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球技大会-奇跡の試合
第24話 熱戦の行方
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このラリーを制したのを機に彼女たちは次第に全員プレーを楽しみ始める。一方でシリルは身体の自由がどんどんきかなくなってきていた。それが人間で言うところの疲労だとは知らずに。
それでも身体が動くのは、さっきまでの希美代との取引を理由とする思いからではない。今まで経験した事のない勝利の味を知りたくなったから。そしてこの試合を少しでも長く楽しみたいから。人間とは違い汗ひとつかかないながらも、その表情は今までとは少し違う、アンドロイドらしからぬ熱意にあふれたものだった。
自分でも意外な事に希美代はこの試合に熱中し始めていた。疲労をものともせず、およそアンドロイドとは思えぬシリルの情熱。そして技術を向上させようとするひた向きさにも胸を打たれた。
希美代は確信した。シリルには心があると。アンドロイドにも心が生まれると。そう思うと希美代の中に言い知れぬ喜びが湧き上がってくる。その興奮とは裏腹に、自分のやっている事がますます後ろめたく、申し訳ない気がしてきていた。その後ろめたさの象徴、汗をかいた右手の中でもてあそんでいたものを、少しでも右手の側にいる伊緒《いお》から遠ざけてしまいたかった。ほんの1cmでも。そっと右手をジャージのポケットからそれを出す。汗に濡れたそれを素早く左手に持ち替え、左手のポケットに突っ込もうとした。
「あの、すいません」
右側から希美代の知らない生徒の声がする。席を詰めて欲しかったようだ。
「あっ、はい、すいません」
それに応えて伊緒が希美代の方へ席をひとつ詰める。伊緒と希美代の身体が軽くぶつかり、小さな黒いプレートのようなものが希美代の右手から落ちる。小さな乾いた音がする。
「あ、ごめん」
伊緒は謝ったものの、希美代は何も言わずひったくるようにして、その黒くて小さいものを拾うと、左ポケットにしまった。
シリルだけでなくGH組の選手全員に大きな変化が生まれていた。バレー経験者が少ないながらも、全員でしつこく拾うようになってきたのだ。長いラリーが続いてもむしろそれを楽しむような気持ちさえGH組には生まれてきていた。当初は余裕を持っていたはずのEF組の焦りが更にその流れを加速する。
みるみるうちにプレー勘を習得しつつあるシリルにボールが回る機会も増えた。5点、6点と連続得点を重ねる。そのうちコートの全員は勝つ事しか考えなくなっていた。
そこにはシリルが何ものであるのかなどという問いは存在しなかった。
経験者の吉井が未経験者の三城になるべく優しくボールを渡す。
「みっきー上げてっ」
三城が仰け反りながらも辛うじてトスを上げる。ボールはEF組がブロックしようとマークしていた坂田へではなく、反対側のシリルを目指してふわふわと飛んでいく
「矢木澤さんっ」
ボールは高い上に右に逸れるが、シリルはそれを追ってジャンプ。形通りのアタックとはいい難いとは言え、とにかくボールを打ってオンラインにボールは落ちた。
「よしっ!」
「やった!」
吉井と三城が思わず声を上げる。
シリルはこの試合で始めて照れ混じりの笑顔を浮かべる。
「ナイスカット、ナイストス」
シリルが口に手を当てて二人に声をかけると、やはり二人もどこかはにかんだように微笑んだ。
「ナイスキル」
後ろからの声に振り向くと、意外なことに囮を演じた坂田も笑顔を浮かべていた。
「もう少しだから頑張って。よろしく」
「ええ、こちらこそよろしく。頑張ります」
まるで人間のチームメイトであるかのようにシリルの背中を軽く叩いた坂田は、その感触が人間と全く同じであることに少し驚いた。
これで24-21。試合は大きく動こうとしていた。
ここで試合の成り行きを面白がった希美代が、そばにあったトラメガを引っ掴んだ。そして優勝したら控えを含めた選手全員に焼き肉をおごると叫ぶ。これでシリル以外の選手たちは大いに奮起する。結果、驚くべきことに24-13から26-28でGH組は優勝した。
勝利の瞬間全員が駆け寄りお互いを労う。
そこにいる五人の人間全員はシリルが機械であることを忘れていた。シリルも初めてのスポーツと、そのあまりに劇的な勝利に興奮した。求められるままにはにかんだ笑顔でハイタッチをする。希美代が浮かない顔の審判からトークンを取り戻しシリルをノーマルモードに戻す。自身の変化に気付いたシリルは背後の希美代の方を向いた。シリルの表情から笑顔が消える。
「荻嶋さん」
「私の代役には程遠かったけど、よくやったわね。ありがとう」
いつも通りの少し不敵で機嫌の悪そうな表情の希美代は、それでもなんだかちょっぴり嬉しそうに見えた。
その言葉を聞いたシリルは照れくさそうな、安堵したような、そしてどこか満ち足りたような表情を見せた。
希美代の周りに人間のチームメイトが集まる。
「荻嶋」
「きみちゃん」
「坂田も吉井もすごかったじゃない」
「まあね」
「それより荻嶋さ」
「うん、今日の放課後H組前に集合。食べ放題飲み放題にするから。もちろんちゃんとしたところ」
「やったー」
「今日はお昼抜こ」
「放課後待ち遠しすぎるー」
「デザートバーのあるところがいいな」
「さっすがお嬢気前いいよねー」
コートから離れ賑やかに語らいながら荷物置き場へ向かう選手たちとは逆方向に、一人体育館を出ようとするシリル。いつの間にか伊緒がその隣にいた。笑顔を交す二人。そんなシリルを見た希美代が後ろから声をかける。
「あなたは来ないの?」
振り向いたシリルは少し寂しそうで困ったような笑顔で答える。
「私は基本的に食事はしません。それに私がいたらお邪魔ですから」
少し意地の悪そうな笑みを浮かべる希美代。
「そう? 彼女たちはそう思ってないみたいだけど」
希美代が視線を送った先には足を負傷している控えを含め6人の少女たちがシリルに向かって笑顔を見せていた。手を振る者すらいる。
「……」
自分が人間達から受け入れられたことに文字通り胸を打たれたシリル。思わず口を両手で覆い、あまりの事に言葉が出ない。
「たまにはこういうことがあってもいいんじゃない?」
「行ってきなよ。きっと楽しいよ」
希美代と伊緒の微笑みがシリルの背中を押す。
「でも私一人でなんて……」
不安げなシリル。伊緒に助けを求めるような眼差しを送る。伊緒は少し悪戯っぽい目をした。
「ああ、あたしはハンドボールの優勝祝賀会があるんだ。さすがに焼き肉食べ放題じゃないけどね」
「島谷さんがいなくても、私がフォローできることがあればするから。ね」
「それなら行ってみようかしら。伊緒、ごめんね」
「全然。いいんだよ。それより楽しんで来てね。そうだ、このあと一緒に他の試合見て回ろう」
「ええ、じゃあ私向こうの人たちとちょっと話してくるわね」
シリルは小走りで六人の選手の輪に向かった。
「ねえ、荻嶋さんはどうするのこれから」
伊緒が希美代の顔を覗き込んで問う。
「一人でフラフラしてる。特にやる事もないから。他の学年や男子のバレーも見ておきたいし」
「じゃあその前にお昼一緒にしよう。シリルと三人で」
「肝心の彼女が嫌がるんじゃない?」
伊緒は実のところ、先ほどからはっきりしない胸のざわめきがなぜか止まらなかった。それを内心に押し込めながら、いつも通りの開けっ広げな笑顔を見せ楽しそうに希美代に語りかける。
「全然大丈夫だよ。それに」
何が言いたいのか、希美代は伊緒の次の言葉を少し不機嫌な顔で待った。
「それに、同志なんでしょ。あたし達」
希美代はふと苦笑するような顔になり、言葉も少し穏やかになった。
「確かにそうね。じゃああなたたちがいつもいるとこ。あそこに行くから」
「うん」
そうは言ったものの伊緒は、何か心の奥でざわざわと鳴る不穏なざわめきが渦巻いていた。その不穏な音の原因が何なのか見当もつかぬまま、胸に手を当てて伊緒は一人不安を胸に立ち尽くしていた。
何かがおかしい。それはもしかすると希美代に、そしてシリルに関係することのように思える。だが伊緒は人を疑うことがあまり好きではない。頭を振ってその予感を追い払った。
その後ろでは、号泣しそうになるのを必死に堪える由花が大きなタオルをかぶり、チームメイトらに抱えられるようにして体育館を出て行く姿があった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
試合後すぐに昼休みになり、三人は校庭の第二美術室前で一緒に昼食をとっていた。
「ねえ、すごいわね矢木澤さん。あなたの機能には本当に驚かされた」
黒トリュフの乗った熱々のハンバーグを食べながら嬉しそうに話す希美代。体育館よりは涼しいが、風があったので希美代はジャージの上着を畳んで膝の上にかけている。その体格には不似合いなほどの大きさのお弁当箱を膝に置いていた。真四角のお弁当箱にはヒーターがあり、それで料理を加熱、保温できる高級お弁当箱だ。
「ありがとうございます」
一人興奮気味に話す希美代に内心辟易しながらも丁寧に言葉を返すシリル。シリルは食事を摂らないので、伊緒の隣に静かに座っているだけだ。
そして伊緒は何か考えごとにふけっている。心ここにあらずと言った体で明らかに食が進んでいない。先ほどからの予感が消えない。
やはり何かがおかしい。その何かが何なのか伊緒は気になって仕方がなかった。
「大苦戦したものの劇的勝利を挙げたんじゃない。もっと胸を張ってもいいの」
「はい」
微かな作り笑いで答えるシリルに対し、希美代は一人上機嫌で一方的にしゃべり続ける。
「心配しないで。私は約束を守るから。あなたたちの事は私の胸にそっとしまっておく。永久にね」
「ありがとうございます」
永久という言葉を軽々しく口にする希美代がシリルには信用ならなかった。しかしここはもう希美代を信じるしかない。シリルの気分も沈みがちだった。
「……」
一方、伊緒には希美代の言葉は聞こえてはいても届いてはいないようだった。真剣な表情で頭を巡らす伊緒の中で、次第に何かが見え始め形になろうとしていた。
それでも身体が動くのは、さっきまでの希美代との取引を理由とする思いからではない。今まで経験した事のない勝利の味を知りたくなったから。そしてこの試合を少しでも長く楽しみたいから。人間とは違い汗ひとつかかないながらも、その表情は今までとは少し違う、アンドロイドらしからぬ熱意にあふれたものだった。
自分でも意外な事に希美代はこの試合に熱中し始めていた。疲労をものともせず、およそアンドロイドとは思えぬシリルの情熱。そして技術を向上させようとするひた向きさにも胸を打たれた。
希美代は確信した。シリルには心があると。アンドロイドにも心が生まれると。そう思うと希美代の中に言い知れぬ喜びが湧き上がってくる。その興奮とは裏腹に、自分のやっている事がますます後ろめたく、申し訳ない気がしてきていた。その後ろめたさの象徴、汗をかいた右手の中でもてあそんでいたものを、少しでも右手の側にいる伊緒《いお》から遠ざけてしまいたかった。ほんの1cmでも。そっと右手をジャージのポケットからそれを出す。汗に濡れたそれを素早く左手に持ち替え、左手のポケットに突っ込もうとした。
「あの、すいません」
右側から希美代の知らない生徒の声がする。席を詰めて欲しかったようだ。
「あっ、はい、すいません」
それに応えて伊緒が希美代の方へ席をひとつ詰める。伊緒と希美代の身体が軽くぶつかり、小さな黒いプレートのようなものが希美代の右手から落ちる。小さな乾いた音がする。
「あ、ごめん」
伊緒は謝ったものの、希美代は何も言わずひったくるようにして、その黒くて小さいものを拾うと、左ポケットにしまった。
シリルだけでなくGH組の選手全員に大きな変化が生まれていた。バレー経験者が少ないながらも、全員でしつこく拾うようになってきたのだ。長いラリーが続いてもむしろそれを楽しむような気持ちさえGH組には生まれてきていた。当初は余裕を持っていたはずのEF組の焦りが更にその流れを加速する。
みるみるうちにプレー勘を習得しつつあるシリルにボールが回る機会も増えた。5点、6点と連続得点を重ねる。そのうちコートの全員は勝つ事しか考えなくなっていた。
そこにはシリルが何ものであるのかなどという問いは存在しなかった。
経験者の吉井が未経験者の三城になるべく優しくボールを渡す。
「みっきー上げてっ」
三城が仰け反りながらも辛うじてトスを上げる。ボールはEF組がブロックしようとマークしていた坂田へではなく、反対側のシリルを目指してふわふわと飛んでいく
「矢木澤さんっ」
ボールは高い上に右に逸れるが、シリルはそれを追ってジャンプ。形通りのアタックとはいい難いとは言え、とにかくボールを打ってオンラインにボールは落ちた。
「よしっ!」
「やった!」
吉井と三城が思わず声を上げる。
シリルはこの試合で始めて照れ混じりの笑顔を浮かべる。
「ナイスカット、ナイストス」
シリルが口に手を当てて二人に声をかけると、やはり二人もどこかはにかんだように微笑んだ。
「ナイスキル」
後ろからの声に振り向くと、意外なことに囮を演じた坂田も笑顔を浮かべていた。
「もう少しだから頑張って。よろしく」
「ええ、こちらこそよろしく。頑張ります」
まるで人間のチームメイトであるかのようにシリルの背中を軽く叩いた坂田は、その感触が人間と全く同じであることに少し驚いた。
これで24-21。試合は大きく動こうとしていた。
ここで試合の成り行きを面白がった希美代が、そばにあったトラメガを引っ掴んだ。そして優勝したら控えを含めた選手全員に焼き肉をおごると叫ぶ。これでシリル以外の選手たちは大いに奮起する。結果、驚くべきことに24-13から26-28でGH組は優勝した。
勝利の瞬間全員が駆け寄りお互いを労う。
そこにいる五人の人間全員はシリルが機械であることを忘れていた。シリルも初めてのスポーツと、そのあまりに劇的な勝利に興奮した。求められるままにはにかんだ笑顔でハイタッチをする。希美代が浮かない顔の審判からトークンを取り戻しシリルをノーマルモードに戻す。自身の変化に気付いたシリルは背後の希美代の方を向いた。シリルの表情から笑顔が消える。
「荻嶋さん」
「私の代役には程遠かったけど、よくやったわね。ありがとう」
いつも通りの少し不敵で機嫌の悪そうな表情の希美代は、それでもなんだかちょっぴり嬉しそうに見えた。
その言葉を聞いたシリルは照れくさそうな、安堵したような、そしてどこか満ち足りたような表情を見せた。
希美代の周りに人間のチームメイトが集まる。
「荻嶋」
「きみちゃん」
「坂田も吉井もすごかったじゃない」
「まあね」
「それより荻嶋さ」
「うん、今日の放課後H組前に集合。食べ放題飲み放題にするから。もちろんちゃんとしたところ」
「やったー」
「今日はお昼抜こ」
「放課後待ち遠しすぎるー」
「デザートバーのあるところがいいな」
「さっすがお嬢気前いいよねー」
コートから離れ賑やかに語らいながら荷物置き場へ向かう選手たちとは逆方向に、一人体育館を出ようとするシリル。いつの間にか伊緒がその隣にいた。笑顔を交す二人。そんなシリルを見た希美代が後ろから声をかける。
「あなたは来ないの?」
振り向いたシリルは少し寂しそうで困ったような笑顔で答える。
「私は基本的に食事はしません。それに私がいたらお邪魔ですから」
少し意地の悪そうな笑みを浮かべる希美代。
「そう? 彼女たちはそう思ってないみたいだけど」
希美代が視線を送った先には足を負傷している控えを含め6人の少女たちがシリルに向かって笑顔を見せていた。手を振る者すらいる。
「……」
自分が人間達から受け入れられたことに文字通り胸を打たれたシリル。思わず口を両手で覆い、あまりの事に言葉が出ない。
「たまにはこういうことがあってもいいんじゃない?」
「行ってきなよ。きっと楽しいよ」
希美代と伊緒の微笑みがシリルの背中を押す。
「でも私一人でなんて……」
不安げなシリル。伊緒に助けを求めるような眼差しを送る。伊緒は少し悪戯っぽい目をした。
「ああ、あたしはハンドボールの優勝祝賀会があるんだ。さすがに焼き肉食べ放題じゃないけどね」
「島谷さんがいなくても、私がフォローできることがあればするから。ね」
「それなら行ってみようかしら。伊緒、ごめんね」
「全然。いいんだよ。それより楽しんで来てね。そうだ、このあと一緒に他の試合見て回ろう」
「ええ、じゃあ私向こうの人たちとちょっと話してくるわね」
シリルは小走りで六人の選手の輪に向かった。
「ねえ、荻嶋さんはどうするのこれから」
伊緒が希美代の顔を覗き込んで問う。
「一人でフラフラしてる。特にやる事もないから。他の学年や男子のバレーも見ておきたいし」
「じゃあその前にお昼一緒にしよう。シリルと三人で」
「肝心の彼女が嫌がるんじゃない?」
伊緒は実のところ、先ほどからはっきりしない胸のざわめきがなぜか止まらなかった。それを内心に押し込めながら、いつも通りの開けっ広げな笑顔を見せ楽しそうに希美代に語りかける。
「全然大丈夫だよ。それに」
何が言いたいのか、希美代は伊緒の次の言葉を少し不機嫌な顔で待った。
「それに、同志なんでしょ。あたし達」
希美代はふと苦笑するような顔になり、言葉も少し穏やかになった。
「確かにそうね。じゃああなたたちがいつもいるとこ。あそこに行くから」
「うん」
そうは言ったものの伊緒は、何か心の奥でざわざわと鳴る不穏なざわめきが渦巻いていた。その不穏な音の原因が何なのか見当もつかぬまま、胸に手を当てて伊緒は一人不安を胸に立ち尽くしていた。
何かがおかしい。それはもしかすると希美代に、そしてシリルに関係することのように思える。だが伊緒は人を疑うことがあまり好きではない。頭を振ってその予感を追い払った。
その後ろでは、号泣しそうになるのを必死に堪える由花が大きなタオルをかぶり、チームメイトらに抱えられるようにして体育館を出て行く姿があった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
試合後すぐに昼休みになり、三人は校庭の第二美術室前で一緒に昼食をとっていた。
「ねえ、すごいわね矢木澤さん。あなたの機能には本当に驚かされた」
黒トリュフの乗った熱々のハンバーグを食べながら嬉しそうに話す希美代。体育館よりは涼しいが、風があったので希美代はジャージの上着を畳んで膝の上にかけている。その体格には不似合いなほどの大きさのお弁当箱を膝に置いていた。真四角のお弁当箱にはヒーターがあり、それで料理を加熱、保温できる高級お弁当箱だ。
「ありがとうございます」
一人興奮気味に話す希美代に内心辟易しながらも丁寧に言葉を返すシリル。シリルは食事を摂らないので、伊緒の隣に静かに座っているだけだ。
そして伊緒は何か考えごとにふけっている。心ここにあらずと言った体で明らかに食が進んでいない。先ほどからの予感が消えない。
やはり何かがおかしい。その何かが何なのか伊緒は気になって仕方がなかった。
「大苦戦したものの劇的勝利を挙げたんじゃない。もっと胸を張ってもいいの」
「はい」
微かな作り笑いで答えるシリルに対し、希美代は一人上機嫌で一方的にしゃべり続ける。
「心配しないで。私は約束を守るから。あなたたちの事は私の胸にそっとしまっておく。永久にね」
「ありがとうございます」
永久という言葉を軽々しく口にする希美代がシリルには信用ならなかった。しかしここはもう希美代を信じるしかない。シリルの気分も沈みがちだった。
「……」
一方、伊緒には希美代の言葉は聞こえてはいても届いてはいないようだった。真剣な表情で頭を巡らす伊緒の中で、次第に何かが見え始め形になろうとしていた。
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