12 / 102
第一章【異世界出会い掲示板始めました】
第11話―はじめてのはじめて
しおりを挟む
あれから数日が経った。
マッシュはあの晩の事を今も忘れられなかった。
一夜限りだったとはいえ、素晴らしい体験が出来たからだ。
ただ、言葉に出来ないもやもやとした感情が胸中に渦巻いていたのも事実だ。
彼は今日、完全休養日だった。
マッシュは無意識に「海が恋しいアホウドリ亭」へと向かっていた。自分でも理由は良くわからなかった。
相変わらず酒場は盛況だった。男たちが掲示板の前にたむろし、黒板に新しいタイトルが並べられると、何人もの男たちがそそくさと小ブースへと足を運ぶ。
ほとんど無意識に黒板に目を滑らした。探していた名前がなく、ほっとしたような、寂しいような複雑な気持ちになる。
他の書き込みを見る気にもなれず、離れた席に座る。掲示板から一番遠い席は人気が無いようだった。
旅の商人たちは好奇心旺盛だ、参加せずとも商売の種になりそうなものであれば、なんだって貪欲に食らいつく。会員以外の旅商人たちも目を皿にして掲示板と人の動きを観察していた。
マッシュは適当に酒とつまみを注文すると、無言でそれを摘まんでいた。
しばらくすると掲示板前の集団から一人の男がマッシュに目をやってニヤリと笑った。
気色の悪い奴だと思っていたら、なぜかその男はマッシュと同じテーブルに腰を掛けた。わざわざ自分の酒を持ってだ。
「よう、色男、また来るとは思わなかったぜ」
言っている意味がわからない。
「何時間待ちぼうけだったよ? 最近はひでぇ遊びが流行ってやがる」
「……なんだって?」
「おや? おとぼけか? いいから気にすんなって、そんな失敗、ここの男共なら1回2回は経験済みってもんよ。俺はこの掲示板が出来てかなり初期に登録したからよ、色んな事を知ってるぜ? 良かったら相談に乗ってやるよ」
そう言って男はマッシュのつまみに手を伸ばしてきた。
一瞬その手をひっぱたいてやろうと思ったが、男にとってこれが情報料と言うことだろう。
マッシュはため息交じりに皿をテーブルの中央へ押しやった。
「へへへ……。それで何時間待ってから、すっぽかされたと気づいた?」
「その意味がわからん」
「あ? それじゃあ会えたのか……。なるほど、商売女の方だったか。それならまぁ当たりの方だな。良かったらどんな女だったか教えてくれよ。具合とか見た目とかよ。せっかくだから情報共有と——」
男は最後に「いこうぜ?」と言おうとしたが、それは敵わなかった。
「貴様! それはどういう意味だ! えりかさんを……商売女だっていうのか?!」
マッシュは立ち上がって男の襟首をつかみ上げていた。仮にも警備兵である。一般人くらいは楽に持ち上げてしまう。
「うぐっ?! ちょっ! くるし……なに……ムキになって……げふぉ! はなせ……頼む……!」
途端に酒場中の注目が集まり、酔っ払い共のヤジが飛ぶ。
マッシュは少しだけ冷静になって手を緩めた。だが離すまでは出来なかった。
「げふぉ! げふぉ! この馬鹿力野郎め! この掲示板じゃ普通なんだよ! 悪戯! 冷やかし! ドタキャン! ……そして売春もな!」
「違う! あれは……!」
「当ててやろうか? 待ち合わせ場所は……聖人像前か、冒険者ギルド向かいの喫茶店前のどっちかだ。そんで要求されたのは大銀貨2枚だったろ?! 相場よりだいぶ安いからな! 思わず買っちまったわけだ!」
「貴様ぁ!」
マッシュが男を床に放り出す。ギリギリで投げ飛ばさないだけの理性は残っていた。
「名前がな、癖があってなんとなくわかるのよ! きっと誰かが仕切ってるんだろうけど、ここのシステムを上手く利用したもんさ! あんたも恥じることはねえっての! それよりえりかだったか? あれ以来書き込みがねえんだよ。これからえりかを買う奴らの為に……」
「違う……」
マッシュは喉の奥から声を絞り出した。
「違うんだ……」
「へっ……何が違うっていうんだ?」
「彼女は……初めてだったんだぞ!!!!」
マッシュの叫びに酒場中が静まりかえった。
マッシュはあの晩の事を今も忘れられなかった。
一夜限りだったとはいえ、素晴らしい体験が出来たからだ。
ただ、言葉に出来ないもやもやとした感情が胸中に渦巻いていたのも事実だ。
彼は今日、完全休養日だった。
マッシュは無意識に「海が恋しいアホウドリ亭」へと向かっていた。自分でも理由は良くわからなかった。
相変わらず酒場は盛況だった。男たちが掲示板の前にたむろし、黒板に新しいタイトルが並べられると、何人もの男たちがそそくさと小ブースへと足を運ぶ。
ほとんど無意識に黒板に目を滑らした。探していた名前がなく、ほっとしたような、寂しいような複雑な気持ちになる。
他の書き込みを見る気にもなれず、離れた席に座る。掲示板から一番遠い席は人気が無いようだった。
旅の商人たちは好奇心旺盛だ、参加せずとも商売の種になりそうなものであれば、なんだって貪欲に食らいつく。会員以外の旅商人たちも目を皿にして掲示板と人の動きを観察していた。
マッシュは適当に酒とつまみを注文すると、無言でそれを摘まんでいた。
しばらくすると掲示板前の集団から一人の男がマッシュに目をやってニヤリと笑った。
気色の悪い奴だと思っていたら、なぜかその男はマッシュと同じテーブルに腰を掛けた。わざわざ自分の酒を持ってだ。
「よう、色男、また来るとは思わなかったぜ」
言っている意味がわからない。
「何時間待ちぼうけだったよ? 最近はひでぇ遊びが流行ってやがる」
「……なんだって?」
「おや? おとぼけか? いいから気にすんなって、そんな失敗、ここの男共なら1回2回は経験済みってもんよ。俺はこの掲示板が出来てかなり初期に登録したからよ、色んな事を知ってるぜ? 良かったら相談に乗ってやるよ」
そう言って男はマッシュのつまみに手を伸ばしてきた。
一瞬その手をひっぱたいてやろうと思ったが、男にとってこれが情報料と言うことだろう。
マッシュはため息交じりに皿をテーブルの中央へ押しやった。
「へへへ……。それで何時間待ってから、すっぽかされたと気づいた?」
「その意味がわからん」
「あ? それじゃあ会えたのか……。なるほど、商売女の方だったか。それならまぁ当たりの方だな。良かったらどんな女だったか教えてくれよ。具合とか見た目とかよ。せっかくだから情報共有と——」
男は最後に「いこうぜ?」と言おうとしたが、それは敵わなかった。
「貴様! それはどういう意味だ! えりかさんを……商売女だっていうのか?!」
マッシュは立ち上がって男の襟首をつかみ上げていた。仮にも警備兵である。一般人くらいは楽に持ち上げてしまう。
「うぐっ?! ちょっ! くるし……なに……ムキになって……げふぉ! はなせ……頼む……!」
途端に酒場中の注目が集まり、酔っ払い共のヤジが飛ぶ。
マッシュは少しだけ冷静になって手を緩めた。だが離すまでは出来なかった。
「げふぉ! げふぉ! この馬鹿力野郎め! この掲示板じゃ普通なんだよ! 悪戯! 冷やかし! ドタキャン! ……そして売春もな!」
「違う! あれは……!」
「当ててやろうか? 待ち合わせ場所は……聖人像前か、冒険者ギルド向かいの喫茶店前のどっちかだ。そんで要求されたのは大銀貨2枚だったろ?! 相場よりだいぶ安いからな! 思わず買っちまったわけだ!」
「貴様ぁ!」
マッシュが男を床に放り出す。ギリギリで投げ飛ばさないだけの理性は残っていた。
「名前がな、癖があってなんとなくわかるのよ! きっと誰かが仕切ってるんだろうけど、ここのシステムを上手く利用したもんさ! あんたも恥じることはねえっての! それよりえりかだったか? あれ以来書き込みがねえんだよ。これからえりかを買う奴らの為に……」
「違う……」
マッシュは喉の奥から声を絞り出した。
「違うんだ……」
「へっ……何が違うっていうんだ?」
「彼女は……初めてだったんだぞ!!!!」
マッシュの叫びに酒場中が静まりかえった。
0
あなたにおすすめの小説
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ホームレスは転生したら7歳児!?気弱でコミュ障だった僕が、気づいたら異種族の王になっていました
たぬきち
ファンタジー
1部が12/6に完結して、2部に入ります。
「俺だけ不幸なこんな世界…認めない…認めないぞ!!」
どこにでもいる、さえないおじさん。特技なし。彼女いない。仕事ない。お金ない。外見も悪い。頭もよくない。とにかくなんにもない。そんな主人公、アレン・ロザークが死の間際に涙ながらに訴えたのが人生のやりなおしー。
彼は30年という短い生涯を閉じると、記憶を引き継いだままその意識は幼少期へ飛ばされた。
幼少期に戻ったアレンは前世の記憶と、飼い猫と喋れるオリジナルスキルを頼りに、不都合な未来、出来事を改変していく。
記憶にない事象、改変後に新たに発生したトラブルと戦いながら、2度目の人生での仲間らとアレンは新たな人生を歩んでいく。
新しい世界では『魔宝殿』と呼ばれるダンジョンがあり、前世の世界ではいなかった魔獣、魔族、亜人などが存在し、ただの日雇い店員だった前世とは違い、ダンジョンへ仲間たちと挑んでいきます。
この物語は、記憶を引き継ぎ幼少期にタイムリープした主人公アレンが、自分の人生を都合のいい方へ改変しながら、最低最悪な未来を避け、全く新しい人生を手に入れていきます。
主人公最強系の魔法やスキルはありません。あくまでも前世の記憶と経験を頼りにアレンにとって都合のいい人生を手に入れる物語です。
※ ネタバレのため、2部が完結したらまた少し書きます。タイトルも2部の始まりに合わせて変えました。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる