空の六等星。二つの空と僕――Cielo, estrellas de sexta magnitud y pastel.

永倉圭夏

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第15章 集中豪雨

第72話 空の告白。異変

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 空さんはふうっとため息をひとつついて小さな乾いた声で続けた。

「当日は午前中だけ二人の時間があったし、近所のカフェでこれまでの結婚生活の思い出話をした。なんだか恋人時代に戻ったみたいで楽しかった。その後は大御所の方との待ち合わせ場所まであの人が送ってくれた。私が車を降りるとき、あの人が何かを思いついたように言ったの『そうだ』って。私が聞き返すと『ちょっとだけいいもの用意しておいてあげる。おなかを少しだけ減らしておいてね』って言ってた。私は何のことだか判らなくて『へえ、じゃ、楽しみにしておくね』ってだけ言って車から降りた」

 空さんは深呼吸をした。吐き出す声が震える。

「そしてそれがあの人の最後の笑顔。最後の声だった」

「えっ」

 なんだって。それは一体どういうことだ。まさか。僕は空さんの横顔を凝視した。空さんはさっきからの初めて会った頃の虚ろな表情に戻ったままで話を続ける。

「大御所の方とのお話は夢のようだった。その方は私の仕事についてもよくご存じで、以前から注目していた、だなんてほめられて、ていねいにたくさんのアドバイスまでしてくれた。私はまだ公表していない仕事をお見せして評価していただいたり、これからの方向性についても色々と意見をしていただいたりもしたの。話に聞いている以上にいい方で私本当に感動しちゃった」

 心なしか声が硬くなる。

「でもね気になることがあった。トイレに行くふりして何度かあの人にメッセージしたり電話したりしたんだけれど全然既読にならないし応答もないの」

「ああ、あの人やっぱりほんとは怒ってるんだって思った。それで仕事に行っちゃって返事ができない状態なんだろうなって。それならそれでもういいやって、ちょっと私も腹を立ててその大御所の女性に、この後の会食にもぜひ参加させて下さいって言っちゃった。そこでも本当に幸せな経験ができて、私はちょっとどころじゃなくすっかり舞い上がっちゃってたの」

「その幸せな気分のままうちに帰ることになったんだ。あの人のことなんて半分忘れるくらいウキウキしてた。どうせ仕事に行ったんだから帰ってくるのはいつも通り夜遅いだろうし」

 その声は硬いがどこか他人事のようだった。

「私が帰ってきたのは夜の11時20分くらいかな。リビングに明かりがついていたの。あれ? あの人仕事行かなかったのかしら。それならなんで私からの連絡に答えなかったの? やっぱり怒ってたからかな? 色々考えながらリビングのドアを開けるとソファとローテーブルの間であの人が倒れてた」


【次回】
第73話 空の告白。ちょっといいもの
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