60 / 100
喪失
第60話 夏空に恋果つる
しおりを挟む
お弁当を食べながら声を潜めて伊緒は嗚咽している。その伊緒のかすかな泣き声が聞こえるほどの距離に由花は立っていた。
由花はそんな伊緒の無様な姿に、伊緒のあまりにも深すぎる喪失感と絶望を見た。ようやく由花は、伊緒が本当に心の底から機械に恋をしていたのだと理解した。そしてそれを失った心の傷の深さも理解した。その伊緒の姿に由花は初めて怯んだ。この伊緒の強い想いを拭い去ることが、この傷の深さを埋めることが果たして自分には出来るのだろうか、と。みるみるうちに胸が恐怖という名の重機に押し潰されそうな感覚に襲われる。
できっこない。
伊緒のあまりにも強く深い愛情に比して、自分の気持ちがあまりにも浅く薄いもののように思えてきて、惨めで情けなくて悔しくなってくる。悔しくてたまらない。
私は今はもう存在しない粉々になったスクラップのアンドロイドごときにも勝てないどころか、大好きな伊緒の想いの強さにも勝てない。自分がただの浅はかで無力なばかに思えて仕方がない。今みたいに一人で勝手にはしゃいで空回りしてくるくる踊ってばっかり。伊緒の深い傷心に付け込んでその心を掠め取ろうとした最低女。何てさもしい。私はいっちょ前に恋した気分に浸っていただけだったんだ。
伊緒の無機物への強い想いに比べるべくもない自分の人間への浅薄な想いが、恥ずかしくてしかたなかった。気がつくと両の目から零れた涙が、乾いたモルタルの地面に落ちていた。
由花は自分のお弁当を抱えて誰もいない渡り廊下を足早に逃げ去る。
ここは私のいていい領分じゃない。そう思った。
伊緒が怖かった。
どすんと誰かにぶつかる。誰なのか確かめて怒鳴りつけてやろうかと思ったが、見上げて泣き顔を見られたくないのでそのまま何も言わずすり抜けようとした。が、二の腕を掴まれる。
「由花」
聞き慣れた声だ。思わず面を上げてしまった。彩希の声だった。
「探してたんだよ。もしかして伊緒の所に行こうとしたの?」
彩希は、こういう時だけ察しがいい。自分の浅はかさまで気取られたみたいで悔しくてふて腐れ顔になってそっぽを向く。
「そうよ。悪い?」
「そか。……つらかったの?」
「ぜっ、全然」
彩希の表情はいつものふざけたものと違い、どこか真剣で、どこか思いやりが感じられて、どこか悲しそうだった。
「そんな顔には見えないよ」
「……うっさい!」
突然感情を爆発させた由花は、彩希を両手で突飛ばそうとする。しかし体格の差か彩希はびくともしない。それに腹を立てて更に何度も彩希を手で押す。
「うっさいうっさいうっさいっ! 彩希のくせにっ!」
何の抵抗もしないで由花の事を悲しげに見つめる彩希。その彩希のブラウスを掴んで揺すりながら、由花は頭を振って喚き出した。
「あんな…… あんなの分かんない、分かんないよっ! なんであんなに機械の事好きになっちゃうの分かんないっ! あんなに好きになっちゃってたら誰も彼も私も彩希も割り込む隙なんてないじゃないっ! 抱え起こしてやるなんて無理だってっ! 彩希のばかっ、無責任な事言わないでよっ! なんなのよ、なんでアンドロイドなんかにあそこまで本気になっちゃうのよっ! あんなに、あんなに想っちゃってるんだったら私もう…… 私もう無理だよ…… 無理だよぉ…… うっ、うっ、うぇぁぁあぁ……」
とうとう由花は泣き出してしまった。お弁当が由花の手から滑り落ち、中身が巾着からこぼれ出す。
由花は彩希にしがみつき人生で一番の大泣きをした。やはり少し泣きそうな彩希は、お弁当を持っていない方の手で由花の背中を優しく叩いてやるしか出来る事がなかった。
由花の恋が終わった。
渡り廊下の向こうに見える校庭では、背の高い紫苑が夏風に揺られ、たくさんの小さな薄紫の花をそぞろに咲かせていた。
由花はそんな伊緒の無様な姿に、伊緒のあまりにも深すぎる喪失感と絶望を見た。ようやく由花は、伊緒が本当に心の底から機械に恋をしていたのだと理解した。そしてそれを失った心の傷の深さも理解した。その伊緒の姿に由花は初めて怯んだ。この伊緒の強い想いを拭い去ることが、この傷の深さを埋めることが果たして自分には出来るのだろうか、と。みるみるうちに胸が恐怖という名の重機に押し潰されそうな感覚に襲われる。
できっこない。
伊緒のあまりにも強く深い愛情に比して、自分の気持ちがあまりにも浅く薄いもののように思えてきて、惨めで情けなくて悔しくなってくる。悔しくてたまらない。
私は今はもう存在しない粉々になったスクラップのアンドロイドごときにも勝てないどころか、大好きな伊緒の想いの強さにも勝てない。自分がただの浅はかで無力なばかに思えて仕方がない。今みたいに一人で勝手にはしゃいで空回りしてくるくる踊ってばっかり。伊緒の深い傷心に付け込んでその心を掠め取ろうとした最低女。何てさもしい。私はいっちょ前に恋した気分に浸っていただけだったんだ。
伊緒の無機物への強い想いに比べるべくもない自分の人間への浅薄な想いが、恥ずかしくてしかたなかった。気がつくと両の目から零れた涙が、乾いたモルタルの地面に落ちていた。
由花は自分のお弁当を抱えて誰もいない渡り廊下を足早に逃げ去る。
ここは私のいていい領分じゃない。そう思った。
伊緒が怖かった。
どすんと誰かにぶつかる。誰なのか確かめて怒鳴りつけてやろうかと思ったが、見上げて泣き顔を見られたくないのでそのまま何も言わずすり抜けようとした。が、二の腕を掴まれる。
「由花」
聞き慣れた声だ。思わず面を上げてしまった。彩希の声だった。
「探してたんだよ。もしかして伊緒の所に行こうとしたの?」
彩希は、こういう時だけ察しがいい。自分の浅はかさまで気取られたみたいで悔しくてふて腐れ顔になってそっぽを向く。
「そうよ。悪い?」
「そか。……つらかったの?」
「ぜっ、全然」
彩希の表情はいつものふざけたものと違い、どこか真剣で、どこか思いやりが感じられて、どこか悲しそうだった。
「そんな顔には見えないよ」
「……うっさい!」
突然感情を爆発させた由花は、彩希を両手で突飛ばそうとする。しかし体格の差か彩希はびくともしない。それに腹を立てて更に何度も彩希を手で押す。
「うっさいうっさいうっさいっ! 彩希のくせにっ!」
何の抵抗もしないで由花の事を悲しげに見つめる彩希。その彩希のブラウスを掴んで揺すりながら、由花は頭を振って喚き出した。
「あんな…… あんなの分かんない、分かんないよっ! なんであんなに機械の事好きになっちゃうの分かんないっ! あんなに好きになっちゃってたら誰も彼も私も彩希も割り込む隙なんてないじゃないっ! 抱え起こしてやるなんて無理だってっ! 彩希のばかっ、無責任な事言わないでよっ! なんなのよ、なんでアンドロイドなんかにあそこまで本気になっちゃうのよっ! あんなに、あんなに想っちゃってるんだったら私もう…… 私もう無理だよ…… 無理だよぉ…… うっ、うっ、うぇぁぁあぁ……」
とうとう由花は泣き出してしまった。お弁当が由花の手から滑り落ち、中身が巾着からこぼれ出す。
由花は彩希にしがみつき人生で一番の大泣きをした。やはり少し泣きそうな彩希は、お弁当を持っていない方の手で由花の背中を優しく叩いてやるしか出来る事がなかった。
由花の恋が終わった。
渡り廊下の向こうに見える校庭では、背の高い紫苑が夏風に揺られ、たくさんの小さな薄紫の花をそぞろに咲かせていた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる