偽りの星灯火(ほしともしび)

永倉圭夏

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心の基板

第36話 喜びの表し方

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 プールではしゃぐ人々を眺めながら無表情でシリルが呟く。ふわっと風向きが変わり、その風に運ばれてつんと塩素の匂いが鼻を突く。シリルの柔らかい人造毛髪がさらさらと揺れる。

 伊緒いおが素っ頓狂な声をあげる。

「えっ、あれっ、えっ、なんかだめだったかな?」

「ううん、私ってやっぱりだめなんだなって」

「どうして。さっきからずっとシリルの心はだめじゃないって言ってるじゃない」

 少し元気のないシリルに、話が違うぞ、と少し慌てる伊緒。一方のシリルは寂し気な表情でプールを見つめている。

「うん。でも今、今ね、私なんて言えばわからないの。伊緒が良く言うでしょ? 思った通りに言ったり行動したりすればいいんだ、って。でもその思いが上手く言葉にできなくて……」

 やっぱり自分の心は不完全なのか、そんな思いがシリルの脳機能を去来する。

「じゃ、無理して言わなくてもいいじゃない。気にするほどのことじゃないって」

 なあんだそんなことか、と言わんばかりに微笑みを浮かべる伊緒。

「そうなの? でもそれじゃ私、一番大切な人にこの気持ちを伝えられないわ。それは絶対いや」

 大真面目な表情のシリルに伊緒は少し赤くなる。伊緒はちょっとおどけた口調で一言発する。 

「ああ、まあそういう時は抱きしめればいいんだよ。へへっ」

 その言葉を聞くと、今度はシリルの方からそっと手を伸ばし伊緒の手をきゅっと握る。手を握り合ったままでシリルは少し伊緒に身体を寄せ肩がほんの少し触れる。

「抱きしめるのはさすがにここじゃ、ね…… だからこれで。ありがとう伊緒」

 眼を閉じて肩をくっつけ頭を寄せるシリル。

「こちらこそ。これからも仲良くしてね」

 伊緒も少しシリルに身を寄せ肩がより強く触れた。

「ええ、もちろん…… 何だか随分変な言い分だったけど、私あなたに言いくるめられてみるわ」

「うん、良かった」

 穏やかな笑みを浮かべ空を眺める二人。シリルは何かを言いたいのだけれど少し言いよどむ。

「ああ…… ええ、うん、そうね、そう。……ねえ伊緒、嬉しい時ってどうすればいいの?」

「え? ううん、笑ったり叫んだり歌ったり踊ったり身体で表す? とか?」

「ああ、そう言えばあの時伊緒本当に踊っていたものね、クスッ」

 伊緒をどぎまぎさせるシリルお得意の悪戯っぽい目つきが伊緒に向けられる。瞳孔が深紅と黄色にキラキラと軽やかに輝く。

「え、ええ、あたし踊ってたかな? ホントに?」

「うん、なかなか斬新なダンスだったと思う」

「……穴があったら入りたいです」

「くすくす…… でも本当はあのスカートが」

「違う! 違うって! スカートじゃなくて、スカートじゃなくてっ!」

「あらスカートじゃないんだ。……なんだ」

 残念そうに視線を落とすシリル。が、ちらちらと伊緒の様子をうかがう。

「えっと、いやそのう、スカート、だけ、じゃなくて…… あの、スカートも、そうだけど、さ…… えっと、かわい、かった、し……」

 もじもじする伊緒の姿に満足したシリルは微笑みながら立ち上がり、羽織っていた白いパーカーを脱ぐ。白い肌に白い水着の美しい姿が露わになると伊緒はスカートの事を忘れて言葉を失い、シリルのスカートに目が奪われた時と同じように目が釘付けになる。躯体とフレーム、シェルなどを覆う人造皮膚のあちこちには縫合線のようなラインや筋、それに接合部の溝などが見受けられる。しかし、伊緒にはそれすらシリルの美しさを強調する装飾に見え嘆息する。

「……!」

「じゃあ、私は身体を動かしてみようかな……! そうれっ! いーっやっほぅっ!」

 立ち上がってパーカーを脱ぎ捨てたシリルは、絶句する伊緒を置いて一直線にプールまで突っ走る。そして驚くほど高々とジャンプすると、まったく彼女らしくない歓声を上げながら、八十九キログラムの躯体をお尻からプールにどぼーん、と着水させた。シリルの見た目から考えられるよりはるかに大きな水柱が上がるとけたたましくホイッスルが鳴り、業を煮やした監視員はこれまでになく厳重に注意する。何がどうしてこうなったのか全く理解できない伊緒は目を丸くするばかりだった。

 呆気にとられている伊緒にシリルが両手を広げて大声で声をかける。

「伊緒! 私嬉しいから走ってみた! 自分を信じて飛んでみた! 大好きだから飛び込んでみた! 身体で表してみたの! とっても怖かったけど!」

 大きく手を広げ、さっきまでとはまるで違って明るい表情のシリルに、ホッと胸をなでおろす伊緒。笑顔いっぱいになった伊緒もシリルの後に続いて歓声を上げ勢いよくプールに飛び込み、監視員から三度目の注意を受ける。どさくさに紛れて水の中でひしと抱き合う二人は怒り心頭に達した監視員からプールへ四十五分間の遊泳禁止を命じられてしまった。それでも笑いながらプールサイドで身体を拭きあう二人の表情は今日一番輝いていた。

 シリルは突然水恐怖症を克服できたのか、このあとシリルは伊緒とプールサイドに並んで脚を投げ出して座って、特別にソーダ味のアイスを楽しそうに仲良く食べていた。
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