68 / 69
父親(2)
しおりを挟む
「あいつに殴られ続けて、俺の頭は相当悪くなったわ。だから、成績はお前には勝てない」
笑い話に持っていこうとする草壁に、早翔が「ごめん… 全然笑えない」と言って、目を潤ませた。
「何、泣いてんだよ…」と努めて明るく言い、早翔の肩に手を回す。
「でも、代わりに泣いてくれる友達っていいよな… ありがとな」
15歳の夏休み、閉寮期間の5日間を帰らなくて済むように、二人で住み込みのバイトを探した。年齢をごまかした履歴書を書いても、罪悪感もなかった。
「もし、ダメなら公園で野宿な」
そう言って連れて行かれた公園のドーム型の遊具には、雨風がしのげるようなトンネルがあった。
「いいね、ここ。寝心地よさそう」
早翔が身体を丸めて中に入ると、草壁も入ってくる。
「よし、バイトがダメなら最悪ここな」
そう言って笑い合った。
ふと、草壁の顔から笑みが消える。
「どんな貧乏でもいいから、あんな男と再婚して欲しくなかったわ…」
ぽつんと呟く草壁は、遠い昔の父親との記憶を思い浮かべているような、切ない瞳で宙を見ていた。
「お父さん、今はどこにいるの?」
さあね、と首を小さく横に振る。
「死んだら、どっかから知らせが来るんじゃねーの…」
少し間を置いて、草壁の口が動く。
「血がつながってるのに、永遠に会えないって残酷だよな」
暗がりのトンネルの中で、草壁が泣いているような気がして、早翔は横を向けず、ただ押し黙っていた。
「愛された記憶って大事だからな」
それはまさに、草壁を支えて来た記憶だった。
草壁が、早翔の二人の子供を見て、幼かった自分と重ね、どうしても早翔との絆を残しておきたいと考えたのだろう。他人事として放っておけなかったのは、早翔の子供のためであり、早翔が後悔しないため、そして草壁自身が後悔しないためでもあった。
「俺、直に助けられてばかりだ。俺の親友でいてくれてありがとう」
震える声を必死で抑えて、努めて平静を装い言葉を出す。
「なんだよ、水臭い。俺がここまで生きて来られたのは七瀬のお蔭だ。七瀬がいなかったら、とうに高校も中退してグレてたよ。親父に復讐してたかもしれないし」
「直は絶対そんなことしない。そんなヤツじゃないよ」
言った後に、ふと気付いて、「親父…」と呟く。
草壁の口から、義理の父親を「親父」と呼んでいるのを聞くのは初めてだった。
何年か前に、父親が倒れた時もそうだった。
「あの男が脳梗塞で倒れやがった。ったく、面倒くせーったらない。くたばるならキレイにくたばりやがれ」
本気とも冗談ともつかない言い方で、未だ消えない確執があったのだろうが、生来の面倒見の良さから放って置くこともできずに、資格取得を送らせてまで世話をしていた。
早翔の呟きの意味を理解し、草壁はふっと笑いを漏らす。
「仕方ない。高校も大学も出してもらったし… 今じゃ、『何でもお兄ちゃんの言うことを聞け』ってのが口癖になってるわ」
そう言って、無理に声を出して笑う。
ふいに笑い声が止まると、静かに続ける。
「本当に、お前が居なかったら、俺は家族から途中離脱してた… ありがとうは俺が言うべき言葉だ。だから俺… お前と子供たちのことも、これで終わりにしたくないんだ」
穏やかな口調から、一転、フンと鼻で笑う。
「どうせ皆、死ぬんだぜ。死んだ時に終わりにすればいいじゃないか。死ぬまではどんな形でも、例え蜘蛛の糸みたいなもんでも繋がっとけばいい」
そう言って、弱い笑い声を漏らす。
「ありがとな、七瀬。ナナ達に会ってくれてホントにありがとう」
早翔の耳に届く声が震えていた。
「なんで直が泣いてるの。ありがとうって俺のセリフだよ」
「誰が言ったっていいだろ。俺がお前にありがとうって言いたいんだから。それに、お前が会いに行ってくれるってところから、俺、もうずっと泣いてるぜ」
隠すことはあっても、泣いてると自分から口にするような性格ではない。その時々の感情の昂ぶりに抵抗することなく、素直に目を潤ませる早翔に合わせたのだろう。
早翔のいたずら心がくすぐられ、ふふっと笑みがこぼれた。
「残念だよ。直がゲイじゃなくて」
「お前、俺が珍しく良い話してるのに、水を差すな。俺はホモにはならねえ。男同士で乳繰り合うとか、金積まれても無理!」
わざと、ぞんざいな言葉で吐き捨てるように言いながら、悪乗りしてくる。
早翔は「言い方…」と冷めた声で責める。「下品なヤツ… 全くガッカリだよ」と、おどけた調子で返す。
「おう! 勝手にガッカリしやがれ! それでもお前は俺の一番の親友には違いねーからな!」
その声の張りに、早翔が思わず受話器を離した。
「鼓膜、破れるかと思った」
小声で呟くと、草壁が明るく笑い飛ばした。
笑い話に持っていこうとする草壁に、早翔が「ごめん… 全然笑えない」と言って、目を潤ませた。
「何、泣いてんだよ…」と努めて明るく言い、早翔の肩に手を回す。
「でも、代わりに泣いてくれる友達っていいよな… ありがとな」
15歳の夏休み、閉寮期間の5日間を帰らなくて済むように、二人で住み込みのバイトを探した。年齢をごまかした履歴書を書いても、罪悪感もなかった。
「もし、ダメなら公園で野宿な」
そう言って連れて行かれた公園のドーム型の遊具には、雨風がしのげるようなトンネルがあった。
「いいね、ここ。寝心地よさそう」
早翔が身体を丸めて中に入ると、草壁も入ってくる。
「よし、バイトがダメなら最悪ここな」
そう言って笑い合った。
ふと、草壁の顔から笑みが消える。
「どんな貧乏でもいいから、あんな男と再婚して欲しくなかったわ…」
ぽつんと呟く草壁は、遠い昔の父親との記憶を思い浮かべているような、切ない瞳で宙を見ていた。
「お父さん、今はどこにいるの?」
さあね、と首を小さく横に振る。
「死んだら、どっかから知らせが来るんじゃねーの…」
少し間を置いて、草壁の口が動く。
「血がつながってるのに、永遠に会えないって残酷だよな」
暗がりのトンネルの中で、草壁が泣いているような気がして、早翔は横を向けず、ただ押し黙っていた。
「愛された記憶って大事だからな」
それはまさに、草壁を支えて来た記憶だった。
草壁が、早翔の二人の子供を見て、幼かった自分と重ね、どうしても早翔との絆を残しておきたいと考えたのだろう。他人事として放っておけなかったのは、早翔の子供のためであり、早翔が後悔しないため、そして草壁自身が後悔しないためでもあった。
「俺、直に助けられてばかりだ。俺の親友でいてくれてありがとう」
震える声を必死で抑えて、努めて平静を装い言葉を出す。
「なんだよ、水臭い。俺がここまで生きて来られたのは七瀬のお蔭だ。七瀬がいなかったら、とうに高校も中退してグレてたよ。親父に復讐してたかもしれないし」
「直は絶対そんなことしない。そんなヤツじゃないよ」
言った後に、ふと気付いて、「親父…」と呟く。
草壁の口から、義理の父親を「親父」と呼んでいるのを聞くのは初めてだった。
何年か前に、父親が倒れた時もそうだった。
「あの男が脳梗塞で倒れやがった。ったく、面倒くせーったらない。くたばるならキレイにくたばりやがれ」
本気とも冗談ともつかない言い方で、未だ消えない確執があったのだろうが、生来の面倒見の良さから放って置くこともできずに、資格取得を送らせてまで世話をしていた。
早翔の呟きの意味を理解し、草壁はふっと笑いを漏らす。
「仕方ない。高校も大学も出してもらったし… 今じゃ、『何でもお兄ちゃんの言うことを聞け』ってのが口癖になってるわ」
そう言って、無理に声を出して笑う。
ふいに笑い声が止まると、静かに続ける。
「本当に、お前が居なかったら、俺は家族から途中離脱してた… ありがとうは俺が言うべき言葉だ。だから俺… お前と子供たちのことも、これで終わりにしたくないんだ」
穏やかな口調から、一転、フンと鼻で笑う。
「どうせ皆、死ぬんだぜ。死んだ時に終わりにすればいいじゃないか。死ぬまではどんな形でも、例え蜘蛛の糸みたいなもんでも繋がっとけばいい」
そう言って、弱い笑い声を漏らす。
「ありがとな、七瀬。ナナ達に会ってくれてホントにありがとう」
早翔の耳に届く声が震えていた。
「なんで直が泣いてるの。ありがとうって俺のセリフだよ」
「誰が言ったっていいだろ。俺がお前にありがとうって言いたいんだから。それに、お前が会いに行ってくれるってところから、俺、もうずっと泣いてるぜ」
隠すことはあっても、泣いてると自分から口にするような性格ではない。その時々の感情の昂ぶりに抵抗することなく、素直に目を潤ませる早翔に合わせたのだろう。
早翔のいたずら心がくすぐられ、ふふっと笑みがこぼれた。
「残念だよ。直がゲイじゃなくて」
「お前、俺が珍しく良い話してるのに、水を差すな。俺はホモにはならねえ。男同士で乳繰り合うとか、金積まれても無理!」
わざと、ぞんざいな言葉で吐き捨てるように言いながら、悪乗りしてくる。
早翔は「言い方…」と冷めた声で責める。「下品なヤツ… 全くガッカリだよ」と、おどけた調子で返す。
「おう! 勝手にガッカリしやがれ! それでもお前は俺の一番の親友には違いねーからな!」
その声の張りに、早翔が思わず受話器を離した。
「鼓膜、破れるかと思った」
小声で呟くと、草壁が明るく笑い飛ばした。
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる