87 / 100
エピローグ2.落陽
第八話 シリルの心
しおりを挟む
だがここ、この冷え切った病室で、シリルは自分にできるだけの事はしようと思う。ミラでも同じ事は言うかも知れないが自分の口からも是非言っておきたかったのだ。
「お母さんに会ってあげて下さい」
ハルはミラを死なせてしまった事に強い悔悟の念を感じ、苦しんでいる。シリルも伊緒も、そしてミラの感情プログラムでさえも今さらこのことを弦造に詫びる必要はないと思っているのだが、ハルがそう思っている以上はその意に沿いたい。
「断る」
今度は弦造が冷たい表情と断固たる声で返す番だった。
「ハルがミラの亡霊に依存したのは絶対に許せなかった。あいつのひどい不注意でミラが死んだというのに、アンドロイドにすがって、現実逃避をするばかりだった」
「お母さんを責めないで下さい。今責めてもミラさんは帰って来ないのですから」
弦造は一瞬力なく微笑んだ。
「それはミラの感情プログラムが言わせているのか。本物のミラの亡霊でも同じことを言ったろうな。そういう娘だったよ。お前もミラも確かによくできた機械だ」
「機械」という言葉そのものではなく、その言葉の奥に滲ませた侮蔑の色に眉根を寄せるシリル。それでも根気よく弦造を説得しようと思う。
「お母さんを許してあげて。今お母さんを許してあげないとお母さんは一生重荷を負ったままなのですから」
「それがあいつには相応しいわ」
「……」
「やはりお前など、うちに入れるべきではなかった」
「軍用として想定される仕様を盛り込んだ被験体の試験中、その感情プログラムにWraithが生成された場合、それはどのように思考し会話し行動するのか、それをつぶさに観察記録するのも我々の目的のひとつだった。しかしな、人間に熱をあげてべたべたするなぞ実に滑稽だったぞククっハハっ、ゴホッゴホッ」
酷くせき込む弦造。医師が機械を操作するとすぐに落ち着く。
「当時の貧乏部署では自前の試験所は持てない。メーカーも我々のしようとすることに深入りはしたがっておらず、協力は極めて限定的だった。それ故秘匿性の高い民間の試験所を必要に応じて借り、本体の定置場を各職員の自宅とすることになっていた。
本来なら『素体A』と『素体B』を引き継ぐ評価用機体として三体目の男性型アンドロイドがうちに送り込まれてくるはずだった。その直前にあんなことがあったからな。あいつはうつ状態で精神的に完全におかしくなりつつあった。正直あいつがどうなっても構わないどころか、さっさといかれてしまえばむしろ清々すると思っていたし、そうなるべきだとさえ思っていた。だが後々が面倒そうなので、やむを得ず急遽あいつの治療を兼ねてミラのコピー体アンドロイドとして置く事にしたのだ。当時はまだ一家庭に二台のアンドロイド置く事は不自然だった。それにお前を学校に行かせるなどのメリットもあった。そこでの行動や反応をモニターすることはメーカーにとっても我々にとっても興味深い試験になりそうだった」
「だからお前は『素体C』としてCyrilleという男性名のまま登録されることになったのだ」
「お前がうちに来て一年ほどか、高校に入ってから大きな変化が見られた。その頃、シリルはあの島谷医師と出会ったのだな?」
シリルは沈黙で答えた。
「それ以来脳機能の感情系に限定されるエラーや想定外の反応が徐々に増えていった。我々はこれをWraithに冒されたと判断し、試験内容を一部修正した。更なる観察を一年半ほど続けた頃、ちょうどお前が高校三年生時には必要なデータをとり尽くしたとして廃棄することにした、とこういうわけだ。感情系にバグが発生したため武装を封印し、その試験は次機以降に先送りとなったがな」
「そして廃棄したらあのざまだ。幹線道路で大爆発を起こしたのがお前を積んだ回収車だったと知った時は目を剥いたぞ。そしてそれから十年以上も経って突然に島谷医師から正式な譲渡の依頼を受けたことにもな。いやはや、お前はいつも周囲を騒がせてばかりだった」
天上を向いた弦造の青灰色の瞳は何かを懐かしんでいるのか、一点をじっと見つめている。
「シリル」
「はい」
「今の人生は楽しいか。充実しているか。その『心』とやらでそう感じているのか」
「はい、とても。心があるからこそ今の私は本当に幸せです」
シリルは自分の幸せを見せつけてやるかのような笑顔で応えた。
「そうか。そいつは良かったな」
投げやりで冷笑的な声だった。
「……」
「もし本当に自分に心があると言うなら、お前は―― いや、やめておこう」
意地悪な微笑みを浮かべる弦造。弦造は目を閉じ落ちてゆくように浅い眠りについた。
長い沈黙が過ぎる。
弦造がミラに会いたいと求めていないことがシリルには疑問だった。そしてシリルは疲れていた。死を目前にした人間を目の当たりにするのも初めてだったし、これほど長く弦造と会話をしたのも初めてだった。ミラには申し訳ないと思いながらもシリルはミラにその意識を明け渡す。
すうっと闇に吸い寄せられような錯覚にとらわれるシリル。しかし五感はミラと共有したままシリルの意識は脳機能の片隅に落ちていった。
「お母さんに会ってあげて下さい」
ハルはミラを死なせてしまった事に強い悔悟の念を感じ、苦しんでいる。シリルも伊緒も、そしてミラの感情プログラムでさえも今さらこのことを弦造に詫びる必要はないと思っているのだが、ハルがそう思っている以上はその意に沿いたい。
「断る」
今度は弦造が冷たい表情と断固たる声で返す番だった。
「ハルがミラの亡霊に依存したのは絶対に許せなかった。あいつのひどい不注意でミラが死んだというのに、アンドロイドにすがって、現実逃避をするばかりだった」
「お母さんを責めないで下さい。今責めてもミラさんは帰って来ないのですから」
弦造は一瞬力なく微笑んだ。
「それはミラの感情プログラムが言わせているのか。本物のミラの亡霊でも同じことを言ったろうな。そういう娘だったよ。お前もミラも確かによくできた機械だ」
「機械」という言葉そのものではなく、その言葉の奥に滲ませた侮蔑の色に眉根を寄せるシリル。それでも根気よく弦造を説得しようと思う。
「お母さんを許してあげて。今お母さんを許してあげないとお母さんは一生重荷を負ったままなのですから」
「それがあいつには相応しいわ」
「……」
「やはりお前など、うちに入れるべきではなかった」
「軍用として想定される仕様を盛り込んだ被験体の試験中、その感情プログラムにWraithが生成された場合、それはどのように思考し会話し行動するのか、それをつぶさに観察記録するのも我々の目的のひとつだった。しかしな、人間に熱をあげてべたべたするなぞ実に滑稽だったぞククっハハっ、ゴホッゴホッ」
酷くせき込む弦造。医師が機械を操作するとすぐに落ち着く。
「当時の貧乏部署では自前の試験所は持てない。メーカーも我々のしようとすることに深入りはしたがっておらず、協力は極めて限定的だった。それ故秘匿性の高い民間の試験所を必要に応じて借り、本体の定置場を各職員の自宅とすることになっていた。
本来なら『素体A』と『素体B』を引き継ぐ評価用機体として三体目の男性型アンドロイドがうちに送り込まれてくるはずだった。その直前にあんなことがあったからな。あいつはうつ状態で精神的に完全におかしくなりつつあった。正直あいつがどうなっても構わないどころか、さっさといかれてしまえばむしろ清々すると思っていたし、そうなるべきだとさえ思っていた。だが後々が面倒そうなので、やむを得ず急遽あいつの治療を兼ねてミラのコピー体アンドロイドとして置く事にしたのだ。当時はまだ一家庭に二台のアンドロイド置く事は不自然だった。それにお前を学校に行かせるなどのメリットもあった。そこでの行動や反応をモニターすることはメーカーにとっても我々にとっても興味深い試験になりそうだった」
「だからお前は『素体C』としてCyrilleという男性名のまま登録されることになったのだ」
「お前がうちに来て一年ほどか、高校に入ってから大きな変化が見られた。その頃、シリルはあの島谷医師と出会ったのだな?」
シリルは沈黙で答えた。
「それ以来脳機能の感情系に限定されるエラーや想定外の反応が徐々に増えていった。我々はこれをWraithに冒されたと判断し、試験内容を一部修正した。更なる観察を一年半ほど続けた頃、ちょうどお前が高校三年生時には必要なデータをとり尽くしたとして廃棄することにした、とこういうわけだ。感情系にバグが発生したため武装を封印し、その試験は次機以降に先送りとなったがな」
「そして廃棄したらあのざまだ。幹線道路で大爆発を起こしたのがお前を積んだ回収車だったと知った時は目を剥いたぞ。そしてそれから十年以上も経って突然に島谷医師から正式な譲渡の依頼を受けたことにもな。いやはや、お前はいつも周囲を騒がせてばかりだった」
天上を向いた弦造の青灰色の瞳は何かを懐かしんでいるのか、一点をじっと見つめている。
「シリル」
「はい」
「今の人生は楽しいか。充実しているか。その『心』とやらでそう感じているのか」
「はい、とても。心があるからこそ今の私は本当に幸せです」
シリルは自分の幸せを見せつけてやるかのような笑顔で応えた。
「そうか。そいつは良かったな」
投げやりで冷笑的な声だった。
「……」
「もし本当に自分に心があると言うなら、お前は―― いや、やめておこう」
意地悪な微笑みを浮かべる弦造。弦造は目を閉じ落ちてゆくように浅い眠りについた。
長い沈黙が過ぎる。
弦造がミラに会いたいと求めていないことがシリルには疑問だった。そしてシリルは疲れていた。死を目前にした人間を目の当たりにするのも初めてだったし、これほど長く弦造と会話をしたのも初めてだった。ミラには申し訳ないと思いながらもシリルはミラにその意識を明け渡す。
すうっと闇に吸い寄せられような錯覚にとらわれるシリル。しかし五感はミラと共有したままシリルの意識は脳機能の片隅に落ちていった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる