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エピローグ2.落陽
最終話 コーヒーサイフォン
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由花と彩希は伊緒らに別れを告げた後、彩希が運転席に、由花が助手席に乗り込む。
帰宅の途に就いた車の車中では二人は無言だった。
ようやく由花が重い口を開く。
「はめたのね」
彩希はよく聞こえないかのようにとぼける。
「ええ?」
「とぼけないで、わざと私を連れて来たんでしょ。あそこへ」
彩希の声も少し沈んだものになる。
「……うん、そうだね」
「なんで」
「伊緒に会いたいって言ってたでしょ、むかーし。それに『あの機体』へのこだわりも捨てたいって」
「だからっていきなり!」
「うん、だからショック療法。びっくりしたでしょ」
「ホントびっくりした」
「良かったよ玄能《げんのう》持ち出してこなくて」
「いやよ、モノフィラメントウィップで切り刻まれちゃうもの」
「あはは、そうかもね」
彩希は大きくハンドルを切る。
「また、ちょくちょく会いにいってもいいかな、って思ってるんだけどどう?」
「どうぞご自由に」
少し不貞腐れたように答える由花。
「え? 由花は来ないの?」
「はっ? 行かないわよ私」
「えー、行こうよ一緒に。昔みたいにさ」
「でも…… もう伊緒だけじゃないんだから……」
「少しは心を許してもいいかな」程度には思ってみたものの、やはり由花としてはシリルと顔を合わすのは気が進まない。昔あんな言葉を投げつけたのだから。だからと言ってアンドロイド相手に素直に謝るのも抵抗がある。やはりまだシリルに対するこだわりは全く抜けてない。そう思う由花だった。
「でもさ、美味しかったじゃない。コーヒー」
ふ、とグアテマラの薫りが由花の鼻腔に蘇る。そしてあの苦味のあとにふわりと広がるほのかな甘味。
「……そうね。美味しかった」
由花の静かな声には不思議そうな響きが含まれていた。
「じゃあ、それを飲みに行くってのはどう? そうだなあ、あたしは今度はモカがいいかな。リクエストしてみよっと。あんなコーヒーなかなか飲めるものじゃないしね」
シリルの淹れたコーヒーを絶賛する彩希が由花には気に入らなかった。またぞろ不貞腐れた声がつい口を吐いて出てしまう。
「飲めるわよ」
「えっ?」
「すぐそこにあったでしょ、マルティンズショップへ寄って」
「え? なんで?」
「コーヒー買ってくるの。あとサイフォンも」
「サイフォンも?」
「いいから寄って」
「うん」
こうして彩希がマルティンズショップまで車を回すと、由花はやけに凝った横式のコーヒーサイフォンを含めた道具一式だけでなく、アルパンタン・グアテマラとモカの豆を購入した。両手いっぱいになるほどの買い物をした由花はそれをトランクに詰め込むと、勢いよく音を立ててトランクリッドを閉じた。
由花が助手席に戻ると彩希が車を発車させる。
「随分買い込んだね」
「まあね」
あまり機嫌がいいとは言えないだけではなく、何がしかの熱意に燃える眼をした由花。彩希は敢えて何も言わなかった。
間もなく二人の家へ辿り着こうとした時、車中で由花はつい呟いていた。
「私だってできるんだから」
「えっ、何が?」
「なんでもないっ、いいからちゃんと前見てよねっ」
少し顔を赤らめる由花。
その由花は静かな車内でシートに深く腰掛け、車窓を通して小奇麗な市街地を眺める。そしていつの間にか物思いに耽っていた。
これで、少しは満足のいくアルパンタン・グアテマラを淹れることが出来るようになったら、それをシリルに飲ませてやってもいい。そうしたら少しは素直に、あの時はごめん、とそう言えるようになるかもしれない。
そんな由花を横目で見ながら、由花に気づかれぬようそっとほほ笑んだ彩希であった。
― 了 ―
帰宅の途に就いた車の車中では二人は無言だった。
ようやく由花が重い口を開く。
「はめたのね」
彩希はよく聞こえないかのようにとぼける。
「ええ?」
「とぼけないで、わざと私を連れて来たんでしょ。あそこへ」
彩希の声も少し沈んだものになる。
「……うん、そうだね」
「なんで」
「伊緒に会いたいって言ってたでしょ、むかーし。それに『あの機体』へのこだわりも捨てたいって」
「だからっていきなり!」
「うん、だからショック療法。びっくりしたでしょ」
「ホントびっくりした」
「良かったよ玄能《げんのう》持ち出してこなくて」
「いやよ、モノフィラメントウィップで切り刻まれちゃうもの」
「あはは、そうかもね」
彩希は大きくハンドルを切る。
「また、ちょくちょく会いにいってもいいかな、って思ってるんだけどどう?」
「どうぞご自由に」
少し不貞腐れたように答える由花。
「え? 由花は来ないの?」
「はっ? 行かないわよ私」
「えー、行こうよ一緒に。昔みたいにさ」
「でも…… もう伊緒だけじゃないんだから……」
「少しは心を許してもいいかな」程度には思ってみたものの、やはり由花としてはシリルと顔を合わすのは気が進まない。昔あんな言葉を投げつけたのだから。だからと言ってアンドロイド相手に素直に謝るのも抵抗がある。やはりまだシリルに対するこだわりは全く抜けてない。そう思う由花だった。
「でもさ、美味しかったじゃない。コーヒー」
ふ、とグアテマラの薫りが由花の鼻腔に蘇る。そしてあの苦味のあとにふわりと広がるほのかな甘味。
「……そうね。美味しかった」
由花の静かな声には不思議そうな響きが含まれていた。
「じゃあ、それを飲みに行くってのはどう? そうだなあ、あたしは今度はモカがいいかな。リクエストしてみよっと。あんなコーヒーなかなか飲めるものじゃないしね」
シリルの淹れたコーヒーを絶賛する彩希が由花には気に入らなかった。またぞろ不貞腐れた声がつい口を吐いて出てしまう。
「飲めるわよ」
「えっ?」
「すぐそこにあったでしょ、マルティンズショップへ寄って」
「え? なんで?」
「コーヒー買ってくるの。あとサイフォンも」
「サイフォンも?」
「いいから寄って」
「うん」
こうして彩希がマルティンズショップまで車を回すと、由花はやけに凝った横式のコーヒーサイフォンを含めた道具一式だけでなく、アルパンタン・グアテマラとモカの豆を購入した。両手いっぱいになるほどの買い物をした由花はそれをトランクに詰め込むと、勢いよく音を立ててトランクリッドを閉じた。
由花が助手席に戻ると彩希が車を発車させる。
「随分買い込んだね」
「まあね」
あまり機嫌がいいとは言えないだけではなく、何がしかの熱意に燃える眼をした由花。彩希は敢えて何も言わなかった。
間もなく二人の家へ辿り着こうとした時、車中で由花はつい呟いていた。
「私だってできるんだから」
「えっ、何が?」
「なんでもないっ、いいからちゃんと前見てよねっ」
少し顔を赤らめる由花。
その由花は静かな車内でシートに深く腰掛け、車窓を通して小奇麗な市街地を眺める。そしていつの間にか物思いに耽っていた。
これで、少しは満足のいくアルパンタン・グアテマラを淹れることが出来るようになったら、それをシリルに飲ませてやってもいい。そうしたら少しは素直に、あの時はごめん、とそう言えるようになるかもしれない。
そんな由花を横目で見ながら、由花に気づかれぬようそっとほほ笑んだ彩希であった。
― 了 ―
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