全身の力が抜けた。

(レオンハルト様、起きてください……早く起きて……)

 ルシアナは、レオンハルトの唇にそっと口付ける。
 ありったけの愛情と願いを込めて、長く、長く、触れるだけの口付けを贈った。
 しかし、レオンハルトは目覚めることはなく、ルシアナは自分の体温を分けるように、ただただレオンハルトに寄り添った。
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