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友情(3)
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「だって、仕方ないじゃない… 恋がどんな風に始まって成就していくのか知らないもの。そんな経験ないから… どうしていいかわからないじゃない。もうずっと幼い頃から庸一郎一人を見て来たから、これが恋なんだと自分に言い聞かせて…」
蘭子は悲しい笑みを浮かべ、早翔を見つめる。
「七瀬を初めて見た時、あなたが欲しいって思った。それが恋だなんて気付かなかった。欲しいものはどんなことをしても強引に手に入れる。それしか知らないもの」
蘭子の瞳が潤み始める。
「アンタ、最初からハードル高過ぎたんだよ」
草壁が茶化すような口調でニヤッと笑う。
「そもそも、どんなに頑張ったって女が眼中にない男を手に入れるって無謀だろう。まあ、それ考えたら頑張ったほうだよ。よくやった」
「何よ、それ。褒めてるつもり?」
蘭子が唇の隙間から白い歯を見せ、弱々しく笑う。
「蘭子さん、俺、会社辞める」
早翔が言うと、蘭子が「うん…」と小さく返す。
「やっぱ、クビかよ…」
腹立たしげに吐き捨てる草壁に、早翔が首を横に振る。
「もうずいぶん前から、俺と蘭子さんのこと噂になっててさ。上司も腫れ物に触るような扱いだし… そろそろ限界かなって」
「外堀から埋めて行ったつもりだったのに、逆効果だったわけね」
涼しげに口にする蘭子を、早翔が目を丸くして見つめる。片や草壁が声を上げて笑い出した。
「噂の出どころがアンタかよ」
早翔もつられて「まいったな…」と笑うと、蘭子も肩をすくめて笑った。
「今から監査法人に入れ。ったく、社会的に潰されてたまるかよ」
「何、それ。私、そこまで底意地悪くないわよ」
「うわぁ… 全ッ然、信じられねーわ」
軽い口調で言い合う蘭子と草壁を、穏やかな顔で見ていた早翔が「俺、やめる」とぽつんと口にする。
「会計士、やめるよ。俺には向かないと思いながら仕事してきたし、いい潮時だ」
「バカか。ここまで来て投げ出すなんてお前らしくないぞ。一度決めたんだから最後までやれよ」
草壁は苛立ちを隠さず語気を強めた。
「大体、お前、俺のこと巻き込んで、自分は足抜けするつもりかよ」
「ごめん」
「謝るな。とりあえず資格取れ。持ってて損はない。人生、どこでどうなるかわからない。使える牌は多いほうがいい」
「へえ… クソガキもなかなかいいこと言うじゃない」
「うるせーババア。俺が言うわけなかろ。小島の言葉だ」
「小島?」
二人のやり取りを半ば呆れて聞いていた早翔が、蘭子の問いに「高校時代の恩師だよ」と返す。
「とにかく、クソガキもババアもやめてくれ。ちゃんと名前で呼び合ってよ… どうぞ」
早翔が両掌をそれぞれ蘭子と草壁に向ける。
ばつが悪そうに視線をチロチロ動かしながら、草壁が「蘭子さん」と言うと、蘭子がニヤつきながら「きもちわる…」と呟く。
「蘭子さんは? 草壁か直也か…」
「直! 七瀬と同じ呼び方にするわ」
すかさず草壁が「きもちわる…」と呟く。
「二人とも何なんだよ…」
早翔が呆れた笑いを漏らすと、蘭子と草壁が声を出して笑い合う。
ふと草壁の笑い声が途切れ、真顔になって蘭子に視線を向けた。
「俺、七瀬の代わりにはなれねーけど、何かあったら呼んでくれ。できる限りの協力はするから」
蘭子の目が泳ぎ、一瞬戸惑いの表情を見せるが、すぐに唇をゆがめて半笑いで睨み返す。
「あんたなんかに七瀬の代わりができるとでも思ってるの」
「思ってねーよ!」
間髪を入れずに声を荒げた草壁は、真剣な目で蘭子を見据えている。
「こいつはいつも俺の先を走って、俺を引っ張り上げてくれる優等生なんだ。何やってもかなわない。だけど、それが悔しくない。尊敬してるしあこがれてる。七瀬の代わりになんてなれるわけない」
草壁が座り直して正座になる。
「七瀬はいつも飄々と涼しい顔してどんな難局も乗り越えるヤツだ。その姿を崩さないで欲しい。俺に泣きつくなんて本来の姿じゃない。こいつのこと無理矢理自分のものにして、ずっと縛り付けてきたんだろう。もう十分だろう。こいつを開放して欲しい。お願いだ。蘭子さん」
草壁が深々と頭を下げた。その背中に、早翔が手を置く。
「直… ありがとう。かなり褒め過ぎで恥ずかしいよ」
「ね…」と同意を求めるように蘭子に顔を向けると、蘭子は柔和な笑顔で二人を見つめていた。
「子供は一人で育てるわ。まあ、うちは使用人がいるから正確には一人で育てるわけじゃないけどね」
自嘲の笑みを浮かべながら、蘭子がゆっくりと身体を起こして座り直す。
「でも… そうね、父親役は使用人では無理だから。運動会とか授業参観とか、母親と大ゲンカした時に慰めてくれたり… そんな時は呼び出す。拒否権は認めないわ」
蘭子が意地悪な目をして口角を上げ、ニヤリと笑った。
蘭子は悲しい笑みを浮かべ、早翔を見つめる。
「七瀬を初めて見た時、あなたが欲しいって思った。それが恋だなんて気付かなかった。欲しいものはどんなことをしても強引に手に入れる。それしか知らないもの」
蘭子の瞳が潤み始める。
「アンタ、最初からハードル高過ぎたんだよ」
草壁が茶化すような口調でニヤッと笑う。
「そもそも、どんなに頑張ったって女が眼中にない男を手に入れるって無謀だろう。まあ、それ考えたら頑張ったほうだよ。よくやった」
「何よ、それ。褒めてるつもり?」
蘭子が唇の隙間から白い歯を見せ、弱々しく笑う。
「蘭子さん、俺、会社辞める」
早翔が言うと、蘭子が「うん…」と小さく返す。
「やっぱ、クビかよ…」
腹立たしげに吐き捨てる草壁に、早翔が首を横に振る。
「もうずいぶん前から、俺と蘭子さんのこと噂になっててさ。上司も腫れ物に触るような扱いだし… そろそろ限界かなって」
「外堀から埋めて行ったつもりだったのに、逆効果だったわけね」
涼しげに口にする蘭子を、早翔が目を丸くして見つめる。片や草壁が声を上げて笑い出した。
「噂の出どころがアンタかよ」
早翔もつられて「まいったな…」と笑うと、蘭子も肩をすくめて笑った。
「今から監査法人に入れ。ったく、社会的に潰されてたまるかよ」
「何、それ。私、そこまで底意地悪くないわよ」
「うわぁ… 全ッ然、信じられねーわ」
軽い口調で言い合う蘭子と草壁を、穏やかな顔で見ていた早翔が「俺、やめる」とぽつんと口にする。
「会計士、やめるよ。俺には向かないと思いながら仕事してきたし、いい潮時だ」
「バカか。ここまで来て投げ出すなんてお前らしくないぞ。一度決めたんだから最後までやれよ」
草壁は苛立ちを隠さず語気を強めた。
「大体、お前、俺のこと巻き込んで、自分は足抜けするつもりかよ」
「ごめん」
「謝るな。とりあえず資格取れ。持ってて損はない。人生、どこでどうなるかわからない。使える牌は多いほうがいい」
「へえ… クソガキもなかなかいいこと言うじゃない」
「うるせーババア。俺が言うわけなかろ。小島の言葉だ」
「小島?」
二人のやり取りを半ば呆れて聞いていた早翔が、蘭子の問いに「高校時代の恩師だよ」と返す。
「とにかく、クソガキもババアもやめてくれ。ちゃんと名前で呼び合ってよ… どうぞ」
早翔が両掌をそれぞれ蘭子と草壁に向ける。
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「蘭子さんは? 草壁か直也か…」
「直! 七瀬と同じ呼び方にするわ」
すかさず草壁が「きもちわる…」と呟く。
「二人とも何なんだよ…」
早翔が呆れた笑いを漏らすと、蘭子と草壁が声を出して笑い合う。
ふと草壁の笑い声が途切れ、真顔になって蘭子に視線を向けた。
「俺、七瀬の代わりにはなれねーけど、何かあったら呼んでくれ。できる限りの協力はするから」
蘭子の目が泳ぎ、一瞬戸惑いの表情を見せるが、すぐに唇をゆがめて半笑いで睨み返す。
「あんたなんかに七瀬の代わりができるとでも思ってるの」
「思ってねーよ!」
間髪を入れずに声を荒げた草壁は、真剣な目で蘭子を見据えている。
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草壁が座り直して正座になる。
「七瀬はいつも飄々と涼しい顔してどんな難局も乗り越えるヤツだ。その姿を崩さないで欲しい。俺に泣きつくなんて本来の姿じゃない。こいつのこと無理矢理自分のものにして、ずっと縛り付けてきたんだろう。もう十分だろう。こいつを開放して欲しい。お願いだ。蘭子さん」
草壁が深々と頭を下げた。その背中に、早翔が手を置く。
「直… ありがとう。かなり褒め過ぎで恥ずかしいよ」
「ね…」と同意を求めるように蘭子に顔を向けると、蘭子は柔和な笑顔で二人を見つめていた。
「子供は一人で育てるわ。まあ、うちは使用人がいるから正確には一人で育てるわけじゃないけどね」
自嘲の笑みを浮かべながら、蘭子がゆっくりと身体を起こして座り直す。
「でも… そうね、父親役は使用人では無理だから。運動会とか授業参観とか、母親と大ゲンカした時に慰めてくれたり… そんな時は呼び出す。拒否権は認めないわ」
蘭子が意地悪な目をして口角を上げ、ニヤリと笑った。
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