偽りの星灯火(ほしともしび)

永倉圭夏

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球技大会-奇跡の試合

第20話 希美代さん、それ間違いなく恫喝です

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 シリルの手の甲に浮き上がった通信コードをリストターミナルで読み込んだ希美代はそのまま審判のもとへぱたぱたと向かい、そこへシリルを手で招き寄せる。ポケットからオレンジ色をした涙滴るいてき型のものを取り出す。

「はいこれが矢木澤さんのヒューマンモードのトークン。これのこことここを押すと矢木澤さんは世間一般の高校生と何ら変わらなくなる。いい? 良かったら今使う?」
「いやちょっと待って、私矢木澤さんを入れていいとは言っていませんけど……」
 AB組の審判は困惑したように気弱な声で訴える。

「じゃ、このまま不成立試合?」
「え、えーと」

 希美代の眉間に深いしわが刻まれ目の端がきりきりと吊り上がっていく。それに睨まれた審判の目はますます怯えた表情になる。

「矢木澤さんの参加を認めれば試合はできます。もし彼女の参加を認めなければ試合は不成立になります。審判はどちらを選びますか? チーム全員がここで試合をしたいと強く願っています。ここで今までの練習の成果を発揮する事を切望しています。みんながここで栄光を追い求めたいのです。その生徒たちの心情を無視するのですか審判? ……審判ッ! 判断して下さい! ここで! 今! みんな待っているんです! 審判の判断をっ! そして不成立試合の裁定でこのチーム全員の純粋な思いを無下にするのですかっ!」

「え、えぇと… いや、ふ、不成立とまでは…」

 これはさすがにやり過ぎではなかろうか。シリルでさえ少しはらはらしてきた。それに気弱で見るからに決断力のなさそうな審判がいささか不憫だ。今だって青ざめて助けを求めるかようにおろおろと周囲を見回している。希美代は完全に悪役でクレーマー化して見える。それとシリルに向けられたみんなの視線が痛い。無論これはシリルにとって気分の良い視線ではない。

 本来なら審判の裁定の一言で済ませばよい話だが、希美代の剣幕にすっかり委縮してしまった審判。それでもなけなしの勇気を振り絞って抗弁した。
「や、やはり当校の生徒、でないと……ね いや矢木澤さんが生徒ではないというのではなくてね……」
「昨日のバスケでは和多田先生が参加したそうですよ。助っ人だーっとか言って。和多田先生は教諭で生徒じゃないですよね」
「うっ! そっ、それは……」
 希美代の指摘に動揺を隠せない審判。実はこういった事はかねてより多くあり、不公平だと生徒たちからの苦情も多い。
「そのチームに罰則を与えるようと言うのでしたら私も考えを改めてもいいと思いますが」
「う、うう、それは今すぐにとは……」

「それと、委員長みたいに、人間がーとか、機械がーとか言い出さないで下さいよ。今ここで行われるのは一丸となったチーム全体の技量を競い合うものなんですから。人間と機械の違いを比較したり優劣をつけたりするのがこの試合の主旨じゃないですよね」

 少し穏やかな声で、しかしシリルには猫なで声に思える声で気弱で決断力のない審判に語りかける。

「そ、それはまあ確かに……」

「ですよね!」

「はっ!」

 うっかりした発言に審判が息を呑んでももう希美代は止められない。これで審判は希美代に同意したものとして好きにされてしまうだろう。うな垂れる審判に満面の笑顔を浮かべる希美代。

「審判が問題ありと認めたら、試合後にでもどうぞ。あとあと運営委員会で協議すれば答えが出るでしょうから。じゃああらためて矢木澤さんを入れたラインアップシートを提出しますね審判」
 すっかり疲れた審判はこれ以上の会話を望まず、肩を落としたまま受け取ったラインアップシートをあらためもせず補助員に手渡すと、ホイッスルを吹いてキャプテンを呼んだ。

 審判に無言でトークンを渡す希美代。審判は双方のキャプテンと希美代を交えよく見えるようにかざしながらトークンのボタンを押す。

 シリルの身体に異変が起こる。何から何までが重くなる。手足の動作が鈍い。視力も視界も聴力も明らかに低下し、体育館に充満する建材の臭いさえ感じなくなった。思考も低下し脳機能にカーテンがかかったようだ。一瞬、人間のめまいにも似た感覚を覚える。

「どう? ちゃんと効果ある?」
 またさっきと同じ、どこかシリルを気遣うような顔の希美代の方を向き、戸惑いを隠せない表情になるシリル

「これは…… あらゆる機能がすっかり低下して…… 身体も重いですし上手く動きません。ここまでとは…… こんな状態で私はプレーできるんでしょうか」
「いいのよ、それで。ああそうだ、私言うの忘れてたけど、アンドロイドって嘘を吐けないの。だからヒューマンモードは確かに起動しています」

 EF組のキャプテンとGH組のキャプテンである坂田はなるほどと納得する表情を見せていたが、審判はオレンジ色のトークンを不思議そうにいじり回すばかりだった。一方のシリルはそのような言い方で自分の気質や性質を言われる事に嫌悪を覚えた。

「それと今の矢木澤さんの能力と感覚は平均化すると高校生の標準より少し低いの。ただ能力や感覚にムラがあって、高いものと低いものがある。その偏りは本人にもわからないんだけれどね」

「なるほど」
「ふん」

 二人のキャプテンは分かったような分からないような生返事をする。何しろアンドロイドなんて今まで一度見たことがあるかどうか、といった存在なので二人とも今一つピンと来ないのだ。

 希美代たちの集団から審判が離れホイッスルを鳴らす。
「十分前のウォームアップです。EF組から」

 このまま試合がつつがなく開始されると見た希美代は小さなため息を吐いて二階観戦席へと向かう。この一戦は自分の目で見届けなくては。

 コートではEF組のキャプテンが坂田に手を差し出す。
「よろしく。頑張りましょう」
「ええ、よろしく。頑張りましょう」
 相手キャプテンと坂田智代が握手を交わし、自陣へ戻っていった。
 試合が始まろうとしても、わざわざシリルに声かけるような生徒はいない。

 シリルは一人持ち場で構えて考えていた。希美代は何かを知っていて何かを隠していると。それが何なのかはわからない。だがその何かが今回の取引に関係している。だから、と言うには根拠は薄弱だが、だから彼女はきっとこの取引は反故ほごにはしない可能性が高い。少なくとも今回ばかりは。シリルはそんな気がした。
 それに希美代が取引を破るにしても、それ以前にシリルがこの試合に勝たなくてはならない。その後のことはその後考えよう。

 だからきっと勝とう。誰一人として味方のいないこのコートで。シリルは拳に力を入れてそう決意する。

 試合開始のホイッスルが鳴った。
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