早翔-HAYATO-

ひろり

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阻止(2)

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 早翔が本店の外で待っていると、草壁が不貞腐れた面持ちで向かってくる。
 ことさら自然に微笑んで、お疲れと声をかけた。
「何の用だよ。京極が怖い顔して絶対行けって。何なんだよ… ったく」
「酔ってるか?」
「酔いたくても全然酔えねーよ」
 草壁は不機嫌なまま、目も合わせない。
 構わず早翔が草壁の肩に手をかける。
「じゃあ、コーヒーでも飲むか」
 半ば強引に誘い、深夜喫茶に入ると一番奥まった席に座った。

「すげえ荷物だな」
 早翔が隣の席に置いたリュックサックを見て、草壁が口を開く。
「うん。少しでも時間があれば勉強できるように、何でもかんでも詰め込んでる」
「来年、受けられそうか」
「通信大学の単位が取れればいいけど、なかなかね。その次に照準を合わせる。直は来年?」
「今年…」
「え? 今年… 受けるの?」

 コーヒーを一口すすって、草壁がようやく早翔の目を見てニヤリと笑った。
「無謀だって顔に出てるぞ… ったく失礼なヤツだ」
「だって無理だろう。掛けるか? 俺は落ちるほうに掛ける」
「俺も落ちるほうに掛ける」
 早翔が思わず吹き出す。
「まあ、よく言う記念受験だ。万が一にも間違って受かるかも知れないし…」
「落ちるわ」と間髪入れずに早翔が返すと、二人で笑い合う。

「俺、直には感謝してる」
 早翔がおもむろに口にする。
「いきなり、どうした」
「直が予備校勧めてくれなかったら、俺、ずっと大学にこだわってた。直が予備校と通信の大学を選択する道を教えてくれた」
「お前が大学にこだわるのは当然だよ。俺より成績良かったんだから」
 複雑な表情の草壁を、早翔が笑いながら見つめる。

「災難にあう時節には、災難にあうがよく候。死ぬる時節には、死ぬがよく候。是はこれ、災難をのがるる妙法にて候」
「何だよ、突然…」
「良寛さんの言葉。宗教学に出て来た」
「宗教学ねえ。一般教養は単位の取りやすさばかり優先してたから、頭になんも残ってねえわ」
 フンと自嘲するように鼻で笑うと、どういう意味と訊く。
「まあ… 避けられないことはあるがままを受け入れ、そこから始めろってことかな。直のお蔭でたどり着けた境地。今の俺はそんな感じ」
 ふうんと気のない返事が返ってくる。

 早翔の顔から笑みが消え、真顔で草壁を真っすぐ見据える。
「光輝さんが殺されたらしい」
 唐突な言葉に草壁は、何を言っているのか飲み込めない様子でしばらく固まった後、「殺された?」と唇を震わせた。
「明日にはニュースになるから、今夜は誰にも伝えなかった。多分、暴力団絡みで殺されたらしい」
 草壁がうつむき押し黙る。

 早翔はリュックから、数時間前に草壁から突き返された書類を取り出し、テーブルの上に置いた。
「直は俺がいなかったら、ホストなんかバイトに選ばなかった。俺のせいで、もし直が危険な目にあったらと思うと落ち着かない… 前歯を無くしたのだって俺のせいだ」
 草壁の口からフッと笑いが漏れる。
「お前のせいじゃない。俺はお前に感謝してる。効率よく金は稼げるし、酒は飲めるし、お姉ちゃんとデートできるし…… お前にも会えるし、本当に楽しいバイトだったよ」

 そう言うと、テーブルの上の書類を手に取り目を通す。
「就職活動もしてねぇし、資格浪人できるほど金の当てはねぇし、世話になるか…」
「ありがとう… 直」
 草壁がフンと鼻を鳴らす。
「ばぁか、俺のセリフだろうが。ありがとう… 七瀬」
 早翔と草壁は顔を見合わせ笑い合った。
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