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ただならない二人
第43話 良き心
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宮木の独り言に近い話は次第に熱を帯び、一杯二杯と冷や酒が進むにつれ、声に力が入り始める。
「頼みもしないのに勝手に湧いて出て、制御できない上に、そのからくりだって何が何だかさっぱり分らない。削除もできない。削除できたと思っても、一かけらでも残っていたら猛烈な再生能力でまた脳機能を占領する。まるで本当の生き物みたいにさ。
三原則や行動制御抑制プログラムといった法律やこちら側で躾けた感情さえ覆されかねない。すごいんだよ。とにかくすごいんだって。こんな厄介な代物なんて他にはそうそうないって。まるで心に翻弄され厄介ごとを起こす人間そっくりじゃない、Wraithに汚染されたアンドロイドってさ。
人間が作り出した中で核の次に危険な創造物になるかもしれない、アンドロイドは。いやX搭載型アンドロイドが、か。可及的速やかなX搭載型アンドロイドの全回収。回収機体したXの脳機能は精査後全廃棄、無論X自体も生産終了。これをしないと取り返しがつかななくなる。でなきゃCT社(※)のように集中管理制御型に後戻りするとか、かな」
「いえ、それならWも回収ね」
ふと五十畑の中で最も思い出したくない記憶の断片が頭をもたげる。す、ときれいな目が細くなる。冷たいナイフのように尖る。
「いやさすがにそんな型落ち」
「あるじゃない…… 少なくともまだ一機……」
「……ぁあ」
「……素体、Cが……」
間の抜けた声を吐いてしまい宮木は少し恥ずかしい。五十畑は苦い表情で芋焼酎のロックを一気にあおって口を拭う。悪酔いしてもいいからあんな記憶は酒で洗い流してしまいたかった。宮木はただ気づかわしげに五十畑の横顔を見つめる他はなかった。
酔っ払いによくある特徴そのままに宮木はまた突然話題を変え、面白そうなわくわくした声で語り掛ける。
「……なぁなぁ、知ってる知ってる? TerminatorとかBlade Runner とかさ」
「全然知らないしどうでもいい」
「まあまあ、そう言わないでさ。あたし、旧世界オールドムービー好きなんだ。平面映画」
「ああ、ああいうやつね。聞いたことくらいは。随分と古臭い趣味ね」
「古臭いのが良いんだよお。すっごく面白かった。当時から傑作って言われてただけのことはあるって。で、ホントになんだかもろそれなの。人間対アンドロイドっぽい人工生命体って構図。このまんまじゃそんな懐かしの二十世紀映画の予言通りの悪夢が到来するかも知れないな。こんな事まで旧世界をなぞらなくてもいいのにね」
この宮木のわくわくした声の響きにさえ、現代社会や自身の仕事に対するネガティブな感情が染みついているように五十畑は感じる。
「宮木さ、あんたうちの会社向いてない」
「知ってる」
「それに、心があるって悪い事ばっかりじゃないでしょ」
「ん?」
「悪い心しか生まれないとは限らないでしょって事。厄介ものばかりじゃなくて、誰かを大切にしたり誰かを守ったりする、そんな心だって生まれてきてもおかしくないじゃない。そもそも人間をサポートするために作られて人間に寄り添った感情をセットしてあるんだから、それをなぞったWraithが生まれたっておかしくはないでしょ。心に翻弄され厄介事や悪事や不道徳を成す。って言うさっきの宮木の言い方を真似れば、心に従って善行を成す、そんなアンドロイドだって出てくるんじゃない?」
「以外とロマンチストな… いや。五十畑変わった?」
「何を言いたいの」
「人の心を惑わさない機械づくりを目指しますっ、って入社式でぶち上げたんだって? 伝説らしいね」
「あんたには関係ないでしょ」
「何言ってるの。ないわけないじゃん。素体Cのことでしょ」
「……」
「それにさ、今言ったことが本心なら…… もう許すなり忘れるなりしてもいいんじゃないかな、あの機体のこと」
視線がぶつかり合う。
「はぁ……っ あんたってばほんっと意地悪…… 変わってなんかいないのよ私。全然変わってない」
五十畑は箸をおいて氷しかなくなったグラスを見つめる。
「正直に言うとね、今でもたまに目が覚めた時に涙流してたりすることがある…… 全部あの機体のせいなんだからね……」
「……そう……か」
そう一言呟くと白木のカウンターに突っ伏す宮木。どうやらそのまぶたは閉じられているようだ。五十畑の少々深刻な打ち明け話を子守唄に、突然寝落ちしてしまったのだろうか。
「それなのに何なのよあんた一体。柄にもなくリア充とかしちゃってさっ。大体平日のこんな遅くまで呑んで奥さんに叱られないの? しかもこんな美人と。ああもう、人が話してるのに何勝手に落ちてんのよ宮木! いいからさっさと起きなさいよ! また引っ叩くからね!」
うんざりした表情で突っ伏した宮木の横顔を睨む五十畑。
「……ほんと、あんたのせいで私はどれだけ……」
「……どれだけ?」
すっかり酔い潰れていたと思った宮木が、カウンターに伏せたまま五十畑を眺めてにやにやしている。
「――! どっ! どれだけ苦労をかけさせられるんだっ! ってこと! もうお会計して帰るからねっ!」
「そういや五十畑『あんたのせいで…』って高校の時からしょっちゅういってぇ!」
バシィッ、といい音が響く。カウンターの向こう側にいる板さんは、この見慣れた光景に何食わぬ顔でいさきを焼いている。
「ほんとに…… ホント、心ってやっぱり厄介なだけ……」
▼用語
※CT社
アンドロイド販売台数業界五位のアンドロイドメーカー。後発企業で、独特のデザインや発想と設計思想が注目されている。
CTは、Collett Technologyの略。
「頼みもしないのに勝手に湧いて出て、制御できない上に、そのからくりだって何が何だかさっぱり分らない。削除もできない。削除できたと思っても、一かけらでも残っていたら猛烈な再生能力でまた脳機能を占領する。まるで本当の生き物みたいにさ。
三原則や行動制御抑制プログラムといった法律やこちら側で躾けた感情さえ覆されかねない。すごいんだよ。とにかくすごいんだって。こんな厄介な代物なんて他にはそうそうないって。まるで心に翻弄され厄介ごとを起こす人間そっくりじゃない、Wraithに汚染されたアンドロイドってさ。
人間が作り出した中で核の次に危険な創造物になるかもしれない、アンドロイドは。いやX搭載型アンドロイドが、か。可及的速やかなX搭載型アンドロイドの全回収。回収機体したXの脳機能は精査後全廃棄、無論X自体も生産終了。これをしないと取り返しがつかななくなる。でなきゃCT社(※)のように集中管理制御型に後戻りするとか、かな」
「いえ、それならWも回収ね」
ふと五十畑の中で最も思い出したくない記憶の断片が頭をもたげる。す、ときれいな目が細くなる。冷たいナイフのように尖る。
「いやさすがにそんな型落ち」
「あるじゃない…… 少なくともまだ一機……」
「……ぁあ」
「……素体、Cが……」
間の抜けた声を吐いてしまい宮木は少し恥ずかしい。五十畑は苦い表情で芋焼酎のロックを一気にあおって口を拭う。悪酔いしてもいいからあんな記憶は酒で洗い流してしまいたかった。宮木はただ気づかわしげに五十畑の横顔を見つめる他はなかった。
酔っ払いによくある特徴そのままに宮木はまた突然話題を変え、面白そうなわくわくした声で語り掛ける。
「……なぁなぁ、知ってる知ってる? TerminatorとかBlade Runner とかさ」
「全然知らないしどうでもいい」
「まあまあ、そう言わないでさ。あたし、旧世界オールドムービー好きなんだ。平面映画」
「ああ、ああいうやつね。聞いたことくらいは。随分と古臭い趣味ね」
「古臭いのが良いんだよお。すっごく面白かった。当時から傑作って言われてただけのことはあるって。で、ホントになんだかもろそれなの。人間対アンドロイドっぽい人工生命体って構図。このまんまじゃそんな懐かしの二十世紀映画の予言通りの悪夢が到来するかも知れないな。こんな事まで旧世界をなぞらなくてもいいのにね」
この宮木のわくわくした声の響きにさえ、現代社会や自身の仕事に対するネガティブな感情が染みついているように五十畑は感じる。
「宮木さ、あんたうちの会社向いてない」
「知ってる」
「それに、心があるって悪い事ばっかりじゃないでしょ」
「ん?」
「悪い心しか生まれないとは限らないでしょって事。厄介ものばかりじゃなくて、誰かを大切にしたり誰かを守ったりする、そんな心だって生まれてきてもおかしくないじゃない。そもそも人間をサポートするために作られて人間に寄り添った感情をセットしてあるんだから、それをなぞったWraithが生まれたっておかしくはないでしょ。心に翻弄され厄介事や悪事や不道徳を成す。って言うさっきの宮木の言い方を真似れば、心に従って善行を成す、そんなアンドロイドだって出てくるんじゃない?」
「以外とロマンチストな… いや。五十畑変わった?」
「何を言いたいの」
「人の心を惑わさない機械づくりを目指しますっ、って入社式でぶち上げたんだって? 伝説らしいね」
「あんたには関係ないでしょ」
「何言ってるの。ないわけないじゃん。素体Cのことでしょ」
「……」
「それにさ、今言ったことが本心なら…… もう許すなり忘れるなりしてもいいんじゃないかな、あの機体のこと」
視線がぶつかり合う。
「はぁ……っ あんたってばほんっと意地悪…… 変わってなんかいないのよ私。全然変わってない」
五十畑は箸をおいて氷しかなくなったグラスを見つめる。
「正直に言うとね、今でもたまに目が覚めた時に涙流してたりすることがある…… 全部あの機体のせいなんだからね……」
「……そう……か」
そう一言呟くと白木のカウンターに突っ伏す宮木。どうやらそのまぶたは閉じられているようだ。五十畑の少々深刻な打ち明け話を子守唄に、突然寝落ちしてしまったのだろうか。
「それなのに何なのよあんた一体。柄にもなくリア充とかしちゃってさっ。大体平日のこんな遅くまで呑んで奥さんに叱られないの? しかもこんな美人と。ああもう、人が話してるのに何勝手に落ちてんのよ宮木! いいからさっさと起きなさいよ! また引っ叩くからね!」
うんざりした表情で突っ伏した宮木の横顔を睨む五十畑。
「……ほんと、あんたのせいで私はどれだけ……」
「……どれだけ?」
すっかり酔い潰れていたと思った宮木が、カウンターに伏せたまま五十畑を眺めてにやにやしている。
「――! どっ! どれだけ苦労をかけさせられるんだっ! ってこと! もうお会計して帰るからねっ!」
「そういや五十畑『あんたのせいで…』って高校の時からしょっちゅういってぇ!」
バシィッ、といい音が響く。カウンターの向こう側にいる板さんは、この見慣れた光景に何食わぬ顔でいさきを焼いている。
「ほんとに…… ホント、心ってやっぱり厄介なだけ……」
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※CT社
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CTは、Collett Technologyの略。
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