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第二章【入会されますか?】
第12話―「考えた事も無かった」
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「なぜだ……なぜまともな男がいないんだ……」
王宮騎士キシリッシュは早番の日に、夕方から酒場で酒を飲んでいた。
男性が出している掲示板を読み、その中から良さそうなものを選び、返信をするとびっくりするぐらい皆が彼女と会ってくれる。それは嬉しい事だ。
だが、そのほとんどが彼女の身体目当てだったのだからたまらない。男性不信に陥りそうだった。
中には会った途端「一晩いくらだ?」などと聞いてくる無礼千万な男もいた。もちろん制裁を加えておいた。
「え、えっと、元気を出してください、キシリッシュ様」
彼女の向かいに座っているのは、出会い掲示板ファインド・ラブの従業員コニータ・マドカンスキー16歳だった。
ファインド・ラブの大事な仕事の一つに、利用者の相談というものがある。普段キシリッシュの相手は転移者サイゾーなのだが、この日は彼にしか出来ない仕事が重なり、代理としていつまでたっても見習いであるコニータ、通称コニーにその仕事が割り振られた。
書類仕事の多いこの仕事において、致命的に執筆速度の遅い彼しか手が空いていなかったとも言う。
「元気だと? ふん。私は健康だけが取り柄の下らぬ女だからな。それすら無くなったら魅力が何も無くなると言いたいのか?」
どうも悪い酒になっているようで、普段から考えられないほどネガティブになっているキシリッシュに両手を振って否定するコニータ。
「ち、違いますよ! キシリッシュ様は……その……お美しいですし……」
「ふん。お世辞はもう少し上手く言うんだな。どもったら台無しだ。サイゾーくらいサラリと言って見ろ」
もちろんどもったのは、照れや恥ずかしさからきたものだが、彼女はそれを本心で無かったからだと判断した。
「そんな……親方みたいに何でもスラスラできませんよぅ……」
「まぁ……あいつはなぁ……」
「悪口ではないですけど、あの人ちょっとおかしいですよね……文字を書くスピードとか、入会しようとする人を見抜く目とか……」
「うむ。私も何度かここに来たが、奴の行動はちと異常だと思うぞ? いったいどこであんな知識を仕入れているのか……」
「あの人、本を読む速度も異常なんですよ。故郷じゃらのべとかいう英雄譚を一日一冊読んでたらしいですよ」
「法律にもやたらと詳しいしな。まぁ商会に関係のあることだけだろうが……。なかなか王都民に法律が広がらないのが現状だからな、良いことだとは思うのだが……何か釈然とせん」
「ああ……最初は一人で勉強していたらしいんですけどぉ、今はマルティナさんもいますから……」
「誰だ? それは?」
尋ねながらキシリッシュはワインをまた一杯頼んだ。酔いすぎである。
「えっと、よく黒板に文字を書いてる眼鏡の女の子です。弁護士希望なんですよあの子……」
「ほう、それは立派だな。今まであった男共に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいところだ」
「まぁ……彼女も大概ですよ……、親方に匹敵するスピードで読み書きしますもん。でも可愛いんだよなぁ……彼女……」
そこで顔を赤くするコニータ。
「……ふん」
キシリッシュは鼻を鳴らして、ワイングラスを空にしてさらに注文する。
「でも……今はキシリッシュさんの方が……」
「ん?」
「いや! 何でもないですよぉ!」
彼は惚れっぽいのであった。
「しかしあのサイゾーという男は何者なのだ? このシステムといい、会話術と良い、この世の者とは思えん時がある」
「あー、それわかります。あの人、読み書き出来るようになったのって、この二~三年らしいですよ」
「はぁあ?! なんだそれは? 奴は20前後だろ? そんな歳から覚えられるものか?」
「それどころか、この国の言葉を覚えたのもそのくらいだったとか」
「ぬう……恐ろしい奴だな……それであいつはあんなにモテているというわけか?」
サイゾーの回りには常に女の影がつきまとっている。B級冒険者のエルフや従業員、それにどうやら娼婦らしき人間もいる。
「本人はまったく気づいていないみたいですけどね。むかつくので教えませんけどぉ」
「それがいい」
クククと喉の奥でキシリッシュは笑った。どうやら少し機嫌が良くなってきたらしい。
コニータは告白するならここしか無い! と少年らしい間違った直感に従って、思い切って彼女に想いを伝えようと思った。
「あの……実はボク……キシリッシュ様の事が……」
「ん?」
「よう。待たせたなコニー。変わるぜ」
ひょいっと彼の背後から現れたのは、それまで話題の人物であった黒髪黒目の青年サイゾーであった。コニータは殺意を覚えた。
「待て、コニーが私に何か言いたいようなのだ」
「そうなのか?」
「い、いえ、全然大したことじゃ無いので……」
「そうか。じゃあ受付頼む」
「ふぁい……親方……」
「だから親方じゃねーっつうの」
なぜかがっくりと両肩を落としてカウンターに入るコニータの後ろ姿を、不思議そうに見ていたが、すぐに気持ちを切り替えて、サイゾーは席についた。
「そんで、相談事は進んだのか?」
「ああ……いや、雑談になってしまった」
キシリッシュはやや申し訳なさそうに言った。
「なに、そういう事もあるさ。じゃあ改めて相談に乗るぜ?」
サイゾーの催促に、彼女は身体目当ての男性としか出会えない、今は贅沢は言わないから普通の友達が欲しいと語った。
「なるほど……どうもキシリッシュさんは掲示板を見抜く目がちょいと足りないらしいな」
「……それは馬鹿にしているのか?」
「違うって、掲示板で良い相手を見つけるにはかなりコツがあるんだよ。まぁこのまま何度もチャレンジしてコツを見つけるのも手だが……あんたには合ってないと思うぞ?」
「ではどうすればいい?」
「今度は掲示板に出してみたらどうだ?」
キシリッシュは雷に打たれたようにその場で固まった。
「考えた事も無かった……」
一つ決めたら一直線。それが通称堅物姫騎士リッシュの所以であった。
王宮騎士キシリッシュは早番の日に、夕方から酒場で酒を飲んでいた。
男性が出している掲示板を読み、その中から良さそうなものを選び、返信をするとびっくりするぐらい皆が彼女と会ってくれる。それは嬉しい事だ。
だが、そのほとんどが彼女の身体目当てだったのだからたまらない。男性不信に陥りそうだった。
中には会った途端「一晩いくらだ?」などと聞いてくる無礼千万な男もいた。もちろん制裁を加えておいた。
「え、えっと、元気を出してください、キシリッシュ様」
彼女の向かいに座っているのは、出会い掲示板ファインド・ラブの従業員コニータ・マドカンスキー16歳だった。
ファインド・ラブの大事な仕事の一つに、利用者の相談というものがある。普段キシリッシュの相手は転移者サイゾーなのだが、この日は彼にしか出来ない仕事が重なり、代理としていつまでたっても見習いであるコニータ、通称コニーにその仕事が割り振られた。
書類仕事の多いこの仕事において、致命的に執筆速度の遅い彼しか手が空いていなかったとも言う。
「元気だと? ふん。私は健康だけが取り柄の下らぬ女だからな。それすら無くなったら魅力が何も無くなると言いたいのか?」
どうも悪い酒になっているようで、普段から考えられないほどネガティブになっているキシリッシュに両手を振って否定するコニータ。
「ち、違いますよ! キシリッシュ様は……その……お美しいですし……」
「ふん。お世辞はもう少し上手く言うんだな。どもったら台無しだ。サイゾーくらいサラリと言って見ろ」
もちろんどもったのは、照れや恥ずかしさからきたものだが、彼女はそれを本心で無かったからだと判断した。
「そんな……親方みたいに何でもスラスラできませんよぅ……」
「まぁ……あいつはなぁ……」
「悪口ではないですけど、あの人ちょっとおかしいですよね……文字を書くスピードとか、入会しようとする人を見抜く目とか……」
「うむ。私も何度かここに来たが、奴の行動はちと異常だと思うぞ? いったいどこであんな知識を仕入れているのか……」
「あの人、本を読む速度も異常なんですよ。故郷じゃらのべとかいう英雄譚を一日一冊読んでたらしいですよ」
「法律にもやたらと詳しいしな。まぁ商会に関係のあることだけだろうが……。なかなか王都民に法律が広がらないのが現状だからな、良いことだとは思うのだが……何か釈然とせん」
「ああ……最初は一人で勉強していたらしいんですけどぉ、今はマルティナさんもいますから……」
「誰だ? それは?」
尋ねながらキシリッシュはワインをまた一杯頼んだ。酔いすぎである。
「えっと、よく黒板に文字を書いてる眼鏡の女の子です。弁護士希望なんですよあの子……」
「ほう、それは立派だな。今まであった男共に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいところだ」
「まぁ……彼女も大概ですよ……、親方に匹敵するスピードで読み書きしますもん。でも可愛いんだよなぁ……彼女……」
そこで顔を赤くするコニータ。
「……ふん」
キシリッシュは鼻を鳴らして、ワイングラスを空にしてさらに注文する。
「でも……今はキシリッシュさんの方が……」
「ん?」
「いや! 何でもないですよぉ!」
彼は惚れっぽいのであった。
「しかしあのサイゾーという男は何者なのだ? このシステムといい、会話術と良い、この世の者とは思えん時がある」
「あー、それわかります。あの人、読み書き出来るようになったのって、この二~三年らしいですよ」
「はぁあ?! なんだそれは? 奴は20前後だろ? そんな歳から覚えられるものか?」
「それどころか、この国の言葉を覚えたのもそのくらいだったとか」
「ぬう……恐ろしい奴だな……それであいつはあんなにモテているというわけか?」
サイゾーの回りには常に女の影がつきまとっている。B級冒険者のエルフや従業員、それにどうやら娼婦らしき人間もいる。
「本人はまったく気づいていないみたいですけどね。むかつくので教えませんけどぉ」
「それがいい」
クククと喉の奥でキシリッシュは笑った。どうやら少し機嫌が良くなってきたらしい。
コニータは告白するならここしか無い! と少年らしい間違った直感に従って、思い切って彼女に想いを伝えようと思った。
「あの……実はボク……キシリッシュ様の事が……」
「ん?」
「よう。待たせたなコニー。変わるぜ」
ひょいっと彼の背後から現れたのは、それまで話題の人物であった黒髪黒目の青年サイゾーであった。コニータは殺意を覚えた。
「待て、コニーが私に何か言いたいようなのだ」
「そうなのか?」
「い、いえ、全然大したことじゃ無いので……」
「そうか。じゃあ受付頼む」
「ふぁい……親方……」
「だから親方じゃねーっつうの」
なぜかがっくりと両肩を落としてカウンターに入るコニータの後ろ姿を、不思議そうに見ていたが、すぐに気持ちを切り替えて、サイゾーは席についた。
「そんで、相談事は進んだのか?」
「ああ……いや、雑談になってしまった」
キシリッシュはやや申し訳なさそうに言った。
「なに、そういう事もあるさ。じゃあ改めて相談に乗るぜ?」
サイゾーの催促に、彼女は身体目当ての男性としか出会えない、今は贅沢は言わないから普通の友達が欲しいと語った。
「なるほど……どうもキシリッシュさんは掲示板を見抜く目がちょいと足りないらしいな」
「……それは馬鹿にしているのか?」
「違うって、掲示板で良い相手を見つけるにはかなりコツがあるんだよ。まぁこのまま何度もチャレンジしてコツを見つけるのも手だが……あんたには合ってないと思うぞ?」
「ではどうすればいい?」
「今度は掲示板に出してみたらどうだ?」
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「考えた事も無かった……」
一つ決めたら一直線。それが通称堅物姫騎士リッシュの所以であった。
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