早翔-HAYATO-

ひろり

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父親(2)

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「あいつに殴られ続けて、俺の頭は相当悪くなったわ。だから、成績はお前には勝てない」
 笑い話に持っていこうとする草壁に、早翔が「ごめん… 全然笑えない」と言って、目を潤ませた。
「何、泣いてんだよ…」と努めて明るく言い、早翔の肩に手を回す。
「でも、代わりに泣いてくれる友達っていいよな… ありがとな」
 15歳の夏休み、閉寮期間の5日間を帰らなくて済むように、二人で住み込みのバイトを探した。年齢をごまかした履歴書を書いても、罪悪感もなかった。

「もし、ダメなら公園で野宿な」
 そう言って連れて行かれた公園のドーム型の遊具には、雨風がしのげるようなトンネルがあった。
「いいね、ここ。寝心地よさそう」
 早翔が身体を丸めて中に入ると、草壁も入ってくる。
「よし、バイトがダメなら最悪ここな」
 そう言って笑い合った。

 ふと、草壁の顔から笑みが消える。
「どんな貧乏でもいいから、あんな男と再婚して欲しくなかったわ…」
 ぽつんと呟く草壁は、遠い昔の父親との記憶を思い浮かべているような、切ない瞳で宙を見ていた。
「お父さん、今はどこにいるの?」
 さあね、と首を小さく横に振る。
「死んだら、どっかから知らせが来るんじゃねーの…」
 少し間を置いて、草壁の口が動く。
「血がつながってるのに、永遠に会えないって残酷だよな」
 暗がりのトンネルの中で、草壁が泣いているような気がして、早翔は横を向けず、ただ押し黙っていた。

「愛された記憶って大事だからな」
 それはまさに、草壁を支えて来た記憶だった。
 草壁が、早翔の二人の子供を見て、幼かった自分と重ね、どうしても早翔との絆を残しておきたいと考えたのだろう。他人事として放っておけなかったのは、早翔の子供のためであり、早翔が後悔しないため、そして草壁自身が後悔しないためでもあった。

「俺、直に助けられてばかりだ。俺の親友でいてくれてありがとう」
 震える声を必死で抑えて、努めて平静を装い言葉を出す。
「なんだよ、水臭い。俺がここまで生きて来られたのは七瀬のお蔭だ。七瀬がいなかったら、とうに高校も中退してグレてたよ。親父に復讐してたかもしれないし」
「直は絶対そんなことしない。そんなヤツじゃないよ」
 言った後に、ふと気付いて、「親父…」と呟く。

 草壁の口から、義理の父親を「親父」と呼んでいるのを聞くのは初めてだった。
 何年か前に、父親が倒れた時もそうだった。
「あの男が脳梗塞で倒れやがった。ったく、面倒くせーったらない。くたばるならキレイにくたばりやがれ」
 本気とも冗談ともつかない言い方で、未だ消えない確執があったのだろうが、生来の面倒見の良さから放って置くこともできずに、資格取得を送らせてまで世話をしていた。

 早翔の呟きの意味を理解し、草壁はふっと笑いを漏らす。
「仕方ない。高校も大学も出してもらったし… 今じゃ、『何でもお兄ちゃんの言うことを聞け』ってのが口癖になってるわ」
 そう言って、無理に声を出して笑う。

 ふいに笑い声が止まると、静かに続ける。
「本当に、お前が居なかったら、俺は家族から途中離脱してた… ありがとうは俺が言うべき言葉だ。だから俺… お前と子供たちのことも、これで終わりにしたくないんだ」
 穏やかな口調から、一転、フンと鼻で笑う。
「どうせ皆、死ぬんだぜ。死んだ時に終わりにすればいいじゃないか。死ぬまではどんな形でも、例え蜘蛛の糸みたいなもんでも繋がっとけばいい」
 そう言って、弱い笑い声を漏らす。

「ありがとな、七瀬。ナナ達に会ってくれてホントにありがとう」
 早翔の耳に届く声が震えていた。
「なんで直が泣いてるの。ありがとうって俺のセリフだよ」
「誰が言ったっていいだろ。俺がお前にありがとうって言いたいんだから。それに、お前が会いに行ってくれるってところから、俺、もうずっと泣いてるぜ」
 隠すことはあっても、泣いてると自分から口にするような性格ではない。その時々の感情の昂ぶりに抵抗することなく、素直に目を潤ませる早翔に合わせたのだろう。
 早翔のいたずら心がくすぐられ、ふふっと笑みがこぼれた。

「残念だよ。直がゲイじゃなくて」
「お前、俺が珍しく良い話してるのに、水を差すな。俺はホモにはならねえ。男同士で乳繰り合うとか、金積まれても無理!」
 わざと、ぞんざいな言葉で吐き捨てるように言いながら、悪乗りしてくる。
 早翔は「言い方…」と冷めた声で責める。「下品なヤツ… 全くガッカリだよ」と、おどけた調子で返す。
「おう! 勝手にガッカリしやがれ! それでもお前は俺の一番の親友には違いねーからな!」
 その声の張りに、早翔が思わず受話器を離した。
「鼓膜、破れるかと思った」
 小声で呟くと、草壁が明るく笑い飛ばした。
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