20 / 100
球技大会-奇跡の試合
第20話 希美代さん、それ間違いなく恫喝です
しおりを挟む
シリルの手の甲に浮き上がった通信コードをリストターミナルで読み込んだ希美代はそのまま審判のもとへぱたぱたと向かい、そこへシリルを手で招き寄せる。ポケットからオレンジ色をした涙滴型のものを取り出す。
「はいこれが矢木澤さんのヒューマンモードのトークン。これのこことここを押すと矢木澤さんは世間一般の高校生と何ら変わらなくなる。いい? 良かったら今使う?」
「いやちょっと待って、私矢木澤さんを入れていいとは言っていませんけど……」
AB組の審判は困惑したように気弱な声で訴える。
「じゃ、このまま不成立試合?」
「え、えーと」
希美代の眉間に深いしわが刻まれ目の端がきりきりと吊り上がっていく。それに睨まれた審判の目はますます怯えた表情になる。
「矢木澤さんの参加を認めれば試合はできます。もし彼女の参加を認めなければ試合は不成立になります。審判はどちらを選びますか? チーム全員がここで試合をしたいと強く願っています。ここで今までの練習の成果を発揮する事を切望しています。みんながここで栄光を追い求めたいのです。その生徒たちの心情を無視するのですか審判? ……審判ッ! 判断して下さい! ここで! 今! みんな待っているんです! 審判の判断をっ! そして不成立試合の裁定でこのチーム全員の純粋な思いを無下にするのですかっ!」
「え、えぇと… いや、ふ、不成立とまでは…」
これはさすがにやり過ぎではなかろうか。シリルでさえ少しはらはらしてきた。それに気弱で見るからに決断力のなさそうな審判がいささか不憫だ。今だって青ざめて助けを求めるかようにおろおろと周囲を見回している。希美代は完全に悪役でクレーマー化して見える。それとシリルに向けられたみんなの視線が痛い。無論これはシリルにとって気分の良い視線ではない。
本来なら審判の裁定の一言で済ませばよい話だが、希美代の剣幕にすっかり委縮してしまった審判。それでもなけなしの勇気を振り絞って抗弁した。
「や、やはり当校の生徒、でないと……ね いや矢木澤さんが生徒ではないというのではなくてね……」
「昨日のバスケでは和多田先生が参加したそうですよ。助っ人だーっとか言って。和多田先生は教諭で生徒じゃないですよね」
「うっ! そっ、それは……」
希美代の指摘に動揺を隠せない審判。実はこういった事はかねてより多くあり、不公平だと生徒たちからの苦情も多い。
「そのチームに罰則を与えるようと言うのでしたら私も考えを改めてもいいと思いますが」
「う、うう、それは今すぐにとは……」
「それと、委員長みたいに、人間がーとか、機械がーとか言い出さないで下さいよ。今ここで行われるのは一丸となったチーム全体の技量を競い合うものなんですから。人間と機械の違いを比較したり優劣をつけたりするのがこの試合の主旨じゃないですよね」
少し穏やかな声で、しかしシリルには猫なで声に思える声で気弱で決断力のない審判に語りかける。
「そ、それはまあ確かに……」
「ですよね!」
「はっ!」
うっかりした発言に審判が息を呑んでももう希美代は止められない。これで審判は希美代に同意したものとして好きにされてしまうだろう。うな垂れる審判に満面の笑顔を浮かべる希美代。
「審判が問題ありと認めたら、試合後にでもどうぞ。あとあと運営委員会で協議すれば答えが出るでしょうから。じゃああらためて矢木澤さんを入れたラインアップシートを提出しますね審判」
すっかり疲れた審判はこれ以上の会話を望まず、肩を落としたまま受け取ったラインアップシートを検めもせず補助員に手渡すと、ホイッスルを吹いてキャプテンを呼んだ。
審判に無言でトークンを渡す希美代。審判は双方のキャプテンと希美代を交えよく見えるようにかざしながらトークンのボタンを押す。
シリルの身体に異変が起こる。何から何までが重くなる。手足の動作が鈍い。視力も視界も聴力も明らかに低下し、体育館に充満する建材の臭いさえ感じなくなった。思考も低下し脳機能にカーテンがかかったようだ。一瞬、人間のめまいにも似た感覚を覚える。
「どう? ちゃんと効果ある?」
またさっきと同じ、どこかシリルを気遣うような顔の希美代の方を向き、戸惑いを隠せない表情になるシリル
「これは…… あらゆる機能がすっかり低下して…… 身体も重いですし上手く動きません。ここまでとは…… こんな状態で私はプレーできるんでしょうか」
「いいのよ、それで。ああそうだ、私言うの忘れてたけど、アンドロイドって嘘を吐けないの。だからヒューマンモードは確かに起動しています」
EF組のキャプテンとGH組のキャプテンである坂田はなるほどと納得する表情を見せていたが、審判はオレンジ色のトークンを不思議そうに弄り回すばかりだった。一方のシリルはそのような言い方で自分の気質や性質を言われる事に嫌悪を覚えた。
「それと今の矢木澤さんの能力と感覚は平均化すると高校生の標準より少し低いの。ただ能力や感覚にムラがあって、高いものと低いものがある。その偏りは本人にもわからないんだけれどね」
「なるほど」
「ふん」
二人のキャプテンは分かったような分からないような生返事をする。何しろアンドロイドなんて今まで一度見たことがあるかどうか、といった存在なので二人とも今一つピンと来ないのだ。
希美代たちの集団から審判が離れホイッスルを鳴らす。
「十分前のウォームアップです。EF組から」
このまま試合がつつがなく開始されると見た希美代は小さなため息を吐いて二階観戦席へと向かう。この一戦は自分の目で見届けなくては。
コートではEF組のキャプテンが坂田に手を差し出す。
「よろしく。頑張りましょう」
「ええ、よろしく。頑張りましょう」
相手キャプテンと坂田智代が握手を交わし、自陣へ戻っていった。
試合が始まろうとしても、わざわざシリルに声かけるような生徒はいない。
シリルは一人持ち場で構えて考えていた。希美代は何かを知っていて何かを隠していると。それが何なのかはわからない。だがその何かが今回の取引に関係している。だから、と言うには根拠は薄弱だが、だから彼女はきっとこの取引は反故にはしない可能性が高い。少なくとも今回ばかりは。シリルはそんな気がした。
それに希美代が取引を破るにしても、それ以前にシリルがこの試合に勝たなくてはならない。その後のことはその後考えよう。
だからきっと勝とう。誰一人として味方のいないこのコートで。シリルは拳に力を入れてそう決意する。
試合開始のホイッスルが鳴った。
「はいこれが矢木澤さんのヒューマンモードのトークン。これのこことここを押すと矢木澤さんは世間一般の高校生と何ら変わらなくなる。いい? 良かったら今使う?」
「いやちょっと待って、私矢木澤さんを入れていいとは言っていませんけど……」
AB組の審判は困惑したように気弱な声で訴える。
「じゃ、このまま不成立試合?」
「え、えーと」
希美代の眉間に深いしわが刻まれ目の端がきりきりと吊り上がっていく。それに睨まれた審判の目はますます怯えた表情になる。
「矢木澤さんの参加を認めれば試合はできます。もし彼女の参加を認めなければ試合は不成立になります。審判はどちらを選びますか? チーム全員がここで試合をしたいと強く願っています。ここで今までの練習の成果を発揮する事を切望しています。みんながここで栄光を追い求めたいのです。その生徒たちの心情を無視するのですか審判? ……審判ッ! 判断して下さい! ここで! 今! みんな待っているんです! 審判の判断をっ! そして不成立試合の裁定でこのチーム全員の純粋な思いを無下にするのですかっ!」
「え、えぇと… いや、ふ、不成立とまでは…」
これはさすがにやり過ぎではなかろうか。シリルでさえ少しはらはらしてきた。それに気弱で見るからに決断力のなさそうな審判がいささか不憫だ。今だって青ざめて助けを求めるかようにおろおろと周囲を見回している。希美代は完全に悪役でクレーマー化して見える。それとシリルに向けられたみんなの視線が痛い。無論これはシリルにとって気分の良い視線ではない。
本来なら審判の裁定の一言で済ませばよい話だが、希美代の剣幕にすっかり委縮してしまった審判。それでもなけなしの勇気を振り絞って抗弁した。
「や、やはり当校の生徒、でないと……ね いや矢木澤さんが生徒ではないというのではなくてね……」
「昨日のバスケでは和多田先生が参加したそうですよ。助っ人だーっとか言って。和多田先生は教諭で生徒じゃないですよね」
「うっ! そっ、それは……」
希美代の指摘に動揺を隠せない審判。実はこういった事はかねてより多くあり、不公平だと生徒たちからの苦情も多い。
「そのチームに罰則を与えるようと言うのでしたら私も考えを改めてもいいと思いますが」
「う、うう、それは今すぐにとは……」
「それと、委員長みたいに、人間がーとか、機械がーとか言い出さないで下さいよ。今ここで行われるのは一丸となったチーム全体の技量を競い合うものなんですから。人間と機械の違いを比較したり優劣をつけたりするのがこの試合の主旨じゃないですよね」
少し穏やかな声で、しかしシリルには猫なで声に思える声で気弱で決断力のない審判に語りかける。
「そ、それはまあ確かに……」
「ですよね!」
「はっ!」
うっかりした発言に審判が息を呑んでももう希美代は止められない。これで審判は希美代に同意したものとして好きにされてしまうだろう。うな垂れる審判に満面の笑顔を浮かべる希美代。
「審判が問題ありと認めたら、試合後にでもどうぞ。あとあと運営委員会で協議すれば答えが出るでしょうから。じゃああらためて矢木澤さんを入れたラインアップシートを提出しますね審判」
すっかり疲れた審判はこれ以上の会話を望まず、肩を落としたまま受け取ったラインアップシートを検めもせず補助員に手渡すと、ホイッスルを吹いてキャプテンを呼んだ。
審判に無言でトークンを渡す希美代。審判は双方のキャプテンと希美代を交えよく見えるようにかざしながらトークンのボタンを押す。
シリルの身体に異変が起こる。何から何までが重くなる。手足の動作が鈍い。視力も視界も聴力も明らかに低下し、体育館に充満する建材の臭いさえ感じなくなった。思考も低下し脳機能にカーテンがかかったようだ。一瞬、人間のめまいにも似た感覚を覚える。
「どう? ちゃんと効果ある?」
またさっきと同じ、どこかシリルを気遣うような顔の希美代の方を向き、戸惑いを隠せない表情になるシリル
「これは…… あらゆる機能がすっかり低下して…… 身体も重いですし上手く動きません。ここまでとは…… こんな状態で私はプレーできるんでしょうか」
「いいのよ、それで。ああそうだ、私言うの忘れてたけど、アンドロイドって嘘を吐けないの。だからヒューマンモードは確かに起動しています」
EF組のキャプテンとGH組のキャプテンである坂田はなるほどと納得する表情を見せていたが、審判はオレンジ色のトークンを不思議そうに弄り回すばかりだった。一方のシリルはそのような言い方で自分の気質や性質を言われる事に嫌悪を覚えた。
「それと今の矢木澤さんの能力と感覚は平均化すると高校生の標準より少し低いの。ただ能力や感覚にムラがあって、高いものと低いものがある。その偏りは本人にもわからないんだけれどね」
「なるほど」
「ふん」
二人のキャプテンは分かったような分からないような生返事をする。何しろアンドロイドなんて今まで一度見たことがあるかどうか、といった存在なので二人とも今一つピンと来ないのだ。
希美代たちの集団から審判が離れホイッスルを鳴らす。
「十分前のウォームアップです。EF組から」
このまま試合がつつがなく開始されると見た希美代は小さなため息を吐いて二階観戦席へと向かう。この一戦は自分の目で見届けなくては。
コートではEF組のキャプテンが坂田に手を差し出す。
「よろしく。頑張りましょう」
「ええ、よろしく。頑張りましょう」
相手キャプテンと坂田智代が握手を交わし、自陣へ戻っていった。
試合が始まろうとしても、わざわざシリルに声かけるような生徒はいない。
シリルは一人持ち場で構えて考えていた。希美代は何かを知っていて何かを隠していると。それが何なのかはわからない。だがその何かが今回の取引に関係している。だから、と言うには根拠は薄弱だが、だから彼女はきっとこの取引は反故にはしない可能性が高い。少なくとも今回ばかりは。シリルはそんな気がした。
それに希美代が取引を破るにしても、それ以前にシリルがこの試合に勝たなくてはならない。その後のことはその後考えよう。
だからきっと勝とう。誰一人として味方のいないこのコートで。シリルは拳に力を入れてそう決意する。
試合開始のホイッスルが鳴った。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる