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シリル救出大作戦 ~ そして涙は流れずとも~
第56話 別れ
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「シ、シリルっ! 伊緒っ!」
希美代が小川の土手を駆け上って倒れ伏した二人の下へ駆け寄ろうとする。
それを抱き止めて止めるものがいた。
「ジルっ! 放せっ、放せってばっ!」
「いいえ放しません! 例え私が壊れてもお嬢さまを放しません! 離しません!『 ロボット工学三原則』第一条によりお嬢さまをお放ししませんっ!」
爆風のせいか顔のあちこちが煤け髪もところどころ熱で縮れている。大きな目を更に大きく見開き真っ青になった希美代の姿にさしものジルも鬼気迫る何かを感じた。
「まだ間に合う…… まだ間に合うかもしれないじゃない!」
脂汗が止まらない恐ろしいほどの形相で希美代はジルを怒鳴りつける。がジルもそれに臆してはいなかった。
「もう! もう間に合わないんです! 私には判ります! 同じアンドロイドの私には判るんです! ですから、もう、シリル、さんは……」
希美代はもの凄い膂力で自分にしがみ付いてきているジルを睨みつける。
ジルは希美代の背中で泣きだした。涙腺付きのアンドロイドであるジルは出荷後初めて泣いた。大粒の涙をぽろぽろとこぼした。
心を持ったアンドロイドとして唯一の同類、同胞、同志、そして友であったシリルを失うのだ。もう心を持つアンドロイドとは会えないかも知れない。ジルはまたいつまで続くかわからぬ孤独に耐えなくてはならないのだ。その悲しみはいかばかりのものか。
ジルの深い悲しみに気付いた希美代はジルの方を向くと乱暴に力いっぱい抱きしめる。二人は土手の下で泣きながらずっと抱きあっていた。友を失う悲しみに耐えきれず。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
伊緒が目を覚ますと、シリルは満ち足りた笑顔で伊緒に声をかける。
「伊緒無事?」
「……シっ、シリルっ!」
伊緒はシリルの前に膝をついてしゃがみ込む。
「よかった、大丈夫みたいね」
連弾が上手くできた時のような朗らかさを見せるシリル。
シリルの左手が伊緒に触れようとするが、途中で力なくアスファルトの地面に落ち、乾いた金属音を立てる。シリルの左腕は黒焦げになった赤いフレームしか残っていない。
「危なかったのよ。私が庇わなかったら伊緒バラバラになってたんだから」
微笑むシリルの躯体のところどころには大きな穴が開き、人造皮膚は裂け、黒いカーボンフレームや金属のシェルが露わになっている。
「予備っ、予備バッテリーないか探してくるっ」
「もう間に合わないわ。バッテリーボックスも吹き飛んでいるから」
「何で、何でこんなことしたの……」
「愛してるから」
自然とシリルに穏やかな笑顔が浮かぶ。
「こんな時にふざけないで!」
一方の伊緒は顔面蒼白で震えながら、ただ取り乱すばかりであった。
「ほんとの事。ふざけてなんかいないわ。それにね、『ロボット工学三原則』ってあるでしょ? 私はそれに従わないといけないから。『ロボット工学三原則第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない』」
ピチッ、と音がして小さな閃光がきらめき右肩と右手の皮膚がはじける。その下の黒い皮下組織が露わになる。体内のどこかで短絡が発生している。
「分んない、分んないよぉそんなばか原則……」
「分って……」
「分んない……」
「困った子……」
苦笑いになるシリル。伊緒のわがままに困るとシリルはいつもこんな表情になる。
「最期に聞いて欲しいの……」
「いやだ…… いや……」
「私にはもうほとんど電力が残っていないから、すぐ完全に機能停止しちゃう。わがまま言わないで」
パリッ、と音がして脇腹あたりに小さな光が飛ぶ。二人にとって記念となる白のワンピースに隠れて見えないが、その下の人造皮膚もやはり破けて内部が露出しているのだろう。金属や樹脂やゴムの焼ける嫌な匂いが漂い始める。
「うぅっ…… うぐっ……」
シリルは穏やかな笑顔で伊緒に語りかける。今にも泣きそうな伊緒にもわかっていた。これはシリルの遺言だと。
「私あなたに会えて本当に良かった。小鳥のさえずり、カラフルな魚の変わった名前、紙の本のページを繰る楽しさ、連弾の響きの軽やかさ。アイスやお煎餅の味。そして手の温もりとキスの甘さ。みんな伊緒が見せてくれた、聞かせてくれた、教えてくれた。美しいものを。愛おしいものを。
私はそんな伊緒が大好き。私を機械でもロボットでもアンドロイドでもなく愛の対象だって、心の底から精一杯愛してくれた伊緒が大好き。だから今その大好きな人を救えて本当に満足してるの。そんな自分を誇りに思ってる。私は何も後悔していないから、伊緒だって何の責任も感じなくていいのよ。ね」
「ごめん…… ごめんあたしのせいだ、あたしの、あっ、あたしのっ……」
「いいのよ、伊緒。気にしないで。あなたのせいじゃない。伊緒は本当に精一杯頑張ってくれたじゃない。私よく分ってるから」
伊緒はただ黙って頭を振るしかなかった。シリルは笑顔のまま続ける。
「ねえ伊緒。あなたの。あなたのおかげ。あなたのおかげで私は心を持つ事が出来た。随分ひどい事も言ったけど、私、伊緒から心を貰って以来本当に毎日二十四時間朝も昼も夜もずっと楽しかった。あなたのくれた心がそうさせてくれたのね。初めて会った時の私はあんなに心ない『冷たい女』だったのに。ふふっ、あの時はごめんね。
本当の事を言うと、私だって機能停止したくない。だって心を持ってしまったから。さっきから本来の感情プログラムでは出てこない寂しい気持ちが発信されていて止まらないの。ずっと伊緒と一緒にいたかった……ずっとずっと…… でももうこれは仕方ないわよね。私はこの現実を受け止めて逝くことにするから」
「いっ、いかないでシリルいかないでいっちゃやだよいかないでねえシリルお願いい、お願いだから……」
伊緒の目から次々と涙が溢れてはシリルの顔にこぼれ落ちる。
「うん。でも、そういうわけにもいかないみたい。だから、な、泣いちゃだめ、もう、だめだったら…… 私まで泣いちゃうから泣かないで伊緒。私涙腺がないから…… 潤滑油が出てきちゃう……」
シリルの瞳が放つ深紅と黄金の輝きが急速に弱まっていく。
「あ も う そ そろ だ めかも れない…… さ、最……期に ね、お願 い…… キ ス…… て そし、……私 止ま る で…… 笑っ い テ」
ぼろぼろ涙を流す伊緒は頷き、そっとシリルの唇に自分の唇を重ねる。長くて優しいキス。
唇を離し見つめ合う二人。笑顔で見つめ合う。笑顔で、シリルの最期の記憶をいっぱいの笑顔で埋め尽くしてあげたいのに、伊緒の涙は止まらない。シリルの顔に熱い涙がぽつりぽつりと雨のように零れ落ちる。涙の熱い雨を浴びるシリルもまた笑ったり泣き笑いの表情になったりを繰り返していた。
「ふっ、ふふっ…… ご、ごめんね、なんか涙止まらなくってさ……」
「ん い いの」
「もう喋らなくていいから。ね。少しでもバッテリー持たそ」
「あリが と」
「うん。うん」
伊緒はシリルの右手を手に取る。
「い お 」
「うん、なあに」
伊緒は自分の左頬にシリルの右掌を当てる。まるで人間のように暖かい。こんな事なんかに電力なんて使わなくたっていいのに。
「あ い」
シリルの指が伊緒の頬の上で微かに動いた気がする。
「……あ、あたしもっ、あたしもだよ…… あたしだってっ」
「しテ ル」
「愛してる。シリル。あたしもっ…… 愛してるからね! シリルっ! 愛してるっ!愛してるのっ!」
「ん」
この瞬間のシリルの笑顔は伊緒が覚えている限りで一番美しい笑顔だった。それを見た伊緒も一瞬涙を忘れて最高の笑みを浮かべられていたと思う。
この瞬間を、この笑顔を、この愛を、絶対、いつまでも、いつまでも忘れまいと伊緒は強く誓った。
いきなりコンセントを抜かれて止まる機械のように、ふっとシリルの表情が消え、頭部がごろりと横を向いた。無残な姿の左側頭部が空を向く。樹脂の皮膚が剥がれた耳元は黒くて深い傷が開き、皮下組織が露わになっって、外れてしまいそうな脳機能ユニットや配線、LEDやスイッチ類が並んでいる。そこから細くて嫌な臭いのする白い煙が上がっていた。伊緒をかばった際、それだけあちこちにダメージを受けていたのだ。
今となっては人工表情筋への電力供給も止まり、瞳の中のレンズもピント調整されていない。瞳孔ももう深紅と黄金の輝きを失ってしまった。瞳の輝きを失ったその眼はまるで人間のそれそのもののようだった。そしてそこからは灰色の油が一筋流れ出ていた跡があった。
シリルの前に膝をついて屈みこみ、止まることを知らない滂沱の涙を流しながら呆然としている伊緒。今の伊緒には何かを考えることなどできなかった。まるで自分自身がこの世から消えてしまったような――いや、そうであったらどんなに良かったか――感覚で体がまるで自分のもののような気がしない。アスファルトの上にへたり込んだのになんだか宙に浮いているみたいだ。
シリルを失い一人この狭くちっぽけな筒状の世界に取り残された事のやりきれなさで頭がいっぱいになった。他に何も考えられなかった。
その背後でひときわ強い閃光が発せられた。
それとほぼ同時に伊緒は猛烈な衝撃を背面に、続いて全身に受ける。しかしなぜか音が感じられない。熱くもない。伊緒の身体は一瞬にして宙に浮き、視界は闇に閉ざされた。
希美代が小川の土手を駆け上って倒れ伏した二人の下へ駆け寄ろうとする。
それを抱き止めて止めるものがいた。
「ジルっ! 放せっ、放せってばっ!」
「いいえ放しません! 例え私が壊れてもお嬢さまを放しません! 離しません!『 ロボット工学三原則』第一条によりお嬢さまをお放ししませんっ!」
爆風のせいか顔のあちこちが煤け髪もところどころ熱で縮れている。大きな目を更に大きく見開き真っ青になった希美代の姿にさしものジルも鬼気迫る何かを感じた。
「まだ間に合う…… まだ間に合うかもしれないじゃない!」
脂汗が止まらない恐ろしいほどの形相で希美代はジルを怒鳴りつける。がジルもそれに臆してはいなかった。
「もう! もう間に合わないんです! 私には判ります! 同じアンドロイドの私には判るんです! ですから、もう、シリル、さんは……」
希美代はもの凄い膂力で自分にしがみ付いてきているジルを睨みつける。
ジルは希美代の背中で泣きだした。涙腺付きのアンドロイドであるジルは出荷後初めて泣いた。大粒の涙をぽろぽろとこぼした。
心を持ったアンドロイドとして唯一の同類、同胞、同志、そして友であったシリルを失うのだ。もう心を持つアンドロイドとは会えないかも知れない。ジルはまたいつまで続くかわからぬ孤独に耐えなくてはならないのだ。その悲しみはいかばかりのものか。
ジルの深い悲しみに気付いた希美代はジルの方を向くと乱暴に力いっぱい抱きしめる。二人は土手の下で泣きながらずっと抱きあっていた。友を失う悲しみに耐えきれず。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
伊緒が目を覚ますと、シリルは満ち足りた笑顔で伊緒に声をかける。
「伊緒無事?」
「……シっ、シリルっ!」
伊緒はシリルの前に膝をついてしゃがみ込む。
「よかった、大丈夫みたいね」
連弾が上手くできた時のような朗らかさを見せるシリル。
シリルの左手が伊緒に触れようとするが、途中で力なくアスファルトの地面に落ち、乾いた金属音を立てる。シリルの左腕は黒焦げになった赤いフレームしか残っていない。
「危なかったのよ。私が庇わなかったら伊緒バラバラになってたんだから」
微笑むシリルの躯体のところどころには大きな穴が開き、人造皮膚は裂け、黒いカーボンフレームや金属のシェルが露わになっている。
「予備っ、予備バッテリーないか探してくるっ」
「もう間に合わないわ。バッテリーボックスも吹き飛んでいるから」
「何で、何でこんなことしたの……」
「愛してるから」
自然とシリルに穏やかな笑顔が浮かぶ。
「こんな時にふざけないで!」
一方の伊緒は顔面蒼白で震えながら、ただ取り乱すばかりであった。
「ほんとの事。ふざけてなんかいないわ。それにね、『ロボット工学三原則』ってあるでしょ? 私はそれに従わないといけないから。『ロボット工学三原則第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない』」
ピチッ、と音がして小さな閃光がきらめき右肩と右手の皮膚がはじける。その下の黒い皮下組織が露わになる。体内のどこかで短絡が発生している。
「分んない、分んないよぉそんなばか原則……」
「分って……」
「分んない……」
「困った子……」
苦笑いになるシリル。伊緒のわがままに困るとシリルはいつもこんな表情になる。
「最期に聞いて欲しいの……」
「いやだ…… いや……」
「私にはもうほとんど電力が残っていないから、すぐ完全に機能停止しちゃう。わがまま言わないで」
パリッ、と音がして脇腹あたりに小さな光が飛ぶ。二人にとって記念となる白のワンピースに隠れて見えないが、その下の人造皮膚もやはり破けて内部が露出しているのだろう。金属や樹脂やゴムの焼ける嫌な匂いが漂い始める。
「うぅっ…… うぐっ……」
シリルは穏やかな笑顔で伊緒に語りかける。今にも泣きそうな伊緒にもわかっていた。これはシリルの遺言だと。
「私あなたに会えて本当に良かった。小鳥のさえずり、カラフルな魚の変わった名前、紙の本のページを繰る楽しさ、連弾の響きの軽やかさ。アイスやお煎餅の味。そして手の温もりとキスの甘さ。みんな伊緒が見せてくれた、聞かせてくれた、教えてくれた。美しいものを。愛おしいものを。
私はそんな伊緒が大好き。私を機械でもロボットでもアンドロイドでもなく愛の対象だって、心の底から精一杯愛してくれた伊緒が大好き。だから今その大好きな人を救えて本当に満足してるの。そんな自分を誇りに思ってる。私は何も後悔していないから、伊緒だって何の責任も感じなくていいのよ。ね」
「ごめん…… ごめんあたしのせいだ、あたしの、あっ、あたしのっ……」
「いいのよ、伊緒。気にしないで。あなたのせいじゃない。伊緒は本当に精一杯頑張ってくれたじゃない。私よく分ってるから」
伊緒はただ黙って頭を振るしかなかった。シリルは笑顔のまま続ける。
「ねえ伊緒。あなたの。あなたのおかげ。あなたのおかげで私は心を持つ事が出来た。随分ひどい事も言ったけど、私、伊緒から心を貰って以来本当に毎日二十四時間朝も昼も夜もずっと楽しかった。あなたのくれた心がそうさせてくれたのね。初めて会った時の私はあんなに心ない『冷たい女』だったのに。ふふっ、あの時はごめんね。
本当の事を言うと、私だって機能停止したくない。だって心を持ってしまったから。さっきから本来の感情プログラムでは出てこない寂しい気持ちが発信されていて止まらないの。ずっと伊緒と一緒にいたかった……ずっとずっと…… でももうこれは仕方ないわよね。私はこの現実を受け止めて逝くことにするから」
「いっ、いかないでシリルいかないでいっちゃやだよいかないでねえシリルお願いい、お願いだから……」
伊緒の目から次々と涙が溢れてはシリルの顔にこぼれ落ちる。
「うん。でも、そういうわけにもいかないみたい。だから、な、泣いちゃだめ、もう、だめだったら…… 私まで泣いちゃうから泣かないで伊緒。私涙腺がないから…… 潤滑油が出てきちゃう……」
シリルの瞳が放つ深紅と黄金の輝きが急速に弱まっていく。
「あ も う そ そろ だ めかも れない…… さ、最……期に ね、お願 い…… キ ス…… て そし、……私 止ま る で…… 笑っ い テ」
ぼろぼろ涙を流す伊緒は頷き、そっとシリルの唇に自分の唇を重ねる。長くて優しいキス。
唇を離し見つめ合う二人。笑顔で見つめ合う。笑顔で、シリルの最期の記憶をいっぱいの笑顔で埋め尽くしてあげたいのに、伊緒の涙は止まらない。シリルの顔に熱い涙がぽつりぽつりと雨のように零れ落ちる。涙の熱い雨を浴びるシリルもまた笑ったり泣き笑いの表情になったりを繰り返していた。
「ふっ、ふふっ…… ご、ごめんね、なんか涙止まらなくってさ……」
「ん い いの」
「もう喋らなくていいから。ね。少しでもバッテリー持たそ」
「あリが と」
「うん。うん」
伊緒はシリルの右手を手に取る。
「い お 」
「うん、なあに」
伊緒は自分の左頬にシリルの右掌を当てる。まるで人間のように暖かい。こんな事なんかに電力なんて使わなくたっていいのに。
「あ い」
シリルの指が伊緒の頬の上で微かに動いた気がする。
「……あ、あたしもっ、あたしもだよ…… あたしだってっ」
「しテ ル」
「愛してる。シリル。あたしもっ…… 愛してるからね! シリルっ! 愛してるっ!愛してるのっ!」
「ん」
この瞬間のシリルの笑顔は伊緒が覚えている限りで一番美しい笑顔だった。それを見た伊緒も一瞬涙を忘れて最高の笑みを浮かべられていたと思う。
この瞬間を、この笑顔を、この愛を、絶対、いつまでも、いつまでも忘れまいと伊緒は強く誓った。
いきなりコンセントを抜かれて止まる機械のように、ふっとシリルの表情が消え、頭部がごろりと横を向いた。無残な姿の左側頭部が空を向く。樹脂の皮膚が剥がれた耳元は黒くて深い傷が開き、皮下組織が露わになっって、外れてしまいそうな脳機能ユニットや配線、LEDやスイッチ類が並んでいる。そこから細くて嫌な臭いのする白い煙が上がっていた。伊緒をかばった際、それだけあちこちにダメージを受けていたのだ。
今となっては人工表情筋への電力供給も止まり、瞳の中のレンズもピント調整されていない。瞳孔ももう深紅と黄金の輝きを失ってしまった。瞳の輝きを失ったその眼はまるで人間のそれそのもののようだった。そしてそこからは灰色の油が一筋流れ出ていた跡があった。
シリルの前に膝をついて屈みこみ、止まることを知らない滂沱の涙を流しながら呆然としている伊緒。今の伊緒には何かを考えることなどできなかった。まるで自分自身がこの世から消えてしまったような――いや、そうであったらどんなに良かったか――感覚で体がまるで自分のもののような気がしない。アスファルトの上にへたり込んだのになんだか宙に浮いているみたいだ。
シリルを失い一人この狭くちっぽけな筒状の世界に取り残された事のやりきれなさで頭がいっぱいになった。他に何も考えられなかった。
その背後でひときわ強い閃光が発せられた。
それとほぼ同時に伊緒は猛烈な衝撃を背面に、続いて全身に受ける。しかしなぜか音が感じられない。熱くもない。伊緒の身体は一瞬にして宙に浮き、視界は闇に閉ざされた。
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