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「ひっぐ、うぐ、ぐずっ」
 そんなこんなで彼女、枝葉薈榎は一人で通学路を泣きながら歩いていた。いわゆる登校というものだ。いや、いわゆらなくても分かるな。
 とにかく彼女は今昨日両親と一緒に手を繋いで歩いた通学路を一人で歩いて、登校している。といってもまだ小学生、それも昨日小学生になったばかりの彼女にはこの距離は少し長いように感じた。
 まだ早朝で道路には誰の姿もない。いるのはせいぜい近所の家の庭にいる飼い犬くらいだ。その閑散とした住宅街の中を一人の少女が歩いているというのは何だか少し不思議な光景ではあるが、当の本人はそんなことを考える頭脳も、景色を楽しむ余裕もなく、ただ昨日三人で歩いた道を沈んだ心でひたすら学校を目指してぽつりぽつりと歩くだけだ。
 そんな彼女に閑散とした住宅街の雰囲気を壊すものが近づいていた。
 今や犯罪を犯す者の所有物というイメージが強くなってしまった、大荷物も大人数も収容して運搬することができる車。そう、バンだ。しかも黒色の。怪しまれないようにかあまり速度は出していないが、薈榎の後を追っていることは一目瞭然なほど怪しさが滲み出ていた。まるでその車が通った道は何も見えない闇に包まれるようなそんな威圧感を持った黒いバンだ。
「うっ……うっ……きゃっ!」
 一瞬のことだった。
 もし周囲に人がいたら何か変な雰囲気のバンが通ったくらいにしか思わないような、そんな手際の良さだった。そのたった一瞬でバンの中から腕が出て来て、その腕は薈榎の小さな身体を抱き上げ、車の中に入れた。
 そこからバンは徐々にスピードを上げていき、住宅街を出る頃には時速八十キロ近い速度を出していく。
「いやっ!おじさん誰!?」
 手の主は口元を歪め、恐怖を感じながらも必死に抵抗しようとじたばたする薈榎を片手でシートに抑えつけ、固定した。そして、運転手に指示し、その場を後にした。
しばらくして少し疲れて大人しくなった薈榎にその男は言った。
「手荒な真似をしちゃってごめんよ。僕の名前は有介湯貝《ありすけとうかい》っていうんだ。おじさんたち、君のお母さんとお父さんに君を学校まで送るようにお願いされてさぁ」
 大袈裟な身振りで説明する中年の男。身長は約百八十センチメートル程で、肥満体、顔は面長でギラギラした三白眼。そんな怪しさが滲み出すぎている彼の容姿や先程自分を抑えつけたことから、薈榎はとても不信感を抱いていたが両親の名前が出たのであっさりと有介の言ったことを信用した。
「これから少し変わった道を使って君を学校まで送るけど良いよね?」
「うん良いよ!」
 薈榎が元気にそう言うと有介は運転席に向き、静かに言った。
「聞いたか無透《むとう》……飛ばせ」
 有介がその言葉を言った瞬間徐々に車は更に速度を上げた。無論カーテンが閉まっているので薈榎そのことには気が付かなかった。
 しかし、慣性の法則は誰にでも作用する。薈榎は、自分が乗った時よりもこの車の速度が上がったことには気付いた。
 それに、もうかれこれ三十分は経っているはずなのにいっこうに学校に着く様子がない。
 薈榎は不安に声を濁らせ、聞いた。
「ねえ、学校までこんなに遠かったっけ……?」
 すると有介は少し顔をしかめたが、すぐ先程の不気味な笑みを浮かべこう答えた。
「……大体このくらいの距離だよ。意外に学校は遠いんだ。だからおじさんたちが送っているんだよ」
「でもこんな道知らないよ?」
「車の中から見てるからそう見えるだけだよ。もうすぐ学校さ」
「え、でも……」
「それよりこれ、お目目に効くお薬だよ。その泣いて腫らしちゃったお目目で学校に行っちゃったら同級生に笑われちゃうよ?」
 そう言いながら三ミリ程の錠剤を手渡す有介。一般的に見れば明らかに怪しいと分かる状況だが、薈榎は両親から、出されたお薬をちゃんと飲めるのは良い子だと教わっていたので素直に飲んだ。錠剤を飲むのは初めてだったが母親が飲んでいるのをいつも横で見ている薈榎にとっては造作もないことだった。寧ろ有介が渡した薬を飲む為の水から変な臭いがしていたことの方が薈榎にとっては気がかりだった。
「よし、ちゃんと飲めたね。偉い偉い」
 有介が頭を撫でてくる。薈榎は少し不快に感じる反面、褒目られるというのは相手が誰であれ素直に嬉しかった。
「もう少しで学校だからね」
 そう有介が笑顔で言うのを聞き、少し安堵する薈榎。
 しかし彼女は身体中の力が抜け、瞼が徐々に重くなっていくのを感じていた。
「おじさん、何だか私、眠くなってきちゃった……」
「ありゃま。まああんなに泣いていたんだし無理もないか。まだもう少しかかりそうだから寝てても良いよ」
「うん。そうするね。ありがとう」
 眠気が限界まで来ていることもあり薈榎はその場でクタッと眠りに落ちた。
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